きよこの日記

2002年04月15日(月) なんちゃって新入生計画

今日は松本市に行きました。
松本市は私が大学時代をすごした思い出の地です。
今年も、たくさんの新入生でキャンパスは大いににぎわっていました。

今回、一つの野望があったのです。
それは、「1年生のふりをしてサークルの見学に行き、勧誘されたい!」という、おバカなくわだてです。

大学卒業して、何年もたってるのに、図々しい…。
と、思いつつ、「高校卒業したばかりなんですっ」という、初々しさをしぼりだし、行ってきましたとも!

知らないサークルに行くのはちょっと勇気がないので、旧知の卓球部へ。

体育館をのぞくと、お、やってるやってる。
どかどか入っていくとばれちゃうから、あえて私は、柱の影からずっと練習風景をのぞいていました。

10分ばかし。

「あ、女子キャップが私に気づいた!
何度か会ったことがある子だ、やべー」

あはははー。一年生のふりしてきてみたよー。ちょっと無理だったねー。
って、笑えばいっか…・。

「もしかして、卓球部の見学?
どうぞどうぞ、そんなすみっこにいないで。
なかに入って」

おおー!!
きがつかれなかったじゃーん!

あ、今度はほかの男の子が来た、
「ちょっと打ってみない?」

おおー!!
私って、新入生っぽーい。

普通に打ったらばれちゃうから、左利きってことにしてー、
「きゃー。むずかしいですねー☆」

超面白いんですけど!

結局、良心のかしゃくにさいなまれ、右手に持ちかえるまで気づかれませんでしたとさ。
めでたしめでたし。



2002年04月14日(日) わたしのおじいちゃん

わたしのおじいちゃんは、おもしろいおじいちゃんです。
てじなと、はつめいと、にくたいろうどうと、マレットゴルフと、お花がすきです。
みみがあまりきこえないので、いつも
「よ?」
「よ?」
といいます。
でも、おじいちゃんがゼリーのカップで作った、へっどふぉんをつけると、よくきこえるので、「よ?」といいません。

おじいちゃんはいつもわらっています。
ほっほっほ。とわらっています。
そして、あたまはつるぴかで、とてもまぶしいです。
てっぺんはつるぴかだけど、よこには毛がちょっとあるので、とこやさんにいきます。
とこやさんは、とくです。

おじいちゃんは、げんきだけど、ひざがいたいです。
せいざができないのは、かわいそうだけど、わたしはおそうしきのときにしびれて立てなくなっちゃうので、おじいちゃんはせいざしなくていいなあ。

おじいちゃんだいすき。
いつまでも、ながいきしてね。



2002年04月13日(土) お背中流しましょうか?


「年寄ってくると、温泉が何よりの楽しみよ」
「そんなの、若くったって、おんなじだよ。
私も温泉大好き!」

というわけで、温泉に行ってきました。
長野県にはいたるところに温泉があり、4月になってから、3回目の温泉です。
今日行ったのは「かじかの湯」
お湯がぬるぬるしていて、お肌すべすべ効果がある温泉です。

今、おじいちゃんのお姉さんも、(こういう続柄の人をなんと呼べばいいんでしょう?おばあちゃんじゃまぎらわしいし…)遊びにきているので、いっしょに行きました。
彼女(もっと変だけど、面倒だからこうしておこう)は84歳。
ずっとリウマチをやんでいるので、手足の骨格が変形してしまって、歩くにも不自由しています。
でも、頭のほうは元気いっぱい。
かくしゃくとしていて、目を見開いて、おしゃべりをし、元気に笑います。

ほとんど身の回りのことは自分でできるのですが、体を洗うのは思うようにいかないようなので、背中を洗って、塩もみをしてあげました。
おばあちゃん(母の母)の背中も洗ってあげたら、お返しに私の背中も洗ってくれました。
少しくすぐったくて、恥ずかしい感じもしたけれど、温かくって、なんともいえず、いい感じでした。

「背中を流す」
っていう言葉は、当たり前のように知っている、日本的な親密な感じがよくあらわれた慣用句だけど、実際に、「背中を流す」という体験は初めてのことでした。
言葉を知って、すべてを理解したつもりになってしまいがちな私。
今日、おばあちゃんたちと温泉に入って、実際に背中を流して、はじめて、その言葉の本当の意味がわかった気がしました。



2002年04月11日(木) 春の味 〜その弐〜


お昼ご飯の支度をしていたら、おじいちゃんが畑から帰ってきました。
いつもにまして、ほっくほくの笑顔で台所にやってきました。

「きよこー。
おい、きよこ。
めずらしいもの、みつけたで、見てみよ
ほれ」

差し出されたおじいちゃんの右手には、乳白色の、丸っこい物体。

なんじゃ?

およよ。

よーく見ると、見たこともないほど丸まるとよく肥えた、幼虫じゃございませんか!!
「おじいちゃん、やめてー。
そんなの、台所に持ち込んで、一体どうするんだよ〜」

私の嘆きも、むなしくこだまするばかり。
上機嫌のおじいちゃんはみずからフライパンをふり、幼虫くんをあぶり始めました。
ちりちりちり・・・。

幼虫って高蛋白で、すごく体にいいんだよね。
昔はとてもごちそうだったんだよね。

理屈では分かっていても、ごめんなさい!
幼虫を食べられない私は、まだまだ若輩者です。



2002年04月10日(水) あいたい気持ち

のんびりとした農村生活。
一つだけ不満があるとしたら、自分の時間がないこと。

ネットをする時間もほとんどないからこの日記の更新も滞りがちですね。
本も全然読んでないです。
でも、いちばんこたえるのは、あの人に会いに行くこともできないことです。
同じ県内にいながら、あの人の住む街まで高速を使っても3時間。
私は車を持っていないから、会いに行くにはおじいちゃんの車を貸してもらわなければいけません。

「せっかく近くに来たつもりでいたのに、全然あえないじゃん!」
とおもっていたら、チャンスがやってきました!
親戚のおばさんを私が送っていくことになり、あの人の住む街へ行けることになったんです!

ちょうどタイミングよくあの人から電話がかかってきました。
大いに期待して、その日、行くことを告げました。
ああ、それなのに…。
世の中ってうまく行かないもんだなあ。
その日ちょうどおじさんのお葬式で実家にお帰りになるという、すげない返事でした。

「障害は恋の炎を燃え上がらせる油」
なんていうけど、もうじゅうぶんだよ〜。
これ以上燃え上がってもしょうがないでしょう?
ってくらい燃えてますから!



2002年04月09日(火) トラクター教習所


何をかくそう私はオートマ限定ドライバー。
必要に迫られて一応免許は取りましたが、できれば運転はあまりしたくない人。
だって、私みたいな注意力散漫な人間は、絶対いつか大きな事故をするに決まってるもん。
…我ながら、情けない自信です。

道路を走るぶんには、オートマ限定大いに結構なのですが、農業を手伝おうと思うとちっと困ります。
どの機械も、ボタン一つでらっくらく、というわけにはいかない、マニュアル式でできています。
と、いうわけで、おじいちゃんが、トラクターの乗り方を教えてくれました。
「ははあー。
なるほどー。
これがうわさの半クラってやつかあ」

興味津々。

「おい、きよこ。
次は、軽トラの乗り方を教えてやるで、やってみよ」

えー!まじですか。おじいさん。
天下のオートマ限定ドライバーですぜ。

でも、庭の中ならいいのかな?
甘い誘惑に負け、やってみた。

クラッチを踏んで、ギアを入れて、半クラにしてって…、

ガクン

オウ!
コレガウワサノ、エンストデスカ!



2002年04月08日(月) 春の味

今日は暑いくらいの快晴でした。
午前中、畑に行って一仕事しただけで軽く汗ばむほどの陽気でした。
お昼ご飯は、とれたての野菜できざんだサラダなど。
きゅうりを切って、ブロッコリーをゆでて、…あれ?
何だろう。
ブロッコリーちょっと黄色い、枯れてるのかな?
あれ?あれ?
ひえええーーー!
青虫だー!
青虫ゆでちゃったよう!!



2002年04月06日(土) I wonder why I had better belong to something.

私は規範意識がすごく強いんだと思う。
枠組みに「あてはまりたい」、っていうか、「あてはまらなきゃいけない」っていう気持ちがすごく強い。
短所だよね。
嫌だなあって思う。

たとえば、今なんか、無職無収入、おまけに居候。
どこにも属していない、自分を名づけてくれるものがないってことが不安でしょうがない。
これまでの私は、教師という職業に属することで、人に非難されない立派な鎧を一つ身につけたような気持ちになっていた。
だけど、もうその鎧は脱いでしまった。

職業に関わらず、もっと日常的なところで私は人の目がすごく気になる。
何か自分の意見を言った時に、聞いている人が「うなずいてくれない」っていうことだけですごく不安。
自分のやったことを肯定してくれないと、不安。

すごく嫌だ。
自分に自信がないから、まわりに認められないと自分がどうあるべきなのかわからないんだ。
「だれがなんといおうと、私は私」
そう言える強さを持ちたい。

今の私は何にも属していない。
これからの確証も何もない。
だからこそ、この時を短所克服のチャンスにしなきゃね。

ただ一人の人間の私。
このありのままの自分を、まず自分が認められるようにならなきゃね。



2002年04月05日(金) 姉妹の秘密


妹が遊びにやってくるというので、天竜峡駅まで車で迎えに行きました。
久しぶりに見たやつは、「アニー」のような金髪に、両耳に2つづつピアスをつけて、とってもおきゃんになっておりました。

妹は6歳年下、今年の春から専門学校生。
「歌手になる!」
と、言い出して歌のレッスンしてデビューを目指すんだって。

ほんとにもー、私と妹は面白いほど正反対の性格です。
両親が歳をとって生まれた子だし、末っ子だし、で、甘えん坊。個性いのちって感じ。
私の価値観からするとからすると、
「歌手なんてそんな夢みたいなこといって…」
なのですが、私にはとうていできないことなので、ある意味うらやましいです。

久しぶりにあって、開口一番
「あのなー、ケータイ、電車の中にわすれてしまったー。」

思わず笑ってしまった。
だって、私も、つい最近バスに乗った時、ケータイバスに置き忘れちゃったんだもん。

やっぱ姉妹ねえ。



2002年04月04日(木) 新生活

新生活が始まりました。
と、いっていいのか、ちょっと自分でもあやふやなのですが、とりあえず新しい土地に移ってきました。
祖父母が長野県某所で二人暮らしをしていまして、小さいころからかわいがってもらっていたので、とりあえずひとまず、今そこにごやっかいになっています。
花の家事手伝いライフです。
農家の朝は早く、6時起床で朝食を作ります。
一人暮らしでは考えられないことだ…。
そして、田んぼや畑に仕事に出かけます。
ジャージに麦藁帽子、長靴、軍手といういでたちです。
祖父母はもう70を超えているのですが、畑では本当に力強い。
くわを器用に操って、見る見るうちに畝ができ、苗が植えられていきます。
私なんて、全然役に立ちません。大地に足をつけて生きてきた人は豊かで、本当に尊敬に値します。
力仕事ではとてもお役に立てないので、私はせめて台所仕事と、雑用ぐらいは猫の手ぐらい役にたちたいなあと思ってます。

ここでは、これまでの私の暮らしとまったく違う、ゆったりとした時間が流れています。
竹の子が出れば堀に出かけたり、天気がよければ畑を耕す。
お客さんがくればお茶をのみ、雨が降れば本を読む。
桃源郷というのはこういうところのことなんだろうなあ、と思います。
3月までの私は、5分、いや1分刻みの生活でした。
そうそう、ちょうど昨日、学校の夢を見ました。
終業式の日なんです。
もう終業式も終わって、「さあ、このHRをすれば今学期もおしまいだ」と、教室へ行こうとした瞬間、通知票にまだ成績を記入していなかったことに気づいたんです!!
やばいーー!!まじか
どうしよう!どうしたらいいんだー!
生徒を教室にほっておいて超マッハで成績書くか?
「ほんっとすいません!明日通知票をみんなの家に持っていくから許して!!」って謝りたおすか?
どうすりゃいいんだーー!!!

と、絶体絶命のピンチで目が覚めました。よかったわあ。
でも、寝ぼけていたので、
朝ごはんを作りながら
「こまったなあ。どうしよう」
といつまでも考えつづけていました。


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