池ポエム
ハンス



 なめらか丘陵

深夜3時。
頭をコツンと叩かれて、目が覚めた。
「ふぇ?」
右側には散々酔っ払って暴れた挙句眠りについた先輩A。左側には珍しく飲んだら案の定ふにゃふにゃになって先輩Aを萌えさせた先輩B。いわゆる川の字なわけだけど、もちろん我々は親子じゃない。こうなるまでにすったもんだあったのだけど、自分自身も酔っていたからいつの間にか普通に眠ってしまっていた。
今、起こされたけど。
「なんですかしずかさ」
「しー」
薄暗い中に、先輩Aがこちらに身を乗り出しているのが視界に入った。唇に人差し指を当てている。表情はよく見えないが、なんかやらかす前のいたずらっぽい顔になっているに違いない。というか、あなたが起こしといてしーも何もないでしょうに。
まだ酔ってるんだろうか。先輩Aは反対隣りの先輩Bを指さして、そっちそっちと小声でつぶやく。
「聞こえない?」
「?」
そう言われても、静まり返った深夜に余計な物音は一切しない。時計の針の音だけが耳につく。言われるがままに、先輩Bの方に近づいてみる。今日は珍しくお酒を飲んだから、頬が赤い。大人っぽいけど、どこか無邪気な子供みたいな雰囲気の先輩Bは、すやすやと眠っている。起きる気配はない。
顔に耳を近づける。寝息が近くに感じられる。すうすうという音に混じって、ふいにもぐもぐという音がした。時折、カチカチとも。
「なんか食べてんだろうね、仁美」
先輩Aが割って入るように、先輩Bのかおを覗き込む。
「ふふ、なんかかわいい」
いつもそうなんですか?と思わず聞きそうになった。それぐらい、優しい顔で、愛しい人を見る眼差しで。ベッドの上の二人は親密な空気に包まれている(片方寝てるけど)。そして、はっきりいって邪魔者以外の何者でもないだろう、自分は。
そろ〜っと、ベッドから下りる。ここから抜け出そう、他のことが始まってしまう前に。
「どこ行くの?」
「……あ、や、自分、隣りの部屋で寝ますね。適当に毛布借ります」
片手で眠る先輩Bの髪に触れながら、こちらの動きに気づいた先輩Aが視線を送る。
「なんで?」
「なんでって、そんな、その、そこまで野暮じゃないっす、自分」
「野暮?」
珍しく二人とも飲みたい気分だから、収拾をつけるために同席して。突然の呼び出しにもしゃきっと応じるのが後輩の務め。いつもなら大変気心の知れたペット1号(でもこの人も先輩)さんがいるのだけど、現在は妊娠中。仕方なくピンチヒッターでペーペーの自分が呼ばれたというわけで。
お二人が深い絆で結ばれた仲だということは聞いていたけど、こういう時どうしたらいいかまでは知らない。笑えばいいのかな。
帰る帰ると言ったのに泊まっていけと引き止められ、床でいいって言ったのになぜか真ん中に寝かされて。今に至る。
「ぶっ、……はは、は」
夜中なので思わず出た大笑いを必死に堪える先輩A。なんだろう、なんか変なこと言っただろうか。
「ふ、ふふ。ゆかちゃんから聞いてたけど、真面目だね、OOって」
「だ、だ、だって静さんとなぼさ」
「あのね」
ぎしっと音を立てて、先輩Aが近づいてくる。薄いシャツ一枚だけの、細いしなやかな身体が暗闇に浮いているように見えた。いや、自分がやらしい思考をしてるだけじゃなくて、この二人の、なんというか色っぽさみたいなのも悪いと思う。
固まっていると、くしゃっと髪を撫でられた。
「私はそりゃ、仁美さん大好きだけど。あ、今の本人には言わないでね」
それから、ぎゅっと。この人の十八番の、女子への抱きつき攻撃。ああ、もうこんなきれいな人がそれはずるい。
「OOとも仲良くしたいな」
ちょっとだけお酒の匂いがするのはご愛嬌。
夜中がずっと続けばいいのに。ずっと、先輩Bの歯がカチカチなるのを聞いていたってこの際構わない。


翌朝。
目が覚めたら、一人でベッドに寝ていた。おや、二日酔いで朝寝坊だと思ったのに、意外だな。二人ともどこいったんだろ。
台所から、いいにおいがする。
(このベッド、3人で寝られるぐらい広かったんだ)
多分、静さんに限らずいろんな愛人さんペットさんと一緒に寝るためにこの大きさにしたんだろうな。普段の行いのせいで、そんな失礼な想像をしてしまう。
「ふぁ〜あ」
仲睦まじい二人の美人との一夜。貴重な体験には違いない。
でもなるべく早く前任者に返還しよう。心臓の強いいなぐち先輩でないと務まらないよ。いろいろ刺激的すぎて。
向こうからどっちかが起こしにくる足音がした。






※いなぐちゆか
佐藤生木天目ペアのペット1号。かわいい雰囲気と声としゃべりだがハートは強い女。何かと二人のために働いてくれる。現在妊娠中。

2012年01月09日(月)



 そのてをとってそらをとぶ

 新しい発見をした。
 それは、いつもの爆発を伴う(むしろそれは必須)実験を通じてのことではない。いつもいつも理科室か生徒会室で実験をする姿を見慣れている生徒たちは、実験が理科教師の仕事だと思っているかも知れないが、それは少しばかり違う。理科教師(というか自分は)未知なることを見つけ出したいのだ。その手段が爆発、もとい実験というだけで、実験そのものが目的ではない。
 だから、時には実験ではない方法で何かを知ることもある。

 例えば、松本。いつも実験に協力してくれる大切な爆友。
 「うん? そこに誰かいるのか??」
 初めて会ったのは、今から数年前。いつものように実験していたら、ふと背後に人の気配を感じた。放課後に質問に来る生徒も少なからずいるから、部屋はいつでも自由に出入りできる。が、実験が佳境を迎えている時は自然とわかるのか、誰も近づいてこない。爆友は年中無休で募集中なんだが。
 「気のせいか?」
 ビーカーを一度、机に置く。誰もいない。さて、理科室にはその類の噂話はなかったはず。目を凝らして、教室を見渡す。カーテンを閉めていた室内は暗く、隠れるには絶好の環境だが、そんなことをする意味がない。入って来た時から誰もいなかったのだから、自習している生徒がいたりすることもない。
 しかし、結論から言うと、人はいた。
 一番後ろのカーテンが風で大きく膨らむ。一箇所だけ、窓を閉め忘れていたらしい。換気は良いが、これでは実験が成功しない訳だ。やれやれとそちらに向かう。途中、日の光が入り、広い理科室の隅が明るく照らされた。あ、と息を飲んだ。
 生徒が一人、一番後ろの机に座っている。
 暗闇に溶けて、その存在をまったく消してしまうかのように、佇んでいる。まっくろくろすけ、まっくろくろすけだ。古い家の闇に生息する、黒い毛玉のようなもの。あれによく似ている、と一目見て思った。
 彼女は黒髪の美少女だった。
 制服を着ているからここの生徒には違いないだろうが、見覚えはない。近づいてみると、口を小さく結んできょとんとした顔でこちらを見ている。改めてよく見ても知らない顔だ。とても小柄だから一年生だろうか。
 いつからいたんだ、とは聞かなかった。ここにいるのがごく当たり前みたいな顔をしていたから。
 「今、暇かい?」
 彼女は何事か口を動かしたように見えた。とても小さな、その唇を、微かに動かしたのを見逃さなかった自分を褒めてやりたい。だが、口を動かしたら必ず発生する音というものが、聞こえない。
 「もし暇だったらでいいんだが」
 爆友になってほしい。
 やはり、唇が動く。一瞬止まり、少しせわしなく動き、また止まった。さっきより伝えたいことが多いように見受けられる。実際は何を言っているのかさっぱりわからないが。ただ、その一生懸命な様子と、首を縦に振ったのをこの目で見た。

 その日、夕方まで付き合わせてしまった後、去り際に彼女は書類を置いていった。無言で。
 「やっぱり用があったのか、あの子」
 学校側からの備品購入に関するなんたらかんたらという正式な書類で、そんなものを持ってくるところを見るとあの子は生徒会だろう。
 「仕事だったのに、引っ張りこんじゃって悪かったな〜」
 今度、何かお詫びでもするか。
 名前も知らないけど。

___

 「松本ー、それ取ってくれ」
 無言でそれを渡してくれる。ついでに雑巾も持ってきて、小爆発のせいで散らかった机の上を拭いてくれる。その横顔は意志が感じられたし、何を考えているかもわかる。
 「これ、飲んでみてくれ」
 一瞬、表情が強張る。が、大丈夫、と力強くうなづいて渡したら、少し考えた末に一気に飲み干してくれた。
 初めて会った時から程なくして、彼女がどこの誰なのかわかった。同時に、少しずつ言いたいことがわかってきたのだ。よく見ていればわかる。
 そう、見ていれば。誰にだってわかるようになるだろう。ただ、あの日たまたま、カーテンが開いて日が彼女に差したから。だから見つけることができたのであって、そうでなければ今でも知らないままだったかも知れない。
 観察してみようと思うきっかけほど、天啓に満ちたものはない。
 なんだか苦しそうな顔して腕をぎゅっと掴んでくる松本を見ながら、昔のことを思い出していた。と、いうかこれ早くも副作用出てる気がする。え、なんだって? 膝が痛い?
 その日、松本は30センチ背が伸びた。

2011年09月04日(日)
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