だいありー

2003年03月19日(水) パパの車を処分してマーチをリースした訳 1

パパの車を処分することに、
大概の人が「勿体無い」と言った。

「ペーパーの癖に、どうして家の車を乗らずに
 新しいマーチをリースして練習するんだ。」

と叔父(ママの弟)が言った。

アンマリそういう意見を耳にするので
日産の営業のお兄ちゃんに言われた事、
マーチをリースすることを決断した理由を
書こうと思う。
ちょっと長くなるので(またかよ)
何回かに分けて書こうと思う。
いちいち同じ事を言われるたびに
説明するのは面倒臭いから。


車は法的に家と同じ扱いとなるため、
名義人が死亡すると、スクラップにするにも
人に譲るにしても、下取りに出すにしても、
大手中古販売店に引き取ってもらうにも
全て名義人の家族(相続権のある人とその兄弟)の
印鑑証明が必要となる。
パパが転移した際にママがお友達に

「うちは亡くなってから車を処分するのに
 酷い目にあったから、
 あなたたちも早くした方がいい」

と言われた。
実はパパは自分の癌が転移した事を知った時、
新しく主治医となった内科の先生から
本当に辛い話があった。

「抗がん剤しか治療方法が無い」と言う事と、
「もしも抗がん剤が効かなければ2ヶ月の命」

と言う衝撃的な事実だった。
パパはその時に「車を売ってくれ」と言った。
ぱんなはそれでも望みは捨てなかった。
パパの車に対する思いは、
失った自分の右手の薬指から始まっている。


パパは日本○管に勤めている時に、
鉄の板に指を挟まれてしまい、
右手の薬指が壊死してしまった。
このままでは腐ってしまうからということで
壊死した右手の薬指を切断した。

パパは泣いたという。

術後しばらくは、亡くなった指が
まだあるような感覚に襲われ、
無い筈なのに痒くてたまらなかったという。

仕事中の事故だったので、会社からは労災が下りた。
失った指の自分を人から後ろ指さされない為に、
その下りたお金で教習所に通い、車を1台買った。
当時、テレビ以上に車は高嶺の花だった時代で、
周りの心無い人からは

「指1本落としただけで車が買えるなら
 俺もそうするかなぁ」

とパパに向かって僻みを言う人もいたという。
昔はちょっと障害を持っているだけで
変な目で見られたり、口を利いて
もらえなかったりする時代。

今も陰険な時代だと言うが、
ぱんなから言わせれば、当時も今の時代と
そうたいして変わっていない。
ただ、今は障害を持っている人を
理解しようとする人も多いし、
昔よりも進んでボランティアとして
活動する人も多い。
むしろ今の方が障害を持っている人に対して
優しい時代だと思う。
パパを僻んでそんな心無い事を言ったヤツに
今もしも会うことがあったら、
後ろからケリ入れてやるところだ。
(気分的に 笑)

ぱんなが記憶しているのは、
日産ブルーバードに乗るまでには
3回くらい車を乗り換えている。
ブルーバードの1台前はトヨタの
カローラ(マニュアル車)、
その前は日産スカイライン、
その前はママがパパと
再婚した時に買った車・・・。
車も無い、免許も無い、指も無い・・・
男として、一家の主として人に後ろ指を
さされないように必死で生きてきたパパ。

そんなパパが「車を売れ」と言った時は、
「絶対に嫌だ」と思った。

「癌がもしかしたら奇跡的に治るかも
 しれないから、その時に大切な車が無かったら、
 パパ、悲しいでしょ。」

そうパパとママに言った。
退院して家に帰って来た時に、
2台入るガレージに何も無くなって
いたという、パパの喪失感は
計り知れないと思った。
だから売らなかった。

思えば、この時から運転するように
ぱんなが頑張れば良かったのにね。(涙)

パパの肝臓に散弾銃が打ち込まれたような癌は
先生のご尽力によって一時的には消え、
パパの調子も安定していた。
去年の7月、
「もしかしたらもうこの世にいないかもしれない」
という覚悟を決めていたパパが、
7月から9月下旬まではちょっとした買い物や
近くの病院への点滴くらいなら
車を運転して一人で出かけていた。

車を売らなくて良かった

と、本当に思ったものだ。
そして。
昨年の12月。
11月から歩けなくなったパパ。
もう、治らない。
・・・悲しいけれど、現実は厳しい。
それで車の事をママがパパに相談した。
パパは名義変更には首を縦に頷いたものの、
売ることには一切答えなかった。

それで、車を買った時の営業マンを指名し、
12月に名義を変更した。
これで、いつでも車は家に置いておける。

次にパパが病院に行く時は救急車での移動に
なることは誰でもが判っていたから、
救急車に運ばれるパパがガレージを見た時に、
確実にブルーバードはそこある。
書類上ではぱんなの車であっても、
パパが買って、パパが選んだパパの車。

パパが亡くなってから、
このブルーバードはお葬式の2日間と
納骨の1日しか動かしていない。

ぱんなは「車体が大きいから嫌だ」という
固定概念がある為、乗ろうとしない。

3月、日産の営業のお兄ちゃんから電話があった。


☆つづく☆


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