The color of empty sky
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2007年02月12日(月) 生まれかわるところが

例えば美味しいものを食べ、友人知人と笑いあうひと時でも、私の心はやっぱり張りつめていて。
またねと手を振る笑顔を、帰り道へ踵を返しながらどこかにしまいこむときに、ああ疲れた、とつぶやいてしまう。
それは相手のせいではなく自分のせい、笑顔を作れば作るほど、心の隙間に猜疑心が増殖してゆくような、どす黒い血が広がるような。

国家試験が終わり、歯の矯正が終わる頃には、私がこの街にいる理由が本当になくなってしまうなぁ、とふと思った。
そんなときに、こっちに来て一緒に暮らす?なんて言われたら、そりゃ心がぐらりともする。

自分を変えることが出来るなら、どこにいても自分の存在意義を疑うことなく、人の事も信じられるようになるだろうか。
誰か一人だけ信じられる人がいたら、その人だけを信じて生きてゆけるだろうか。




この頃は、もう随分前にジャケ買いした羅針盤「らご」を聞いてます。
近所に出来たレンタルショップ、廃盤になっているものも結構充実していて、うっかりうろうろしてしまいます。
読んでも読んでも読みつくせないぐらいにたくさん面白い本があり、聞いても聞いても尽きないくらいにたくさん素敵な音楽があります。
そしてそれらが拡散する宇宙のように、これからもずっと増え続けてゆくのでしょう。
・・・などと考えて仰向けにベッドに倒れて目をつむれば、ひと時脳裏には真っ黒い闇とそこに浮かぶ明るい星たちが見えるようです。


2007年02月05日(月) 風のリグレット

探し物をしていたらCDが出てきた。
「リアルサウンド〜風のリグレット〜」のサウンドトラック。

リアルサウンドといえば、画面真っ黒の音声だけのゲームということで話題になった(評価されていたかはちょっと憶えていない、あえて忘れておく)。
そして思い出すのがあの時代の寵児、あのデブ、飯野賢治。
あのゲームをプレイしようと思ったのは、音楽を鈴木慶一氏が担当していたからという単純な理由なのだけど、サウンドトラックを再生してみると、ゲームのひとこまひとこま、脳裏で描いたあの光景や声優として出演していた篠原涼子の声やらがふと蘇ってきた。

昔を思い出して、ああと溜息をつくことが多くなってしまったなぁ。
それにしてもこんな沢山の記憶が一体どこにしまってあるんだろう、普段は思い出しもしないってのにね。
それにしても篠原涼子、いい女になったよなぁ、とか思ったり。


2007年01月14日(日) さよならデネブ

そういえば引越しのたびにプロバをころころ替えていて、今はOCNでメールアドレスはあるけれど使っていない。
そもそもマメな方ではない上、必要な人の連絡や生存確認も携帯メールやらmixiやらで済ませてしまうので、メールなど滅多に出さない。
色々なサイトを利用するうえでの登録用、バイトでデータをやり取りする場合などは、Gmailを使っているし。

この日記を書き始めて少しした頃から、freemailという無料のメールアドレスをなんとなく細く長く使い続けている。
ほんのたまに忘れた頃に、そこには「元気ですか?」という、ネット関係のお知り合いの方からのメールなども流れ着いている。
スパムやらなにやらのせいで、色々なメールアドレスを作っては潰しを繰り返してきたけれど、このアドレスだけはなんとなく潰すこともなく。
しかし、サービス廃止とのことで今月いっぱいでこのアドレスともお別れすることとなる。
このアドレスには、ちょっとだけ思い入れがあったんで、寂しいなぁ。



それにしても、年末年始の暴飲暴食で確実に太ったのがショック・・・


2007年01月10日(水) 君のいた誕生日

この街は昔から好きだった。
飲み屋とチンピラが多くて、ちょっと田舎臭くて。
君の生まれ育った街だからかも知れないし、縁あって私が今働く街だからかもしれないし。


一軒のバーがあった。
沢山の洋酒に囲まれた上品なマスターのいる、薄暗い小さなバー。
年末年始も休まず営業しており、行く当てのない私たちはそこに流れ着き落ち着いた。
カウンターの上に落ちるスポットライトが、グラスをきらきらと照らす。
舌先を痺れさせながら舐める、まん丸の氷の浮かぶ薄緑色の美しい液体はアブサン。

綺麗な緑だね。
と、その後の言葉の続かないくらいに、ふたりで、私の手の中のグラスの氷の溶ける様を眺めていた。


2007年01月09日(火)

恩師から、たまにぽつぽつ在宅で出来るバイトをいただいている。
そういえば私、昔から宿題って全然出来なくて、出来ないという面で一人で自分を追い込んで精神的にやられてしまうタイプだよな、と。
分かっているつもりなのに、仕事を請けてからこの駄目さ加減を思い出すので困ってしまう。
お金の為というよりは、自分と向き合う訓練だと思って頑張ろう。
もうそろそろ、夏にある国家試験の勉強を始めなければならないので、その訓練、訓練。
思わず日記を書くことやスパイダソリティアに逃げてしまう、自分との戦い・・・


2007年01月02日(火) Don't Trust Over Thirty

Don't Trust Anyone Over 30 憎むよりも先に
Don't Trust Anyone Over 30 悲しむよりも先に
Don't Trust Anyone Over 30 怒りよりも先に
Don't Trust Anyone Over 30 嘆くよりも先に


その歌をはじめて聴いたのは小学生の夏だった。
大人の住む世界の歌だと思った、あの頃。

そんな私ももう30歳。
現実を見つめて地べたに這い蹲ることも、あの人を追って軽くこの地を蹴ることも、すべて自分の腹ひとつ。
さぁて、どこへゆくのかしら?


2006年12月30日(土)

荒波に押されるようにして、ぼんやりとしてる間に年の瀬迫る。
って感じ。

この年になったら出会いもなく新しい友達も増えないよな、なんて言ったりするけれど、よくよく考えたら出会いと別れを繰り返しで、減ってはいるけど増えてもいる。
特に今は、信頼できる、自分をさらけ出して接することの出来る友人が何人かいて、その存在がある種、自分の助けにもなっているような、どこかで守られているような、そんな気持ちがある。
今まで、身近にいる人に対して、こんな事って考えたことなかったかもしれない。


この先生きてたって、楽しい事なんかないだろうってのは知っている。
けれど、それほど辛い事というのもないんじゃないかな、って。
今年1年、どうにか乗り切れたみたい。
来年もまた、ほどほど頑張ろうかしら。


2006年12月25日(月)

クリスマスの雑踏を一人歩くことの空虚な気持ちなんて、慣れきってしまってしまった。
私のように孤独を抱えて目を伏せて歩く人々なんて、あちこちにいることだし。
それでもふと、幸せそうに笑いあう恋人同士であったり家族連れであったり、そういう人を見るといつも思い出すのだ。

姉の遺体を前に、「楽しいことも何もなく死んでいってしまって」と泣き叫ぶ母の声が耳に蘇る。
姉の生きた日々は楽しい事はあったのだろうか。
姉は何が楽しかったのだろう?

エンピツで日記を書き始めた最初の年、大晦日を姉と共に過ごした。
お刺身を買って遊びに行ったら姉がご飯を炊いてくれて豪華なチラシ寿司になった、なんて日記に書いたのを、ふと思い出した。
スーパーの惣菜コーナーのチラシ寿司の前で泣いてしまった、そんなクリスマス。


2006年12月13日(水)

なんとか精神的に復調。
忙しくてぴりぴりしていた社内も、仕事の終わりが見えてきて、冗談を言って笑える程度に空気が和らいできた。
先週は辞める事とか逃げる事ばかり考えていたからな・・・

一人で生きることは気楽であるけれど、なかなか一人で生き抜けるほども強くなれない。
愛が欲しいなんて贅沢はもう言わないけれど、信頼できる人たちは大切にしなければとつくづく思う今日この頃。


2006年12月05日(火) あごが痛い

まきはらのりゆき、とか聴いてみる。
今まで全然興味なかった、名前もヒット曲を知ってても、漢字で名前を書けない程度に。
だけどふとした拍子で出てきたMDのラベルの、懐かしい癖の字を指で撫でたりしていたら、なんだか急に聴いてみたくなってしまって。

気持ちが塞ぐのは雪のせいだけではなく、どうやらあごの調子が悪いからではないかとふと思った。
矯正中で奥歯の噛み合わせがすごく曲がっている気がするし、額関節あたりも痛いし、この頃ふと気がつくと歯をかみ締めているし、喋るために口を開けるのがすごく億劫で・・・
かみしめ症候群だかなんだか、そういうのがあるらしく調べてみたら症状ぴったり。
きっと寝ているときも歯軋りしているのではなかろうか。
ものを食べるのも億劫なのに、甘いものへの欲求だけは耐えることがないというのは何故だろう、嗚呼何故だろう。


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