酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2003年09月30日(火) 『七つの怖い扉』 阿刀田高ほか

 《いちど足を踏み入れたら、もう戻れない。この扉、開けるも地獄 開けぬもまた、地獄――》・・・なかなかキュート(笑)な惹句でございます。そして惹句に見劣りのない七つの怖い扉を開けると、当代きってての怪異譚の語り部たちが描く七つの恐怖の物語。

「母の死んだ家」高橋克彦
 編集者とともに道に迷った作家が辿り着いてしまった‘母が死んだ家’。過去から逃げていた主人公が過去に飲み込まれた結果・・・。

 思えば、すべては偶然などではなかったのかも知れない。

 不思議なもので共通の趣味や嗜好を持つ方との間で、しばしばシンクロなる現象が起こります。実はこの高橋克彦さんが見出された作家の明野照葉さんのサイトで私が明野さんの物語を映像化して欲しいと書き込みました。するとそれに反応をしてくださった方が白石加代子さんの一人語り芝居‘百物語’に取り上げられるのもいいかもと書かれました。私は、白石加代子さんの百物語を拝見したことがあり、「おお、それも素晴らしい」と感嘆しておりました。その時に読んでいたのが、たまたま親友からもらったこの『七つの怖い扉』でした。宮部みゆきさんや乃南アサさんなどBigNameがずらぁーり。どの物語も面白い。そして最後に辿り着くと・・・<この作品は、女優の白石加代子氏による語り下ろし公演「百物語」の新作「七つの怖い扉」のためにそれぞれ書き下ろされたもので・・・>とありました。おお、まさにシンクロ。
 でももしかすると、すべては偶然などではなかったのかも知れませんね。

『七つの怖い扉』 2002.1.1. 新潮社文庫



2003年09月29日(月) 『ヨリックの饗宴』 五條瑛

 和久田耀ニは兄・栄一が好きだった。しかし兄は結婚を機に豹変。女房子どもに虐待を加える男になってしまった。そして突如失踪。7年が経ち、耀ニや残された家族たちは栄一のことを忘れたように振る舞い、やっと安定を手に入れたかのように見えた。そこへ市河と名乗る男から栄一宛にFAXが届く。そして耀ニは不思議な女に出会いこう告げられるのだった。「オズリックがヨリックに会いたがっているわ。そう伝えてちょうだい。いいわね、ヨリックによ」と。オズリックとはヨリックとはいったい誰なんだ? 切り離したはずの兄・栄一の気配とともに耀ニは大きな渦に巻き込まれていく・・・。

 ううう、うまいですねー。五條瑛さんv 奇想天外な破天荒な国家的物語でもさらりと料理して見せてくださる。今回は特に‘血’の濃さみたいなものをつきつめて見せられた気がしましたし、妙に納得してしまった。ハムレットをベースに進む展開もお洒落。私は五條瑛さん大好きだなぁ〜。

「歳を取ると、そういうことを考えるようになるの。自分が生きて、誰かと出会って、何かをした証が欲しくなる。他の人にはどうでもいいことでも、自分にとっては驚くほど大事なことなのよ。それがないと寂しすぎるでしょう。ただ、周囲に流されただけの人生なんて」

『ヨリックの饗宴』 2003.9.15. 五條瑛 文藝春秋



2003年09月28日(日) 『被告A』 折原一

 田宮亮太は、連続殺人事件《ジョーカー事件》の犯人と目され取調べを受け続けていた。田宮は留置場で‘復讐’と言う文字を書き付けながら、「俺は無実の罪なんだ。冤罪だ。真犯人は別にいるんだ」と呟き続ける。田宮は、弁護士を巻き込み、推理を展開し、裁判で逆転の秘策を放つのだが・・・。裁判の進む一方で事件が起こっていた。教育評論家浅野初子の息子がジョーカーと思われる男に誘拐されたのだ。息子の命を救うべく誘拐犯ジョーカーに立ち向かうが、翻弄される。初子は、自分のせいでひきこもりになってしまった息子を助けることができるのか?

 うーむぅ、またもや見事に翻弄されました。さすがは叙述トリックの王様・折原一さま。ふたつの物語が同時にスリリングに展開し、読み手(私)はまんまと嵌められました。うまいなぁ・・・。
 本当は事件の犯人のことでいろいろ言いたいことがあるのですが、ネタバレになりそうなので自粛しました。あなたも是非だまされてくださいv

「あんたの負けさ。ババを抜いたんだよ、おじさん」
 おかっぱ頭の少女は、老婆のような声で笑いだした。

『被告A』 2003.9.15. 折原一 早川書房



2003年09月27日(土) 『太平洋の薔薇』下 笹本稜平

 乗っ取られたパシフィックローズは、テロリストたちに翻弄され海原を彷徨う。キャプテン柚木とクルーたちの戦いは最悪の結末を迎える。しかし伝説のキャプテン柚木の歩んで来た人生とその人柄は、次々と奇跡を呼び込むのだった・・・。

 実際に読んで感動していただきたいため、あらすじをものすごく大雑把にしか書きませんでした。心が揺さぶられるほどのドラマが待ち受けていて、最後は涙が止まりませんでした。クライマックスにはさまざまな人間の大きさや優しさや勇気、愛、・・・など人が人として忘れてはならないものを訴えかけてきます。キャプテン柚木とキャプテン矢吹は日本人の誇りですね。
 こういう物語を読むことができるしあわせをつくづく感じました。とても素晴らしい冒険小説です。かなりオススメv

 いまは疑うことよりも信じて行動することだ。疑えばなにもできない。信じればなにがしかの行動が起こせる。そして行動することからしか突破口は生まれない。

『太平洋の薔薇』下 2003.8.25. 笹本稜平 中央公論新社



2003年09月26日(金) 『太平洋の薔薇』上 笹本稜平

 不定期貨物船「パシフィックローズ」がマラッカ沖で乗っ取りに遭遇。船長は伝説のキャプテン柚木静一郎。柚木は乗っ取り犯人たちに立ち向かい、クルーを守ろうとする。静一郎の娘、夏海は海上保安庁クアラルンプール国際海事局海賊情報センターに出向してこの父の関わる事件を手がけることになる。
 荒れ狂う猛る海原を舞台に男達の野望と生死をめぐった戦いがはじまる・・・。

 船が乗っ取られる。これは大海原を舞台にした完全密室だよなぁと思いながら読んでいました。上巻は登場人物が多いため、相関関係を把握しながらの導入といった感じ。今、下巻に突入しましたが、読むペースが格段にアップ。上巻を踏まえてからこその引き寄せられかたですね。うまいです。
 冒険モノって主人公の魅力に尽きます。このキャプテン柚木静一郎は男の中の男です。その娘や仲間たちもいい奴らばかり。ただの乗っ取りではないこの事件がどう動きどう集約するものか、とてもとてもわくわくしていますv

「俺も知らねえよ。知りたくもねえな。世のなかにゃ知らない方がいいことがいろいろある」

『太平洋の薔薇』上 2003.8.25. 笹本稜平 中央公論新社



2003年09月25日(木) 『異形コレクション 教室』 井上雅彦監修

 カバーイラストがいきなり伊藤潤二さんでどっきり。こんな教室へは怖すぎて入れません(涙)。今回の異形コレクション《教室》は、なかなか面白い(怖い)作品ぞろえで1冊でかなりの恐怖を体感できます。中でも私のハートをつかんだ(笑)作品は、手塚眞さんの『ハイスクール・ホラー』と石持浅海さんの『転校』と飛鳥部勝則さんの『花切り』でした。
 手塚眞さんは、かの手塚治虫さんの息子さん。恥ずかしながら、手塚治虫さんの息子さんが多くのホラー短篇を発表されているとは存じませんでした。この『ハイスクール・ホラー』は型破りな元刑事が辿り着く事件の真相がとんでもなくホラーでした。
 石持浅海さんは仲間内でも今、話題の作家さんですが、やはり話題になるだけの方だなぁと思わされました。『転校』は、この《教室》の中で一番うなりました。映像化希望。石持さんの新作もさっそく読むことを決意。
 飛鳥部勝則さんの『花切り』は、幼い中のエロティック・ホラーさ加減の妖しさ・毒々しさが際立っていたのでお気に入り。幼いからこそってことあるものねぇ。
 他にもBigNameがずらりと並び、それぞれの角度の《教室ホラー》が堪能できます。最後に気に入った文章は、小林泰三さんの『あの日』より引用。ホラーなのに思わず笑わされたので・・・。

 君、マニアを馬鹿にしてはいけないよ。マニアは普通の人間は絶対知らないようなことについて作家が間違えたりすると、それこそ鬼の首でもとったかのように大騒ぎするもんなんだ。

『異形コレクション 教室』 2003.9.20. 光文社 



2003年09月23日(火) 『サウンドトラック』 古川日出男

 トウタ6歳とヒツジコ4歳はそれぞれ親の身勝手から、小笠原諸島のある無人島に漂着。2年後、保護されたふたりは異様な心模様で成長をしていく。兄妹のごとく生きてきたふたりは引き離され、数年後、異形都市東京で再会を果たすことになるのだが。

 幼いトウタとヒツジコがファーストシーンから苦労しながら生き抜いていく。成長したふたりは極近未来の異形都市東京で別々にサバイバルをする物語。文章が容赦なく、しかし読ませる力を持っていました。ただ内容は残酷だし、不気味だし、読んでいて決して爽快ではなかったです。でも最後まで読まずにはいられないパワーを持っていました。いや、すごかった。でもものすごく疲れました。

 悪意のない者だけが純粋な悪意を持っている。

『サウンドトラック』 2003.9.10. 古川日出男 集英社



2003年09月22日(月) 2003 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展

 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展は、イタリアのボローニャ市で毎年開催されている絵本原画コンクールに入選した作品の展覧会です。イラストレーターが自分の作品を応募すれば、わけへだてなく審査してもらえるため、新人作家の登竜門として世界的に有名なコンクールです。
 毎年、夏が終る頃にこの展覧会を見るために神戸へ行きます。この展覧会を開催する西宮市大谷記念美術館は神戸らしい街並みにあります。たまたま同じく絵画鑑賞好きな友人がこの街に住んでいるため恒例行事となっています。
 不思議だなと思うことは、毎年毎年その年の‘カラー’があることです。応募する作者は生まれた国も育った環境もまったくばらばら。それなのにカラフルな作品が多い年はカラフルだし、キャラクターが重なることもしばしば。この現象は毎年とても不思議に思えてなりません。
 2003年のボローニャは全体的にシンプルで地味。もっと言えば暗い感じ。どうしてかなと思うと友人が「戦争の影響かな」とぽつり。あ、そうかと思いながら見ていると本を持った黒猫のイラストに「爆弾より本を」と言葉が添えられていました。本当にその通りだ。
 個人的には今年もお気に入りのジョン・ロウの作品を見ることができて嬉しかったです。とても素敵な絵本画家さんなのですよ。あと先ほど描いた黒猫を主人公にしたポルトガルの作家さんのイラストもとてもよかったデス。
 来年はどんなイラストを見ることができるのか期待していますv



2003年09月21日(日) 1900年ウィーンの美神展 クリムト

 兵庫県立美術館で開催しているクリムト展の最終日にすべりこみで行って来ました。
 グスタフ・クリムトの華麗で妖しく美しい絵は誰しもどこかで目にしたことがあることだと思います。クリムトの描いたエロチックなまでの作品群を目にして圧倒されました。よくぞ有名どころもここまで借り出してくださった、と感謝。
 くすんだ金箔をこんなふうにうまく取り入れているのはクリムトならでは。クリムト独自のクリムトらしい世界が1枚1枚の絵に繰り広げられていました。
 中でも複製ではあるものの、35mに及ぶ壁画「ベートーベン・フリーズ」には息をのみました。これひとつ見ることができただけでも行った甲斐があるというもの。私も呆けたように魅入られてしまいましたが、外国の男性が口を手で覆い呆然と立ち尽くしている姿が印象的でした。あの思い通じてきました。きっと打ちのめされたんだ。
 もうひとつ友人が見たいと言っていた「アダムとイブ」にクリムトの女性観を垣間見た気がしました。女性は若く美しく豊満な肉体で、その背後から女性を抱きかかえる男性は暗く描かれ死ぬ手前のよう・・・。女性が精気を吸い取ったようなイメージでした。あ、お下品かしら。
 ずっと好きだった画家クリムト、ますます好きになりました。



2003年09月20日(土) 『失われた約束』 (関西テレビ)

 1995年1月16日、阪神淡路大震災がおこった。その時、神戸に出張していた男は大怪我を負い、記憶を失ってしまう。東京で夫の帰宅を待っていた妻は震災後、夫探しに奔走するが見つからない。そのまま8年という月日が過ぎ去ってしまう。
 妻は再婚をし、研究会(妻は産婦人科医)で京都へ訪れ、失ったはずの夫を見かける。夫は記憶を失い、京都洛北にて陶芸家となり、一回り年下の女性と結婚をしていた。
 妻は失われた自分にとって一番大切なものを取り戻そうと全てを捨てて京都へやってくる。記憶を失った夫と妻の新しい出逢いは・・・。

 断ち切られた愛の残酷さは、病気で主人を亡くした私には痛すぎる物語でした。失ったはずのかけがえのない大切なものをもう一度取り戻したい気持ちは、心にきりきりと音を立てて突き刺さってきました。しかしながら別々の人生を歩んでしまったおとなの男と女の前にたちはだかる8年の月日は、それぞれの8年ぶんの人生の重みがある。本当にせつなかった。LASTの別れのシーン、妻を演じる黒木瞳は一言も言葉を出しません。あれは出せないでしょう。あの嗚咽はおとなの女性のなによりの悲しみの表現です。うまいなぁ、黒木瞳。美しいし。

 亡くしたものはあきらめました。
 この8年じゅうぶんしあわせやったから。



2003年09月19日(金) 『鍵』 筒井康隆 (フジテレビ‘世にも奇妙な物語’)

 フジテレビの‘世にも奇妙な物語’を録画していたものを見ていると、5作品中3作品の内容を知っている・・・。むぅ、と思いエンドロールを見てみるとさもありなん。本で読んでいたのですね。筒井康隆さん、小松左京さん、山田正紀さんの作品でした。うまいセレクションしたなぁ、と感心してしまった。

 山田正紀さんの『ホームドラマ』も形を変えたストーキングの恐怖を感じて面白かったです。これなにかの短編集で読んだのだと思うのですが、思い出せません。
 一番面白かったのは、筒井の御大の『鍵』でした。これはたぶん短編集が押入れのどこかにあるのじゃないのかな。
 江口洋介演じる主人公は夜毎悪夢にうなされ熟睡できない。仕事場で残業をしていて昔よく着ていたジャンバーを見つけ、嬉しくなって着てホテルへ向おうとする。タクシーの中でジャンバーのポケットに入っている‘鍵’の存在に気付く。それは今では倉庫と化している昔の部屋の鍵だった。そして‘鍵’に導かれるようにその部屋に向かい、そこでまた‘鍵’を見つけるのだった・・・。

 さまざまな記憶の場所に向かい、そこで鍵を見つけ、その鍵を介して過去へ旅をする主人公。主人公が記憶に封印していた過去とはいったい・・・。さすがは御大の作品をもとにしただけあって妙に引き込まれ、なおかつ怖いです。怖いけれど引きずり込まれていく主人公の心情にも同調してしまう。これは部屋の押入れをひっくり返して原作を読まなければ、と思ったのでした。



2003年09月18日(木) 『世界がはじまる朝』 黒田晶

 ルビーは、14歳。記憶を失ってしまう病気。混乱した娘を母はニューヨークから日本にいる元夫デイヴィッドに預けることにする。デイヴィッドはルビーのパパだけど本当に本当はゲイなので、今は愛人(男)ジェッシィと暮らしていた。ルビーはジェッシィと親しみ、日本に慣れ始め、そうしてケイゴという少年と恋に落ちるのだが・・・。

 あのローティーンの頃の時間というものは、とても不思議な流れと濃さを持っていたな、と思い出しました。おとなでもなく、こどもでもない、ほんのひとときの今しかない時代。息苦しいほどに今しか生きられない少年と少女のもどかしさがなつかしい。少女が記憶を失っていく病気であるのは、時間を意識しなくなった私への警告かもしれない。

「あんまり好きすぎると、悲しくなって泣いてしまう」

『世界がはじまる朝』 2002.9.20. 黒田晶 河出書房新社



2003年09月17日(水) 『翳りゆく夏』 赤井三尋

 東西新聞社人事厚生局長の武藤誠一は、社長に呼び出される。内定を出した女子学生が、20年前の誘拐犯の娘であることがスクープですっぱぬかれたのだ。武藤は興信所からその報告を受けていたが、女子学生の優秀さを認め、その過去を握りつぶしていた。このスキャンダルを払拭すべく、窓際へ追いやられている昔の事件記者・梶が過去の事件を洗いなおすことになる。優秀な梶の掘り下げ取材から辿り着いた驚愕の真実とは・・・。

 20年前の事件を追いかける作業というのは、現実には難しいことでしょうね。でもこの物語を素直に読んでいくと、ぐいぐい惹きつけられます。文章に派手さはないけれど、根底にながれる作者のやさしさみたいなものを感じるからかしら。
 ひとつの事件があって、それには多くの人とその家族がかかわっている。それがよくわかります。そして丁寧に針巡らされた伏線の集約はお見事。運命のいたずらにあっと言わされるに違いありませんわv

 わたしはよくいいますのよ、目の見えない人の不自由さは目を閉じただけでは分からないって。気持ちも同じだと思いますわ。

『翳りゆく夏』 2003.8.7. 赤井三尋 講談社



2003年09月16日(火) 『輝夜姫 22』 清水玲子

 晶は柏木の偏愛の対象になっている危険を知りつつ、碧とまゆを助け出そうと柏木の言いなりになる。そこで晶を待ち受けていた、またしてもまゆの愚かな決意とは・・・。

 泣いてしまいました。長い連載の中で今回は誰より碧が素敵v 碧の行為、告白、よかったです。そしてもらい泣き。
 この漫画は、絡み合う愛情に注目してます。誰もが輝くばかりに美しい晶を愛していますが、また違うところで由は碧を愛している。サットンはミラーを(大笑)。
 物語の筋立ての路線がどんどん変わってきてしまったなぁと思いますが、やはり目の離せない漫画なのです。

 こんなことなら
 こんなことになるんなら
 いえばよかった
 あの時に
 あの時に

『輝夜姫 22』  2003.9.10. 清水玲子 白泉社



2003年09月14日(日) 『安楽椅子探偵アーチー』 松尾由美

 及川衛は11歳の誕生日プレゼントを買うよう手渡された二万八千円という大金にどぎまぎしていた。母親の指令で欲しかったゲーム機を安く買えるお店に行く途中、西洋骨董アンティーク・ニシダの店先で不思議なため息を耳にする。そのため息に導かれ、衛が誕生日プレゼントに購入したものは・・・。

 洒落のような(いや、実際洒落なのかな)文字通り安楽椅子探偵の登場。去年『スパイク』で私の心を鷲づかみにしたのもそう言えば人間ではなかった(笑)。本当にこういう設定をさせたら松尾由美さんぴかいちなんだよなぁ。
 シャーロック・ホームズが好きな小学5年生。それはどうやら松尾由美さんのホームズ元年らしいです。物語の中であるひとのペンネームにぐっときちゃいました。好きな探偵へ思いを寄せて、素敵な物語を紡げて、松尾由美さんってしあわせな作家さんだなぁ。ほのぼのといい物語でした。
 なにより物語にフィットしたひらいたかこさんのイラストが最高ですv

「だけどそんなことを考えてもしかたがないわよね。歴史と同じで、わたしたちの人生にも『もしも』はないんですもの」

『安楽椅子探偵アーチー』 2003.8.30. 松尾由美 東京創元社



2003年09月13日(土) 『哀愁的東京』 重松清

 40歳になった進藤は、フリーライター。かつて絵本で賞を取ったこともあったが、今はまったく描けないでいる。フリーライターの仕事を通してさまざまな出会いと別れを繰り返す進藤。自分の哀しみも他人の苦しみも見つめ心のうちで昇華していくうちに、進藤はおとなのための絵本を描ける気がしてくるのだった。

 『疾走』で、新しい重松清さんの一面を経験したあとだけに、やはりいつもながらの切っても切っても金太郎飴な重松清節に安心して身をゆだねることができました。40歳の進藤は、過去にも現在にも宿題を抱えたまま生きています。目をそらし、見ないふりをしながら流されていた進藤が、彼のかつての作品にかかわる人々と出会うことで癒され、立ち直っていきます。勿論、いつものごとく決してHappyEndではありませんが、少しだけ清々しい前向きな気持ちになれる、そんな物語でした。

「本がひとを呼ぶっていうの、あるんですよ」シマちゃんが言った。「読者と本の間に運命の赤い糸が結ばれてること、あるんです、絶対」

『哀愁的東京』 2003.8.25. 重松清 光文社



2003年09月12日(金) 『蛇行する川のほとり 3』 恩田陸

 真魚子は、毬子の代わりに物語の外側から物語の中へ入り込むことを決意する。香澄の母親が死んだあの日、いったいなにがあったと言うのだろう・・・。

 待たされて気をもたされて完結しました。物語は最後の最後まで結末がわかりません。1と2のラストで「えーどうなっちゃうのぉぉぉ」と悲鳴をあげさせておいて、完結する3でさえ最後にさらりんと落とされます。陸ちゃんって憎い演出家だよなぁ。惚れ惚れ。
 こういう物語について感想を書くことはとてもむずかしい。ネタバレにするわけにいかないから。美しい少女たちの残酷で純粋なお話。私はとても好きですv

 好きなものを叩き壊さないためには、自分の手を壊すしかない。

『蛇行する川のほとり 3』 2003.8.25. 恩田陸 中央公論社 



2003年09月11日(木) 『まひるの月を追いかけて』 恩田陸

 静は旅に出る。ザラザラした憂鬱と幸福を感じながら、異母兄の研吾を探すために奈良へ。同行者は兄の恋人だという女、優佳利。美しくさばさばした不思議な女性。異母兄はいったいどこへ消えてしまったのだろう。いつも物語の脇役である静は、旅先でもさまざまな人間模様というドラマを見つめる役割を果たす。しかし本当のヒロインは静なのだろうか?

 陸ちゃんならではの夢の中に迷い込んだような世界です。うまいっv 研吾が追いかけた‘まひるの月’については結構はやくにわかってしまいましたが。研吾を巡る女性たちの心が苦悩がせつなく哀しい・・・。
 家族とか恋人とか愛する存在には多かれ少なかれ依存をしてしまうものだと思います。その依存から抜け出そうとあがいた研吾。研吾を引きとめようとする女。でも描くのが陸ちゃんだからどろどろしないんだなぁ。

 人生の中で、濃密な時間を共にできる人間はごく限られている。その人間を失うということは、そういう時間も失うということなのだ。

『まひるの月を追いかけて』 2003.9.15. 恩田陸 文藝春秋



2003年09月10日(水) 『20世紀少年 14』 浦沢直樹

 ともだちが死んだ。そして世界を襲う謎の殺人ウイルス。カンナはともだちの考えを知るために、ともだちランドへ潜入する。そこでヨシツネやカンナが見た本当の1971年とは・・・?

 ふひゃー。ともだちの正体がわかったと思ったらともだちが死んでしまい、今回は、ケンヂたちの少年時代に‘あのひと’や‘あいつ’が関わっていたことが判明してびっくり! ‘あいつ’はまだしも、‘あのひと’がその昔ああいう形で関わっていたとは。つくづく稀代のストーリーテラー浦沢直樹さん、1巻で語られていたドンキーの見たものが14巻で明かされます。はぁ、すごい。
 カンナがドンキーと出会い、心を動かされて決心を言葉にするラスト。最高にかっこいいです。そしてカンナと対照的な小泉響子という少女のユニークかつ鋭い感性が素敵。カンナといいコンビだと思いました。
 そして今回もまた思ってしまった。ケンヂは本当に死んでるのかしら。

 これは科学とは関係ない話だけど・・・・・・
 人は死んでも記憶に残る。



2003年09月09日(火) 『ワイルド・ソウル』 垣根涼介

 1961年、日本政府はブラジル移民希望者を募った。日本政府が謳うブラジルはまさにこの世の楽園のようだった。せせこましい日本から脱出し、地平線まで広がる緑の大地を耕し、大農場を持てる! 希望を胸に旅立った誰もがその夢を信じた。しかし、辿り着いた先は想像を絶する地獄だった。ジャングルに放り出され、病に斃れ、野垂れ死ぬ者たちが続出。移民計画は日本政府が行った口減らしに過ぎなかったのだ。
 それから40数年後、日本国へ復讐をするために4人の男たちが行動を開始した。親を愛する人を自分の人生を日本政府に奪い取られた男たちだった。その男たちの計画に巻き込まれてしまう女、報道マンとして行き詰まっていた貴子を待ち受ける結末は?

 うおーっ。叫んでしまうわ。すごい筆力で読ませる。ううーん、今年はホント当たり年かもしれないなぁ。もうぐいぐい引きずり込まれて読了しましたv
 日本政府がかつて行った移民計画がどういうものだったのかを垣間見ることができます。それでも生き抜いた奴らがいた。のほほんとぬくぬくだらだら生きている日本に報復を考えるのも当然な生き地獄を味わった彼ら。はぁ・・・。
 ケリをつけなければならない過去に、自分の範囲で納得できた時、また新しい人生が幕を開ける。考えさせられながら、笑えて、感心させられて、すっごくおもしろかったです。ケイと貴子がすっごくいいんだよなぁ。いやらしくて(笑)v

 もう、過去に縛られる必要はない。
 おれは発見した。ようやく気付いた。
 他人のせいではない。すべては自分のせいだー。
 色褪せた現実も、憂鬱だった過去も、その原因はすべて心の内にある。奥底に巣食う自己への恐怖にある。
 もう、自分を壊すことを懼れてはいない。

『ワイルド・ソウル』 2003.8.25. 垣根涼介 幻冬舎



2003年09月08日(月) 『いきはよいよいかえりはこわい』 鎌田敏夫

 行きつけの居酒屋で由紀江は顔馴染みのアルバイトタカシから、格安のマンション情報を耳にする。広告代理店に勤める由紀江は、すこしでも時間が欲しかった。そのマンションならば通勤時間は短縮され、家賃も格安だった。ただし、その部屋ではかつて殺人事件があったと言う。犯人は捕まっていることから、ドライに割り切り借りることにした由紀江は部屋のオーナーから不思議な忠告を受ける。それは部屋に鏡を置かないことだった・・・。

 気軽なホラーだとばかり思い読んでみたら、過去の悲しい出来事や男と女の深い関係などが浮き彫りになってきてちょっと意外でした。女性の‘性’については、男性と女性ではまったく感じ方考え方がまだまだ違うのかもしれないなぁ。受け入れる形の‘性’というのは、ややこしいもんです。まったく。

「昔は、娼婦というのは、選ばれたものの職業だったんだ。日本でも、ヨーロッパでも。それが、墜落した職業として見られるようになったのは。貨幣経済が中心になった近代になってからなんだよ。お金を媒介にして物を売る。そのシステムが発達して、女の肉体がお金で買えるものになってから、みんな軽蔑するようになった。おれたちは、お金というものを大事だと思っているくせに、お金で買えるものを、どこかで軽蔑しているところがあるからね」

『いきはよいよいかえりはこわい』2001.12.18. 鎌田敏夫 ハルキ・ホラー文庫 



2003年09月07日(日) 『殺人の門』 東野圭吾

 田島和幸は裕福な家に生まれた少年だった。父は歯医者。寝たきりの祖母がいるもののなに不自由なく生活していた。しかし、父が浮気をし、祖母が急死した頃から和幸の人生は見事なまでに転げ落ちていく。ただひとり倉持という少年だけが和幸と言葉をかわしてくれるのだった。しかし和幸は幼心に倉持に不審を抱く。そして長いその後の人生に置いて倉持はいつも和幸の転機に現れるのだった。いい方向へではなく、悪い方向への転機に・・・。

 山田宗樹さんの『嫌われ松子の人生』、重松清さんの『失踪』、そして東野圭吾さんの『殺人の門』は救いようのない物語だけどまんまと引き込まれてしまったたぞ〜本に、あらたに加わった一冊です。東野圭吾さんならではの展開とオチだったなぁ。東野圭吾さんが、なにかのインタビューで「どこに着地するかわからなかった」「しばらくこの物語のことは考えたくない」と答えられていました。その気持ちはとてもよく理解できます(苦笑)。
 主人公の田島和幸がとんでもなくお人よしの大馬鹿者。生まれ育ちのいいボンボンにありがちな騙され方、転落の仕方をしてる。それに対する小悪党から大悪党へのしあがる倉持の屈折した和幸への気持ちも理解できないではなかったです。
 でも自分の中の屈折した闇の部分や悪意の部分を恵まれた他者に向けるというのは、考えたくない非道な行為。でも意外とそういう人間は多いのかもしれませんね。世知辛いことです・・・。
 「人を殺したい」という思いを抱き、実行に移すにはなにが必要なのだろう。願わくば、殺したいと思うような人間と関わらないで生きていければよいのですけど。シリアスすぎず、重すぎず、でもうまい物語でした。和幸の馬鹿。

「人が死ぬっていうのは、そんなふうに理屈じゃ割り切れないものなんだ。とにかく、人の死には関わらないほうがいいんだ。自分のせいじゃないとわかっていても、ずっと嫌な思いをしてなきゃならない」

『殺人の門』 2003.9.5. 東野圭吾 角川書店 



2003年09月06日(土) 『シェルター』 近藤史恵

 恵は、勤め先の整体師・合田力先生と妹・歩に旅行へ行くと嘘をついて東京へ流れていた。偶然カフェで隣り合わせた美少女にすがられ、なんとなく拾ってしまう。美少女は何者かに追われているらしい。無意識のうちに恵は妹・歩をだぶらせてしまったのかもしれない。この美少女の正体は・・・。

 破天荒で心優しい整体師・合田力先生の下で働く訳あり美人姉妹、恵と歩の物語です。人は生きているとたくさん辛いことがあっていつのまにか‘シェルター’を探している。でも一時的な‘シェルター’ではなく、帰るべき場所が自分にあると気付くことができた人間はしあわせなのだと思う。
 近藤史恵さんの物語に出てくる女性は、トラウマや傷や闇を抱えていることが多い。それらを乗りこえるか、うまく付き合っていくか、自分の立ち位置や心のありようで毎日がからりと変わる。それに気付かせてくれるさまざまな心優しい人々がいる。人生まだまだ捨てたものじゃないなーとほろりと泣けてしまいました。
 「カナリヤは眠れない」、「茨姫はたたかう」に続くへんてこ整体師・合田力シリーズ三作目です。今回は控えめな合田力先生ですが、その存在感は圧倒的。合田力って理想のタイプだわー。欲しい。

 そう、たぶん、答えはひとつではないのだから。

『シェルター』 2003.9.10. 近藤史恵 詳伝社



2003年09月05日(金) 『デッドエンドの思い出』 よしもとばなな

 <あとがき>でよしもとばななさんが、‘つらく切ないラブストーリーばかり’と表現された5つの物語です。‘これが書けたので、小説家になってよかった’とまで言いしめた「デッドエンドの思い出」もとてもよかったです。でも私が一番心にじぃーんときたのは「おかあさーん!」でした。ある男のねじられた復讐のとばっちりを受けてしまった女性の物語。復讐に巻き込まれ、体を害し心まで痛めてしまう。でもそのことで見えなかったことが見え、忘れていたことを思い出す。かけがえのない母との甘く優しいふれあいを思い出したとき、彼女は生きながら生まれ変わることができた・・・。
 5つの物語は全ていいです。ほろほろと泣きながら癒されながら読了。よしもとばななはやはりいい。母になったよしもとばななの書く物語にも期待しますv

 あの、神経質でいつもいらいらしていた笹本さんが、死にかけて、生き返って、にこにこして優しい目で私を見ている。その私も死にかけて、運良くまだここにいて、こうしてその優しさに触れている。
 その全体が、何かすばらしい奇跡のように思えたのだ。

『デッドエンドの思い出』 2003.7.30. よしもとばなな 文藝春秋



2003年09月04日(木) 『眩暈を愛して夢を見よ』 小川勝己

 須山隆治はAV制作会社に入社し、かつての憧れの人・柏木美南がAV女優として目の前に現れ衝撃を受ける。そして昔の様に美南に振り回される隆治。会社が倒産し、美南は失踪。そこへ美南を探す人々が現れ、美南の悲惨な過去が暴かれていく。そして連続する‘見立て殺人’?

 『この物語の真相は決して決して人に話さないでください』・・・話したくても話せません。どこに真実があるのやら、読後感は確かに眩暈がしますが・・・。
 ミステリーとしての要素はてんこもりなのですが、あまりにもたくさん盛り込まれすぎていて訳がわからなくなってしまいました。結末のあっさりした‘オチ’も小川勝己さんらしいと言えばそうなのでしょうが・・・。むー。不完全燃焼。
 すごく面白い展開の部分と、これが必要なの?というエピソード部分が交互にやってくるのでこんがらがって終ったとしか思えない。ちょっと悲しい。

 きみは、悪質な論理のすり替えを行ったのだよ。

『眩暈を愛して夢を見よ』 2001.8.20. 小川勝己 新潮社



2003年09月02日(火) 『ばね足男が夜来る』 松尾未来

 千野恵は、図書館で本を借りて読むことを趣味とするOL。美人で男性の気をひく女性だが、恵自身はあまり男性に興味を持てない。目下の悩みは同僚の関口のストーカーのように執拗なアプローチだった。ある日、仕事帰りに閉館間際の図書館に立ち寄り、吸い寄せられるように黒い表紙の本を手にする。本を開くと「ばね足男の謎」と奇妙なタイトル。翌日、関口が焼死体で発見された。やがて、恵の周りで謎の放火事件が相次ぐ。これはジャンピングジャックと言われる魔物の仕業なのだろうか?

 つくづく良質なホラーを書ききるというのはむずかしいものなのだなぁと思ってしまいます。題材は面白いと思うし、読みやすい。けれど最後が物足りない。最後を解明にするのか、続いていく恐怖にするのか、せめてホラーならではの最後の落としが欲しかったなぁと言う感想でした。不気味な本って小道具はとってもいいのになぁ。

 病院という場所には、普通ならあり得ないようなことでも、あたりまえのように起こることがある。

『ばね足男が夜来る』 2000.8.28. 松尾未来 ハルキ・ホラー文庫



2003年09月01日(月) 『幻の少女』 安東能明

 松永秀夫は気がつくと記憶を失っていた。病院に妻や会社の人間が出入りするのだが、記憶は混乱するばかり。勤めている会社社長の右腕であったという松永は、負債を抱えそうになった社長と愛人の心中事件に関与しているのではないかと疑われている。どんどんと失われていく記憶。俺は殺人をおかしたのか? 苦悩する松永の前に夢か幻だと思っていた少女が現れる。その少女の正体は・・・。

 ある事件に関与した男が、若年性の痴呆になってしまう。自分が病気を免罪符にまた犯罪を重ねようとしているのではないかとさえ恐れおののく。いたずらに現在の自分の思考がしっかりしているからこそ苦悩が深まる様が痛々しいです。
 最近、‘記憶’や‘痴呆’など<失われていく自分>をテーマにした物語をよく読んでいる気がします。これって一種の流行テーマなのかしら。安東さんの今回の物語の主人公の‘痴呆’の原因が大きなポイント。そしてかなり残酷。

 親しい友の顔も楽しかったことも思い出せず、流れる砂みたいにどんどん過去のことが抜け落ちていってしまう。

『幻の少女』 2003.8.30. 安東能明 双葉社



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