愚痴日記

2018年10月30日(火) 通院日


 整形外科の定期検診。

6年前の左膝。
3年前の右膝。
そして、股関節のレントゲンを撮る。

私の診察予約は13時、
だけど実際 診てもらえたのは15時を過ぎていた。
私の主治医は初診不可で、紹介の患者が多いからその分、手術するかどうかの人ばかりだから、診察というか説明が長いのか予約時間をオーバーすることは多い。
他の担当医の診察番号はスイスイ進んでいくのに、私の主治医は90分遅れとかの表示はザラ。

「膝はキレイですね。
股関節も ちょっと変形は来てるけど、痛いのは膝との関連痛でしょう。
もう少し経過観察しましょう。」

待ちくたびれて疲れたけれど、去年なら待ってる間に膝血腫を起こしてたから、その時のことを思ったら治ってきたのかな、と思う。

塞栓術をしてくれた先生と連名で報告させてもらいました、と言うから論文を書かれたのかな?








2018年10月29日(月) 91歳のプール友達

  

  足の不調でプールを止めて二年余りになるが
三人の人とは電話やら手紙やメールで時々連絡を取りあってる。
みんな私より年上。
その中でメール交換してるのが91歳の人。

今日、その人とばったり出会った。
私はリハビリを兼ねた買い物に、その人はプールに。
去年、脊髄狭窄症で手術してるのに出かけてきてはる。
メールばっかりだったからお会いするのは久しぶりで、
正直な感じとしたら〜やはり老いて見えた。

少し立ち話したが、
「私、もうじき死ぬような気がするねん」 と、言う。
結婚もせずに公務員で定年まで勤めあげて
油絵、俳句、短歌と精力的に日々を過ごし前向きだったのに
凄く弱気になってはった。

またの再会を約束して別れたが
私が以前、差し上げたネックウォーマーを着けてくれてた。

やはり、病いは老いも呼び寄せるのかなぁ。。。。




2018年10月28日(日) 歯医者

歯の調子が良くない。

去年の6月、かかりつけの歯医者で治療した帰りに膝血腫が起こって
かなり痛い目をした。
トラムセットを2錠も飲んだけど、半日痛みで身動き出来なくて、
脂汗と戦ってた。
その感じが抜けなくて一日伸ばしにしていたが、歯茎が腫れて痛い。

が、家から5分のその歯医者が移転するという案内がきた。
移転先は私の足ではちょっとキツい。
さりとて 毎回タクシーで行くのもなぁ。。。

主人がかかっていた歯医者はいつの間にか閉院してるし、
夫婦して、新しい歯医者さんを探さねば。。。



2018年10月27日(土) 健康寿命 ×

最近、気になってるのが健康寿命。

私の場合、かなりヤバいと思うのですごく焦りがある。
だから 今のうちに出来ることというか、
覚悟を決めておかないといけない。

かといって何をどうすればいいのか分からない。。。


昔、父が「お前は長生きする」と言ったことがある。
私も不本意ながらそんな気がするのだ。
長生きは健康で自分のことができてこその話し。



今日から正倉院展。
主人はまったく興味がないし、
さりとてあの人混みに一人で行く勇気はまだない。
友達を誘って もしも足が痛くなったらと思えば
うかつに誘うこともできない。
だから今年もパスだ、仕方ない。。。
復元なった中金堂も正倉院が終わってからにしよう。



2018年10月26日(金) タブレット

タブレットを買った。
販売店で他の手続きに手間取ってすごい時間がかかって疲れた。

だから何とかなるだろうとほとんど使い方を聞かなかったから
ちょっと苦労している。

私ら、馴れるまでには時間がかかるのよ。



2018年10月16日(火) 冬支度


 人よりも寒がりというわけではないけれど
ここ2・3年、寒いなぁと感じたときはもう手遅れで
そんな時は かなりの確率で膝血腫を起こしていた。
だから夏の外出先でも冷えすぎには注意してカバンには貼るカイロを忍ばせていた。

10月中頃にはちょっとした寒さがやってくることは分かっているから
日曜日に主人にコタツとホットカーペットを出してもらった。
カーペットを敷くとき、主人は「別にかまへんやん」と言って
掃除機をかけてくれないから仕方なく私がかけた。
まぁ、私が掃除が苦手だということは自覚しているけれど
掃除機をかけるというのはリハビリでするどのマシンよりもしんどい!!

まだ電源は入れないけれど、敷物を夏用から冬用に変えただけでも足元がすごく温かい。
ホッ。。。

そして きのうはお昼前からおでんを仕込んだ。
おでんにした時は2日間食べられるように用意するから、今夜の夕食は楽チン。
これで今日の手芸クラブは夕食の心配なしで、編み仲間とお喋りできる。

歴史教室の友達に頼まれていたネックウォーマーも5つ、編めたから近いうちに送るか久し振りにお会いするか、私の足よ、大人しくしていてね、と祈る思いで毎日を過ごしている。






2018年10月08日(月) 高齢者の本音 

 「自裁」という言葉がある。

その昔、名だたる武将が重大な病にかかったとき、まだ意思表明ができる前に遺書を認め、残すべきを伝えて、あとはだんだんに食を絶ち、お迎えを待つ潔さをもっていた。周りもまた、それを自殺などとして非難したりせず、むしろ「武士の鏡」として尊敬することもあった。

そして高僧と言われる人たちもまた、おのれの死期を覚悟した場合 仏に身をゆだねてお堂に籠った。

また 「御万歳の沙汰」といって、病になった天皇や上皇が快復をあきらめて万歳、つまり臨終を迎えるための祈祷を行う。延命や平癒を祈る場合、「息災の御祈」とよばれる祈祷を行うが、死を覚悟した場合、現世への思いを断ち切り、ひたすら往生のみを願うというのがある。


それがいつ頃からか、どんな手段を講じてでも長生きすることこそが、人生最大かつ至高のことだと信じる妙な世の中になってしまった。
親として真に子どもたちの安寧を願うなら、子が抱えてしまう介護の負担と心痛を思い、むしろ早く逝くのを潔しとすることこそ、子たちへの良き遺産になるのではないかと私は思っている。

出来ることなら 病院の一室で本人の強い意志のもと、子どもたちの手を煩わすことなくそういう死を迎えられることを願っている。

要は逝くものが自分の意志をしっかり持っているということだと思っているのだが。。。




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