夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2004年02月22日(日) 「ダンス・オペラ」

 どうも風邪が治らず、動くのも億劫な休日の今日。それでも、笠井叡さんも出演される「ダンス・オペラ」を観に、知立市文化会館まで行った。
 このダンス・オペラ、2部構成になっており、1部は楽器演奏とソプラノ歌手の歌をバックに2人の女性ダンサーによる踊り、2部は楽器演奏と弁士の語りに、笠井叡さん他男性ダンサーの踊り、という構成であった。
 1部はそれなりに面白くはあったが(2人のダンサーが伸びやかに踊っていた)、2部が私にはまったくつまらない内容に思われた。笠井さんの持ち味がほとんど生かされていない、他のダンサーが特に素晴らしかったというわけでもなく、ほとんど見せ場もないままに終わってしまったという印象だ。何より笠井さんのダンスを楽しみにしていっただけに、肩すかしを食った感じだった。
 もともと風邪で気分が悪かったのが、さらに悪化してしまったような・・・。特に熱が出るわけでもないが、この何とも言えないだるさ、早く治したいところである。



2004年02月21日(土) 詩人・山之口獏

 NHK教育テレビで詩人・山之口獏の特集が放送されていた。何でも昨年が獏さんの生誕100周年にあたるとのこと。獏さんの詩からはその貧乏生活が垣間見られるが、その貧乏生活をとても大らかに歌い上げてもいる。窮乏生活のなかでも生まれ故郷・沖縄のことは忘れなかったこと、金子光晴との親交、また今日高田渡や佐渡山豊といったフォーク・シンガーがライブで曲をつけ歌っていること、などが番組の中で取り上げられていた。
 実は、私が山之口獏という詩人を知ったきっかけは、高田渡の曲「生活の柄」「鮪に鰯」であった。それらの歌はまさしくフォークソングであり、ブルースであり、ソウル・ミュージックであり、つまりは「民衆のたましい」がこめられた肉声であると私は確信を持ったのだ。長らくそれらの詩が高田渡の詩だと勘違いしていた私だったが、山之口獏の詩であると知って獏さんという人物に強い関心を抱いたものだった。特に「鮪に鰯」という詩は秀逸だ。ごくありきたりの庶民の食卓の話から一挙に「核問題」にまで話が転換してしまうのだから。その転換の見事さはなかなか真似のできるものではない。少し長くなるが、「鮪に鰯」を引用してみるので、その世界をぜひ堪能してほしい。

  鮪の刺身が食いたくなったと
  人間みたいなことを女房が言った
  言われてみるとつい僕も人間めいて
  鮪の刺身を夢見かけるのだが
  死んでも良ければ勝手に食えと
  僕は腹立ちまぎれに女房に言った
  女房はプイと横に向いてしまったのだが
  女房も亭主もお互い鮪なのであって
  地球の上はみんな鮪なのだ
  鮪は原爆を憎みまた水爆には脅かされて
  腹立ちまぎれに腹立ちまぎれに
  腹立ちまぎれに現代を生きているのだ
  ある日僕は食膳を覗いて
  ビキニの灰を被っていると言うと
  女房は箸を逆さに逆さに持ちかえると
  焦げた鰯の焦げた鰯のその頭をこづいて
  火鉢の灰だとつぶやいた



2004年02月18日(水) 今宵の「詩の夕べ」

 今月は「詩のあるくちびる」にも「ぽえ茶」にも出られないので、今夜の「詩の夕べ」には出ておきたかった。職場から急いで千種のオーガニック・レストラン「空色曲玉」へと向かう。まずは雑穀を使った料理と玄米コーヒーを注文し、腹ごしらえ(「スローフード」ですな)。
 夕食が済んだところで、いよいよ朗読だ。私は、『イスラエル兵役拒否者からの手紙』のなかの一節を朗読した。「パレスチナ紛争」によってパレスチナ側、イスラエル側の双方に数え切れないほどの犠牲があった。憎悪がさらなる憎悪となって復讐に次ぐ復讐を呼んだ。問題はどんどん複雑になり、今世紀に入ってから特に混迷の度が増している。もちろん複雑な問題は含んでいるが、多くの場合イスラエル軍の蛮行が「イスラム原理主義者」(この言葉自体、イスラエルやアメリカの側から作りだしたレッテルなのだ)による「自爆テロ」などを誘発し、紛争の火種を作りだしてきたと言ってよいだろう。「パレスチナ人を踏みつけるのは私の任務ではない」と自らの良心に従い兵役を拒否した者たちの言葉は、美しい一編の<詩>として私の心に響いてくる。兵役拒否者たちの言葉の美しさを何とか表現できないものかと朗読してみた。
 その後、ひととおり朗読がなされたが、どなたの朗読もそれぞれにユニークで面白かった。朗読が一巡したところで、参加者全員による自己紹介があった。私の番がまわってきたところで、こんどは自己紹介を兼ねて私自身の最新作「嵐を呼ぶ女よ!」を朗読。この詩は、女子総合格闘技17戦無敗のしなしさとこ選手に書き送ったものだ。そのまま「飲み会」になだれ込み、格闘技や70年代フォーク、芝居や詩などの話で盛り上がった。
 というわけで、満ち足りたひとときを過ごした、今宵の「詩の夕べ」であった。



2004年02月16日(月) 草間弥生、アラーキー、「中東発ハムレット」etc.

 午前、六本木ヒルズに行った。森ビル52階からの展望は最高だったね。でも、東京の景色を観に行ったわけじゃなくて、美術館に行ったんだ(この森美術館、夜は10時まで開いてるようなので、展望台とあわせてステキなデート・スポットになると思うよ)。で、前衛芸術家・草間弥生の作品展「クサマトリックス」と、無名ゲイジュツ家たちによる実験的作品群を観た。全部観てまわると非常に疲れたが、面白かったよ。
 例えば、草間作品のひとつ、「水上の蛍」。真っ暗なミラールームのなかに小さな電球(?)がいくつもいくつもつり下げられて明滅を繰り返している、そのなかを鑑賞者が通り抜ける、というもの。暗闇に浮かぶ多数の蛍、そのなかを漂う私、という感じはした。光が乱反射するなかを進み、出口を探すが、行けども行けども鏡にぶつかり、迷宮に入り込んでしまったかのようだった。これなどは、「作品」のなかに鑑賞者である自分自身が入ってしまうという奇妙な構造になっている。なかば強制的に作品に参加させられてしまうわけで、疲れるには疲れるのだが、新鮮さもあって十分に楽しんだ。

 午後、新宿のエプサイトというギャラリーで開催中の、写真家アラーキーこと荒木経惟の展覧会「色情花」を覗いた。ペイントされた花が被写体となっているが、この人の写真はどうしてこうもエロティックなんだろうって、いつもながら思わされる。なまなましい花の輝きに、<写真>(「真を写す」)を感じた。
 ついでに、その隣のギャラリーでやっていた「小笠原の自然」を映し出した写真展(海中写真が多数あった)も観てきた。

 夕方からは、新宿・パークタワーホールにて、クウェートの劇団、スレイマン・アルバッサ−ム・シアターカンパニー公演『アル・ハムレット・サミット』を観た。『ハムレット』をモチーフに、今日のイラク情勢、中東情勢を盛り込んだ作品であり、非常に風刺が効いていた。アラビア語での上演のため字幕を追ったり、舞台上のスクリーンに映し出される映像を追ったり、役者たちの動きを見たりと、忙しくはあったが、非常にテンポもよく、面白い仕上がりとなっていた。伝えられるべきメッセージも観客にしっかりと届いたことだろう。役者の演技、照明・音響(生演奏も含まれていた)・映像などの効果も非常に好感の持てるものだった。演劇に対する真摯な取り組みを感じたが、その背後にまた今日の中東地域が抱える「問題」への姿勢をも感じた。

 終演後、東京駅へと急ぎ、最終の名古屋行き新幹線に乗り込んだ。明日からまた仕事だ。スイッチの切り替えをうまくやっていこうと思う。



2004年02月15日(日) 「ことばの国の音楽」

 宿直の仕事を終えたその足で上京。
 まずは、池袋にある東京芸術劇場・小ホール2で上演の、横浜ボートシアター公演『神だのみ』を観劇。横浜ボートシアターと言えば、数年前にNHK衛星放送で放映された『小栗判官照手姫』がとても素晴らしかった。仮面劇として演じられたその芝居は「アジア的」とも言うべき劇的空間を作り出し、神秘的な舞台を展開していた。だからこそ今回の公演に対する期待は大きく、宿直明けにもかかわらず出かけていったわけだ。
 『神だのみ』という今回の公演は、「ハイエナ」「智恵」「歳月」の3編からなるオムニバスであった。結論から先に言えば、これが期待を大きく裏切る出来だった。特に「ハイエナ」に出演の役者はセリフがまるでなっておらず、身体のキレも非常に悪く、素人の芝居を観ているかのようだった(「こちとら、4千円も払っているってえのに、そりゃねえだろ」って、いくら温厚な私でもキレそうになったぜ)。「智恵」は多少マシだったものの、こちらは依然として物語に入り込めないままだ。ピアノやパーカッションの生演奏もついていたけど、肝心の芝居がこれじゃあね。
 3編目の「歳月」は、長い歳月を連れ添った老夫婦の話。ふたり芝居だ。これがせめてもの救いであった。それまでの2編とはうって変わって、観ている側も物語にしっかり入り込めた。味わい深い演技で、まさに「歳月」を感じさせる仕上がりとなっていた。良質な「新劇」を観たような印象とでも言ったらよいだろうか。
 今後の横浜ボートシアターだが、7月に『小栗判官照手姫』を再演するという。今回の公演を観た後では「観ないほうがいいかも」という思いにもとらわれるが、気を取り直して観てみたいような、複雑な心境だ。

 終演後、下北沢の「ラ・カーニャ」というお店に移動。友部正人プロデュース『ことばの国の音楽』(ミュージシャンと詩人によるポエトリー・リーディング)というライブを観た。出演は、友部正人、宮沢和史(ザ・ブーム)、谷川俊太郎、他。谷川さんはさすがにうまかったし、友部さんと宮沢さんのコラボレーションというのも贅沢だったし、他の出演者もそれぞれにユニークで、とても楽しいひとときを過ごした。
 ことばが音楽であるような、音楽がことばであるような、そんなステキな詩的な表現が展開されていたように感じた。
 そう言えば、下北沢の駅までの道すがら、柄本明とすれ違ったぞ(あれは、柄本明に間違いない)。心地よい気分のまま、新宿のビジネスホテルに向かった。



2004年02月09日(月) 「狂風記」etc.

 午前、銀座・ニコンサロンに、小林伸一郎写真展を観に行った。「廃墟」の写真を撮り続ける小林だが、今回の写真展では「軍艦島」が取り上げられていた。「廃墟」という場所が放つ不思議な空気が、写真からも感じられた。

 午後、アートスフィアで上演の『狂風記』を観に行った。石川淳の長編小説(原作は読んだことはないけど、石川淳『焼け跡のイエス』は面白かったよ)が市原悦子主演で舞台にかけられるという。そこに、「大駱駝艦」(「暗黒舞踏」の)や「花組芝居」(「ネオ歌舞伎」の)の役者も絡むとあって期待はふくらむ。それでもって、私の席は「特別舞台席」、つまり「舞台上」にあり、役者はすぐそこに見える。ただ、後ろ向きの角度で見ることが多いのだけれど。
 この芝居、やや難解で、市原を観に来たとおぼしき年輩の方々には評判がよくなかったようだ。わたしは、そこそこ面白く観られたけどね。「大駱駝艦」や「花組芝居」の役者が加わったことで芝居の幅が広がったことは確かだし、市原も好演していたと思う。というか、市原は舞台でこそ輝く役者ではないかと感じたね。ただ、石川淳の世界が十分に表現されたとは言い難いように思われたね。

 終演後は東京駅へと向かい、おにぎり等を買い、「のぞみ」に乗り込んだ。明日からまた日常に戻っていくが、満ち足りた気持ちで名古屋に戻ることができた。今回の観劇旅行での何よりの収穫は、H・アール・カオスのステージを観ることができたこと、かな。それと、女子格闘技のしなしさとこ選手の闘いぶりには「アート」を感じたね。
 旅は終わった・・・。けれども、次の旅をまた思い描いてしまう私であった。



2004年02月08日(日) 「KASANE」、女子格闘技etc.

 午後2時から下北沢・本多劇場で上演の、THEガジラ公演『KASANE』(鐘下辰男・作・演出)を観た。鶴屋南北の「かさね」をモチーフとした作品、そして若松武(かつて「天井桟敷」の役者でもあった)が出演するとのことで、ぜひ観てみたいと思っていた。
 民間伝承としての「累(かさね)伝説」とそれに題材をとった南北の『かさね』、そのいずれにおいても語られることのなかった隠された真実があったのではないか。鐘下は『KASANE』のなかでそう問いかけ、日本の村落共同体の、日本社会の体質を追及しようとした。そこに「差別」や「戦争責任」などの問題も浮き彫りにされる。面白くはあったのだが、やや理屈っぽさが鼻につく感じがあってあと一工夫ほしいところだった。

 終演後、急いで「ディファ有明」へと向かう。そこでは、女子格闘技イベント「ラブ・インパクト」が旗揚げ興行を行っている。
 午後5時すぎに「ディファ」に到着、すでに「第3試合」まで進んでいた。
 「第4試合」の「フルコンタクト空手マッチ」から観戦する。17歳の女子高生ファイター・小林由佳選手が松川敬子選手を判定で破った。勝利がコールされると、小林選手は試合中の真剣なまなざしとはうって変わって、あどけない表情に満面の笑みを浮かべた。
 「第5試合」、セミ・ファイナルは、女子プロレスのAKINO選手と、2003年スマックガール・ミドル級チャンピオンの菊川夏子選手の一戦。1ラウンド51秒、AKINO選手の右ストレートが菊川選手にヒットし、KO勝利。総合格闘技って、ホントあっけなく終わってしまうんだよな。
 さてさて、本日のメイン・イベントは、サンボ世界選手権銅メダル、総合格闘技負けなしの14連勝中という実績を持つしなしさとこ選手に、永易加代選手が挑む。1ラウンド3分17秒、しなし選手が腕ひしぎ逆十字固めを決め、永易選手を破る。これで連勝を15にまで伸ばしたわけだ。
 その後、しなし選手の祝勝会場になだれ込み、ほろ酔い気分で新宿のビジネスホテルに戻っていった。
 まだまだ発展途上の女子格闘技だが、しなし選手らの活躍とともに、どんどん盛り上がってくることを期待したい。



2004年02月07日(土) ピンク・フロイド・バレエ、H・アール・カオスetc.

 宿直明けの今日、ちょっとだけ自宅に寄ってから、東京へと出発した。またしても、東京観劇旅行だ。

 まず、今日の1本目は、NHKホールにて3時開演の『ピンク・フロイド・バレエ』だ。ピンク・フロイドの音楽(一時期俺もピンク・フロイドにはまった)に乗せてのバレエの上演、ローラン・プティの振付で牧阿佐美バレエ団がステージを展開する。草刈民代、上野水香といった日本を代表するバレリーナも出演するということで、期待が高まる。
 実際はどうか。確かに技術的なレベルの高さは感じたのだが、何か物足りなかった。ピンク・フロイドの音楽に拮抗するだけのバレエが観られなかった気がする。ローラン・プティの振付があまり好みではないということなのかもしれないけど。でも、群舞の振付は面白く感じられたし、公演のなかで群舞(『吹けよ風、呼べよ嵐』)はなかなか迫力があった。まあ、逆に言えば、ソリストの踊りはあまり印象に残らなかったわけで、それじゃまずいよね。俗っぽいことを言ってしまうと、チケット代1万3千円はちと高い気がした。

 さて、公演後夕食を済ませて、世田谷パブリックシアターへと向かう。そこでH・アール・カオス公演『人工楽園』を観る。コンテンポラリー・ダンスの公演だね。
 これがとにかく凄かった。面白いを通り越して、俺には<衝撃>だったね。
 ダンス・テクニックの高さといい、力強く烈しい動きといい、官能性あふれる美的センスといい、奥深い物語性を感じさせる構成力・演出力といい、とにかく圧倒されっぱなしの70分だった。「他の追随を許さない」という言葉がふと頭に浮かんだ。H・アール・カオスのステージ、ぜひ体験してみてほしい(またしても俗っぽいことを言ってしまうが、チケット7千円がとても安く感じられた)。
 こんなステージを観てしまうと、もう生半可な芝居やダンスは観られないよな。余韻に浸りながら、新宿・歌舞伎町のビジネスホテルへと向かった。



2004年02月05日(木) パリ・ルーヴル美術館の秘密

 今池・シネマテークにて、映画『パリ・ルーヴル美術館の秘密』を観た。
 所蔵点数約35万点、常設展示されているものだけでも約3万6千点という「美の迷宮」ルーヴル美術館。華やかな展覧会は多くのスタッフの仕事によって支えられている。美術館において主役は美術作品、スタッフは黒子に徹する。その仕事の多くはハードな肉体労働だ。そうしたスタッフの仕事があって初めて美術作品が私たちの目に触れることになるのだ。
 まあ、演劇にしてみても、裏方の存在なくしては成立しないよね。表面には現れてこない裏方の人々の息遣いに触れてみることで、また違ったものが見えてくる。 美術館の「裏側」にカメラが入り、そこでの「現実」を切り取ってみせる。この映画は、とても貴重なドキュメンタリー作品となった。



2004年01月31日(土) 中西和久、山田うん、甲野善紀etc.

 今日、東京日帰り観劇旅行を敢行した。

 まずは、両国「シアターX(カイ)」にて、中西和久ひとり芝居『をぐり考』を観た。『をぐり考』は中西演ずるところの「説教節三部作」のひとつで、今回は再演だ。「説教節」は、中世以後口伝えに伝わってきた民間伝承の語り物で、「小栗判官」の物語は代表的なもののひとつである。今回の公演では、邦楽の生演奏もあり、舞台に花を添えた。
 とにかく「小栗」の物語じたいが面白い。歌舞伎や浄瑠璃でも演じ続けられてきた物語だが、今日にあっても独自の演出で取り組もうとする者は少なくなかった。例えば市川猿之助、例えば横浜ボートシアター・・・。調べてみたら、結成当初のスーパー一座も一度「小栗」をやっているみたいだ。中西の『をぐり考』も悪くはなかったが、それも元々の「小栗」の面白さに起因していると思うよ。この物語の面白さを理解していただくにはかなりの紙数を費やさなくてはならないだろうから、敢えて物語の説明はしないでおくけどね。これは芝居を観るなり、本を読むなりしていただいたほうがよさそうだよ。むかし横浜ボートシアターが上演した『小栗判官照手姫』がもの凄く面白かったんだけど、ね。時代を越えて多くの人々によって語り継がれてきたというところに強みはあるんだろうな。

 夕方、三軒茶屋「シアタートラム」にて、山田うん独舞公演『テンテコマイ』を観た。
 山田は、7歳の頃から民謡踊り、器械体操、新体操等で活躍していたが、13歳の時に膠原病慢性関節リウマチが発病しリタイア。だが、心身のリハビリのためモダンダンスを始め、それが今日の山田の踊りにつながっていくことになる。どこかぶっきらぼうな、醒めたような表情で踊る山田だが、時々刻々と変化し続け、やがてその独特な世界に引き込まれていく。初めは踊りらしからぬ動き、けだるそうな動きから入り、そこから「運動」とも「踊り」とも「戯れ」ともつかぬ動きになったり、変幻自在に動く。いい具合に力が抜けていて、コケティッシュな部分もありながら、山田の作りだす空気はとぎすまされた感じがする。暗黒舞踏の影響も受けたであろうが、そこに縛られない自由な踊り。とても新奇なイメージだ。当分の間山田うんのダンスから目が離せないゾ。
 公演後、古武術の甲野善紀と山田うんの対談があった。いろんな話があったが、甲野の言ったあるひとことが印象に残っている。「昨今、『身体』ということに大きな関心が寄せられてきているが(例えば、総合格闘技の隆盛など)、それは逆に『身体』に対する危機感の表れではないか」と、大体そのような趣旨のことを語っていた。

 「のぞみ」でとんぼ返り、帰宅したのは0時近く。明日は、宿直入りだというのに。やれやれ。


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