| 2006年08月13日(日) |
ブライアン・ジョーンズ |
名駅「ゴールド劇場」に、映画『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』を観に行ってきた。 ローリング・ストーンズの初期のリーダーであるブライアン・ジョーンズの「謎の死」に迫る作品としての触れ込みだったが、結論から先に言えば、「あまりに表面的すぎて、つまらない作品」だった。制作にたずさわった方々がこの映画で何を伝えようといたのかがさっぱりわからなかったのだ。映画のなかのブライアンは麻薬中毒の偏屈な暴力男という面でしか描かれていなかった。仮に「麻薬中毒の偏屈な暴力男」だったとしても、そこに至る背景が描かれていればいい。そうした丹念な描写が一切なされていなかったことが、この映画の最大の失敗であると、断言してしまおう。 私は、ブライアンの存在をリアルタイムでは知らない。ストーンズと言えば、ミック・ジャガーやキース・リチャーズの名前が即座に浮かぶ。けれども、ブライアンの音楽的才能を高く評価する声は多い。様々な楽器を弾きこなし、ルーツ・ミュージックにも深い関心を持っていたようだ。初期のストーンズを牽引していたのは間違いなくブライアンであり、若くして亡くなったロック・スターたち(ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン等)とともに今では伝説の人となっている。ストーンズが成功を手にしていくにつれ、バンド内の力関係に変化が生まれ、主導権がミックやキースに移っていき、バンド内で孤立を深めていったとされるブライアン。 もしブライアンが生きていたら、などと無駄な想像もしてしまう私だが、亡くなって30年以上経った今もなおストーンズの音楽に大きな影響をもたらしているように思われるのだ。 「なぜ、今、ブライアンの映画が制作されたのか」もよくわからなかったが、一ファンとして映画館に足を運んだのだ。多少は期待していただけに、あまりに出来の悪い映画に落胆する私であった。
本日夕方、鶴舞「K.D.Japon」で、詩の朗読イベント『Bird-6 夏を笑う』(みおよしき・企画)が開催された。出演は、関西から池上宣久・土屋智行の両名、東海地区からは加久裕子 ・鈴木陽一レモン ・若原光彦、そして我々<沙羅双樹ふたたび>。 それにしても、今回のテーマ「夏を笑う」は難しかった。関西詩人勢はもともとそうしたキャラなのか、会場全体を笑いに包んでいたのだが、東海詩人勢はテーマを意識しすぎていまひとつこなれていないように感じられた。我々<沙羅双樹ふたたび>としても、反省点はあったのだが・・・。前半のオープンマイク(飛び入りの朗読)はなかなかの粒揃いだったね。 さてさて、我々<沙羅双樹ふたたび>だが、まずは往年のコミックソング『水虫の唄』(カメ&アンコー)からスタート。次に、夏撃波の詩『嵐を呼ぶ男〜山本秀雄の場合〜』を、沙羅のミンミン伴奏にのせて朗読。つづけて山崎方代の短歌を、私のギター伴奏にのせて二人で朗読。最後は、中島みゆきの名曲『永久欠番』を演奏。そうしたラインナップでの20分弱だったが、思いのほか緊張した。でも、発表の機会があるというのはうれしいもの。 <沙羅双樹ふたたび>としては反省点も多々ある。けれども、沙羅という得がたいパートナーを得て、夏撃波ソロとは違った表現ができることに喜びを感じてもいる。次なる機会に向けて精進していきたい。
| 2006年08月09日(水) |
恩師・鶴見和子さんを悼んで |
萎えたるは萎えたるままに美しく 歩み納めむこの花道を (鶴見和子歌集『花道』より)
7月31日、私の大学時代の恩師・鶴見和子さんが亡くなられた(享年88才)。南方熊楠や柳田国男の研究、地域住民の手による発展を論じた「内発的発展論」などでも知られる社会学者。1979年に『南方熊楠』で毎日出版文化賞、1995年に南方熊楠賞、1999年に朝日賞をそれぞれ受賞。1995年に脳出血でたおれ左片麻痺となり、車椅子生活を送りながらも、これまで書かれた著作をまとめた『鶴見和子曼荼羅』や、生涯の中でかかわりのあったさまざまな人物や学問上の関心が照応する相手との対談をまとめた『鶴見和子 対話まんだら』というシリーズを刊行。和歌や日舞、着物などの趣味の豊かさでも知られ、その方面の随筆、写真本などの刊行物もある。 鶴見さんは、学問に対する姿勢には厳しかったが、キモノのよく似合う美しいおばあちゃん先生だった。その生き方に学ぶところも多かった。冒頭に短歌を紹介したが、その歌からは常に前向きに生きてこられた鶴見さんの生きざまが伝わってくる。 生前に鶴見さんが詠まれた短歌を紹介したいと、今夜は八事「POPCORN」で開催されている「詩のあるからだ」に参加。鶴見さんの短歌数首を朗読。それと、『竹田の子守唄』をミンミンで演奏した。「詩のあるからだ」では、参加者個々の朗読の後、中島みゆき『あたいの夏休み』の詠みくらべスラムも行われた。 話は前後するが、最後に鶴見さんの短歌をいくつか紹介しよう。
みんみん蝉生命(いのち)のかぎり鳴きつぐを 我が歌詠(うた)うリズムとぞ聴く
生命(いのち)細くほそくなりゆく境涯に いよよ燃え立つ炎ひとすじ
おもむろに自然に近くなりゆくを 老いとはいわじ涅槃とぞいわむ
鶴見和子さんのご冥福をお祈りします。
夏本番!大須が熱い!! 今日、大須の夏祭りに行って来た。大須観音を中心に大須の街全体がお祭一色。サンバ・パレードに興奮し、カポエイラの実演に息を呑み、盆踊りで夏の情緒を味わい、クライマックスの手筒花火と大治太鼓のコラボレーションには血が騒いだ。 てな具合で、夏を満喫した一日であった。
スーパー一座の大須オペラ『青ひげ』を観に行ってきた。 『青ひげ』は、妻を殺しては又、次の妻を娶り、次々と妻を殺してゆく、残忍な青ひげ侯爵の、身の毛もよだつ恐ろしいお話(ペローの童話や伝説でお馴染みの作品だが、寺山修司もこれをモチーフに『青ひげ公の城』という舞台作品を残しているね)。しかし、どんなに恐ろしい物語も、大須オペラではハッピーエンドになってしまう。その結末は、ある意味でとってもアンビリーバブル! でも、文句なしに楽しいお芝居なのだ。200席程度の小さな芝居小屋にオーケストラの生演奏つきというのもうれしい限りだ。 やはり大須オペラを観ないで夏は越えられないね。
はいた。 「吐いた」でも、「ハイター」でもなく、「歯痛」。顎から耳にかけて頬の内側が強烈に痛み、鎮痛剤もろくに効かない状態で、大いに体力を消耗した。ちょうど宿直業務にもあたり、だいぶ難儀した。歯医者に行き、抗生物質を投与することで、徐々に快方に向かいつつあるようだが、薬の副作用で下痢にも苦しんだ。体調を回復させるまでにはあと数日要する見込み。気が滅入るよ。
久しぶりに、星ヶ丘「スローブルース」の「生音くらぶ」に参加。前は月3回くらいのペースで出演していた「生音くらぶ」にも、最近は仕事とかち合ったり、体調が思わしくなかったりで、月1回ペースになっている。 今日出演のメンバーは5〜6組。私は、フォークの名曲を中心に4曲をカバー。 「竹田の子守唄」(赤い鳥)をミンミンで、「青空と小鳥と終身刑」(南正人)、「赤色エレジー」(あがた森魚)、「胸が痛い」(憂歌団)をギターで、それぞれ演奏した。
| 2006年07月21日(金) |
<沙羅双樹ふたたび>出演情報(’06.8.12) |
来る8月12日(土)午後6時半から鶴舞『K・D Japon』にて開催される詩のイベント『Bird-6 夏を笑う』(みおよしき・企画)に、われわれ<沙羅双樹ふたたび>の出演が決定。詩の朗読と演奏とを織りまぜながら15分ほどのステージを予定。出演は他に、加久裕子 ・鈴木陽一レモン ・若原光彦・池上宣久・土屋智行の皆さん。よろしければ、観に来て下さい。 なお、詳細は下記のホームページなどでご確認下さい。
『Bird-6 夏を笑う』イベント広報ページ http://www5d.biglobe.ne.jp/~pocom/img-keep/news/Bird6.html
『K・D Japon』ホームページ http://www2.odn.ne.jp/kdjapon/
| 2006年07月16日(日) |
「続・ぽえ茶」ファイナル |
きまじめに 連絡事項 羅列され ふ〜ん わかった あなたの気持ち
ポップスと 演歌と どちらが好きですか ちょっと迷うな やっぱりロック
上記の短歌は、私のデュオ・パートナー、沙羅さんの作品である。今日の「続・ぽえ茶」で発表された。なかなか彼女の個性が出ていていいなって思った。 私は、自作詩も用意しておらず、荻原浩の小説『明日の記憶』の一節を朗読した。 「続・ぽえ茶」が今日16日で終了するとの話を数日前に知った。この会を運営してきた林本ひろみさんには感謝するばかりだが、発表の場がひとつまたなくなってしまうのかと思えば淋しい思いはある。外はあいにくの雨だったが、最後とあって参加者はいつもよりも多かった。 思えば、「ぽえ茶」の時代から多くの出会いをもたらしてくれた場でもあった。「続・ぽえ茶」は今日で終わる。けれども、これですべてが終わったわけじゃないだろう。新たな何かが生まれてくるのさ。そう信じてやまない。
カッコよすぎるぜ、山口洋。 今夜、伏見「ハートランド・スタジオ」にて行われたヒートウェーブのライブに行って来た。1990年にメジャー・デビューを果たしているヒートウェーブだが、誰もが知るバンドというわけではあるまい。本日の観客動員数はざっと100〜150というあたりか。でも、音楽のクオリティーの高さは、観客動員数やらCD売上に比例するわけではないんだ。 彼らのライブやCDを聴けば、その演奏技術の高さに目を瞠るはずだ。もちろん技術だけでは人を感動させられない。楽曲の良さ、その楽曲を演奏する表現者がオーディエンスに向けて発するメッセージの力強さ、音楽の力こそが人の心を揺さぶり、身体を踊らせるのだ。 ちょっとキザとも言える山口洋の詞世界も、バンドメンバーと共に奏で、高らかに歌い上げれば、決して嫌味にはきこえない。何よりも彼らは音楽を深く愛し、それを聴衆と共有しようとしている。聴く側も、それぞれがそれぞれのやり方で音楽を楽しんでいる。ライブ会場全体が何ともいい雰囲気なのだ。約2時間ずっと立ちっぱなしというのは肉体にはこたえたが、とても心地よいひとときだった。 で、彼らの演奏を聴きながら自らを振り返ってみる。キャラクター先行というか精神論主体の夏撃波だが、やはり演奏技術は向上させたいものだと強く思った。ギターももっと何とかしたいし、ブルースハープも演奏できたら・・・。それからそれから、欲張ったらキリはないけど・・・。だけど、いつか人々から言われてみたいのさ、「夏撃波さん、カッコよすぎるよ」って。
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