| 2003年06月30日(月) |
2話 『少女の名は「リアラ」』 |
男の名は「キルマ」 少女の名は「リアラ」といった。
おたがいの身の上を知るにつれ、 ますます心の繋がりを深く感じていった。
キルマは年の頃なら30半ば。 代々海上保安に携わる家系の産まれだった。 彼が、はじめてロボット巡視艇を任されたのは、 まだ数年前のことである。 彼の特技でもあるメカニックとデッサン力を生かして、 方舟の上で過す、有り余った時間を、 ボイラーの修復や機関師らの似顔絵描きで紛らわした。 ほぼ一月の間、あちこちを散策しまくったおかげで、 この方舟のおおよそのあらましを把握した。
リアラの願い…。 それは彼と二人でここを抜け出し、 どこか安全な海域でささやかな暮らしをもうけること。 その時は、きっと…かわいい紅粉鳥も連れて行くわ…
職務をまだ忘れてはいないキルマは、母艦からの連絡を辛抱強く待った。 だがしかし、それは一向来なかった。
この際… 彼の脳裏に、今まで思いもしなかった自分の未来が浮かんだ。
つづく
| 2003年06月26日(木) |
連載小説「プリズムの融点」 1話 『制服の男と紅粉鳥』 |
圧しかかる数多の星が頭上に広がる。
何時ものように保守点検をすませると、 母艦に帰還するため、彼は胸元の相棒へむかって呪文めいた囁きを漏らす。 悪天候による自動沈下で通信がダメになったらしい。 母艦と連絡がつかない。
だがこれも、何か目に見えぬ存在による道標なのかも知れぬ.....。 そう気を取り直した彼は、最寄の“方舟”でしばらくの間、 疲れ切った頭と体を休めようと、おもい立つのであった……。
男は脳内のサブスクより、ご機嫌なポップスを再生させつつ、 小さな、しかし全幅の信頼をおく巡視艇を操ると、 水平線のスレスレに見え隠れする、黒い影の群れへと向った。
そのなかのひとつ、平たいペンケースのような方舟。 近づいてみると、ぐるりは鉛色の木材で覆われていた。 喫水線には、なにやら不気味な生物が寄生している。 左右に大きく広げられた桟橋は、 まるで三日月を外向きにくっつけたようになっている。 男は適当なところへ停泊すると、食料と水を確保しようと軽い足取りで上船する。 方舟の内部は、8階層になっている。 男は壁の半分壊れかけた電光案板を読み込むと、 何処かにあるらしきマーケットへと歩みを進めた。
船内で擦れ違う客や乗務員達。 みな男の制服を物珍しげに眺める。 彼は自分の任務に誇りを持っているからだ。 暗礁に設置されたビーコンを、 ひどく危険な目にあいながら保守点検する。 薄給だが遣り甲斐のある仕事だった。 こんな風に“はぐれ船”になっても悪いことばかりじゃあない。
……ほら、向うから可愛らしい少女がやって来た。
褐色の肌に青い瞳。 透明感のある短い紅色の髪。
少女は、こちらの様子を見るとなくうかがっている。 男は少し照れた。
「あの…、ここは何処でしょう。」
「…?」
「すみません、乗務員ですよねキミは。」
「…ぁ。一応。」
「マーケットに行きたいのだけれど、この階層ですか?」
「それでしたら、最上層です。」
少女はちょっと訛りのある言葉で短く答える。 男は迷子のフリをして会話の切欠を作っている。
「でも…まぁ、いますぐ行かなくても良いんだ。 それよりもキミと話がしたい。」
うつむいた少女は何か決心した様子で男に歩み寄った。
「ねえ、これから鳥たちの世話に行くの。 よかったら…、ご一緒しませんか ......。」
「ええ、面白そうですね。」
優しく背を向ける少女。 微笑む男。 二人は複雑なルートで最下層へと降りて行った。
少女は物心つく前からこの方舟で生活していた。 そして外の世界を知らない。 電光掲示板で見る陸や森や廃墟、いろんなものが、 全てフレームのなかの掴めない世界だった。 それでも少女は自分を不幸だとは思わなかった。 いつだったか乗務員の男が教えてくれた。 ----オマエは親方に木材200本で買われたんだ。 だから一生ここから出しては貰えないよ。 それに年頃になったら、客の男をあてがわれるのさ。へへ。
そう言われても少女には意味がよく分からないのだった。
親方はその浮腫んだ肢体からは、想像しがたいほどに、 審美眼の肥えた男だった。 この方舟の最下層に、彼のあつらえたサンクチュアリーがある。 そこには世界中から取り寄せた珍種の鳥が蠢いていた。
…夜行鳥・真珠鳥・時計鳥・紅粉鳥…
少女の仕事は主に乗務員達の汚れ物の洗濯と、鳥の世話だった。 周囲からは「鳥臭い小娘」と嘲笑されていた。
それでも、 存在を無視されるよりはましだと、 じぶんに言い聞かせながら……。
「さあ、入って。」
重い南京錠を慣れた手つきで外すと、 少女はキョロキョロする男を微笑で招いた。
「ほお、これは素晴らしいね。驚きました。」
まるで生きた極彩色の抽象画だ。 目が痛いほどの。
「来て、この子が一番なついてるの。」
細い歩道を進む少女を追って、男はよろけそうになる。 少女の魅惑的な腰元に見とれていた自分にハッとする。 忘れていたなにかが、心の片隅より顔をのぞかせた。
「見て見て! 綺麗でしょう。」
少女の肩に舞い降りたカラスほどの大きさの赤い鳥。
「紅粉チョウと言うの。本当は飼ってはいけないのよ。」
いたずらっぽく微笑む。
「ああ。もう絶滅危惧種に指定されたんだものね。」
男は、鋭い嘴が少女の耳元を擽るのを見ながら答える。
「この子から摂れる染料はとても高価で取引されていたの。 それで乱獲されてほとんどいなくなって…」
言葉が消え入る。
「ねえ、、わたし…臭いでしょ。」
小さな水入れを交換しながらそんなことを言った。
「……いや。別に」
少女が鳥の羽根に負けないくらい赤くなっていくのが不思議だった。 男は女心が理解出来ない野暮天だった。 そうは言っても言っても、人並みには女性に興味があったので、 今こうしていられるのが幸せだなあと感じていた。
「ここの子達はもう空を見られないんでしょうね。」
ふと淋しそうに呟く少女。
「わたしがココから出られないのと同じ…」
男は何と返したものか考えあぐねる。
「身の上話ならいくらでも聴きます。」
そっと背中を触った。 紅粉鳥がくるるると鳴いた。
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二週間が過ぎた。 男はまだ方舟にいた。 母艦との連絡はつかない。 こんなことは初めてだった。
しかし、 風変わりな美しい少女と一緒にいられるのが嬉しくて、 男は任務のことなどどうでもよくなってきた。 巨大な棺おけのような空間で、ただ時間だけが過ぎてゆく。 もしかしたら、これは夢なのかもしれない。
「ねえ、もしわたしが…ここを出たい。連れて行って欲しいと言ったら?」
少女は男の部屋。男のベッドの中から話している。 相手はもちろん制服の男。
「それは…」
曖昧な答えに、ぷっと膨れっ面をする少女。 シーツに包まれた下にあるのは、しなやかな裸体だった。
「考えたの。あなたの帰る船が、本当に沈んじゃえばいいのにって。」
「...おいおい。」
そう返しながらも心の中では同感だった。
さらに二週間が過ぎた。 あっという間だった。
二人は知らなかった。 紅粉鳥は美しい染料が摂れるばかりでなく、 「愛情を注ぐ者の願いを叶える」 という古い言い伝えがあることを。
しばらくの間、 二人はその効力に浸っていられるのかもしれない。
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/追記
古の時代、人々は巨大な昆虫群から身を守る為、 地下に「ジオシリンダー」と呼ばれる街を作り、 そこで生活を営んでいた。 しかし、地上の緑地がほとんど無くなってしまった頃、 地上の生活は放棄され、人々はしだいに海上へ移って行った。 昆虫と人類の生存圏争いは昆虫側の勝利に終わったのだ。 数世紀後、人類はスクリューに代る非回転式動力の発明によって、 海運に革命をもたらした。 それに伴い細々と保たれてきた地下交通機関は、 いつしか忘れられてしまった。 海底の地殻変動が活発化し、 至る所に海底火山や暗礁が形成された。 人々は海運保安の為に、 ブイ式ビーコンおよび固定式ビーコンの設置に追われた。 彼はその危険な作業を生業とする海の男だった。
つづく
じめじめしたこの季節、 何故だか急に気恥ずかしいSF小説を書きたい衝動に駆られています。 相当気恥ずかしいものが出来あがると思いますよ(/-\*) もっこり気恥ずかしくなりながら読んでくださいまし。 では連載のはじまりはじまり〜〜っと。
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