本日の紡ぎごと...suiren

 

 

たった二カ月で。 - 2010年06月25日(金)

すごい。
前の私の日記は、たった二か月前なのに、今の私とあの頃の私、全然違っている。
すごい。
これが成長ってヤツなんですね。
私は以前から自分を表現する、表出することが、ライフワークというか、
簡単に言うと好きだった。
それは私の中にあるコップから、あふれた水を言葉や絵や演技という形にしていた。
自分の中にそういう私がいると気付いたのは、いつだったのだろう。
幼稚園の頃から絵を描くことが好きだった。
でもそれはきっと、多くの子供たちが描くレベルの気持ちで、特別なモンじゃなかったんだ。
小学生になっても、相変わらず絵を描いていた。
あの頃は「りぼん」というコミック雑誌が大好きで、毎月発売日を楽しみに買ってたな。
親の言いつけで書道も始めた。
書道の先生は、いかにも達人という感じのおじいちゃんで、
私の中にあるものをすぐに見抜いた。
私はとりわけ上手に書けていたわけじゃない。
むしろ、クラスには勉強出来て、みんなの人気者といった「出来る子」がいて、
その子達はなぜか書道も上手に書いたものだった。
でも一つの文字を、自由に表現して書いていいという書道法があって、それが好きだった。
字はうまくなくても、表現が好きだったのだ。
今思えば、あの書道が、他人が想像した漫画イラストを書く以外の、
私自身の初めての表現だったのかもしれない。
高学年になって、りぼんは卒業したが、代わりにある作家の小説にハマった。
ひとつのことにハマると、どこまでもそのことしか目に入らなくなる私。
ご飯とトイレ以外は、ずっとその作家の本を読み漁っている状態で、
親も先生も心配していたらしい。
担任いわく、「この子は何を考えているか、ちっとも分かりません。
朝礼のときも、いつもいつもぼうっとしていて、心は別のところにあるみたい」。
実際、そうだったのだから、先生の見方は正しいのだが。
中学生になっても、私は相変わらず絵を描いていた。
だけどもう一人、好きな作家が出来て、その人は今でも大好きだ。
そして演劇部に入った私は、演技・芝居という方法で自分を表すことを覚えた。
でも、ヘタクソ。
ほんとうに、逆立ちして叫びたいくらいの、ヘタクソだったと思う。
とにかく、自分の殻を破ることができなくて、守りに入っていた私。
誰かと一緒に何かを作る、というレベルまでは、到底及ばなかった。
結局、余りに体育会系なその部と居場所のなさにうんざりし、二年で辞めた。
後は美術部に入り、私はこのとき、初めてまともに絵を描いた。
油絵である。ついでにデッサンも覚えた。
これは高校生までずっと美術部にいたので、かなり好きだったと言えよう。
絵も書道のときよりも、ずっと自分を表せていて、
先生も「あなたはとても不思議な絵を描く。ひきこまれる」と、褒めてくださった。
世の中には、上手に書ける、出来る、ヒトってたくさんいるじゃないですか。
それはきっと機械で、必ず美しい、整ったモノが出てくるのと同じなのかもしれない。
上手なものって、意外と大量生産だったりするんだね。
でも、いびつな形をしていても、個性ある、人の心の琴線に触れるものを作ることは、大変に難しい。
私はすごくおこがましいけど、小さい頃から、なにか自分にはそういうモノがある、と思っていたんです。
でも恥ずかしいし、バカみたいだから、誰にも言わない。ここでようやく呟くだけ。
その感情がどこからきているのか、いまだに分からない。
とにかく物心ついたときには、既にそうだった。
みんなと同じ世界を見ているのに、私だけのフィルターが小さな頃から存在していて、
私はときどき、そのフィルターを通して世界を見ていたのだ。
話を戻すと、高校生になった頃には、さすがにもう、マンガを書くことはやめていた。
マンガはヘタクソだったし、油絵やデッサンの方が楽しかったから。

段々、疲れてきたな。もう夜1時。
このあとは、3時から日本:デンマーク戦(サッカー)。
それまでに、一本書きあげなければならないものがあって、そこから逃げるためにこれを、何も考えずに書いている次第。

話を大雑把にしよう。
その後、私はさらにアートな世界へ身を投じる。
それは表裏あって、表は美大とかではないんだけど、まあ似たような感じ。
裏は裏で、これまたすごい。
今の私のファッションセンスだったり、美的感覚は、この頃確かに養われたと思う。
一流の人と出会い、一流のものに触れた。
それも、わずか18歳で。
この経験は私のダイヤのような財産で、かけがえのないものだ。
今の私のベースは、この二年間だと言っても過言ではない。
何より素晴らしい人との出会いが、私の持っている才を発見してくれた。
それはつまり、このひと言である。
「あなたにはすごい才能がある」。
なんだか、ちょっとこれだけ聞くと、詐欺師みたい。
でも本気の本気で、相手からこんなこと言われてごらん。
それまで人と比較して、落ちこぼれで、大人しく、どうあがいてもクラスの人気者にはなれなかった私。
それはようやくみつけた、私の居場所だった。
あるいはこれもひとつの表現の世界だったと思う。
でも、この表現方法では、あまりにも不十分で、おまけに私の才能はまだ硬いつぼみのように、その美しい存在だけが佇む。
そんな状態だったのだ。
20になって、環境が代わり、前の世界はすっかりと捨てたけれども、
でもそれはちゃんと自分の一部になっていたことには、随分経ってから気付くことになる。
それからは、最初のうちこそ、まだ美術をやっていたけれども、どうも何か違う。
仕方なく、こだわらないで、色々な体験をしてみた。
この色んなことも、今の私のベースになっていると思う。
で、今に至るわけだ。
言いたいことは、つまり、私は今になって、言葉で表現する方法を覚えたということなのだ。
それまでも詩や、散文のようなものは書いていたけれど、それらは素人のレベルを超えることはなく、誰にでも書けそうなモンだった。
私がここに記し残したいのは、そうではなく、
ようやく十全なる自分の世界を発見して、そこでモノを書くことが出来るようになった、ってこと。
それをこのたった二カ月の間に出来たってこと。
何ていえばいいんだろう、ようやく表現する方法が手に入って、
私はもうこれしなかないって思っている。
きっとホームレスになっても、土管の中で紙とペンでなんか書いてるね。
頭から血を流すくらい、文字を書くのは苦しい。
というか、しんどくて、面倒で、本当のところは書きたくないって思ってる。
書かずにのらくら暮したい。
でもそうもいかないんだよね。
だから書かずにいられない悩ましいサイクル。
そろそろ、さらに20分が経過しました。
ここらでやめておこう。
何にも考えずに書くのも、たまにはいいもんだ。
気のままにワープロを打つのも、気分転換になる。
たぶん、本気で書くときに不必要な部分を、こういうときに書いて、
余計なモンを放っておくのだと思う。
それが気分転換。
ではそろそろ、真剣モードに入って、
頭から血を流しましょう。


...



 

 

 

 

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