| 2005年11月02日(水) |
2005年 長谷川沼田居展in足利市立美術館 |
2005年 生誕100年オマージュ 長谷川沼田居展 会場 足利市立美術館 会期 2005年10月1日〜11月13日
たまたま午前中時間が空いたので鑑賞。
長谷川沼田居(しょうでんきょ)1905〜1983は 足利出身の画家。
2003年心眼の画家長谷川沼田居展in足利美術館も 観ているのでしゅが 異様に迫るかきつばたやひまわりの 作品群にもう一度会いたくて 足利市立美術館へ。
両眼摘出後も カミサンの手助けで 作品を作り続けたという 沼田居の恐ろしいまでの 情熱を感じたくて 会場を徘徊。
やっぱりすごいでしゅ。 特に数多く描いたひまわりは その花がこちらを凝視する 目のようで怖いでしゅ。
まるで日本のゴッホのようでしゅ。
写実から抽象までさまざまな 変容をみせるかきつばたも異様でしゅ。
今回の展覧会では 沼田居の作品に衝撃を受けたという 4人の現代画家 岡田真宏、貝野澤章、黒須信雄、橋本倫の オマージュ作品も 観るものを 鷲づかみにするようで 怖かったでしゅ。
足利市立美術館は 時々こういった すごい展覧会を企画するので 目が離せませんでしゅ。
| 2005年10月31日(月) |
2005年 15000ヒットお礼 |
2005年10月31日 15000ヒットお礼
このつたない日記を 訪れて下さる方々 リンクを張って下さる方々に 厚く御礼申し上げましゅ。
2003年10月30日に 4000ヒットの お礼を申し上げてから 2年間で11000回のアクセス。
600回は自己アクセスとしても 10000以上。
気の遠くなるような数字でしゅ。
日本全国に (ひょっとしたら国外からも) 見守って下さる方々がいる不思議。
開始当初の 音楽史的感想は すでにネタ切れ状態。
これからは 歴史的ネタ以上に 身辺雑記的記述が 増えていくと思いましゅが もう少しがんばりましゅ。
なにとぞよろしく お願い申し上げましゅ。
寒い政治的季節に・・・
| 2005年10月30日(日) |
1995年 ゆりかもめ 開通 |
1995年10月30日 東京臨海副都心と都心を結ぶ 新交通システム「ゆりかもめ」開通式典
ゆりかもめが開通してもう10年になりましたか。
先月9月17日 高校の同窓会で 日本未来科学館への 往復で ゆりかもめに乗りましたが その運賃の高さに 悲鳴を上げました。
別にどうということもない 乗り物でしゅが 何であんなに高いんでしょう。
日本未来科学館で働いている 同窓生が嘆いていました。
台場方面の労働者が ゆりかもめしか 利用できないのをいいことに 暴利をむさぼるのは ひどいでしゅ。
| 2005年10月29日(土) |
1969(昭和44)年 ホームビデオ記念日 |
1969(昭和44)年10月29日 ホームビデオ記念日
ソニーと松下電器が 家庭用VTRの開発を発表。
ソニーはベータ方式 松下電器はVHS方式を採用し、 これから数年、 両陣営の熾烈な争いが繰り広げられる。
L.A.S.Ponderは ベータ方式のソニー製ビデオデッキを購入。
業務関係のビデオも ベータ方式のビデオを収集。
悲惨な結婚式のビデオも ベータ方式で撮影。
しかしビデオは VHSの圧勝となり すべてのベータ方式 ビデオテープが パーとなりました。
業界の規格不統一が L.A.S.Ponderの 私生活にも とんだ波紋を 呼んだのでした。
そして現在 次世代DVDが 規格不統一のまま 2種類出回りそうな情勢。
消費者不在の 業界争いは いいかげんにして欲しいでしゅ。
| 2005年10月27日(木) |
1907年10月27日 チェンバリスト ヘルムート・ヴァルヒャ ライプツヒで誕生 |
1907年10月27日 ドイツのオルガニスト、チェンバリスト ヘルムート・ヴァルヒャ Helumut Walcha ライプツィヒで誕生 1991年没
この人のすごいところは 視力障害者、16歳で完全失明ながら バッハのオルガン全集の録音を 完成させていることでしゅ。
もちろん母と妻の 献身的助力によるところも 大きいということでしゅ。
L.A.S.Ponder 学生時代 栃木県立図書館から 彼のアンマーチェンバロの LPレコードを借りて 聴いていました。 バッハのチェンバロ曲に 接したはじめでしゅ。
そういえば 最近はヴァルヒャの 演奏を聴いていません。
スタンダードとも言われる 彼の演奏 また聴いてみたいものでしゅ。
| 2005年10月26日(水) |
鎌田 實著 がんばらない |
2005年 鎌田 實著 がんばらない 集英社文庫 集英社 2003年 読了
いつも本を薦めてくれる クライアントのお勧めで 読む。
著者は 大学紛争時代 全共闘系から 諏訪中央病院に赴任。 長くこの地で活躍。
終末期医療で 頑張らないことの重要性を 信州の風土の中で実践。
稀有のことでしゅ。
世の中には 頑張った方がいいこと 頑張ってもダメなこと 頑張らない方がいいこと いろいろありましゅ。
それを一律 頑張れということには 無理がありましゅ。
頑張らないで 泣いた方がいいことも たくさんありでしゅ。 それですっきりすればいいんでしゅ。
そして真実を知ることの重要性。 告知ということ。
なかなかいい本でした。
| 2005年10月24日(月) |
1974年 ダヴィッド・オイストラフ没、66歳 |
1974年10月24日 ソヴィエト連邦のヴァイオリニスト ダヴィッド・オイストラフ David Oistrakh 没、66歳。 1908年9月17日 誕生
オイストラフのCDを 持っているかどうか 定かではありませんが 昔NHKみんなの歌で 「パパのバイオリン」という 歌があり そのなかで
♪あのオイストラフも クライスラーもかなわない・・・ ビゴリンビゴリン ビゴビゴリン・・・
という一節が確かあって 急に懐かしく思い出しました。
| 2005年10月21日(金) |
瀬戸内晴美著 中世炎上 |
2005年10月21日 瀬戸内晴美著 中世炎上 新潮文庫 新潮社 昭和52年 読了
うーん すごい小説でしゅ。
元になったのは 先に読んだ 後深草院二条著 瀬戸内晴美現代語訳 とはずがたり
幼くして後深草院に育てられ のちに愛人となった二条
二条の母 大納言典侍(だいなごんのすけ)は 後深草院の乳母(めのと)で 年若い院に恋の手ほどきをする。 長じて院は 二条に亡き大納言典侍の面影を 求めながら 愛欲生活に溺れていく。
院は二条を寵愛しながらも 弟で煩悩・妄執にまみれた 性助法親王(しょうじょほっしんのう)や これまた皇位継承を争う 実弟の亀山院や 上流貴族に 二条を抱かせてしまうなど 異常性欲、異常性格の持ち主。
そのほか二条は さまざまな愛欲を 重ねながらも 院と着かず離れずの 関係を続ける。
源氏物語をなぞるように 退廃・爛熟を極める 中世の貴族社会。
前著現代語訳とはずがたりを 何倍にも膨らませた 瀬戸内の筆力に脱帽でしゅ。
L.A.S.Ponder 自らの貧しい愛欲生活に ため息をつきながら 数奇な運命を生きた 二条の生涯を 辿ったのでした。
| 2005年10月20日(木) |
1931年 ドイツ映画「会議は踊る」封切り |
1931年10月20日 ドイツ映画「会議は踊る」が ヨーロッパで封切り
1814年メッテルニッヒの牛耳った ウィーン会議を舞台に、 ロシア皇帝と町娘の “ただ一度だけ”の恋を描いた 音楽映画。
昔観ました。 なつかしいでしゅ。 甘美きわまりない 主題曲「ただ一度だけ」に 涙でしゅ。
♪人生にただ一度だけ まだ信じられないわ ほんのつかの間 でもいいの 魔法の光がきらきらと降り注ぐ 人生にただ一度だけ ひょっとして夢かしら 人生にただ一度だけ 起きることを それが起こって そして終わったのね
安いDVDが出れば また観て 涙したいでしゅ。
2005年10月19日 三島由紀夫著 音楽 新潮文庫 新潮社 昭和45年 読了
6年ほどわらじを脱いでいた 救急救命東京研修所の 6期生同窓会で 静岡の修善寺への往復で 一気に読了。
三島にこんな作品が あったなんて・・・ 不明を恥じるばかりでしゅ。
今はかなり下火となった 精神分析医の報告の形で 不感症の女性に 悪戦苦闘する 日々を描いたもの。
L.A.S.Ponder 職業柄 もっと早く読んでおくべきでした。
しかしこれは 一種のエンターテイメントでも ありましゅ。
息を継がせぬ展開で 一気に楽しめました。
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