.第7話:「やさしいキスをして」 ─Side:Nagai)

 この間、美和子からメールが来た。
 瞳子が瑶子さんの命日に合わせて実家に戻ってきて、高校の同級生連中と飲んだらしい。

「何でそれを教えてくれないんだよ?」それを見て思わず美和子に電話してみると。
「教えたら、あんた休みとって帰ってくるの?その時期に夏休みって取れるの?」とあっさりといわれ、返す言葉もなかった。

「それにしても、相変わらず亨って瞳子ちゃんのことになると必死ねえ。昔からそうだったもんね」
何も言えない俺に美和子がからかうような口調で言う。
「ま、瑶子さんの命日は7月だから、来年は同じ時期に帰れるように調整してみれば?」

 ・・・くそぅ。電話を切った俺は思わずため息をつく。悔しいが美和子にはかなわない。
 高校時代、瞳子のことを美和子には何でも話していたから、なんだか弱みを握られているような気がしてならない。
 そして、せっかくのチャンスなのにまたもや瞳子の連絡先を聞くのを忘れてしまった。
 この際だからメールででも聞こうかな。と再びパソコンに向かったときに、
「『美和子』って誰?『瞳子』って亨の何?」不意に後ろから声をかけられて、思わず大きな声を上げてしまう
「お前なあ・・・入ってくるときはチャイムぐらい鳴らせって、いつも言ってるだろうがっ!」そこに立っていたのは、同僚の中川由利。・・・一応、部屋の合鍵を渡す仲・ではあるのだが。

「いいじゃない、どうせ鍵持ってるのなんて大家さんか私ぐらいなんだから・・・で、美和子って誰?」
「・・・田舎の友達。幼なじみ。」・・・また始まった・・・と内心うんざりしながら答える。
「じゃあ瞳子は?」
「二人共だよ」
「ほんとに?」
「ああ」

由利を刺激しないように極力平静を装うが、つまらないことでいちいちこんな展開になってしまうこの状況に辟易してしまう。
付き合った当初は彼女のやきもちや束縛もかわいらしく思えた。でも今はうざったくて仕方がない。正直な話・今すぐにでも別れたいのだが、その話を持ち出して大ごとになるのが面倒だ・・・と思えて、ずるずると今の関係を続けている。
いつかは言わないと、と思っていても、ついつい先延ばしにしてしまう自分がいた。


 「おい永井、GMW社との商談って、お前の部署だったよな?」
 「そうだけど、それがどうした?」

 俺達の部署の命運をかけた一大プロジェクトの成功に向けて、先方との大事な会議を控えた午前10時。
 会議を前に一服しようと、喫煙所にいた俺によその部署の同期が声をかけてきた。
「俺さっき受付で見たんだけどさ、G社の担当者の秘書だか通訳だか、すんげぇいい女つれて来てんのよ。モデルみたいに背が高くてさ。あんな子うちの会社にいたらなーって思った」
「あ?G社の通訳つったら、40ぐらいのおばはんだぜ?お前の目も節穴だなあ」
「いやー、あれはどう見たって俺らと同じぐらいだったぜ?会議でチェックしてこいよ。」奴とそんな会話を交わしているうちにいつの間にか緊張もほぐれていて、心の中で奴に感謝しながら俺は会議室に向かう。

 業務上・外資系の企業と仕事することが多いうちの会社。
二ヶ国語・三ヶ国語が堪能な人間が双方にいればいいが、なかなかそういうわけにも行かないので、通訳つきで商談が行われることも珍しくなく、専門的な話になるから、通訳の人も相当な経験者でないと通用しない。
 だからどうしても年齢の高い人が通訳としてやってくるので、奴の「目撃情報」も半信半疑で聞いていた。

 やがて時間となり、俺は直接説明や交渉をするわけではないが、先輩方の助手としてその会議の末席に加わる。程なく先方の担当者もやってきて、会議が始まった。
 最初のうちは用意した資料を配布したりとちょこちょこ動き回っていたが、
それもようやく落ち着いた俺は、奴の言うところの「いい女」チェックでもしようかと、こっそり室内を見渡す。
 上座のほうにいる先方の担当とうちの担当者、そのそばにいる通訳の人。
 確かに、いつもの人とは違う。担当者の真横にいるから顔がわかりにくいのだが、どう見たって若い。何とか立つ角度とか変えてくれないかなあと思いつつ観察していると、そうしているうちに無事に会議は終了し、跡片付けをしようと立ち上がったそのとき、振り返った通訳の人を見て、俺は言葉を失った。

 ダークカラーのスーツ、ひとつにまとめた髪、すらりとした身長、フレームレスのめがね…
 瞳子だ…。
 当たり前かもしれないが、高校時代より綺麗になった彼女がそこにいた。

 今まで何年も会えなくて悶々としてたのに、こんなことがあるなんて…
 一緒にいた先方の担当者が席をはずし、一人になったのをみはからって、俺は瞳子の近くへ駆け寄った。


 「おい、瞳子」
 小声で呼びかけた俺を見て最初は怪訝そうな顔をしたが、やがてそれは笑顔に変わった。
「やだ、亨?久しぶりねえ!!…ここの会社だってのは亨のお母さんから聞いてたけど、大きな会社だからあえないと思ってた!」
 さっきまでの淡々としつつも完璧な仕事ぶりとは打って変わって、無邪気な笑顔を見せる彼女。ただでさえ美人なのに、俺との再会にきゃらきゃら笑ってるもんだから、嫌でもそこらじゅうの人目を集めてしまう。

 そのうち担当者が帰ってきたのであわてて帰り支度を始める瞳子。別れ際、俺に近寄ってきて
「これ、連絡先。今度こっちにいるみんなで飲もうよ」といいつつ裏に彼女の携帯番号とメールアドレスが書いてある名刺を渡してくれた。
 俺たちが別々の道を歩み出してからずっと離れていた、切れていた糸のようなものがやっとつながったような気がして、うれしかった。

 瞳子たちが帰り、俺がその小さな幸せをかみ締めていると、
「なーがーいーくーん」と俺を呼ぶのは会議室にいた先輩方。
「あの綺麗なおねえさんは、誰なのかな?永井くん」
「永井くんには中川さんがいるよねーぇ?」
「だからあのおねえさんを、僕たちに紹介してくれないかな?永井くん」ニヤニヤと意味ありげに笑いながら口々に言う先輩方。
「だーめーでーすー。あの子は俺の姉妹みたいなもんですから、簡単に教えるわけには行きません」
「なに?先輩のお願いを聞けないのか永井くんは」
「これに関しては聞けません」…なんてやり取りをしながら、あらためて瞳子って誰もが振り向くような美女・ってやつなんだなあと感じずにはいられなかった。幼なじみなんてつながりがなけりゃ、こうやって親しくなってないのかもなあ、とも思ったり。

 先方との取引もうまくいきそうだし、瞳子に会えたしで、午後からの俺は自分から見ても明らかに浮かれていた。
 仕事が終わって、駅で帰りの電車を待ちながら今日もらった瞳子の連絡先を携帯に登録したついでに、俺の連絡先も知らせようと携帯メールを打っていると、
「誰にメール打ってんの?」と、今は聴きたくもない由利の声がして、あわてて携帯を引っ込める。
「田舎の友達だよ」
「ふーん?」…口ではそういいつつも、何か言いたげに俺の隣に腰掛ける。
「今日、会議できた取引先の通訳の人、すっごい美人だったんだってね?」
「…それがどうかしたか?」どこから聞いたんだよ、と心の中で毒づきながら、俺は平然と答える。
「亨、その人とすっごく親しげにしゃべってたって。…誰なの?亨とどういう関係?」


 そのとき、俺の中で何かがぷつりと切れた。
 今まで黙って我慢してきたが、もううんざりだと思った。

「いい加減にしろよ!お前のそういう無神経なところ、うざったいんだよ!!」


 極力大きな声を出さないようにしたつもりだが、その辺にいた連中が振り向くのに、そう時間はかからなかった。
 由利の目に、見る見る涙が浮かぶ。泣いて同情を引くつもりだろうが、もうその手は食わない。今までに何度もやられてきたことだから、いまさらびびったりはしないしフォローもしない。
 その場では泣いて謝っても、数日後にはけろっと忘れて同じことを繰り返しているのだから。

 タイミングよく俺の家の方向の電車がホームに入ってきた。
 由利の乗る電車は別方向だから、これ幸いとばかりに彼女をその場に残して俺はその電車に乗り込んだ。

 由利のことなんか、もうどうでもよかった。
 俺の頭の中には、俺の心の中にはもう瞳子しか存在していないのだから。


                         (へ続く) 

2005年05月27日(金)


.第7話:「やさしいキスをして」 А Side:Nagai)

忘れられない女(ひと)が、いる。
誰と付き合っても、どんな女に言い寄られても
いつだって心のどこかに、彼女がいた。
物心ついたときから、ずっと。


「こちらに引っ越してきた、牧島です。よろしくお願いします」
あれは20年ぐらい前のこと。
近所に新しい家が建ち、そこに牧島家が引っ越してきた。一家で引越しの挨拶に来た日のことを、今でも鮮やかに覚えている。

ガキの俺でもわかるほど、そこらへんのおっさんたちとは違う雰囲気のお父さん、上品な感じのお母さん、たぶん小学4〜5年生ぐらいの、やさしい笑顔のお姉さんと・・・たぶん俺と同じくらいの、姉の後ろにぴったりとくっついたまま出てこようとしない女の子。

「牧島壮一郎です、こちらは家内の佐知子、この子が姉の瑶子、小学4年生です。
それからこの子が、・・・こら、瞳子隠れてないで出てきなさい」
父親がその子を前に押し出そうとするが、ますます姉の後ろから離れない。

「お名前はなんていうのかな?」
 うちの母さんが、その子の目線までしゃがみこんで、やさしく聞いた。
「・・・まきしまとうこ」
その子は相変わらず姉からは離れなかったが、母さんの問いにぼそぼそと答える。
「とうこちゃんって言うの・・・とうこちゃんは何歳?」
なおも母さんが問いかけると、今度は何も言わずに、指を三本立てて見せた。
「そう、とうこちゃんは3歳なの。うちの亨(とおる)と同じね」にこにこと笑う母さん。それにつられたのか、そのこもやっと笑顔になって。
 
 顔の半分はあるんじゃないか?って思えるくらいの大きな目が印象的だった。
のちに字を書けるようになった時に「瞳子」って名前は伊達じゃないな、って思えたくらいの。

 そのときから、俺、瞳子、近所の美和子と3人、同級生の幼なじみとしての付き合いが始まった。
 幼稚園、小学校、中学校と同じ学校で、その間には瞳子が目を怪我したり、美和子の親父さんが亡くなったりといろいろあったけど、瞳子の事も、美和子のことも、他の同級生・友達とは違う特別な存在だと・・・そう、まるで兄妹のように、俺たちはずっと一緒に成長してきた。

 でも、その気持ちがまた違った方向に変わっていったのは、それを自覚したのは3人が中学3年生になった頃、たまたま進路の話をしたことがきっかけだった。

 学校で進路希望を聞かれた俺たちは、自分が将来何になりたいのか、そしてそのためにはどんな学校に進んだほうがいいのか、それを3人で話していたときのこと。

「・・・あたしは、通訳とか、英会話の先生とか、そっちの方向に進みたいなと思ってる」
話を切り出したのは瞳子。その話を聞いたとき、俺たちは心底驚いたものだ。

 大学教授の親父さんの血を引いてか、頭がよくて、いつも俺たちの学年のトップの座に君臨している瞳子。
 ただ、なぜかどうしても英語が苦手で、本人にも英語アレルギーがあるみたいで、
「英語しゃべれなくったって生きていけるわよ!!」とまで言い切ったぐらいなのに。
「いつの間に英語がそんなに好きになったの?瞳子ちゃん。」美和子が聞く。
「んー、あの人が来てから苦手意識がなくなったみたい」と返す瞳子。
 あの人、とは、瞳子があまりにも英語に拒絶反応を示すのと、受験の為の予備校に行きたがらないのを心配した親父さんたちがつけた家庭教師のこと。
瑶子さんの同級生で、かなりのイケメン。正直、俺にとっては面白くないわけだが。

 「いい人が来てくれてよかったねー。・・・で、瞳子ちゃんは高校どこにするの?城山?清泉院?・・・それともどこかよその学校行くの?」美和子がこの辺のトップクラスの学校名を挙げながらなおも聞く。
「うーん・・・大学はよそにいくかもしれないけど、やっぱ高校までは地元かなーって。・・・たぶん、城山だと思う」俺はその答えを聞いてほっと胸をなでおろす。清泉院は全国にも名をはせる名門私立だがなにせ女子高だし、家を出ないといけないほど遠くの学校に行ってほしくなかったから。

 成長するにつれ、瞳子と美和子の事を、同じ立場同じ目線で見られなくなってしまった。
 身体もちっちゃくて、いまだに小学生に間違われる童顔の美和子。
 見た目的には妹キャラだが、実は芯が強くてしっかりしてて、たよりがいのある奴だってのは長い付き合いの中で十分わかってる。何か相談事があったらまず美和子に話すぐらい、彼女には信頼を置いている。

 瞳子のことも、そう言う感覚で見ていたはずだった。
 でも、いつのまにか彼女のことを恋愛の対象としてしか見られなくなった自分がいた。
 眼鏡をかけているからわかりにくいけど、大きな瞳が印象的なきりりとした顔立ちの美人、女の子にしては長身のすらりとしたスタイルに惹かれるのはもちろんのこと、人になかなか弱みを見せたがらない奴だけど、どこか不安定そうにも見えて目が離せなくなってしまった。

 大学は別々になってしまうだろう。
 だからこそ、せめてあと3年、高校卒業までは彼女と一緒にいたかったから、その日から、俺の猛勉強の日々が始まった。
 なにせ俺は自他共に認める体育会系、とてもじゃないが瞳子と肩を並べられる頭のレベルじゃない。
 ある意味無謀な賭けに親も先生も友達連中も呆れていたが、部活引退後死に物狂いで勉強して、おそらくぎりぎりだとは思うが、見事城山に合格したのだ。…もちろん、瞳子も美和子も一緒に。

 日々募っていく瞳子への思いをおさえきれなくなって、高3になるかならないかの頃、俺は彼女に告白した。

「ごめん…あたし亨のこと、そう言う風に見れない」

 予想通りの答え。彼女が誰を思っているのかも薄々気づいていたから。
 でも、その相手はもうとっくに他の女のものになっている。
 自分の姉の旦那となってしまった、思いつづけてもどうしようもない相手。
 そう、それは彼女の元家庭教師、今は俺たちの学校の教師である本並佑哉。年齢がさほど離れていないせいか、生徒からは兄貴のように慕われているが、俺にとっては世界で一番大嫌いな男。

 やがて俺たちは高校を卒業し、美和子は地元に残り、俺は東京へ、瞳子はイギリスへ留学して、十何年も一緒にいた俺たちはそれぞれの道を歩き出した。
 大学、社会人と時を重ねていくごとに、いつか瞳子のことを諦められるだろうと思っていた。
 だけど、どんなに時間を重ねても、恋愛経験を積んでも、やっぱり心のどこかには瞳子がいる。
 
 瞳子も東京で社会人になったと実家からの情報で聞いているが、結局は高校卒業以来ほとんど会えずにいる。
 牧島の実家や地元の連中なら瞳子の居場所を知っているんだろうが、瑶子さんが突然亡くなってしまったり、美和子も早々と結婚して子育てに忙しそうで、なかなか聞けずにいる。

 

 東京の街にはいろんな恋が、魅力的な女性が数多く転がっているだろうに、
 いまだに俺の心の一角から、瞳子の存在は消えずに残っているのだ。
                   
                         (┐愨海)

2005年05月12日(木)


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