だいありー

2003年10月02日(木) お医者ちゃんがお医者さんになった日

NHKの番組で「プロジェクトX」という
番組がある。
この番組は世の中に貢献した人を題材に
放送しているドキュメンタリー番組で、
とても人気があります。
ぱんちゃんも毎週ではないけど
結構見ては感動してます。

10/2の放送で、すっごい感動したので
ご紹介しようかと思う。

札幌の北大で消化器内科として
研究に没頭していた27歳のある先生は
ある日教授に呼び出された。
毎年「1年」という約束で医師を
過疎の村に派遣している。
「そこへ行ってくれ」という。
広大な北海道の過疎の村。
人口はわずか3000人だけれども
ともかく受け持つ患者が広範囲。
バスも通ってない雪深い道を
奥さんと共に歩いてきた。

その前の年、その村は大地震に見舞われ、
診療所は荒れ放題、村も荒れ放題だった。

昆布漁を主な収入源としている
漁師達の村だった。

この村には毎年医師になりたての
経験の浅い医師がいつも派遣されてくる。
診療所兼自宅に入ると、
前任者の飲みかけのお酒の瓶が転がっている。
「1年で帰れる」
そう思って翌朝を迎えた。

・・・患者は殆ど来なかった。
「歓迎会」と称して村長と数人の漁師達の
飲み会があった。
先生はそこで「歓迎」なのか「イジメ」なのか
判らない状態となる。
村人達がこう言ったからだった。

「あんたらは大学に戻る事しか頭に無い。
 往診にも来ない。そんな奴に命を預けられるか!」


この先生は夢があった。
大学で最先端の医療を学び、
札幌に土地を買って、開業したい。
ここにいたのでは、最先端の医療は学べない。

それでも、この先生は、
雪が降ろうとも嵐が来ようとも往診カバンを下げ
患者の元へ走った。
それから1年、先生と村人の間に信頼関係が
出来始めていた。
1年後、村人達が診療所に押し掛け、

「先生、大学に戻らないでくれ」

と土下座する人、
おばあちゃんが泣きながら訴えるなど、
本当に懇願されたという。
内科なのに眼科・耳鼻科まで請け負い、
更には内科医なのに手術もし、
更に産婦人科までこなした。

気がつけば7年経っていた。

大学に帰ろうと決意し、
その年にチリで大地震が起き、
その影響が北海道を襲った。
大津波が来たのだった。

漁師の知らせで患者を山に避難させた。
自分は津波の後に診療所に戻った。
村は壊滅状態だった。

初めて自分が取り上げた、
たまのような元気の良い女の子が
津波に攫われて亡くなった。
7歳だった。

このお医者ちゃんの背中をずっと見てきた
看護婦見習の女性が、先生の手ほどきを受け
猛勉強し、看護婦の資格を得た。
漁師の息子が中学を出た後、
突然訪ねてきて「働かせて欲しい」という。
先生の手ほどきを受け、
レントゲン技師として働く。
彼は後に東京に出て漫画家となる。
ペンネームは モンキー・パンチ。

そう、あの「ルパン三世」を世に送り出した
漫画家です。

この津波の天災を機に、
お医者ちゃんは大学には戻らず、
開業もせず、この地に根を下ろした。
このお医者ちゃんのお陰で、
現在は救急車が配備される病院となった。
現在75歳。
ぱんちゃんパパが今年76歳になる予定だったから、
このお医者ちゃんはパパより一つ年下。
昭和3年生まれかぁ・・・。

大動脈瘤という
故 石原裕次郎さんと同じ病気に倒れ、
手術を受け、2ヵ月後に戻って来た。

白衣を着て待合室に姿を見せたお医者ちゃんに
待合室にいた患者さん達が一斉に立ち上がった。
泣き出す患者さんもいた。

「また先生に診て貰える」

この先生は現在はこの村を去られている。
後任の先生も決まった。

27歳という駆け出しのお医者ちゃんが、
たった1年で村に来る医師との冷え切った
村人達との仲を修復し、信頼関係を持った。

このお医者ちゃんは、
まさに28歳という若さで
お医者ちゃんからお医者さんになった。


ぱんちゃんパパの築地の先生たちも
そういう先生ばかりだったと思う。
パパのために一生懸命だったもんね。

奢り昂ぶりを捨て、
間違ったプライドを脱ぎ捨てる事が
出来る人が、本当のお医者さんだと思う。
もちろん、研究も大事!


・・・だから学会費の支払いを滞納しないで
ちゃんとお勉強してちょうだいね!(謎)


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