| 2003年01月27日(月) |
アマデウス誕生/ヴェルディ没 |
1756年1月27日(宝暦5年12月26日) ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト (Mozart,Wolfgang Amadeus) ザルツブルに誕生。 1791年.12月5日没
L.A.S.Ponderの好きな モーツァルト作品ベスト3 1. 戴冠ミサ 2. Ave Verum Corpus 3. 交響曲第41番ハ長調「ジュピター」
1901年1月27日(明治34年) ジュゼッペ・フォルトゥニオ・フランチェスコ・ヴェルディ (Verdi,Giusepe Fortunio Francesco )没、87歳。 誕生1813年10月10日
L.A.S.Ponderの 鑑賞したい作品は 歌劇「ファルスタッフ」 歌劇「アイーダ」 演奏したい曲は レクィエム
2003年11月29日 グローリア アンサンブル&クワイアー 第11回演奏会 栃木県教育会館大ホールで ヴェルディのAve Maria歌いましゅ。
その昔 アリア「風の中の羽のように」(女心の歌)歌劇「リゴレット」より を習って挫折した哀しい思い出が・・・
| 2003年01月26日(日) |
ルイージ・デンツァ没 |
1922年1月26日 イタリアの作曲家 ルイージ・デンツァ没 1846年2月24日生まれ ナポリ音楽院に学ぶ。 600曲の歌曲およびオペラを作曲している。 歌曲「フニクリ・フニクラ」(登山電車)は 大ヒット・コマーシャルソングの先駆け。 L.A.S.Ponder 1983年ごろ在団していた 三多摩青年合唱団で歌いました。 ヤンモ、ヤンモ(行こう、行こう)火の山へ のところが気持ちよく吠えられるので 好きになりました。 懐かしい曲でしゅ。
1712年1月24日 プロイセンの啓蒙専制君主 フリードリヒ2世(大王)誕生 1786年8月17日没 フルートを愛好し 簡単な作曲もやり 自前の楽団、オペラハウスも作り 音楽やりたい放題、 うらやましい限りでしゅ。 大事なのは 彼の主題をもとに J.S.バッハが 名作「音楽のささげもの」を 作ったことでしゅ。
| 2003年01月22日(水) |
チョン・ミョンフン誕生 |
1953年1月22日 チョン・ミョンフン(鄭明勳) Chung Myung-Whun 誕生 アメリカに渡って苦労して というのが泣かせましゅ。 白人優位の指揮者界で 小澤征爾らと並んで アジア人の世界的指揮者が 活躍するのは喜ばしいことでしゅ。 先日NHKで彼が 東京の小学校のオーケストラを 指導する番組が放送されましたが 小学生を相手に全力で指導する 姿に感動しました。 L.A.S.Ponderが持ってるCDは 聖チェリーリア音楽院を指揮した テ・デウム集だけ。 シャルパンティエ、モーツァルトは いけましゅが アルヴォ・ペルトは 楽しめませんでしゅ。
| 2003年01月20日(月) |
エフゲニー・ムラヴィンスキー没 |
1988年1月20日 エフゲニー・ムラヴィンスキー(Mravinsky,Evgeny)没。84歳 誕生1903年6月4日 旧ソ連の代表的指揮者 レニングラード交響楽団を 世界有数のオーケストラに 育て上げた。 ショスタコーヴィチとの友情は有名で 交響曲第5、第6、第8〜10、12番、 オラトリオ森の歌、 ヴァイオリン協奏曲第1番、 チェロ協奏曲第1番等の初演を 果たしている。 旧ソ連の崩壊で彼の録音が 世界中に広まった。 これをある人は 平和の配当といっている。 まことにそのとおり。 L.A.S.Ponderの手元には シベリウスの最高傑作 交響曲第7番のライヴ盤がある。 聴いてみましょう。
| 2003年01月16日(木) |
マッテーオ・カルカッシ没 |
1853年1月16日マッテーオ・カルカッシ没 1792年生まれ イタリアのギター奏者、作曲家 日本では「カルカッシ・ギター教則本」で有名。 L.A.S.Ponder子どもの頃 この本でギターを学習。 カルカッシ作曲のやさしい練習曲を 何曲かさらいました。 なつかしでしゅ。 りりりさまもお弾きになったのでは?
1875年1月14日,明治8年 シュバイツァー(Schweizer,Albert) ドイツのカイゼルスベルクに誕生。
はじめ音楽、神学を学び 30代で医学を学ぶ。 アフリカでの献身的な医療活動により、 1952年にノーベル平和賞。 オルガニスト、バッハ研究家としても 記憶にとどめるべき業績がありましゅ。
仏領赤道アフリカ(現ガボン)のランバレネで 医療活動を始めたものの 赤字で病院は閉鎖 自身はフランス軍の捕虜となる。 しかしその後 オルガン演奏会で金を稼ぎ 再度、アフリカ医療に向かう。 つまり芸は身を助く。
L.A.S.Ponder去年 ロ短調ミサに取り組むため バッハ関係の本を何冊か読みましたが 何度もシュバイツァーの名が出てきて驚きました。
アフリカでは白人優越意識が抜けず 白人が兄、 アフリカ人は弟 という考えだったようでしゅが 業績は不滅。 若い頃読んだ 「水と原生林のはざまで」(岩波文庫)を 思い出しました。
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