メイン・ゲストに桑原滝弥さん(詩人、from 東京)を迎えての「ポエトリー・リーディング・ライブ」が、鶴舞・K.D.Japonにて開催された。桑原さんが16編の詩を朗読、東海地区の詩人8名が2巡し、その他8名のオープンマイク(飛び入りの朗読)もあったため、4時間を超えるイベントとなった。終了したのは、日付をまたぐ間際。会は、異様なテンションで進行した。 私も、「現代能『隅田川』」の他、新作の詩や短歌を、ギター演奏付きで発表した。
| 2005年04月21日(木) |
短歌「はずむリング」シリーズ1 |
・しなしさとこ選手(女子格闘家)へ
やわらかな 陽射しに頬を 紅く染め 勝利を誓う 四月の空に
・我闘姑娘(女子プロレス)の選手の皆さんへ 闘いを 終えてうららか 春の日に 声援背に受け 君は旅立つ
君のため 春の野に出で 若菜摘み 君に手向けし はなむけの歌
五月晴れ リングサイドに 熱き風 ひと足早い 夏の声聴く
| 2005年04月20日(水) |
1ヶ月ぶりのスローブルース |
毎週水曜日開催の「Slow blues 生音クラブ」だが、先週と先々週はお休み、その前の週は私自身の都合で行けなかったため、今回は1ヶ月ぶりの参加となる。 今日はあえてギターは持参せず、ボンゴとカズー、その他パーカッションなど小さめの楽器を持って出掛けた。夜9時前に店に到着した時点で演奏予定者は3人だったが、その後三々五々演奏者が集まり、会は11時半過ぎまで続いた。 私は今回、「こきりこ節」(富山県民謡)、「赤とんぼ」(三木露風・詞、山田耕筰・曲)、「雨上がりの夜空に」(RCサクセション)の3曲を「叩き語り」。 最後はセッション・タイム。私は、ボンゴとホイッスルなどで参加。演奏者は10人前後といつも以上に多い。多いだけに大変盛り上がったセッションとなった。 私にとって、音楽は人生の妙薬。いや、もしかして麻薬かな? 音楽をやっている時の至福の瞬間、それがあるからこそ生きていける。つまりは、音楽は「三度の飯」? いやいや、私にとっては「酒」みたいなものと言えるのかもしれない。
| 2005年04月19日(火) |
短歌「ディア・ヨーコ」 |
先日、ギター・デュオの相方に誕生日祝いとして詩を送ったが、今回短歌バージョン(2篇)も作ってみた。
はらはらと 春の香りをはらみつつ 君が生まれし 葉桜の頃
黒髪に はらりと落つる桜花 四月の空に 光る万葉
| 2005年04月18日(月) |
ZERO-ONE MAX |
仕事が終わってから、プロレスを観に行った。名古屋国際会議場イベントホールで行われたZERO-ONE MAX名古屋興行。客入りはよくなかったが、試合のほうはまずまず盛り上がっていた。プロレスに求めているもの、それはきっと祭りの気分。お祭り好きな私なのだ。
| 2005年04月17日(日) |
詩「ディア・ヨーコ」 |
今日は、ギター・デュオ練習日。明日は、デュオを組むパートナーの○○回目のお誕生日。「詩人」である私から彼女へのプレゼントは、やはり詩であるべきだろう。というわけで、出来上がったのが「ディア・ヨーコ」という詩(下記)であるわけだ。
ディア・ヨーコ スポットライトが映し出す 永遠のロック少女 熱い鼓動をギターにのせて 君の歌声は天まで響きわたるだろう 耳をすまして聴いてごらん いつまでも鳴りやまぬ音楽がある
今日のお楽しみは、上妻宏光コンサート(静岡市民文化会館)。 でも、その前に、東京でもうひとつ用事があった。銀座付近の某ビル地下にて、女子プロレス団体「我闘姑娘」の「舞組」(市井舞&春日萌花)によるシークレット・イベント(?)が開かれたので、そこへと出掛けて行った。内容は、舞組によるラジオ収録(詳細はシークレットなので、これ以上は言えない)。今後インターネットで配信されると思う(たぶん)。 その後、銀ブラ(銀座をブラブラ)してから、鈍行で静岡まで移動。上妻宏光コンサート会場へと向かった。津軽三味線のニューウェーブ路線を行く彼だが、その演奏も好きなんだよね。年季が入った演奏というのとはちょっと違うが、若々しい発想から生み出される彼独自の音楽はなかなかステキだと思う。何より「津軽三味線が好き」「音楽が好き」というのが伝わってきて、とても好感が持てた。 というわけで、ここ2日間「津軽三味線づくし」だったが、心地いい日々であった。
宿直勤務を終え連休に入った私は、一度自宅に帰ってから東京へと旅立った。山本竹勇さん(津軽三味線奏者)のライブを観に行くというのが、第一の目的だった(第二の目的は、16日の上妻宏光コンサート)。 今夜、「邦楽ジャーナル倶楽部 和音」で開催されたライブのタイトルは、<山本竹勇・津軽三味線の魅力 〜門付け三味線を訪ねて〜>。木村詠里佳さん(大條和雄氏から門付け三味線を継承する)をゲストに迎え、津軽三味線のルーツを辿りながら、今日へと受け継がれてきた津軽三味線の魅力に迫ろうというもの。 同じ津軽三味線でも、高橋竹山氏の流れを汲む山本竹勇さんの三味線と、木村さんのそれとでは、三味線のつくり、弾き方、音色がまったく違っていた。津軽あいや節の弾きくらべで、三味線の個性の違いを強く感じさせられ、興味深く聴き入った。 10年くらい前に高橋竹山氏の演奏をテープで聴いて以来、津軽三味線に(というより、高橋竹山氏の演奏、あるいは生きざまに)強くひかれている私だが、今回この楽器の持っている力強さと繊細さ、そして背後にある歴史をあらためて思った。
中国の反日デモの様子が、連日報道されている。反日感情の高まりの背景には、日中間の歴史認識の違いがあるとされる。 「日本は、侵略の歴史を美化している」との中国側の主張は、大枠で正しいと思う。小泉首相の靖国参拝問題、歴史教科書問題など、昨今の日本当局の対応は首を傾げることばかりだ。中国側の日本に対する不信感は相当なものだと思う。日本側はこれまで日中戦争について中国に謝罪を繰り返してきたつもりかもしれないが、口先だけ謝ったところで何の解決にもならないのだ。多くの日本人が歴史に学ぶ意識を持たない以上は根本的解決には至らないと思う。これはかなり根深い問題であろう。 一方で、中国側にも非はあると思う。暴徒化する中国民衆や、デモへの中国当局の対応を見ていると、日本当局の中国への強硬姿勢とダブって見えてしまうのだ。 背後に見え隠れする「愛国主義」は「拝外主義」へと傾斜しかねない。 自らを省みること、そのことなくして平和な世界は築かれないと思うのだが・・・。
気がつけば、4月も半分が過ぎようとしている。年度が改まって、気ぜわしい日々が続き、疲れ気味でもある。今日一日は休みなのだが、だるさが残り、昼過ぎまでウダウダと寝て過ごしてしまった。 やりたいことの半分もできないなあ、と思いつつ、いくつか用事を済ませ、夕方には「詩のあるからだ」(朗読会)へと出かけていった。朗読会なのに、いや、私の場合は朗読会だからこそギター、カズー、ボンゴなどの楽器を持っていくのだ。しばらく発表の場から遠ざかっていたので、今日はもうやりたい放題だった。前半は個々人の自由発表、後半は詠みくらべスラム(あるマンガの一節を8人のチャレンジャーが詠みくらべ)。いずれも、私は複数の楽器を使っての出たとこ勝負。やはり発表の場があるというのはありがたいものだ。 今月22日には、ちょっとした詩の朗読イベントに出演が決まっているが、実は内容をまだ決めていない。これからじっくり練り上げていくつもりである。
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