カタルシス
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2002年11月10日(日)  その日の衝動 

昨日の反動で午前中はのんびり過ごす。
昼時になり本家に電話をしてみたら父と弟がいたので昼食に誘う。父妹弟と4人で軽くドライブがてらの外食、ハンバーグレストランで私がご馳走する。

コジマ電機やドン・キホーテに寄って録音・録画メディアを買いつつ、何となく欲しいと思っていたCDR-Wを突然衝動買い!Mac内蔵タイプを買ったので帰ってから一人でHD解体作業をする。
ちょっとドキドキしたものの何とか入れ替えができて、動作確認も終了。これでやっと
一・安・心 c-(^^;)

今までできなかったCDロム焼きが可能になった瞬間だ♪
(今時は普通にWinでも買えば基本機能だっつーのに私のMacちゃんときたら…/涙)

夜は本家で家族団欒。(昼も団欒?)


2002年11月09日(土)  都内歩け歩け 

母と妹と3人で新宿までお出掛け。
三越で『ケーキの祭典』みたいな催しがやっていたのでお菓子づくりの好きな母を私たちが誘ったって寸法さ。

職人のケーキ展示や実演、試食の他 全国の有名店が特設の売場とイートインのコーナーをつくっていて、奥様お嬢様方で会場は大盛況。我々も何か食べてみようか、と一度は思ってみたものの どの店にも列 列 長蛇の列!
元来せっかちな性質である母がそんな状況に堪えられるハズもなく(苦笑)更には自分でかなりのセンまでつくれてしまう彼女にとって有名店のべらぼうな価格設定は どうにも癪に障ったらしく、
「こんな値段で買うほどのものじゃない!」とご立腹の様子。人間電算機と異名をとった程の暗算マスターは瞬時に原価計算までしてしまったようだ。

そんなこんなで良かれと思って誘った我々の顔には すっかり苦笑いが張り付いてしまった。

このままお茶もせず家に帰るのもつまらないので、JR新宿駅の駅ビル『My City』の7・8Fが最近リニューアルOPしたのを思いだし 冷やかし半分見に行ってみないか、と誘ってみた。あわよくば適当な店を見つけて お茶なり食事なりにもつれ込もうという魂胆である。

7階も8階も以前とは全然違った空間で出来上がっていて 初めて足を踏み入れた私はちょっと面食らった。取りあえず様子を伺いながら歩き回ってみのだが、どうにも違和感が消え去らない。何に?って、照明やらオブジェやら 細部にこだわりを見せているようなクセをして、実はさっぱりコンセプトが統一されていないのだ。
一回りして思った感想が

「専門学生の展示会みたい」

誰の仕事なんだろうなぁ… この半端さには学生っぽさ感じるぞい(苦笑)
こないだ見た文化祭の方が本当に学生な分まだましだ。
新宿の駅ビル・マイシティにお立ち寄りの際には是非7・8フロアのレストラン街を歩いてみて下さい。半端さ感は解ってもらえると思うっス。

さて 空間デザインのことはおいとくとして、問題なのは店の内容だ。8階はちょっとランクが上の店が集まっているようだったので素通りするのみにとどめ、7階の店を物色することにした。
ざっと見たところ、以前よりアジアンに力が入った軒並びのようだ。アジアン好きの私としては嬉しいセレクションになったかも♪ その中でも点心バイキングの店が母の目に止まったらしく、「ここは?」と足を止めた。見ると
「17時までお一人様1800円で120分食べ放題」の看板。ウィンドウに貼られた案内を見ると17時過ぎは一人2500円になるらしい。

今は16:45。

ひじょ〜に
びみょ〜な
時間に思えたが、ここは奥様根性というのか母の動きは驚くほど早く
「今入るとおいくらになるの?」
と、いつの間にか店員を一人捕まえて問いかけていた。

「今ですと1800円で2時間ご利用頂けます」

つまり15分足りないが2500円の時間帯を1800円で利用できると、そういうことらしい。
「あら、じゃあ入るわ。ホラホラ行きましょ♪」
私妹「……… うん」

マ イ ペ ー ス 万 歳 。

店内へ進むと3面の壁沿いと中央部分にテーブル席が用意されていて、壁1面分が料理を並べるブースになっていた。その奥はもちろん厨房になっている。
「皿料理はあちらからご自由にお持ち下さい。スープ・お粥・点心はワゴンが参ります。お茶だけはお手数ですが係りの者を呼んでお申し付け下さい。」
そう言って丁寧な男性店員はお茶の注文だけを取り その場を辞した。

お〜v ワゴン式なんだ〜vv 香港旅行いら〜い♪

厨房の料理台まで皿盛りの料理を取りに行くと、存外量が少なく あれ?と思う。なんか寂しいな、と思っていると新しい料理がいくつか運ばれてきた。ラッキー出来立てじゃん♪と思いつつ取り上げる。飲み物やデザートも後々のためにリサーチしとこう、と台を眺めていると また新しい料理が運ばれて来た。
おや?
どうやらこの店ではいつでも出来立てを提供するために、一度につくる料理の量が少な目になっているらしい。皿に乗っている量は少な目だけれど 料理の種類は思いの外多かったようで、次々に色んな料理が運ばれては空いた皿が下げられていく。それの繰り返し。

なんか ちょっと 見事かもッ …!

テーブルに戻るとチャイナドレスのお姉さんがワゴンを押しながら「フカヒレ粥〜、酸辣湯スープ〜」と何故かちょっぴりぎこちない日本語。胸のプレートを見ると“朴”さん
…あれ、韓国?(^^;)

続いて「小龍包〜、翡翠餃子〜」やっぱり違和感のある日本語が聞こえた。プレートは“關”さん、これは多分「せき」さんじゃなくて「クァン」さんなんだろうな…

気を付けて見てみたらお客様のご案内とレジにいるのは日本人スタッフ、ワゴンを押すのはチャイナドレスのアジアン外国人、厨房の中にもカタコト日本語の人が半数くらいな感じだった。厨房の方は専門家が混じっているのかも知れないけど、この台車小姐(ワゴンレディ)はバイトだろ?日本語が通じるとはいえ、わざわざ外国の女の子を起用したのかと考えたら「店のこだわり」に脱帽の思いだった。
料理も美味しかったし 私的には◎な店だ。
ただ、アルコール類が完全別注文ってのはやや難ありかな(苦笑)私は困らないけど、友達誘って盛り上がるには面倒かも知れない。それがこの店の絶妙な部分でもあるのだろうけどね。

途中でちょっと料理の種類が増えたみたいだ。
自分らがタイムリミットで店を出る頃になったら 今まで出ていなかった種類の料理が更に増やされていたように見えた。予想するにこれからの時間は本格的に“お一人様2500円”の料理が並ぶってことなんだろう。18:30くらいまではその中間の時間帯なんじゃなかろうか。
ってことは16:45に入った我々は得だったし、17時過ぎてすぐに入った客は損ってこと?

…肝に銘じておこう。

調子に乗って食べていた所為で満腹度合いが尋常じゃない。美味しいと言っても中華料理だからこってりしたものが多く、食べ過ぎれば流石に堪える。私はこのあと町田まで路上ライブ聴きに行かねばならないからぐったりしている訳にも行かず、同じようにユラユラ歩いている母と妹に手を振って 小田急線の改札を目指すのだった…


小田急線に揺られること30分、予定とそうズレなく町田の駅に到着した。路上ライブは「18:30頃スタート!」となっていたので19時に着きゃいいだろういう目安に沿って行動していたので小田急町田駅からJR町田駅に向かう途中の高架歩道には19時を少し回った頃辿り着いた。この歩道橋のどこで歌っているのか詳しい位置までは知らなかったが、場所は思いの外早く見つけることができた。何故って聴こえてたからね、歌声が。

そのままの歩調で近寄ると演奏中の2人の前には結構な人だかりができていた。見るに高校生〜20代後半といった年齢層の常連客を思しき団体と、道行きついでに足を止めてくれたのであろう年配や家族連れが数組。
へぇ、みんな結構止まって聴いてくれてんだなぁ… と他人事のように思いながら、多摩の時と同じように通路の反対側の壁にもたれて通り越しにその様子を眺めていた。やっぱりどうも、あの常連客の中にひとりで入っていくのは面倒くさいようだ。

途中休憩のような間が空いたのを見て やおら移動を始める。たまたま誰の相手もしていなかった庭瀬くんに「CD下さい」と声をかけたらすぐに振り返って「あー、ホンマに来てくれたんやぁ ありがとぉ!」と思い切りの笑顔を向けられた。一瞬周りの視線がこちらに集まり、私は一人で体を堅くする。

な、何?この雰囲気…

庭瀬くんの方はそんな空気には慣れているのか全く気にする様子もなく「お馬鹿でーす」と昨日のメールのことでおどけて見せていた。居心地の悪さを感じながら控え目に反応を示すと、怪訝そうな顔をして「何かメールとキャラが違くない?」なんて言ってくる。いや、メールの方が素なんだけど、この空気の中で君と親しく喋る勇気が…
「あーごめん、アドリブ利かないんだ(苦笑)」
なんて台詞で誤魔化してしまう。そしてCDにサインを頼んだ後で 持ってきたジンジャーケーキを渡しながら
「ファンの人達の分もと思って焼いたつもりだったけど、全然数足んないや… っちゅー訳で宇田さんとスタッフさんと仲良く分けてくらさい。一応風邪っぴき用にジンジャーケーキだから。」と口早に伝えると
「マジすか?!」
…何に対して「マジ」と聞いてんだ?
それからチケット担当の宇田さんのところへ行って『12/23ワンマンライブ』のチケットを2枚買った。1枚はOさんの分。

そして後半戦。11月に入ってまだ10日足らずだが夜風はなかなかに冷たく、吹きさらしの中で路上演奏を聴いているこちらも体を縮めながら立っていたが、演奏している本人達はアコギを弾く手に手袋をする訳にもいかず、当然のことながら素手を寒風にさらしている状態だ。そのままで1時間は歌い続け、人通りもまばらになり始めた町田の歩道橋で とうとう最後の曲『Selfish』を演奏するに至る。この曲はOさんが好きな曲だったので携帯でコールをしたら いい具合に時間のあるタイミングだったらしく、そのまま1曲終わるまで私は演奏する彼らに携帯電話の向け続けた。
時計は21時になるところだ。

「今日も2時間無事に歌い切れました〜 みんなありがとうッ」

メンバーは後片づけを始め、常連ファンの子達は撮影会を開始。所在のない私はしばらく逡巡した結果、寒いし長居していても意味がなかろうと判断し ギターをケースに片している最中の庭瀬くんに
「じゃー帰んね、サインありがとー。」と声をかけたら 慌てたように振り返り、立ち上がって
「わざわざ来てくれてホンマありがとねー」と頭を下げた。
そんな仕草を見ていてちょっと気になってしまったので つい「…兄さん何年生まれ?」と聞くと「××年」と返ってきてビックリ 私と同じじゃん! 1つ2つ下だと思っていたんで「くん」づけで呼じゃってたけど ヤバかったかなぁ… するとそのまま宇田さんを指さして「あっちは×△年やねん、5月生まれやから学年は同じやけどな。」と続けた。
え、いっこ上? …ってことは

「庭瀬くん早生まれなの?」
「うん、2月。」
「何日?」
「19」
何気に誕生日をチェックしつつも内心はちょっと汗。

何だよ 年上じゃん!

「私も××年だよ… でも7月だから学年はひとつ下だぁ。二人とも若く見えるから同じくらいか、むしろ下だと思ってたよー ごめん“くん”づけで呼んじゃって(苦笑)」
「そうなん?同じ年生まれ? へぇ〜、そうなんや〜(笑)呼び方なんて好きなように呼んでくださーい、全然気にせぇへんよー。」

そうこうしていたらカメラを持ったファンの子たちがジリジリと近づいて来たので「ホラ待ってるよ」とそちらに促して自分は集団から離脱した。
「じゃーまたライブでねー」

努めて明るく手を振ったあと 踵を返してひとつため息。
はぁ… 町田から地元に戻るのはプチ旅行なんだよね(苦笑)
一日歩きずっぱりだったので足も疲れてたし ちゃっちゃと帰るのが得策とばかりに歩調を速めた。


明日はちょっと のんびりするかー


2002年11月08日(金)  週末の応酬劇 

N.U.の活動スケジュールを見たら明日夕方から町田で路上をするようだったので、ふと行ってみる気になる。
花緯さんが最近彼らを気に入ったらしくミニアルバムが欲しいと言ってくれたので、路上を聴きついでにCDを買ってくれば良いな と思ったんだ。
そんで、どうせ本人達に会うんだったらサインとかもらえないもんかのぅ?と考えて 庭瀬くんにメールをしてみた。要点は以下の2点。
「『ごあいさつ』(←ミニアルバムのタイトル/笑)にサインつけて欲しいんだけど明日町田に行ったらお願いできますか?」
「CD買うなら本人から直買いするのとレコード店で買うのとどっちが良いの?」

今日の明日って話だったので パソから送ったメールに「返信は携帯の方にもお願いします」と添えておいたら 午後も早いうちに返信が来て「サイン全然OKでっせー。買うてくれんのやったらどこで買ってもらっても嬉しいです」という返事と一緒に「こないだ多摩の路上にも来てくれてへんかった?道の向こうに座っていたのは これっちだったと確信しています!」と書かれていた。

?!…またか! しかも今回は「確信」されてるし(汗)

仕事をしながら携帯で返信を返す
「多摩、行った。気付いてると思ってなかったんで今言われてビビッた…」
「直買いと店買いでぶっちゃけた話何か違うんじゃないの?」

今度は数十分後に
「やっぱねー俺の目に狂いはなかった」
「ぶっちゃけると今は直買いの方が嬉しいでーす。店で売れた分はマージンを取られるけど直だと100%俺らの収入になる(笑)発売から半年以内だったら店の印象を上げるから店買いの方が有り難いんやけどね」

ふーん、そんなもんなのか。
「じゃあ現地で直買いします。マジック持って(笑)」

数分後
「マジックはこっちでも用意してるんで心配いらんでー」


なんか返信が妙に早くない? 私は携帯から送ってるけど、向こうはパソアドで来てるぞ?
大体金曜は毎週関内で路上するハズなのに まだ家にいて大丈夫なんか??
ほんのりと疑問を残しつつ これ以上返信をすることもなかろうと仕事に集中すること数時間。そろそろ帰ろうと思って、パソを落とす前にN.U.サイトの掲示板で明日の時間を再確認しようとしたら 庭瀬くんが夕方書き込みをしてて
「風邪気味なんで今日の路上はお休みさせてもらいます。明日のダブルヘッダーは必ずやるから許してな〜」

……。

なんですと?!


慌てて携帯を手にすると
タイトルに「お馬鹿!」とつけて送信。「路上休むほどの風邪なら返信なんかしてないで寝てなさい!掲示板見てビビったじゃないか!」

職場を出て帰りの道を歩いているときに着信したタイトルが
「お馬鹿で〜す(笑)」 …思わず脱力。

「そんなヒドいことないねんけど周りが大事を取れって言うもんで甘えさせてもらいました。だから実は結構元気なんよ(笑)明日の相模大野と町田のダブルヘッターの方を優先させたかったんでね。今は大人しく寝てまっせ。」

…寝てる人間がなんでパソコンからメール返せんだよ。(--;)

「まぁ、とにかくお大事に」
ってメールを最後にして 帰り道の途中スーパーで根生姜を買って帰り、明日持っていくつもりでジンジャーケーキを焼いた。普段だったらパウンド型にダバっと流して一気に焼いちゃうんだけど、外でも手軽に食べれるようにと思って小さなスクエア型にチビチビ流し込んで そのままじゃ見た目が寂しかったんでスライスして砂糖で煮た生姜を上にちょこんと乗せて… ったらエライ手間になった。いくら気まぐれを起こしたからって ちとやり過ぎたな。

お馬鹿は私の方だっつの。

生姜が苦手だったら? とかも考えたけど「風邪気味なら食え!」と押しつけるつもりでオーブンのダイヤルを回すのであった。




チ〜ン


2002年11月06日(水)  順調です 

毎週ノルマの消化に頑張ります。
チェコアニメ『ぼくらと遊ぼう』Bプログラム 妹と共に鑑賞クリア☆


2002年11月05日(火)  やっとこさ 

渋谷サイクロンまでローザ・パークスのライブを聴きに行った。
ローザを目当てに行くのは今回で2回目だけど、前回は仕事が押して間に合わなかったので 本当の意味で「ライブ」に行ったのは初めてってことになる。

渋谷サイクロン… おおまかな場所は知っていたけれど、実際に行ったことがなかったので入口が見つけられず建物の前をしばらくウロウロとしていたが 看板を辿り辿りどうにか発見。
着いたから良かったけど 案内が解りづれぇよ!(一人で心細かったじゃんよ!/泣)

前回の間に合わなかったライブの時に自主製作の音源を買っていたし、YさんからCDも貰っていたので事前学習は一応できていた。4月にSBと一緒に出ていたときにも音は聴いている訳だから 初めてって言っても既知のバンドと思って良いだろう。でも生で聴くのは丸7ヶ月ぶり、お手並み拝見といきゃーしょー。

…おおー。

大志を抱け若者よ。いくつっつったっけ彼ら? 20?21?? 確かそんなもんだったと思うけど、良いんじゃないでしょうか とても。技術のことはよく解らないけど雰囲気良いし、何よりも楽曲が良いよ。歌も上手だし… や、上手っていうのかなぁ?個人的には好きな歌い方なんだけど。声の回し方とか。
この「好き」ってのも なかなか危うい判断基準とは思うけどさ、好きなもんは好きなんだから良いじゃないか。

結論
『ローザ・パークス』おすすめです。


2002年11月04日(月)  街の灯りが・・・ 

祝日でお休みの今日、午前中は妹の買い物に付き合って所沢まで行った。

夕方になって新横浜までスプリングベルのライブを聴きに行く。
先月U.Nと対バンだったあのSlopeがまた対バンにいたので 何となくイヤ〜な雰囲気を感じつつライブハウスの奥に進むと、丁度SBがセッティングしているところだった。
あ、ギリギリ? 危ない危ない。

いつもの様に演奏開始… あれ?

気の所為じゃなく 何か ちょっと ええ?!

ちょっとどこじゃなく すごく間違ってませんか 春山さん!

MCとかスーさんのギターや歌とかで善し悪しのムラを感じることは多かったけれど、こんなにギターを間違う春山さんなんて 私ゃ今まで見たことないよ?!
一体どうしたんだろう、指がもつれちゃってる感じだよぅ… 手、ケガでもしてるのかな?とにかく見てて

落ち着かねー!(泣)

最初前の方で見ていた私の足はジリジリと後ずさり、2人の姿を直視できなくなって俯きがちになったら かぶった帽子のツバがステージの光を遮った。
耳に触れるギターの音が 震えて聴こえる。

そのまま聞き続けた音楽は 無性に痛々しく私を包んだ。



「…何て書けばいいんだ」
アンケートを前に途方に暮れてしまう。CLUB24のハーゲンダッツを食べながら紙面を睨んでみたが、次のバンドがセッティングに出てきたのに気付くと 慌ててペンを握った。
次 Slopeかよ!(汗)

結局「春山さん大丈夫ですか?手」としか書けないまま デスクにアンケートを持って行く。実は今日でスタンプカードが満了になるのだ…
物販に座っていたマネさんに手渡すとカードにスタンプを押して「あ、ヤバイ!」と声を上げた。何かと思って首を傾げると、満了特典の缶バッヂを持って来忘れたと言うので、私は苦笑して
「じゃあ次で良いですよ」と伝えその場を離れた。
この人も大丈夫なんだろうか…(苦笑)

そんな動きを経、残りのハーゲンダッツを屠っている間にSlopeの演奏が始まってしまった。前回のアコースティックとは違い、今回はバックバンドを従えての派手な登場だ。何となくサポートのギターを見てホッと胸をなで下ろす。時々あの場所に松ヶ下氏が入るらしいので もし今回彼が出て来でもしたらきっと無理矢理演奏聴いてしまうだろうと思っていたからだ。でも今日のギターは彼ではなかったので、心おきなく帰れるってもんさ。 うむ。

食べ終えたアイスのカップをゴミ箱に捨て、出口に向かう途中にMさんとMiさんにバイバイをする。彼女達はSlopeスタッフとして来ていたF木女子(元Bluemマネ)と何やら話をしているようだったので軽く肩を叩いて手を振るのみの挨拶にとどめた。



帰りの道すがら 焼肉の『安楽亭』を通り過ぎるときに ふと気づいて足を止める。
「…山寺?!」
歩道に沿って並ぶのぼり旗の端を引っ張って印刷面を見ると、声優タレント(?)山寺宏一の顔写真。

「いつの間に焼肉屋のキャラクターになったんだ…(黙)」



複雑な気持ちに更に輪がかかった新横浜の夜。


2002年11月03日(日)  今昔徒然 

今日は母校の文化祭に行く日。
母校というのは最終学歴欄に記す専門学校じゃなく、その前に通っていた都立高校のことなんだけれど この学校にはデザイン科っつーのがあって私はその科に3年間在籍していたんだな。ちなみに3年間皆勤だったの、スゴイでしょ(笑)
母校と呼んだり皆勤だったりってところで気付く人もいると思うけど、私はこの高校で過ごした時間が大好きで、卒業してからも文化祭や卒展には極力足を運んでいるんだ。普通科と違って各科の教員は特殊な技術を教える人材なので異動が少なく、学校に行けば未だに“私を知っている先生”が誰かしらいた。だから何かの時には挨拶に行こうと思うし、異動になって既に籍を置いていない先生でさえも文化祭の時には“元教員”として来校していることが多いから、そんな人達に会えるのも年に一度のことと思えば貴重な機会になる訳だ。

毎年この時期になると高校時代の友人数人と示しを合わせて文化祭に訪れる。その友人達も先生に合うのが目的だから大抵午後もゆっくりとした時間にばらばらと集まって、帰りに食事や飲み会になだれ込むというのが定番のコースだった。

でも、私の動きは少し違う。

皆が面倒くさがる“展示見学”を毎年している。なので皆よりも少し早く行ってデザイン科を中心に興味のひかれる科の展示を見て回る。見応えのある年もあれば そうでない年もあるが、自分の後輩がどんな課題に奮闘しているのか どんな作品を生み出しているのかを見るのが楽しいんだ。誰か一緒に回ってくれる人があったならきっと、ああでもない こうでもないなんて言いながら当時の自分達を懐かしむのだろうけど、残念ながらそんな酔狂に付き合ってくれる友人はここ何年もいやしない。忙しい時間を過ごしている人がほとんどなので そんな時間を惜しく思うのだろうが、ちょっぴり寂しく感じる気持ちも解って欲しいね。

まぁ、強制して付き合わせても意味がないと解っているから 毎年一人で見て回ってんだけどさ。

今年の展示も一人で見た。
個人的感想を言わせてもらえば、年々元気がなくなっている気がする。何がって? 作品が。
デッサンは下手だし(自分も大して上手くなかったし大嫌いだったけど)、斬新さを感じる作品は見受けられなくなった。
良く言えば「無難」
悪く言えば「パッとしない」
それがここ最近のデザイン科の印象だ。

我が母校には全部で5つの科があり、デザイン科の他には マシンクラフト科(機械科)、アートクラフト科(金属工芸科)、インテリア科(室内工芸科)、グラフィックアーツ科(印刷科)となっている。近年特に感じるのはデザイン科の低迷とグラフィックアーツ科の活気。

パソコンの普及が進んで授業の内容や作品の方向性がD科とG科はかぶり気味で、自分らの頃は“手”で描き“頭”で作る事から意匠を学ぶD科と印刷機の扱いや編集作業といった業界の裏方技術を学ぶG科、という認識がされていた2つの科だったけれど、パソコンでの作業がメインになってくると D科は“手”と“頭”を使わなくなってくし、G科は編集のみでなくデザインの域まで手を伸ばしていくしでね。
だから卒業後に目指す職業ってのが多分 どちらも同じになってんじゃないかな。

デザイナーなんでしょ、どっちの科も。

まぁ、今の時代 パソコンと自分の身ひとつあればある程度のことは出来ちゃう世の中だけどさ。版下つくるのも写植打つのも色指定すんのも パソコンでデータ作っちゃえば全部省ける作業だから。
G科で習うことのほとんどがパソコンに持ってかれちゃってんだよね。そうなったらG科はそのパソコンを使う術を身につけるしかない訳で。

じゃあD科はどう変わるんでしょ? やっぱりパソコンの技術を追っかけるのかいね。それじゃG科と同じじゃん。それしかないのかー?
技術は確かにパソコン追究で良いと思うよ、だって世の中がそう進んでる。でもパソコンが使える=デザイナーか? じゃあオペレーターとかトレーサーって何。
手描きの原稿渡されてパソコンのデータに直す作業する人っているじゃん、いるんだよ。その人はデザイナーにはならないよねぇ。パソコンは使えても生んでる訳じゃなくて 写してるだけだもんね。

だからさ、パソコンなんか使えなくてもデザイナーにはなれるけど、パソコンが使えるからってデザイナーになれるわけじゃないってことじゃない。

さて、閑話休題。
だったらD科で習うのは何か。教えるのは何か。育てるのは何か。


わっかんないよねー そんなの(笑)

だって解ってたら実践してるでしょうし。
実践してたらG科と違うD科でいるだろうし。
「パッとしない」なんて有り得ないだろうし。



へへ。
私がこの学校を受けようって決めたのは中3の11月。遅いでしょ?
それまでは近所の普通科高校に行けばいいや〜って適当に思ってたの。本当の意味で行きたいところがなかったからね。

でも11月、私はこの学校の文化祭を見に来た。

世界が変わったんだよねー まさに。
何カ所か回った普通科高校の文化祭とはまるっきり違った文化祭だったから、見る物全てが新鮮で。一緒に行った同じ学校の友達と うわうわ言ってた気がする。自分が未熟者過ぎた所為もあるけど、その時の生徒の作品自体が今のレベルとは違っていたと今でも思う。とにかくすごいパワーで、ドカドカ殴られてるみたいなのにグイグイ引っ張られてるようでもあって、私は矢も楯もたまらず即行で受験の第一希望を変更したんだ。

それからはちょっと真面目に勉強したね… 特に内申が悪かった訳でも、偏差値が足りなかった訳でもなかったんだけど、何しろ特殊な学校だもんで競争率が高くてさー(苦笑)絶対落ちたくなかったからね、頑張ってみた。経済的な理由から滑り止めも受けられなかったし(笑)
毎月の模試で「合格率90%」を保っていても落ち着かなかったもんだ。だって願書出した翌日の新聞に「倍率8.8」とか出てるし。都立の普通科高校が2〜4倍な時にこの数字じゃん、ビビったねー本当。
「滑り止めもナシに無謀か?!俺!」
とか何とか焦ってみても始まらないし、真剣に成らざるを得なかった訳ですよ。

お陰様で入試と内申合わせて3番目(推薦で入った10人を除いて)の成績で合格させてもらったけど、実技の教科に3番もへったくれもなくて、絵が上手かったり ものづくりに長けた生徒の方が何倍もカッコ良く見えてて、入学してしばらくは課題以外の絵を同級生に見せられなかったんだよね。そのくらい周りが上手かったんだよ。

今、こうして在校生の作品を見て あの時のパワーを感じるか?と言われたら「NO」と断言するね。それは私の目が肥えたとか以前に

間違いなく弱まってるいるから。

殴る力も 引っ張る力も 今目にしているもの達には足りてないから。







あの時見たのがこの文化祭だったら、私の進路は今の方向に向いてなかっただろうな…(苦笑)







フロアを一回りして科務室に向かうと、当時の担任がニコニコと立っていた。懐かしい顔がいくつか傍らに揃ってる。
「向こうの休憩室でお茶でも飲みましょう」
以前の教え子を引き連れて廊下の奥へと進む後ろ姿に 私もついて行った。


私 「せんせー、今の子(生徒)達って元気?」

先生「んー? そうねぇ。あなた達よりは大人しくてお利口よ。」

皆「「それ、ここじゃ誉め言葉になんないスねぇ」」

先生「そう? ふふ…」


相変わらずニコニコとしてる40代のこの女性教師は 昔っからニコニコと鬼畜な台詞を言ってのける人だった。


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