「L.A.S.Ponder氏」の音楽カレンダー

2002年11月04日(月) フォーレ没/メンデルスゾーン没/フィンランディア初演

1924年11月4日
ガブリエル・フォーレ
パリで没。(1845生まれ)
10月26日コール・エッコの
演奏会アンコールで歌った
ジャン・ラシーヌの雅歌の
興奮未だ冷めやらず。
L.A.S.Ponderの
フォーレ作品ベスト3は
#1 ラシーヌの雅歌
#2 アヴェ・マリア
#3 レクィエム

* * * * *

1847年11月4日
Jakob Ludwig Felix Mendelssohn-Bartholdy
ライプツィヒで没、38歳。
1809年2月3日生
早熟の天才。
最大の功績の一つは
バッハのマタイ受難曲蘇演。
名曲中の名曲ヴァイオリン協奏曲は
ナチス政権下
ユダヤ人作曲家の曲ということで
演奏禁止になったが
作者名を伏せ「ホ短調協奏曲」として
演奏されつづけた。
大合唱曲に
オラトリオ「聖パウロ」
オラトリオ「エリアス」
愛すべき小合唱曲多数。
L.A.S.Ponderのお気に入りは
劇伴音楽「真夏の夜の夢」
交響曲第4番「イタリア」

* * * * *

1899年11月4日
フィンランド第2の国歌ともいわれる
シベリウスの交響詩「フィンランディア」初演。

強国スウェーデンと
大国ロシアに挟まれた
フィンランドは長年両国の圧迫に
苦しめられてきた。
フィンランドは1809年以降
ロシアの大公国となった。
1899年11月4日
ロシアへの抗議行動の一環として
慈善公演を装った大集会が催され、
この曲は劇伴音楽「歴史的情景」の前奏曲として
作曲され演奏された。

以後フィンランドにおいてはこの曲は
国名そのものの『スオミ』と呼ばれ、
祖国への愛国心の象徴として
国民の士気を大いに鼓舞し続け、
スオミの独立運動をささえた。

この曲ほど20世紀を通して
圧政に苦しむ人たちを
励ましつづけた曲はないと思われましゅ。

L.A.S.Ponderも
苦しく長い浪人生活中を始め
人生の苦しい局面で
幾たびこの曲に励まされ
なぐさめられたことか。

曲中最も有名な旋律は
合唱曲にも編曲され
賛美歌「安かれわが心よ」
”Be Still My Soul”
その他多くの歌詞で
世界中で歌われていましゅ。

先日コール・エッコで
歌った編曲も
やさしいが美しいハーモニーに
あふれており
歌いこめば
素晴らしい愛唱曲になると思われましゅ。



2002年11月02日(土) ジュゼッペ・シノポリ誕生/北原白秋没

1946年11月2日
イタリアの指揮者
ジュゼッペ・シノポリ誕生
2001年4月20日歿
始め医学、精神医学を専攻
後に音楽に転向
指揮者として成功した。
L.A.S.Ponderは
1990年11月23日
東京芸術劇場で
シノポリ、
フィルハーモニア管弦楽団の
伴奏で
マーラー作曲
交響曲第8番「千人の交響曲」を
演奏した時のことを
鮮明に覚えていましゅ。
(1991年1月3日NHK教育テレビで放映。)
すごく神経質で
合唱団員全員が
指揮者から見える位置に立たないと
リハーサルを始めませんでした。
其の時の演奏は
相当密度の濃い演奏で
フィルハーモニア管弦楽団の
素晴らしい金管楽器とともに
L.A.S.Ponderの脳裏に
刻み込まれました。
医学を専攻しながら
指揮中に急性心筋梗塞で倒れ
そのまま急逝したのは
惜しまれましゅ。

* * * * *

1942年11月2日
北原白秋没(1885〜1942)
10月26日混声合唱団コール・エッコ
第14回定期演奏会でも
2曲取り上げましたね。
おどろおどろしくも
悲しい女の世界を詠った
「曼珠沙華(ひがんばな)」
少年の日のノスタルジアを詠った
「からたちの花」
白秋の詩は
山田耕筰の曲を得てさらに
人々の心に
沁みるものとなり
素晴らしい合唱編曲によって
われわれの歌うところとなりました。



2002年10月31日(木) 「未完成」第2楽章が完成

1822年10月31日
シューベルトの
交響曲第8(7)番「未完成」第2楽章が完成。
もうこれはこれで完成でしゅね。
L.A.S.Ponder
シューベルトの交響曲では
当然第9(8)番大ハ長調交響曲が
好きでしゅ。

お☆ま☆け 「万霊節」
 
今年10月31日は
万霊節、または万聖節の前夜祭
つまりハローウィンでしゅね。
万霊節といえば
りりりさまは
シューベルトの歌曲
万霊節の連祷が
お気に入りでしたでしゅね。
ぜひ今度
どこかでお聴かせください。



2002年10月30日(水) フランス・ブリュッヘン誕生

1934年10月30日
オランダのリコーダー奏者/指揮者、
フランス・ブリュッヘン誕生
リコーダー奏者から
指揮者というのもすごい。
さあこれから
彼の指揮する
オランダ室内合唱団
18世紀オーケストラの
バッハ、ロ短調ミサを聴こう。



2002年10月29日(火) ドン・ジョヴァンニ初演

1787年10月29日
モーツァルトのオペラ
ドン・ジョヴァンニが
プラハで初演される。
全曲の完成はなんと前日。
L.A.S.Ponder
ドン・ジョヴァンニは
観たことがないが
怪しい雰囲気の序曲は
大好き。



2002年10月28日(月) 悲愴交響曲初演

1893年10月28日
チャイコフスキー自身の指揮により、
サンクト・ペテルブルグで
交響曲第6番ロ短調Op.74「悲愴」初演。
初演は不評だったそうでしゅ。
あまりに暗い
終わり方でしゅものね。
ちなみに英語の
patheticをEXCEED英和辞典で引くと   
a. 哀れな, 痛ましい; 感動させる
となっていましゅ。
なるほど感動しましゅね。
しかも初演9日後に突然死亡。
哀れで痛ましいでしゅ。
死因は古くはコレラ説、
最近は砒素による自殺説が有力でしゅ。
Nandatte Cantabile
チャイコフスキーの交響曲では
5,4,6の順に好きでしゅ。
3,2,1は未聴。



2002年10月25日(金) ヨハン シュトラウス(息子)誕生

1825年10月25日
ヨハン シュトラウス(息子)
ウィーンで誕生。
1899年06月03日没。
父ヨハン<ワルツの父>の長男で<ワルツ王>。
作曲、指揮に大活躍
弟達も同様に活躍した。
3度結婚。
三度目の正直で幸せな晩年。
ワルツとポルカの作曲が多いが
喜歌劇「こうもり」も忘れられない。
合唱人としては
「美しく青きドナウ」
「トリッチ トラッチ ポルカ」
など歌ってみたい。



2002年10月24日(木) フランツ・レハール没

1948年10月24日
オーストリアのオペレッタ作曲家、
フランツ・レハール没(1870〜1948)。
代表作 メリー・ウィドウ
薬師丸 超お気に入りの
オペレッタでしゅ。

1980年8月24日
佐野市民合唱団
第1回演奏会では
指揮者 小口史夫先生と
ヴォイス トレーナー 桑原淳子さんにより
メリー・ウィドウの二重唱が
演奏されました。
懐かしいでしゅ。



2002年10月23日(水) 土井晩翠誕生

1871年10月23日
荒城の月の作詩者
土井晩翠誕生。
1952年没。
滝廉太郎作曲の荒城の月
原曲は,3小節めの最後の音に
#がつけられていたが,
今日では#なしで
歌われるようになった。
これについては以前
riririさまかどなたかのページのどこかで
話題になりましたでしゅね。
山田耕筰の改作だとか。
土井晩翠
本名はつちいだが
だれも「つちい」と
呼んでくれないので
後に自分から
「どい」と名乗ったとか。
滝廉太郎のおかげで
晩翠の名は
後世に残ることになった
ような・・・



2002年10月21日(月) 天国と地獄初演

1858年10月21日
オッフェンバックの『天国と地獄』が
パリのブッフェ・パリジャン劇場で初演。
大成功。
フィナーレのカンカン踊りは
日本に流れ着いて
宝塚レヴューの
ロケットになりました。
グルックの
オペラ「オルフェオとエウリディーチェ」の
強烈なパロディ。
最近「天国と地獄」序曲
聴いてないな。
オペレッタ「天国と地獄」も
観てみたい。
サン=サーンスはこれを
パロってカメにしてしまった。
フランス人の
エスプリ、パロディ精神
おそるべし。
もっとも
グルックもオッフェンバックも
ドイツ系でしたか。



 < 過去  INDEX  未来 >


L.A.S.Ponder [MAIL]

My追加