だいありー

2007年08月30日(木) ぱんちゃんの事件簿 2

ぱんちゃんちはパパの実家(本家)と
現在癌という病気と闘っているパパの末の
妹の嫁ぎ先が米農家なので2軒から
お米が秋になると送られて来る。
田舎は本当にそういう意味で義理堅く、
きちっとしているなぁと思う。
本来ならパパが亡くなったのだから
ぱんちゃん親子とは段々疎遠になって
行くのが普通なんだろうけど、
パパを看取ったその状況をWEB日記で
知っていたからでしょうか、
有り難い事に秋になると新米を送って
くれるのです。
恐らく農家が食べる一等米だと思う。
ところが、ママの従姉妹が佐渡にいて。
ママは元々佐渡の生まれなんでふ。
ママの両親が佐渡の人で、身体が弱かった
祖父はぱんちゃんパパと同じ某会社で
働いていました。
佐渡で生まれ、一旦は川崎に住んだ
ママ達は、戦争が激しくなると
故郷に疎開。
一度故郷を出た人間に、戦争当時の
地域・親戚の風当たりは冷たかったと
ママはいいます。
とても苦労したと、子どもながらに
覚えているも言います。
今は過疎化が進んでいるから
(某国の犯罪被害者が戻ってきたことで
観光客は増えたけどね)
そんなことはないだろうけどね。
んで、佐渡のお米はとても美味しいのです。
どうしてかというと、農業と漁業と観光で
成り立っている市だから水が綺麗なのです。
銀山なんて観光地になっちゃってるし、
工業というものがないんだもん。
佐渡米は新潟のお米とブレンドされて
こっちに出荷されているらしいので、
物産展でやっとこさっとこ買えるかも。。。
いつだったか新横の某デパート、
横タカの物産展で見かけた時は
2キロでお米が2000円だった。
・・・2キロでだよ??(@□@;;)

うちはママの従兄弟の嫁(亡くなられました)
の実家が米農家なのだそうで、
直接買い付けます。
そう、佐渡米はぱんちゃん達は買って
食べています。
ママは佐渡出身という事にきっと愛着と
誇りを持っているんだろうと思う。
パパの田舎の美味しいお米は実家と義理の妹が
無償で送ってくれているのだから
お米に困る事は無いのだけれど、
それでも買ってまで佐渡のお米を
食べたがるから。
パパの義理の妹のお米は白米に精米して
送ってくれるため、直ぐに悪くなってしまう。
20キロ送ってくれるんだけどね。
それは従姉妹(静岡)のところへあげます。
秋に3番目の子どもが生まれます。
病院で産み分けまでして女の子が欲しく、
どうやら女の子らしい。
2番目となる次男坊は麺類が嫌いで米食い。
旦那1人の稼ぎで妻(従姉妹は専業主婦)と
子ども2人を養うのは大変。
・・・と、いうことで毎年従姉妹に
あげていた。
お正月にうちに来るのはお米が目的でも
あるんじゃないかな。。。毎年あげてるから。
そして秋からは子どもが3人だからね。。。
で、パパの実家からのお米はその都度
あげる人が違います。
それこそ、白米じゃなく実家の玄米のままの
30キロのお米を従姉妹にあげることもある。
従姉妹の姉にはあげられないのです。
息子が究極の食物アレルギーで、
お米は無洗米の某銘柄に統一しているので。
といっても、佐渡米を買うようになったのは
パパが亡くなってからなんでふ。
パパが生きているうちはパパの実家の
美味しいお米を食べていたんでふ。
だからうちは10年くらい前のお米の
凶作(タイ米を輸入したことがあったでしょ?)
の時も、美味しいお米を食べていたんだふ。
そしてお米を従姉妹にあげるようになったのも
パパが亡くなってからのことなんでふ。
それまではあげた事なんて無かったのでふ。

で。
去年、その佐渡米が60キロ届きました。
今は2人だからそんなに60キロなんて
食べきらない。
その前の年、手違いで佐渡からのお米が
90キロも届いちゃって。
んで、パパの実家から30キロ、
義理の妹から20キロも来ちゃって。
合計140キロのお米が届い
ちゃったのでふ。
当然、お米は処理しきれず。
会社のY田さんがまだぱんちゃんと一緒に
お仕事をしていたので、彼女のお家は
米食いのお家ということで
30キロ引き取って貰ったのでした。
といっても、彼女はちゃんと買ってくれて、
お米も着払いでいいから自宅に送ってくれと。
お米の袋そのままでは破れてしまう為、
更にダンボールに入れて送ってくるお米。
そのままの状態で配送用紙だけ貼り替えて
送ったんだけど、Y田さんのお母さまが
古米じゃないかと心配しきり。
ブツブツ言ってたそうですが、食べてみたら
もう佐渡米のファンになったそうな。
元々お母さまもグルメの方だそうで、
お年はもう80才を越えていらっしゃるんです。
長い事病気を患ってはいるものの、
お米だけはいつも贅沢に高いお米を
食べていたのだそうです。
そのお母さまのお眼鏡に叶った佐渡米。
でも、ぱんちゃんちはというと、
まだ古米をモソモソと食べていた状態で。
年が明けてもまだ古米食べてて。
見かねてY田さんが引き取ってくれたの(笑)
けど、そのツケは今年に回ってて。
新米を食べたのが今年の3月という有様。
当然、60キロ来てるんだから秋までに
消化できるわけがない。(^^;)

結局8月中旬の時点で40キロまだ残って
いる状態なのですた。(恥)
これじゃあ来年1年分もあるような
状態だよぉ(汗)

・・・そんな話をエノ*カのケロちゃんに
したら、彼女は羨ましがってて。
彼女は1人暮らしなので、基本的に
自炊生活なんだけど、1人ってね、
作る気にならないし、食べる気にもあまり
ならないもんなんだよ。。。
だから、ぱんちゃんがママが旅行に
お友達と出掛けるのを良い事に
ご飯を汚して(味を付けるという意味)
作って持って来ちゃる!って事になった。

これは凄く画期的なんざんすよ!
ご飯が減る上に、ママが旅行中1人になる
ぱんちゃんは恐らくご飯を食べなく
なるだろうからね。
白いご飯よりご飯を汚して食べるのが好きな
ぱんちゃんなので、シッカリ食べるだろうと
自分でも思ったのですた。

さて。

ママが旅行に出たのが8月16日。
朝7時に横浜駅集合というツアーで、
行き先は白馬。
お友達と某駅で6時に待ち合わせだそうな。
けど、もう6時だとかなり気温があがって、
歩いて駅まで行くのは大変。
ぱんちゃんは8時頃毎日通勤で
歩いているからその地獄はよ〜くわかってて。
第一、朝6時に起きると
ぱんちゃんの部屋の室温は30度ですからね。
膠原病持ってるママにはかなり堪えると
思ったのですよ。
駅に着く頃には化粧した顔が汗で剥がれて
シマウマ状態だろうし。(笑)
なので、ぱんちゃんが車で友達拾ってから
駅まで送って行く事に。
更に朝早くじゃ朝食も食べないだろうからと
朝ご飯のお弁当とお昼も出ないという
ケチ臭いバスツアーなのだそうで、
(ぱんちゃんは自分が稼いだ自分の以外の
お金を触るのが余り好きじゃない。
だからアルバイトもお金を触らないような
バイトをしたし、仕事も現金を触らないような
仕事をしている。
ぱんちゃんの為にお金を残さなくてもいいから、
ママはママがお友達と存分に楽しめ、
贅沢したっていいじゃないかと思っている。
だって子育ても終わったのだしね。 笑)
お昼のお弁当もぱんちゃんが作ることに。
どうせ暑くて寝てらんないんだしね。
んで、朝4時に起きて作ったのでした。
一応昼と朝のお弁当のおかずはダブルおかずも
あるけど、ダブらないおかずも多くしますて。
ママは午前2時頃ご飯を炊きにキッチンに
行った後は泥のように寝てて。
ぱんちゃんに4時40分に起こされるまで
ぐーっすり。
ぱんちゃんがうーちゃん号で送ることで、
5時40分にお友達を拾うという事に
なっていたので、ぱんちゃん達は自宅を
5時30分には出ないとならない。
半分寝ぼけているママは化粧と着替えで
精一杯。(そんなこったろうと思った 笑)
で、ぱんちゃんはママを起こす前に
お弁当を作り、更にエノ*カへ持って行く
きのこの炊き込みご飯の下準備を
してたのですた。
(我ながら凄い)←普段やらないくせにね。
・・・え?(汗)
で、ママ達を駅まで送り、ぱんちゃんは
きのこの炊き込みご飯を炊くべく、
種(きのこ)をお水に30分浸したお米と
混ぜてスイッチON!
(ママを送る時間が勿体無いので、
ご飯をちゃん磨いで30分置き、
家を出る前にお米を出汁と一緒に
お釜に入れて30分浸しておいたのですな)

で。

実はヘルペスだとKさんが
自信たっぷりに断言したので、
病院に行く事にしてたのでイソイソと
仕度してたんだな。
んで、ご飯が炊き上がったので
食べてみたら。


・・・なんか味が変。
っつーか、殆ど味がないようなあるような。

なんでだろう???

と、思ってよ〜く考えてみた。
そして答えが直ぐに判った。

ぱんちゃんね。
きのこの下味はシッカリ付けたのに、
肝心のお米の方に味を付けずに
炊いたのよ(汗)

ううう、こんなもの、人にあげられない。(涙)

と、いうことで。
作り直し=病院なんざ行ってらんねぇ
と、いうことに。
しかも4合も炊いたこのご飯は、
ママが帰って来る日曜日(旅行に
出たのが木曜日)までぱんちゃんが
4合1人で全部平らげないと
ならないハメに。。。。
いくら汚れたご飯が好きとはいっても
さすがに飽きる(T―T)
ママは携帯が無いのでお友達が絶えず
メールをくれてたんだけど、その事を
書いて返信したら笑われていたらしい。

4合も食べるのか。。。あたち(号泣)


 < 過去  INDEX  未来 >


ぱんな(Panna) [MAIL] [BBS]