ここのところ、な〜んか調子悪い。 夏の疲れなのか、暴飲暴食をした 覚えもないし、冷たいアイスなども そう口にしたわけでもないし、 ・・・なのに胃がおかしい。 沁みる。。。といか、胃酸が出すぎている というか、そう、胃潰瘍になった感じ。 んでもって、腰のヘルニアも健在で、 ここしばらくは寝ててもそんなに痛みは 無かったんだけど、夏の終わり頃から また痛みが出てきました。 まぁ、5、6時間寝れば充分睡眠時間は 取れただろうという事もあるんだけれど それ以上経つと痛くて寝ていられない。 一番悲しいのは熱が出てベッドにずっと 寝ていないとならない時でも痛くて寝てなんて いられないっつー事が一番悲しい。 立ってる時、歩いている時が一番楽だなんて なんだそりゃ☆ って感じ。 気分はもう、寝ててもブルー、 起きてもブルーで、ちっとも気分爽快じゃない。 旅行に行けばちっとは楽になるかと思ったのに (ストレス解消)、蓼科ではベッドの マットレスが堅くて痛かったし、 伊豆高原は布団が煎餅布団で結局痛かった。 更に伊豆高原では揉み返しによる 頭痛と吐き気で唸っておりまひて、 更に料理は魚ばっか。 際目付けに女の子になっちゃったから 人が居ない真夜中〜明け方にコッソリ お風呂に入るしかないという状況で。 うっうっう・・・ストレス解消どころか ストレス溜まりまくり(ノ_T)
帰って来てからは、仕事行きたくない病に かかっちゃって。 ・・・いえ、これは
毎度のことなんだけど(*^ノ^*)
そうそう。 従姉妹に子どもが生まれました。 叔母の娘2人姉妹が偶然にも同じ時期に 子どもが生まれることになって。 某県の妹の方は、どうしても女の子が欲しくて。 最初の子は男の子でがっかりで、でも、 次に期待して年子で生まれた子が生まれる 3ヶ月前に検診で男の子だと自分で モニター見て判っちゃってガッカリ。 産み分けの治療までして3人目に挑んだのに 生まれたらなんと男の子。 退院したメールを携帯に貰ったんだけど、 性別は伏せてあった。 写真が貼付してあって女の子みたいに 優しい顔してたから 「優しい顔してる子だね、女の子?」 って聞いてみたら・・・。(^^A;) 叔母も 「今回は産み分けの治療(食事とか)して いたから女の子かも」 って言ってたのね。 検診でも男の子じゃないって最初は言ってたし。 ところが、ある時従姉妹本人がモニターで 女の子じゃない事が判ってしまい、 落ち込んでしまいました。 それでも 「この目で見るまでは信じない。 もしかしたらたまたま指がソコにあって そう見えたのかも!」 って淡い(?)期待を抱いていて、 生まれてもこの目で見るまでは信じないという 感じだったのよね。
で。どうしてこんなに女の子に拘るのかは 判らないんだけど、天国に逝ったぱんちゃんの おばあちゃんと関係しているみたい。 まぁ、そればかりじゃないと思うけど。
ぱんちゃんのママ方のおばあちゃんは とても美人で、今年亡くなったおばあちゃんの 弟もとてもハンサムだったの。 戦争に行った頃の写真を複製した時、 余りにハンサムなので写真屋さんが 驚いたくらい。 俳優で言えば、上原 謙(加山雄三の 亡くなったお父さん)や佐田けいじ(中井 貴一の亡くなったお父さん)に似た感じ。 しょうゆ顔のハンサムです。 おばあちゃんは子どもの頃、寒いだろうと 親が囲炉裏の傍に寝かせていて、 囲炉裏に落ちて大火傷を負いました。 野口英世と同じですね。 けど、彼は外見的には指がくっついただけ でしたけど、おばあちゃんは左半身が 大火傷を負ってしまったのでした。 左の耳が溶けて穴が開いているだけ、 左の頬にはケロイド、左指は第二関節から 5本とも先が無くて死ぬまで腫れあがって いるような状態でした。 昔だし、佐渡は島だし、おばあちゃんは どんなに辛い思いをしただろう・・・。 傷物と呼ばれ、本当なら豪農の家に 嫁げる程の器量良しだったのに、 赤ちゃんの時の火傷のせいで おじいちゃんと一緒になった。 おじいちゃんは体が弱く、戦争には行かれない 身体だったため、やはり肩身の狭い 思いをしたみたいだった。 やっぱりあの頃は兵隊に行く事は名誉な事で 尊敬されてもいただろうから。 ママは一度おばあちゃんに 「火傷さえなければ良い所にお嫁に 行けたのにね」 って若い頃に行った事があるという。 でもおばあちゃんは 「今が一番幸せ」と言ったという。
「良い所にお嫁に行けば、 嫁は骨身を削って働き、 立派に跡取を産み、姑に気を遣いながら 生きていかなくてはならないから。 お父さんがサラリーマンでいて くれたからこそ、あんたたちにも 恵まれ(産まれ)のだから」
って言ったそう。 おばあちゃんはそんな状態(身体)でも 手先が器用で、裁縫は素晴らしい手を 持っていた。 ぱんちゃんも沢山おばあちゃんから 着物を縫って貰った。従姉妹もそう。 従姉妹(妹)はおばあちゃんが縫ってくれた “ねんねこばんてん“ や自分が子どもの頃に 来た浴衣を今でも大切に持っているという。 自分が来た物を着せてあげたいって 結婚した頃から言ってたんだよね。 2人目が生まれた時、旦那1人の稼ぎだし 3人目は要らないと言っていたのに、 どうしても女の子が欲しくて治療までして 3人目を授かった。 けど、3人とも男の子。 メールの返事には
「トホホだけど、男。 姉と私でスゴイ男の数。 もう正月は来ないでって感じよね?」
って返って来た。 ・・・そんなことないけど。 で、従姉妹の姉の方も最初の子ども(ヒドイ 食物アレルギーで、アトピーなんだけど、 食べられる物が殆ど無い)が男の子だったので 2人目も男の子だと判って落ち込んで いたらしい。(妹談) けど、その“落ち込みよう”は妹の方が ヒドイらしく、治療してまで3人目を 頑張ったのに・・・という思いが その原因らしい。 1人育ててあげるからもう1人頑張ってみる? なんなら2人くらい育ててやってもいいよ? って感じなんだけど。(笑) ママはともかく2人へのお祝い金に 頭を痛めている。 実は来年の春、従姉妹の子ども(次男)が 小学校へ入学するのでふ。 どう考えても10万はお祝い金で飛ぶ。 3人目だからお祝い金は1万でいいか なんて出来ないしね。
ママは頭がいたいらしいが、 ぱんちゃんはなんだかダルイんだよね。 ・・・なまけ病かしらね?
って、誰だよ、そこで大きく頷いているのは!
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