| 2005年03月13日(日) |
詩人・セリザワケイコ |
「鳥Bird in K.D.Japon」から一夜明けた。 今日は本来休みであったが、急ぎで片付けるべき仕事ができたため、泣く泣く職場へ。私が仕事している間、セリザワケイコ様ご一行は明治村に遊びに行っているんだよな。うらやましいゼ。 それでも、思いのほか早く仕事が片付いた。みおよしきさん(接待係)に連絡をとり、彼らと夕方名古屋駅で落ち合うことになった。 で夕方、名古屋駅のみやげもの売場で買い物途中のセリザワケイコを発見。その後、数人で夕食をともにする。昨夜は詩人・セリザワケイコの大いなる才能に触れることができたが、今日はセリザワケイコの別の一面を窺い知ることができた(詳しくはいずれまた?)。束の間だったが、楽しいひとときを過ごすことができた。 セリザワケイコ様ご一行を新幹線改札口まで見送った後、残った男3人(みおさん、テッちゃん、夏撃波)で居酒屋へ。セリザワケイコを肴に遅くまで呑んだ。男3人、色気はないが、昨日のイベントは夢のようだった、ってな話で盛り上がったわけよ。
| 2005年03月12日(土) |
鳥 Bird in K.D.Japon |
みおよしきさん(岐阜・詩人)主催による朗読イベント「鳥 Bird in K.D.Japon」当日がやってきた。
私は朝から落ち着かず、何か忘れていやしないかと心配ばかりしていた。家で最終チェックをし、午後4時に会場入り。今日の出演者・スタッフが三々五々集まってくるなか、順次リハが進行する。 待ち時間の間、セリザワケイコさん(今回の特別ゲスト)と歓談。「夏撃波さんて、やっぱり変な人ですね」との、ありがたいお言葉を頂戴した。そういうセリザワさんだって相当だと思うけどな。そう言えば、今回、セリザワさんの詩を「夏撃波バージョン」で「朗読」するのだが、リハでご本人にも聴いていただいた。どうやら、喜んでいただけた模様。
何だかんだ言ってるうちに、6時30分開場。 そして、7時すぎにスタート。まずは、10名の方によるオープンマイク(飛び入りの朗読)。私は、いつになく緊張しており、オープンマイクも聴いているようで、あまり耳には入ってこない。 8時すぎにオープンマイクは終了し、後半戦スタート。トップバッターは、「東海のニューぽえ姫」・加久裕子さん。しっとりと詩を読み上げた。 続いて、鈴木陽一レモンさん。ベーシスト、ラッパーなどの顔も持つ男。彼はさすがに場慣れしており、MCも滑らか。観客を自らの世界に引き込んでいたように思う。 それから、若原光彦さん。鈴木陽一レモンさんの「押しの芸」に対して、若原さんは「引きの芸」。知らず知らずのうちに若原ワールドに引き込まれている。ステージを経るごとにステップアップしているのが手に取るようにわかる。なかなかあなどれない男だ。 で、いよいよ私の出番。 まず初めに、セリザワケイコさんの「水族館」という詩を思いっきり夏撃波色に染めて「朗読」。マジックホース、特大レインスティック、ボンゴ、ギターなどの楽器を駆使して、セリザワ・ワールドと夏撃波ワールドの「融合」(?)を試みた。反応はまずまずか。 続いて、自分詩「無条件幸福〜敗戦の日に〜」を静かに朗読。「自閉症」の兄と母の関係をモチーフに書いた作品だが、自分のルーツにかかわる詩はなかなかに難しい。 3つ目の「朗読」は、「現代能楽詩『隅田川』」。能の『隅田川』をモチーフに、「東京大空襲」を絡ませた作品。「21世紀の琵琶法師」を意識しつつ、能や歌舞伎の手法も取り入れながらの「詩的表現」である。 最後は歌を歌って終わろうと思っていたのだが、今回は「映画予告編」風ポエム+スタンダード・ナンバー『テネシーワルツ』で締めた。友人Yさんにタンバリン演奏でサポートをお願いし、『テネシーワルツ』を歌い上げた。 反省点は多いが、ひとまずは終わってホッとした。
休憩をはさんで、本日最後の出演者・セリザワケイコさんが登場。この1年で「詩のボクシング」全国大会準優勝、国民大会優勝と、めざましい躍進を果たした彼女。その声の良さを指摘する声は多い。朗読にせよ、アカペラ曲にせよ、彼女の美しい声は観客の心に響いてくる。けれども、彼女は声だけの人ではなかった。 彼女の詩にはご家族のことを詠ったものが多いが、切なる思いがこめられた詩そのものに力があると感じられた。その詩が、彼女の肉声を通して観客の胸に深く沁み入っていくのだと思った。私は、すっかり彼女のファンになってしまったようなのだ。特に、『金星蝕』という詩がよかった。
セリザワさんのステージが終わって、これで散会と思いきや、その後出演者を囲んでの「座談会」。 出演者への「質疑応答」がしばらくあった後、突如司会者(みおよしきさん)から出演者に向けて「リレー式即興詩を作るように」とのアナウンス。ステージ上で出演者一同騒然となるが、間を措かずにみおさんが「鳥」をテーマに詩を詠み出す。続けて、鈴木陽一レモンさん→加久裕子さん→夏撃波→若原光彦さん→セリザワケイコさんの順に、詩をリレー。ちょっと心臓には悪かったが、これはこれでなかなか面白かった。 最後に、みおさんがご自身の詩を朗読されて、終了。そのまま、打ち上げになだれ込む。午後1時過ぎまで過ごすが、その場を立ち去りがたい。最高に楽しい夜だった。
| 2005年03月11日(金) |
秘密練習 in カラオケボックス |
12日の「鳥 Bird in K.D.Japon」に備えて、金山駅近くのカラオケボックスにて秘密練習を行った。「詩の朗読」であっても、私の場合はたいてい楽器演奏が付いてくる。心おきなく音を出してしっかり練習するのに、カラオケボックスは最適なのだ。 本番では、4つの「詩的表現」を行うが、そのうちの一つを友人Yさんにサポートしていただくようお願いしていた(タンバリンの演奏を依頼)。で、本番前日に初めての音合わせ。練習は意外にすんなりと進み、余った時間でカラオケを楽しんできた。 本番が待ち遠しくなった。
| 2005年03月10日(木) |
現代能楽詩「隅田川」 |
(謡) 雲霞、あと遠山に越えなして、あと遠山に越えなして、 幾関々の道すがら、国々過ぎて行くほどに、 ここぞ名におふ隅田川、 渡りに早く着きにけり、渡りに早く着きにけり。
川べりの道にたたずむ ひとりの老女 未だ帰らぬ息子を待ちわび 来る日も来る日も 同じ道をやってくる
春のうららの隅田川 霞たなびくその先に果てなく続く荒野 累々たる屍体の山が築かれている むくろの前にひざまずき 老女はかすかにほほえんだ
「わが息子よ、やっと巡り会えたね」 と、いとおしむように、いとおしむように語りかけた
と思いきや、 世界は時空を越え そこに幻の都が浮かび上がる 飛来する爆撃機の前に 砂の城は脆くも崩れ去った 本土決戦、一億火の玉、 街は焦土と化した
夢かうつつか、うつつか夢か、 人の記憶は薄れゆく
川は今日も静かな流れをたたえている・・・
<解説> 60年前の今日(3月10日)は、「東京大空襲」があり、10万人もの人々が亡くなられた日だそうな。この現代能楽詩「隅田川」は、能の「隅田川」を下敷きにしつつ、「東京大空襲」をイメージしながら作った作品である。 昨年夏、隅田川の川べりで行われた詩の朗読イベントに飛び入り参加した際、直前に作ったものだが、その後何度か発表を繰り返してきた。私にとっては、非常に思い入れのある作品である。
| 2005年03月09日(水) |
「詩のあるからだ」へ |
今夜は、八事「POPCORN」にて「詩のあるからだ」(朗読会)の開催日。『ますだおかだの「漫才詩」』という本と、自作の詩「棘はずっと刺さったまんまだ」の原稿を持って出掛けた。第一部では参加者がそれぞれ好きなように朗読を行い、第二部で「読み比べスラム」が行われた。 終了後には、12日の「鳥Bird in K.D.Japon」についての打ち合わせ。いよいよ本番が迫り、緊張感が増してきた。「まあ、どうにかなるさ」と思ってはいるが・・・。
ソウル・ミュージックの歴史にその名を深く刻まれたレイ・チャールズ(昨年亡くなられた)。そのレイ・チャールズの生涯が描かれた劇映画「Ray」を観てきた。 私は、社会的にも成功し名声を築いた後のレイ・チャールズしか知らない。今日の地位を得るまでのレイの挫折や葛藤というものを知らずにきた。美しいメロディーを切々と歌い上げるレイの歌声の素晴らしさはあらためて言うまでもない。その高い才能は誰もが認めるところだろう。レイがあまりに偉大であったためか、私は、彼が盲人であること、黒人であることをも意識せずにきた。けれども、レイだって、障害者差別、人種差別の現実と無関係に生きてこられたわけではなかった。 大衆受けもするレイの音楽は、ともすると甘ったるく感じられることもあった。ソウルフルであることは間違いないが、その音楽から「反骨」をイメージすることはほとんどなかった。でも、レイは行く手に立ちはだかる現実の壁にぶつかり、常に格闘してきたに違いない。レイの歌声が深く私たちの心に沁み入ってくるのは、そのせいかもしれない。 レイにはそうした力強い生きざまとともに、女性問題を抱え、麻薬中毒にも陥る、という弱い一面もあったようだ。そうした一面も、映画のなかで描かれている。弱さも含めてとても魅力的なレイが描かれた映画であったと思う。
| 2005年03月04日(金) |
映画「またの日の知華」 & 舘野泉 |
「さようならCP」(72年)、「極私的エロス・恋歌1974」(74年)、「ゆきゆきて、神軍」(87年)、「全身小説家」(94年)・・・。寡作ながらクオリティーの高いドキュメンタリー映画、衝撃的な問題作を発表し続けてきた原一男監督。その原監督が初めて取り組んだ劇映画が「またの日の知華」である。 一人の女性を4人の女優が演ずるという試みは、原監督ならではの発想。60年安保、70年安保、浅間山荘事件、三菱重工ビル爆破事件など、社会的大事件をも絡ませながら、時代を生きた一人の女性を見事に描き切った作品と言えよう。とても刺激的で濃厚な匂いを感じさせる原監督の映画世界に、私は思わず引き込まれた。
話は変わるが、今夜「たけしの誰でもピカソ」というテレビ番組で取り上げられた内容がなかなかよかった。ギタリスト・押尾コータローの超絶技法、浪曲師・国本武春のパフォーマンスもよかったが、左手だけでピアノを演奏するという舘野泉のことがとても印象に残った。数年前コンサート終了直後に脳溢血で倒れ、右手に麻痺が残ってしまった舘野だったが、左手だけで演奏できる曲があることを知り、見事にカムバック。現在も精力的に演奏活動を続けているという。人間が内に秘めている力強さというものに圧倒される思いだった。
水曜夜は、星ヶ丘「Slow Blues」の「生音クラブ」。今日も、バックパッカー・ギター他を持参して、いざ弾き語り&セッションへ。弾き語りタイムでは、まず井上陽水「東へ西へ」を夏撃波バージョン(「現代劇」風→「能楽」風→ラップ調→ オーソドックスな歌い方、と歌い分け)で軽くかまし、次にさだまさしの「飛梅」で今の季節を歌い、最後は日本語ブルース、憂歌団「嫌んなった」で締めた。 どんなに疲れていても、「Slow Blues」で歌えば、気分は最高だゼ。
友人Yさんとギター・デュオを組むことになった。Yさんはかつての仕事仲間だが、音楽の趣味が合い、私にとっては心おきなく話ができる方。2年くらい前にギターを習い始めたYさんから、「いつか一緒にギターを合奏したい」との申し出があり、今回快く受けることにした。 そして、今日がギター・デュオとしての初練習日。それぞれがやりたい曲を持ち寄っての練習。「ああしてみようか、こうしてみようか」などと話しては演奏する。そんな時間は、最高に楽しい。ちなみに、グループ名(仮)は、<二つの赤い風船>(昔、「五つの赤い風船」というフォーク・グループがあった)。いつになるかはわからないが、デュオとしてデビューを飾りたいと思っている。
| 2005年02月23日(水) |
今日は濃い日だ!in スローブル−ス(?) |
今日は、星ヶ丘「Slow Blues」の「生音クラブ」の日。体調はいまひとつながら、出掛けていく。今日もまた、ジャンルを飛び越えて「天城越え」(演歌)、「帽子の行方」(THE BOOM)、「愛の讃歌」(シャンソン)の3曲を弾き語り。観客の皆さんから「濃いねぇ」「美輪明宏を彷彿とさせるね」などとの声が聞かれ、いい気分。最後は、パーカッションでセッションに参加。音楽って、ホントいいですよね〜。
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