| 2005年03月20日(日) |
東京国立博物館開館記念日 1882(明治15)年 |
東京国立博物館開館記念日 1882(明治15)年3月20日 上野公園内の上野寛永寺跡に 東京国立博物館開館。
L.A.S.Ponder 子どもの頃よく行きました。 当時は何の変哲もない ただの展示品が並ぶだけでしたが 充分魅力的でした。 お腹のすくのも忘れて 一日中見て回ったものでした。
最近の博物館は 展示にさまざまな工夫をして 魅力的なものにしていましゅが 見に行く余裕がありません。 残念っ!!
| 2005年03月17日(木) |
1921(大正10)年 別子銅山大量解雇 |
1921(大正10)年3月17日 住友別子銅山で1000人の解雇が発表される。
L.A.S.Ponder 学生時代 白亜混声合唱団で 池澤夏樹作詩、池辺晋一郎作曲 混声合唱組曲「銅山」で この事件を含む 別子銅山の歴史を歌ったことがありましゅ。
銅山の太古の歴史から 開発 鉱山としての隆盛 閉山まで 営々たる歴史を 歌った 素晴らしい合唱曲でした。
池辺さんの傑作のひとつと思われましゅが いまはもう この曲を歌う合唱団はないのでしょうか。
| 2005年03月16日(水) |
1886年 マーラーの歌曲「さすらう若人の歌」初演 |
1886年3月16日 Gustav Mahler作詩作曲の歌曲「さすらう若人の歌」 ”Lieder eines fahrenden Gesellen” 作曲者自身の指揮のもと ベルリンで初演。
翌年ピアノ伴奏版、オーケストラ伴奏版 楽譜出版
L.A.S.Ponder 若い頃 福永陽一郎編曲の 男声合唱版を 一流大学のグリークラブの 演奏会で何度か聴いていましゅ。
失恋と放浪をテーマとしたこの曲 わかることはわかるのでしゅが どうしても 共感できる部分と 好きになれない部分が 相半ばしていましゅ。
中年となった今 この曲を聴くと どう感じるのでしょうか?
| 2005年03月14日(月) |
1861年 フランスの音楽教育家 ニデルメイエール没 |
1861年3月14日 フランスの音楽教育家 ルイ・ド・ニデルメイエール没 1802年4月27日 スイスで誕生
この人は パリに ニデルメイエール古典音楽学校を 創設し パリ音楽院では等閑視されていた 16〜18世紀の偉大な宗教音楽を 精力的に教えました。
ガブリエル・フォーレは 9歳から20歳までを このニデルメイエール古典音楽学校で 寄宿生活を送り その基礎を作りました。
ニデルメイエールなくして フォーレの宗教音楽は なかったのでしゅ。
L.A.S.Ponder 昨年フォーレのレクィエムを 歌うにあたり フォーレの伝記類を あさりましたが ニデルメイエール古典音楽学校での 青春期のさまざまなエピソード 興味深く読みました。
| 2005年03月13日(日) |
1883(明治16)年 詩人 高村光太郎 東京下谷で誕生 |
1883(明治16)年3月13日 詩人 高村光太郎 東京下谷で誕生 1956年4月2日 没
つい先日 高村光太郎作詩 平吉毅州(ひらよしたけくに)作曲の 混声合唱組曲「レモン哀歌」を 平松剛一指揮平松混声合唱団演奏のCDで 聴きました。
平吉氏の曲としては 難しそうで たしかに美しいことは美しいのですが 感動的といえるほどではありませんでした。 歌ってみたいとは思えないです。
こういう超有名詩に 曲をつけるというのは 難しいですね。
詩のイメージが先行し 曲によって それが妨げられる気がして 楽しめないのです。
レモン哀歌は そのまま鑑賞する方が L.A.S.Ponderには 合っているようです。 残念っ!!
| 2005年03月12日(土) |
1981年 女優 小野真弓 千葉県で誕生 |
1981年3月12日 女優 小野真弓 千葉県で誕生
某サラ金のテレビコマーシャルで 大ブレイクしてしまいましたね。 このCMに影響されて サラ金地獄に落ちた青年も 多数いるのではないでしょうか?
L.A.S.Ponder サラ金にこそ 手を出しませんが このCMに触発されて 小野真弓の DVD(Astraia)と写真集(中古でしゅが) 買ってしまいました。
飛び切りの美人ではなく 庶民的で アイドルとしては いけましゅが 女優としては これからでしょうか?
| 2005年03月10日(木) |
1934年 漫画家 藤子不二雄A 富山県氷見市で誕生 |
1934年3月10日 漫画家 藤子不二雄A 本名 安孫子素雄(あびこ もとお) 富山県氷見市で誕生
藤子F不二雄とコンビを組んで 藤子不二雄を名乗り 漫画を書き出す。
共作時代の作品では テレビアニメになった オバケのQ太郎が 強烈な印象で残ってましゅ。
L.A.S.Ponder 幼児期必ずのように 観ていました。 主題歌 今でも耳に残っていましゅ。
オバQというと 小田急線を オバQ線と呼んだことを 思い出しましゅ。
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