ものかき部

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鋼のヒツギ【タイセツナモノ】
2002年07月25日(木)

どうもネジを落としてしまったらしい。
とてもとても大事なネジだったのに、
どこでなくしてしまったのだろうか。


ネジがないとホントに大変だ。
思い通りにものは運ばないし、
なんだかギスギスと軋みが聞こえてくるし。


「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」


どうも皆知らないらしい、
同じ答えが返ってきたのだからそうなんだろう。
だから探しに出かける。探し出さないと困るから。


「あなたの落としたネジはこの金のネジ?それともこの銀のネジ?」
金のネジは延性展性に優れ酸化に強いものの
柔らかすぎて役に立たないからボクのネジではありえない。
銀のネジは熱と電気の伝導率が高いものの
電子部品の修理じゃないからボクのネジではありえない。
「馬鹿正直ね、ネジなんて埋まればよろしいものじゃなくって?」
ボクはボクのネジを取り戻したいだけだ。
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」


「遅れたら大変だ大変だ」
声のするほうを見ると亀がいた。
どうも地べたをもごもごとのたうってるだけにしか見えないんだが
亀は亀なりに急いでいるらしい。しかしなんて無駄なことをするんだ、
あそこに兎の力車が見えるじゃないか。
呆けて眺めているとくるりとこちらの方を向く。
「きみにはこの素晴らしさはわからないだろう」
亀は陶然とした笑いを浮かべている。
陶然ってどんな様子かわからないけど、
ニュアンスは陶然だ。まあいい。
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」


「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
どうして皆同じ答えなんだろう。
どうして皆知らないというのだろう。
ボクのネジはとてもぴったりとしたものなのに。


「ボクはネジをなくして困ってます」
「どんなネジなんですか?」
「ぴったりとしたネジなのです」
「ネジがなくてどう困っているのですか?」
「ぴったりとしてなくて困ってます」
「困るってどのようなものなんですか?」


困る。ボクは何に困っているのだろう。


「このネジはあなたのネジですか?」
青い羽を背中に生やした少女が目の前でにっこり笑っていた。
差出された手には冷たくひかるネジ、
ああ、これはボクのネジだありがとうありがとう、
ほんとうにありがとう、これでボクは困らずに済む。
ぴったりとした答えとぴったりとした問いと、
思い描く世界を思うがままに歩むのに必要なこのネジ。
平穏で波風の立たない世界に住むのに必要なこのネジ。


さあ、ネジをはめるぞ、
さあ、ネジをはめるぞ、
さあ、ネジをはめるんだ。
でもネジははまらない。もう既にネジがある。


そう、このネジは、もう要らないもの。



執筆者:いおり

狂気の煉動(れんどう) 【タイセツナモノ】
2002年07月21日(日)

CDウォークマンから流れ出す音楽が夜の吐息に溶けていくようになると、さっきまで押さえ込んでいた感情が、星を目指してちっぽけな胸から直線状に伸びていく。


 「ああ、賞賛などいらないのだな。 この猛(たけ)き狂った感情を偽れない。 今は、女性に錯乱しているからいいものの、男性として能力が落ちて来た時、何が星の変わりに吸収してくれるのだろう。 あの燦燦(さんさん)と手の届かない存在に一瞬でも近づけるという錯覚を、何が持たせてくれるのだろう。」


 「表面上は幾らでも取り繕(つくろ)える。 それが本心だと自分自身で錯覚することも出来る。 だが、その表面を賞賛されてなんになろう。 もう飽きた。 厭(あ)きた。」


 「「安心できる。 優しい。 思いやりがある。 家族思いだ。 頼もしい。 信頼できる。」そんな賞賛が何になろう。 錯乱した心の前に出れば、瞬間! 煉動されてしまう。 狂気が私の世界を劫火(ごうか)に包む時、後には何も残らないのだ。 作家が長生き出来ないのもよく解る。 劫火知ったものは、全ての虚しさを知っているのだから。」


 「狂気なのだ。 私の中にある狂気なのだ。 それが私を突き動かす。 海の上の小船の如くに揺さぶってくる。 私は小船の上で櫂(かい)も漕げずに、ただ、座り込み、頭を両手で抱え、足の爪の根っこを見つめてブルブルと振るえる。 いつとも果てぬ転覆に慄(おのの)きながら、そして私を唯一慰めてくれるのは、燦燦とした星達だけなのだ。 彼らだけが劫火の後にも僅(わず)かに残る者達だろう。」


 「私は、忘れられない女性がいる。 交際もめちゃくちゃだったし二度と逢いたくないけれど、一瞬の感情を押さえられない人だった。 噛む、殴る、髪をかき乱し、物を投げつけ罵(ののし)る。 彼女の狂気で別れたわけではないけれど、私は彼女しか見えなかった。 勉強も家族もバスケも放ってしまった。 今でも、彼女の気持ちを愛おしいと思う。 彼女は欲しくないが、彼女の気持ちは嬉しかった。 容姿? 安定? 経済力? 愛? 恋愛? 好き? 一緒にいる? セックス? 包容力? 家族関係? そんなものは愛おしくはない。」


  大声で、めい一杯大声で歌を叫んだ。 声は闇に聞こえていったけれど、楽になった。 私は賞賛などいらない。 彼女のような気持ちが欲しい。 愛おしさで星を目指して、ちっぽけな胸から直線状に伸びていく加速度が欲しい。


執筆:藤崎 道雪


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