毒茄子
レガお君

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■ 言うばっかり

開幕優勝は何とデビ。

正直、ちょっとホッとした。
開幕戦を獲った人がチャンピオンになる
確率がそれなりに高い。
が、今回はレース内容があのザマで
シーズン通して本当に怖そうな
モントヤとかライコネンが勝つ事を思えば
いつかはズッコケそうな
クルサードが勝ってくれたほうがいい。

レース自体はどんでん返しの連続で
なかなか面白かった。
レギュレーションの変更も大きかったけど
各メーカーのコメントが
「今日のレースを面白くしたのは
レギュレーションじゃなくて天気」と
FIAだけを喜ばせたくない本音が見えまくり。

モントヤもアグレッシブでいいと思うけど
ライコネンも想像以上に気が強くて
この先はかなり楽しみ。
実況の下手さは相変わらずで閉口。
何で15秒さと15周差を間違うねん。
だいたい、15周差って、
ル・マンじゃあるまいし。

転勤話を魚にメールしてから
結局レスはなかった。興味はないらしい。
どっちみち魚も転勤間近で
送別会系の飲み会は多そうで
忙しいのも理解は出来る。
でも、それじゃあまりに寂しいので
他の用件をメール。
日曜の夜なら少し余裕あるかなと
メールしてみたらすぐにレスが来た。

質問に対する返事だけで
異動には触れてない。
やっぱ、やつの中ではインパクト薄い事?
私の中で魚の転勤って結構大きいんだけど。
っていうか、やっぱり
魚の気を引きたい私。

タケから電話があって話す。
就職が決まった話や、
だからバイトを1週間で辞める話。
就職先がいかにいい会社かを教えてくれる。
「ツレとそこのHP見よってな、
思った以上に大きい会社でびっくりしたわ。
ツレも、お前ようこんなとこ入れたなって
びっくりしとった。
就職活動してて受かった会社も
いくつかはあってん、でも妥協せんと
探しつづけてよかったわ〜。」
入れるのと、やっていけるのは別の話。

タケの話は基本的には自画自賛的内容。
話のしめくくりは「俺って凄いやろ?」か
「俺ってアホやろ?」のどちらか。
凄いやろといわれても
所詮は若かりし頃のやんちゃ話だったりする。
自分の自慢がなくなると
自分の家族や友達まわりで、
自分がいかに強力な人脈を持ってるか
と言う話になる。あんまり面白くない。
タケとその周りの恩恵に預かろうと思うほど
私は弱虫じゃないし厚かましくも無い。

4月に入る初任給で
何かしたいことはないかというから
「八甲田山に滑りに行きたい」という。
行けるわけないとふんでの意地悪回答。
そのくせ泊まりに行こうと言われて
のらりくらりと話をごまかす。
今の気分でエッチなんて到底無理。
お返しに気を使いたくないから
もらい物も余りしたくない。

悪ぶった喋り方がうっとおしい。
髪拭いたか?とかいうお節介もうっとおしい。
私も知ってるような雑学を
わざわざ教えてくれようとするのもウザい。
「ごめんなちゃい」とか幼児語もヤダ。
何より、顔文字つきメールが苦痛。

そんなにイヤなら別れるしかない。

2003年03月09日(日)

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■ 無知は罪

フェラーリがフロントロー独占。

ついに開幕のF1。
おやつをどっさり買い込んで
お酒もスタンバイでTVの前に坐る。
とりあえずは旧車だけど
やっぱり赤い車が一番キレイ。

新しい予選は一発アタックだから
ものすごい集中力は必要だけど
TVで見てる側には
だんだん上がっていくタイムとか
終了間際の大逆転スーパーラップとか
いまいちドラマが少ない様に思う。
予選の駆け引きって
結構好きだったので寂しい。

今日は代打日勤。
ある患者さんにセデーションが始まってた。
LKのエンドステージで
でっかくて数も多い肝・腹部リンパ節メタ。
痛みがあるのと、もともと精神的には
とっても弱い患者さんで
「苦痛緩和のために」と家族の了解をとって
ドルミカムの持続静注。
それまでに使ってた痛み止めは
デュロテップ2.5�咾汎嵳僂離▲鵐撻奪�20�咫�

たったそんだけの薬しか使ってないのに
「苦痛が取れないから」って寝かせるか?
精神的に弱くて誰かが一緒にいれば
それで落ち着く時もある。
でも家族はそれをする気が無い。
その家族に、「側にいてあげて欲しい」
というアプローチはしてない。
だいたい、精神的苦痛は
セデーションの対象にはならない。

おまけに家族には
痛み止めの薬の知識がないから
今以上薬を増やすと言う方法も知らず
現状で出来る事は全てだと思うから
医療者が提案したセデーションを
あっさり受け入れてる。

患者はしっかり鎮静がかかってるから
痰だらけの口の中をいじりまわしても
びくとも反応がない。
夜はしっかり寝たらいいけど
昼間にこのディープなセデーション?
セデーションに至るまでの
アプローチにまだまだ何か
出来た事はあるんじゃないかと思うから
努力をせずに寝かせて
「黙らせてしまった」みたいに思える。

こないだの去痰困難の患者さんもそうだった。
たいした苦痛緩和の知識がないから
すぐに諦めて安易なセデーションに走る。
もっといろんな方法を試して
少しでも楽に意識のある時間を作り出したい。
そうすれば家族との会話とか
最期の日々をもっと有意義に過ごせるはず。
セデーションがかかってしまえば
意思表示はできなくなる。

それは人間の尊厳を奪ってる。

2003年03月08日(土)
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