まだ、やってます。
今日も、かいこさんの日記。

2011年10月28日(金) 心の中に


雨の音につけても。

夜の匂いにつけても。

夕焼けにつけても。

どこにでもいるんです、

どこにでも思い出されるんです。

自分の勝手な思い込みだけれど

心に水が注がれて

生き返るんです。















ちょっとびっくりすることがありまして
ショックというのではないんだけれどー
複雑と言えば複雑な心境ね。
ちょっと心の整理がかるくつきかねて、
明確な言葉での着地点が不明瞭なまま、
不安定でとんがった形になったりして、
‥ちょっとらしくなかったかも、です。

でももうだいじょうぶ、
ちらちらと自分らしい心の在り方というか、
しあわせなことの見つけ方、
取り戻せるはずです。
今までもそうだったから、
だいじょうぶ。
時間がたてば、だいじょうぶ。



あぁ、なにかいいことないかな。
楽しいこと、みつけようかな。


ではまた、書きますヽ(^。^)ノ



2011年10月07日(金) 簡単なこと

今日は子供がいるときにパソコンしなかった。

ら、

すごく円満だった、そうだったんです。

しばらくは大人しくしてようっと。

私ってバカだもんな。










あさって、流星群は、見えるのかな。



2011年10月06日(木) (大)反省

今日も
子供にいやなおもい
させてしまったよ・・

もうほんとうに自分が
いやになる。

なんだろう、あの、
なにする気力も湧き起らなくなる
あのかんじ、

2,3歳児育児の
誰も通る道なのだと思うけれど
それでつまづいている自分なだけ?
私余裕ない?
子育てに向いてない?できない?
素直になれてないだけ



子供は泣いて、
おかーさん、おかーさん、っていう
おかーさんすき、すき、すき、っていう
母親に、嫌われたくないのだよ。
嫌われてしまうかもって、思ったのだよ。
どこかにいってしまうかもって、思ったのだよ。
どこにもいかないで、ずっといて、
だっこして、なでなでしてって、思っていたのだよ。

ごめんなさいね、
ごめんなさいね、
今日はもう早く寝るね。



2011年10月01日(土) もやもや

今日はもうだめだめでした。
ときどきどうしても自分はまだ子供を持つほどの
責任も何も持ち合わせてない
しょうもない人間ではないか、と思えて
何をするにおいても気力が湧き起らなくなることが
あります。
ときどきくるイライラの波なのだとしても、
たとえば親のちょっとした言葉にいらついて
それのはけ口が子供になるといったような、、、
子供って叱りつけてしまうことが多いでしょ、
だからはけ口にするつもりはさらさらなくても
叱るようなこと子供がするから
語気が荒くなって、結局はけ口になってしまった‥
というような。はぁぁ。

今日は本当にだめだめだったよ。
寝るちょくぜんまで
おかあさん、ごめん、ごめん、って
私もごめん、ごめん、って、言っても
だからって笑って許して絵本を読んで
あげられるような気持にもなれなくて、
半泣きされても結局電気を消したまま
ふとんのなかで独り言をいいながら
ゆるゆると眠ってしまった娘。
寝てしまったあとにまた「ごめんね」って
あたまをなでたら、「ぅん」と
小さく言ったか言わないか、つぶやいたような。
こういう一日の終わり方が
本当にこころに苦い味を残して
夜の縁へ落ちていくような閉塞感でいっぱいにする。
自分でもなんでこんなことしてしまうのか
よくわからないよ。

すべてがうすっぺらくて
こんなに悲しい気持ちなのか惨めな気持ちなのか
よくわからないとにかくマイナスな心でいっぱいに
なっているのも、どこか嘘っぽくて、
じゃあこの胸のあたりがもやもやなっているのは
一体何なのか、手を伸ばしてみてもつかめない靄のように
手ごたえは何もない、目を凝らしても何も見えない
でも確かにここにある、胸がつかえるような、、、
ただのちょっとしたマイナス思考なだけ、
病気でも何でもないんだよ、私なんて。
マイナス思考でも、どうして素直に認めて
いいほうへ向かわせることができないんだろう。
それがいちばんの問題なの、ということは
なんとなくわかっているつもりなんだけれど。







もうすぐ実家に帰ってきて一年が経とうとしています。
金木犀も香って、少し涼しい風、過ごしやすくって
とてもいい季節なんだけれど、
やっぱり一年前のことを思い出してしまったりすると、
すごく心が苦しくなって、
思いださなくてももういいのに、なんども繰り返し
あたまの中を色んな事が巡ったり。
本当に苦しいです。

離婚したことは、私の中ではもうとうに過ぎて終わったことで、
今はとても落ち着いて穏やかな毎日ですし、
とくにぜいたくしてるということもないですが、
ささやかに豊かにゆっくり平穏に過ごせて、
もしかしたら私の人生の中でいちばんすてきな
ときを過ごせているのではないかと思うのだけれど、
私がときどき心を塞ぎ込ませてしまって、
子供たちに辛い思いをさせてしまうのは、
やっぱりそのことがあるからなのかなぁ‥と
ときどき思います。
当たり前の家族構成で、当たり前に幸せそうに、
子育てに一喜一憂して、でも楽しそうにしている友達を見ると、
やっぱり心のどこかで、僻んでるの??
なんだか心の奥のほうで、カサカサになってへばりついて
とれない、かさぶたのもののようなものが
手で触って煙たく思うような、そのようなかんじ。

私自身こうなるなんて思ってもなかったけれど、
今も昔もシングルの人を劣っているとか欠けているとか
思ったこともないし、今ももちろんそうだし、
今が穏やかであれば私はそれも選択肢の一つとして
まったく間違ってはいないと思ってはいるけれど、
そのこと自体がやっぱり負い目に思ってしまって
いるのかなぁ、なんだかよくわからないもやもや。
立ち向かうべき大きな山場、、というわけでは
まったくなく、
平穏な毎日の中でもくもくと挑む、
静かなるたたかい、のようです。








寝付いた子供の顔を見ると
本当に心苦しくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ただのもやもやなの。明日には晴れてなくなれば
それでよいんだけれど、
きっとまたやってくるかもしれない。
そのときに私は、どうして、どうする、、
どうすれば、なにを、どうすれば、
とにかく、こんな心の葛藤ともいえない
ただのもやもやで、私のことなんかで
子供に一瞬でも悲しい思いをさせるのがつらい、
それがわかってても、それがとめられない
情けない自分がつらいのです。

でもでも、
明日はもう笑っていたい。
それは本当につよく思っているよ。









乱文乱筆、今日はもう見直ししないよ。
ここで書いて吐き出すように、
ちょっとでいいから誰かに寄りすがりたくなる
そんな気持ちは、確かにあるけれど、
もう今の家族以外の誰か他人と
生活を共にするなんて自信さらさらない私が、
そんな心の内をさらけだすようなことおこがましい、
できっこないって思います。思ってしまいます。
でも本当はね、心の内をさらけだせれば、
それが素直にできれば、
こんな苦しい思いをすることは
なかったかもしれないのにね。
って、そんなこと今さらいってもね。

まぁいっか^^
離婚のことでもつらつらと色々書いたら、
少しはらくになるのかなぁ。
聞かれたら何でも答えられそうだけれど、
この場であっても、いざ白紙に向かうと
まだ早い‥と心のどこかで思っているのかな。
なかなか筆は進みません。ま、無理はせずにね。
いつか書けるようになったら、
きっと、書くと思います。

でも今日は少し書いて、落ち着いたかも。
ごめんなさいね、こんなの。
でもこんなダメな自分の心の中ぐだぐだでも、
残しておきたいと思うの。
笑って話せるようになるまで。
ではまた。
子供にはやさしくします、ぜったい。
おやすみなさい。



2011年09月04日(日) 息継ぎ

鬱々としてしまうのを
雨のせいにしてしまうなんて
ずるいのかな。

それでもちょっとのお買い物と
ちょっとのお散歩と
ちょっとの一人の時間とで
こんなにも生き返ることができるなんてね。



沈んだり浮かんだりのあいだで
たった一度しかないたった一度の
今日の息継ぎ。
忘れたころに酸素を飲み込んで
また苦しくなるまで無我夢中で。



こうしてここで言葉にすることも
息継ぎね。



2011年08月29日(月) 大丈夫

いつものブログで
当りさわりのないことを書いたあと
こっちへ移動‥

定期的にやってくるね
なにをしてもダメダメスイッチが入ってしまう日、
かわいそうなのは子供たちだよ。

私にはどうしても
自分がまっとうな人間じゃないっていう
劣等感みたいなものが振り払えないでいて、
関係ないことでへこんだときにも
どうやら自動的にそこへ辿り着いて
自分自身を卑屈に思ったり
ひとの満ち足りた様子を僻んだり
よけい負のスパイラルに落ち込んでいく癖があるみたい。

そんな自分がいやなわけではなくて、
そんな自分を隠そうと
自分をいいように取り繕って受け答えする、
そんな自分が嫌いなのです。
本当に、今日は、こころがうんざりしてしまった。

ことばを入力して、消して、また書いて、やめた。


もう、無理しなくていいよ。
コメントするのはもう、当分やめてたらいい。
卑屈になったり僻んだり、
そんなの誰でもあるよ、認めなよ、
自分は今、しあわせに生きてるんだよ。

‥それはわかってる、
でも本当につらい記憶なんだね。
戻らなくてもいい過去が甦ってきては
もう戻りたくない、と怖くて震える。
戻る必要もないし、戻れもしないと
100%決まっているのに、それが揺らぐ。
今がじゅうぶんだってことも
引き剥がされてしまうように、苦しく
締め付ける。

そして、深呼吸して、
大丈夫だよ、今はもう、大丈夫なんだよ、って
自分に言い聞かせる。
忘れたい。けど、心の中で痛すぎて、
乗り越えてきたあの時間を、消すことができたとしても
それはそれで、悲しいと思うかもしれない。
悔しいけど、大事なのだ、
癪だけど、今がある証拠なのだ、
消せない。

もうそっとしまっておくだけ。
そうしておくよ。




本当に、無理しなくていいからね。



2011年08月27日(土) 夏の終わり

ソファに横たわって

涼しい午後の風が揺らす風鈴の音につけて思う

あのひとは今どこにいて何思う。

とおいとおい世界のこと。



2011年08月19日(金) 彼女は。

彼女は私と似てる。

好きなマンガとか、

学校で好きだった場所とか、

映画の中の好きなセリフだとか。

ちょっとマニアックな曲がり道のその先で

ひっそりとひとつに道がつながったような

そんな共通項。

あとね、彼女ならきっとこういう景色に

心奪われているんだろうな、って

夕焼け空につけても、静かな夜の海につけても、

勝手ながら私はそう思いながら景色を見ていることもあるよ。

でも少しだけ肌触りが違って

それほど無二の親友という位置でもなくて

それが微妙なところなんだけれど、

彼女はとってもデリケートで

私はどちらかというと神経が図太いんだ。

だから深入りするのをちょっと恐れている自分がいる。

何気ない会話をするぶんには

共通の価値観を持った大切な友達って思っているけど、

きっと彼女も。

むずかしいけど、大切なんだ。

だけどやっぱりどんなばあいも人間関係ってむずかしいね。



2011年08月18日(木) なにかたのしいこと

夜風も涼しくなって

なんとはなしに次の季節を思います。

それともまだまだ熱帯夜はやってくるのかなぁ、






「なにかたのしいこと、ないかなぁ」

が、くちぐせ。

来年はもう少し自由に

いろんなことに挑戦する予定。

することリスト作っておこうかな。

とりあえず今すぐすることは

写真のデータの整理ね、

あとお世話になったあの人にメール。



2011年08月11日(木) 夜に鳴く蝉

網戸ごしに満ちる月、
聞こえる声は蛙、涼むし、蝉の声。



この部屋は裏の梨畑に面しているので
昼は蝉の鳴き声のシャワー、
夕は蜩、ふいに夜中に鳴き出す蝉。
暗闇の中で何を思って鳴くの。



否、今日は月の光が出ているのでした。
さてわたくしも月光の中
もしゃもしゃ、少し妄想でもしながら
眠りに就こうと思います。
おやすみなさい。


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かいこ [MAIL]

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