宿題

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2003年11月30日(日) 悦ばしき知恵あるいは南方熊楠について/澁澤龍彦
しかし私が注目せざるをえないのは、南方が生涯を通じて、

自分の立場を国家や家やアカデミーなどのそれと、

一度も結びつけて考えたことがなかったという点なのである。

簡単にいえば、彼にはインテリの自覚が欠けていたのである。無責任だったのである。

ちなみにいう。私は、インテリという言葉を良い意味で使ったことは一度もない。

無責任という言葉を悪い意味で使ったことも、一度もない。

この無責任の立場、自由の立場は、南方の博物学者としての立場と、

見事に釣り合っているといえよう。

その体系を欠いた博覧強記は、権威によって拘束されない無私の情熱、

無償の情熱の結果なのである。

無責任、無邪気、無私、無償──これらは南方熊楠の頭上に冠すべき輝かしいエピテートであろう。

漱石は悩みに悩んだ末、ようやく「自己本位」などという哲学(?)にすがりついたが、

こんなしみったれた哲学を、南方はおそらく笑いとばしたことであろう。

鴎外は「かのように」の哲学(?)に立脚して、

ことさら快活ぶらなければ生きてゆけなかったが、南方にとっては、

快活ぶる必要なんかまったくなかったにちがいない。


★悦ばしき知恵あるいは南方熊楠について/澁澤龍彦★

2003年11月29日(土) 宮藤官九郎の小部屋第40回/宮藤官九郎
自分を捨てる必要はないし捨ててる人は面白いと思えません。


★宮藤官九郎の小部屋第40回/宮藤官九郎★

2003年11月28日(金) あたしンち/矢野顕子
おかあさんの料理が 世界一って

言えたらいいのに

おとうさんが理想の 恋人って

言えたらいいのに


現実のカーテン 開けたら閉まらない。

風が微笑んで

説明のつかない 不思議なちから

もしかしたら愛?これは愛?


ちょっと出かけてきます。ほら、夢が呼んでます。

いつか きっと 帰ってきます。夕ごはん前に。


おかあさんの論理は 水平線を 越えてゆく

おとうさんの思いやりは 地平線で 輝いてる


足りない言葉で 椅子を組み立てる

笑って こわれた

洗濯機の中 回ってる

3日分の愛 回る愛


ちょっと出かけてきます。ほら、夢が呼んでます。

いつか きっと 帰ってきます。夕ごはん前に。


楽しいこと つらいこと ここから始まる

好きなこと きらいなこと ここから始まる


地図の向こう側 見ている 探しつづける

決めなくてもいいでしょ、まだ。朝が来る前に。

まず、やることが大事です。 テレビが言います。

ポケットの中 入れたまま もう忘れてる。


ちょっと出かけてきます。ほら、夢が呼んでます。

いつか きっと 帰ってきます。夕ごはん前に。


★あたしンち/矢野顕子★

2003年11月27日(木) 犬は進むがキャラバンは進む/小沢健二
"犬は吠えるがキャラバンは進む"というのは僕の好きなアラビアの諺で、

正確な意味はよく知らない。だけど例えばこのアルバムで僕が何回か言っているように

"俺という犬は吠えるのだが熱力学的キャラバンは全く無頓着に進んでゆく"

という風に考えることもできるし、また同じくらい何回か言っているように

"犬たちが吠える時にも恐れずに僕たちはキャラバンを進めていくことにしよう"

という風に考えることもできて、実際に僕は1日の中で犬になった気分になったり

キャラバンになった気分になったりする訳で、では結局これはどっちでもいいい

い加減な諺なのだと勝手に決めて、多くのアラビア人や諺学者には悪いけど、

この言葉をタイトルにすることにした。

略称はぜひ"犬"でお願いしたい。"犬キャラ"というのは今一つである。


芸術について僕が思うのは、それはスーパーマーケットで買い物をするように

アレとコレを買ったからカゴの中はこうなるというものではなくて、

アレもコレも買ったけど結局は向こうから走ってきた無限大がフュッと忍びこんで

決定的な魔法をかけて住みついてしまったどうしましょう、

というようなものではないかということだ。

言い古された言い方をすると、作者に全てがわかる訳じゃない。

でもお喋りな作者というのは常にいて、哀れにも自分の作品には及びもつかない

みすぼらしいメモ帳の切れはしを読み上げてしまったりする。

僕は過去に何人ものそういう愛すべき作者たちが好きだったんだけど、

今回はどうやら僕の番のようだ。せいぜい堂々とやろう。

まず僕が思っていたのは、熱はどうしても散らばっていってしまう、ということだ。

そのことが冷静に見れば少々効率の悪い熱機関である僕らとか

その集まりである世の中とどういう関係があって、

その中で僕らはどうやって体温を保っていったらいいのか?

(このへんの下りは暇な人には考えてもらってもいいけど、

暇じゃない人にはどうか読み流してもらいたい。

こんなライナーノーツは全く、僕が好きな蛇足というやつに過ぎない。)

またある点で物事の性質がクリッと音をたてて変わるというのはどういうことなのか?

それにもの凄くスピードの違うものがあるということは?

などなど悩み盛りの若者らしく様々考えていたりする一方、

それにしても友達はうざったそうに鏡を見てるし、どこかへ出かければ楽しいし、

夜更けにリズムやメロディーはほんとに心に突き刺さる。

しかもそういうことと前に述べたようなこととは全く無関係ではないらしい。

一体どういうことなんだ? ある友達の女の子が出来たばかりのこのアルバムの

カセット・テープを聴いて、何かゴスペルみたいねと言った。

その時僕は即座に言わなくてもいい軽口の2つ3つをたれ流して

その場をごまかしたんだけど、本当はその子をぎゅーっと抱きしめてしまいたかった。

どうかこのレコードが自由と希望のレコードでありますように。

そしてこのCDを買った中で最も忙しい人でも、どうか13分半だけ時間をつくってくれて、

歌詞カードを見ながら"天使たちのシーン"を聴いてくれますように。

ついでに時代や芸術の種類を問わず、信頼をもって会いに来た人に

いきなりビンタを食らわしたり皮肉を言って悦に入るような作品たちに、

この世のありったけの不幸が降り注ぎますように。

しつこいけど、こんな風に書き連ねているたわ言は、

本当にただの性急なる僕の無駄口にすぎない。

よくCDを買うとついてくる指人形やなんかのオマケと一緒である。

この風変わりなオマケをしめくくる前に唯一言うべきことがあるとすれば、

このレコードに関わってくれた人達への感謝だと思う。

特に一緒に演奏をしてくれた人達には、

巨大かつ不気味なキスと共に捧げたい。どうも有難う。


誰もが知っていることだけど、夜が明ける朝は必ず来る。

もし朝が来て眩しすぎて嫌になってしまったら、

それでもしその日休むことができたら、

夕方まで寝てしまってから起きて散歩にでも行くかお酒でも飲むことにしよう。

僕がこのCDに望むのは、車の中や部屋の中やお店の中で、

小さな音ででもいいから何回かかけられることだ。

歌詞なんかうろ覚えのままで口ずさんでもらったりすることだ。

キャラバンは進むし、時間だって進んでいく。

いつか近くで僕がライブをやることがあったら、

来て一緒に歌ったり、踊ったりして欲しいと思う。



★犬は進むがキャラバンは進む/小沢健二★

2003年11月26日(水) 3×3×3/ゆらゆら帝国
東京国分寺市在住S本さん家の長男けずる君

5歳のたんじょうびにを直前に控えた1972年9月2日午後

家の前でタンポポの茎を裂き 開き 乾かす途中で行方不明となる

6時間後無事発見されたものの 彼の変化に気付いたものは誰もいなかったという

そして5年 そして10年 そして15年


おでこ殴られて 目玉飛び出して

あいた二つの穴に 俺は二本のシールドぶちこんで

何をするでもないけど 目が見えないから手さぐりで

心の中にいる友達三人グループの一人に 右手まかせて

もう一人に 左手まかせて もう一人に 耳かたむけて

メッセージを聞いた 歌唄った 赤いギター

弾いて このまま夜は明けるんだ

そう 夜は明けるんだ


★3×3×3/ゆらゆら帝国★



■おでこなぐられてーめだまとびだしてーのとこが特に好き。

2003年11月25日(火) ドックンドール/ゆらゆら帝国
彼は私に聞こえない音楽にあわせて

クルクル踊る


★ドックンドール/ゆらゆら帝国★

2003年11月24日(月) ユラユラウゴク/ゆらゆら帝国
愛されたい子は幻を カセットテープで再生してる

大好きなあの人が ゆっくり浸み込む感じがすてき


あいまいだらけのこの体 カチッとハートに存在してる

だめなのさわっちゃいけないの 青春もう一度再生してる


★ユラユラウゴク/ゆらゆら帝国★

2003年11月23日(日) 水の中のティッシュペーパー/大島弓子
それ…どっかの理想のBFのパターンだろ

おれパターンじゃないぜ

おれ自分でもげっそりするくらいやーなとこいっぱいあんだ

でもそんなとこ必死でカバーしてる

それを木戸さんにみられてなくてラッキーだと思う

だから木戸さんも 

おれにみせないとこあって当然なのさ

そんなにむきになることないよ


★水の中のティッシュペーパー/大島弓子★

2003年11月22日(土) クドウカンソウブン/宮藤官九郎
「A」

「こんなのラブストーリーじゃない」という人もいるでしょう。

そんなの分かってるもん。

じゃあアナタは目の前でミッチーに

あんなプライベートダンス踊られて正気でいられるの?

僕はムリです。

キョンキョンに「行かないでくれる?」って言われて

それでも行くの?

僕は行きません。

だからこれは誰が何と言おうとラブストーリーなんです。


「B」

え?視聴率?

そんなの知らねえ。

ぜんぜん気になんねえ。

「多分みんなビデオに撮って見てるんだよ」

という慰めの言葉も正直「もう分かった」って感じです。

ビデオでもなんでも観てくれればいいや。


「C」

私が最もこだわった部分は

エモヤンの写真が現役時代の髭面であること。

あと井堀が赤羽に虐待されるシーンです


「D」

(中打ち上げで)なんかミッチーとか店長も酔っ払ってた。

磯山さんは寝てた。

キョンキョンはピョンピョンて呼ばれてた。


「E」

例えば磯山さんと僕の恋愛観もぜんぜん違うわけです。

ていうかオレには恋愛観がなかったんだけど。

今でも打ち合わせでポカンとしちゃうんです

1話は本当に難しかった。

1日悩んで3行しか書けない日もありました。

一応出来上がった台本は、そこそこ面白いんだけど

ベースがいないバンドみたいな

ダシが効いてないスープみたいな不安感がずっとあって。

でもそこに磯山さん土井さん片山さん坪井さん

役者さんそれぞれの恋愛観が加わって観る人の恋愛観も加わって

やっと「マンハッタンラブストーリー」なわけですね。

だからなんか、なんでしょうね。

もうないと思うけど、もしまた恋愛ドラマ書くとしても

みなさんの共感を得ようとして

最大公約数みたいなドラマ書く必要はないってことです。

逆にオレにしか分からないような

誰も共感出来ないようなことを書いても

他の誰かの手が加わって、ちゃんと伝わるものになるんですよ。


「F」

ぁ、そう言えば今日喫茶店で10話のプロット書いてたら

赤い眼鏡のおばさんがこんな話しをしてました

以下・抜粋です


「こないださあ、銀座であの子に会ったの、ほら、白い巨塔に出てる」

「唐沢?」

「違う、ほら、陰陽師にも出てる」

「伊藤英明?」

「そうそう伊藤くん、意外と背が高くて美男子だったわよ。
 
でさあ、私言ってあげたの『毎週見てるわよ』って。
 
『あの時間にやってる他のドラマより面白いわ』って」

「あー」

「伊藤くんも良かったわねえ、前にやってたホラ」

「変身しちゃうやつ」

「そうそう、なんつったけ、あのバカみたいなヤツ」

「魔法つかい?だれの魔法つかい?」

「そうそう、あれはダメよねえ」

「あー」

「ダメよあれは」


「H」

こんな楽しい仕事でお金もらっていいのだろうか。

お客さんはついて来てるのだろうか。

オレこそ自己満足じゃないのか。

いろいろ考えながら見ました。

ごめんなさい。

僕の周りでは異常に評判がいいこの番組。

特に女性ファンが急増しています。

その一部を公開します。


「毎週見てます、切なくて笑える素敵なドラマです」(母)

「夫と一緒に見ています、木曜日が待ちどおしい」(姉)

「ベッシーのダンスがとてもいいです」(姪)

「視聴率なんか気にしないで」(母)


★クドウカンソウブン/宮藤官九郎★



■「マンハッタン・ラブストーリー」のHPから。
木暮様のドラマとかまで。

2003年11月21日(金) タモリ倶楽部/タモリ
船の出る映画は全て観ているが、恋愛映画は絶対に観ない。

タイタニックはその両方があるのでとても困ったけれど、

恋愛の部分だけを7倍速で観ることで解決した。


★タモリ倶楽部/タモリ★

2003年11月20日(木) ロングロングケーキ/大島弓子
でもどんな結果になろうと

あなたがしたいと思っていることは

全てわたしのファンレターの対象です

全部ですよ コタさん


★ロングロングケーキ/大島弓子★

2003年11月19日(水) サバの天国と地獄/大島弓子
わたしはそこのアパートに住む一市民です

先月の末はひがな一日在宅していましたが

にわとりがのら猫におそわれる声を

一度もききませんでした

従ってにわとりはのら猫に殺されたのではないと

私は思います

「ギャティ ギャティ ハラギャ ティ

ハラソーギャティ ボウジソワカ」

般若心教のなんとなくにわとりのなきごえににてる部分をとなえた


★サバの天国と地獄/大島弓子★

2003年11月18日(火) 大きな耳と長いしっぽ/大島弓子
わたしが楽観してうたたねをしているとき

戦争がはじまった


テレテレテレテレ

トーン クルルーン

ドッカーン


パトリオットが

サイシンヘイキが

アッショー

イチモーダジン


吐いてきた

ヨロヨロ


(鳥が油まみれになっている)「サバー」

「サバが油まみれだー」

わたしにとって動物はみんなサバです。


イラク兵士は食物がなく

サバクの枯れ草を

油であげてたべてます

くつもボロボロです


わたしにとって総ての人間はサバです。


(女の子が泣いてる)わたしにとって少女もサバです。


空もサバかもしれません。


油井がもえて

空がまっくろ


地もサバかもしれません。

そういういいかたをするなら宇宙はサバかもしれません。


★大きな耳と長いしっぽ/大島弓子★

2003年11月17日(月) 山羊の羊の駱駝の/大島弓子
あたしが夕方決まって

街を徘徊するのは

あたしが犬になるからです

ジロは

あの時

あたしの肩に帰ってきたのです


★山羊の羊の駱駝の/大島弓子★

2003年11月16日(日) 夏の夜の獏/大島弓子
小箱さんは「いじめ」を想定しない

そういうところ

すごくすきだ

すごくたすかる

すごく楽だ



輪廻転生というのがあります

蚊やハエやゴキブリは

あんなにきらわれているけれど

死んだらなんになると思いますか?

ぼくは彼等は死んだら

地球を守るオゾン層になるのだと思います


★夏の夜の獏/大島弓子★

2003年11月15日(土) QJ/ホンコン
ごっつを観て育った子達は最初から変わったものしか作れないので、

僕たちは被害者と呼んでいる。


しんどいことがあった時でも笑っている間は忘れられる(から笑いは自分にとって大事)。


★QJ/ホンコン★



■「ごっつええ感じ」の特集号でこんな感じのことを。
立ち読みなのでいつにもまして適当な記憶で。

2003年11月14日(金) はなまるカフェ/宮藤官九郎
5年前に父親が亡くなったんですけど、

その時に(グループ魂の)ライブがあって、

それに母親が父の遺影を持って観に来たんです。


★はなまるカフェ/宮藤官九郎★

2003年11月13日(木) タイムクエイク/カート・ヴォネガット
わたしはこの叔父に対して、そして間接的にはむかしのハーバードの校風に対して、

いつも感謝している。そのおかげで、どんなにいやなことがよそで起きていようと、

非常に滑稽な本を含めた偉大な本のなかに、生きていてよかったと感じる

理由を見いだすコツを学ぶことができたからだ。


★タイムクエイク/カート・ヴォネガット★

2003年11月12日(水) タイムクエイク/カート・ヴォネガット
絵や版画やそういったものを好きになれる能力のある人たちが、

それを作った人間についてなにも知らずにそうすることはめったにない。

この状況も、やはり科学的というよりは社会的です。

どんな芸術作品も、ふたりの人間のあいだの会話の半分で、

だれが自分に話しかけているのかを知ることがとても参考になる。

会話の相手の彼または彼女はどういう評判の持ち主か?真剣なのか、宗教的なのか、

悩んでいるのか、好色なのか、反抗的なのか、誠実なのか、おふざけ屋なのか、

いわゆる名画が、だれも全く知らない画家の手になっている例はめったにない。

フランスのラスコーの壁画さえ、それを描いたのがだれであるにしろ、

その人物の生活についてはけっこういろいろのことが想像できる。

あえていうなら、どんな絵にしても、見るものの心にある特定の人物の連想が生まれないと、

真剣な注意をひくことができない。

もし兄さんが自分の絵に作者名をつけたくないが、

検討の価値のあるものだと他人に思わせたいなら、このゲームは成立しない。

絵というものは、それが持つ絵画らしさでなく、人間らしさによって有名になるのです。


★タイムクエイク/カート・ヴォネガット★

2003年11月11日(火) タイムクエイク/カート・ヴォネガット
わたしの叔父、アレックス・ヴォネガットは、

ノース・ペンシルヴァニア通り五〇三三番地に住む、

ハーバード出身の生命保険の外交官で、わたしにとても重要なことを教えてくれました。

物事がほんとうにうまくいっているときに、それを見逃さないようにするべきだ、と。

叔父がいったのは、大きな勝利ではなく、ごく単純な出来事です。

たとえば、暑い昼下がりに木陰でレモネードを飲むときとか、

近くのパン屋からいい匂いが漂ってきたときとか、

獲物のあるなしを気にせずに釣りをするときとか、

隣の家でだれかがとてもうまいピアノを弾いてるのを聞くときとか。

アレックス叔父は、そんな至福の瞬間にはかならず声に出してこういえ、とわたしに教えました。

『これがすてきでなくて、ほかになにがある?』


★タイムクエイク/カート・ヴォネガット★

2003年11月10日(月) ウォント/ルーファス・ウェインライト
ジョン・レノンにはなりたくない

レナード・コーエンにもなりたくない

なりたいのはママの愛に包まれた ぼくのパパ

家族みんなでお店がしたい

ぼくがカウンターで注文を聞くのさ


★ウォント/ルーファス・ウェインライト★

2003年11月09日(日) Sentimental Girl's Violent Joke/向井秀徳
殺人的な ジョークで死にたい あの娘は泣かない

笑い狂う部屋ん中は 32インチのスピーカーに

マヒったやつらでいっぱい

さらってとあの娘はいった

笑わせて


笑い飛ばす なんでもかんでも

無気力と感傷行ったり来たり

真夜中は何食ってもうまい


暴力的なジョークで死にたい あの娘は笑う

ジャマイカたばこをキめながら

笑う 笑う あの娘は笑う

笑いながらあの娘はそう言った

草たばこ すいながら 笑いながら キメながら

笑い狂う 殺人的に


★Sentimental Girl's Violent Joke◇NUMBER GIRL/向井秀徳★

2003年11月08日(土) 演技でいいから友達でいて/松尾スズキ
吉田日出子──

今も芝居をしていて、なんか変なものでありたいなって、すごく思うんです。

役を上手く演じるというよりも、なんかギクシャクッとしたものでいたいなって。

スムーズなものよりも違和感があるもののほうが、

お客さんの中にググググッと入っていけるかなと思うから。

そういう風な存在として舞台にいたいっていうのが、願いとしてありますね。

松尾──

珍しいですよね。女優さんで、そういう異物になりたいって考えてらっしゃる方、

あんまりいないんじゃないですか。

吉田日出子──

そうですかねぇ。例えば「上海バンスキング」っていうのは、とても良くできたお芝居ですよね。

でも、ああいう芝居をやっていると「今のは何だったんだろう?」っていうようなことを、

すごくやりたくなるんですよ。

だから、もしも自分が宙返りできたら、全然関係ないときにボーンとやりたかったですね。

みんなが「ああ、まどかさん」とか思って観ているときに、

それを裏切りたいっていう気持ちがすごくあって。

でも、なかなか裏切れなくて、それがすごく悔しいなぁって思ったり。

だいたい舞台に立つと、みんなお客さんに好かれたいって思ったりするじゃないですか。

松尾──

僕はかわいくありたいと思ってますね(笑)。



大竹しのぶ──

私、前に古田(新太)さんと一緒に野田(秀樹)さんの舞台をやったとき、

ギャグを言わなきゃいけないところがあったんだけど、全然受けなかったの。

「なんてきさくなお姫様だ」「きさくは木を切る」……っていうギャグなんですけど、

結局、削られちゃって(苦笑)。

松尾──

それは野田さんが悪い(笑)。

恥ずかしいときは、恥ずかしいようにやればいいんじゃないですかね。

私のせいではありません。脚本に書いてあるんです。あんたのせいだー!って。



串田和美──

1回「武器持たないでばーっと戦場に来ちゃったみたいな出方をする」って言われて。

僕はその後、松尾さんの芝居を見て「ああこの人も武器持たないで出てきちゃってる」

という感じがしたんだよね。

まあ、自分のことはよくわかんないんだけど

串田和美──

昔は半分洒落なのか何なのか、殴り込みとかあったからね。

松尾──

串田さんはそういうの嫌いでしょ?

串田和美──

うん。だって照れくさいじゃない。殴り込みなんて、笑っちゃうよ。



柄本明──

普遍的なことをやってますからね。志村(けん)さんは。

それに、そもそも「新しさ」って何なんだろう?

考えてみれば、それも漠然としたことだからねぇ。

実際僕なんかは「だいじょぶだぁ」を見ていても全然飽きないんですよ。

たぶん、見てるところが違うんでしょうね。

僕の場合は、志村さんの“役者としての何か”を見てるから。

だから、深夜にやってる「笑う犬の生活」とかは、僕はダメなんだよね。

面白いと思えない。松本人志なんかは面白いと思うんだけど。

柄本明──

なんかさぁ、学芸会になればいいと思うのよ。

学芸会ができればねぇ。ああいうのを見ると、すごく感動するんですよ。

やりたいヤツもいれば、やりたくないヤツもいて、でもすごく並列なものを感じる。

まあ、いろんな言い方があるんだけど、上手さとかそういうものが

武器になってないって言うのかな。



河原雅彦──

そういえば、僕、大学3年生ぐらいの時に、「ぴあ」の“はみだしYOUとPIA”

で大人計画さんが新人を募集してる記事を見て、やや惹かれるものがあったんですよね。

あれで応募してたら、僕の人生もだいぶ変わってただろうな。

僕も「キレイ」とか出てたのかな?

オーディションで落ちてたら、芝居やってないかもしれないし。

松尾──

そういう分かれ目はあるよね。

僕も東京乾電池のオーディションを受けそうになったことがあるんだけど、

野生の感が「つぶされる」ってささやくから(笑)、ギリギリのところでやめたんだよね。

松尾──

なんだろうね、宮藤は。どんなセリフでも、自分のセリフにしちゃうんだよ。

上手いとか下手じゃないんだよね。ほんとに素人だっていう時から、

セリフをしゃべらせると、宮藤のセリフになってたんだよなぁ。

例え、手をぶらぶらさせながら言ってても。


★演技でいいから友達でいて/松尾スズキ★

2003年11月07日(金) 忘れられる過去/荒川洋治
五〇歳を過ぎた。するべきことはした。あとはできることをしたい。

それも、またぼくはこうするなと、あらかじめわかるものがいい。

こんなふうな習慣がひとつあって、光っていれば、

急に変なものがやってこない感じがするのだ。


★忘れられる過去/荒川洋治★

2003年11月06日(木) journal(11月6日)/菊地成孔
でも、昨日、僕はもう「明日演奏できないんじゃないか」とまで思っていて、

それは去年の4/19のオンエア・イーストよりもずっとずっと酷くて。

それで、何気ない、特に何か用事があるわけでもない、

知らない女性からの数行だけのファンメールに

「明日は雨みたいですね。頑張って下さい」と書いてあって、

それを読んだ瞬間に何かが覚醒して。

「そうか。明日は雨が降るのか」と思っただけで。カードが裏返ったみたいになって。

 
天使をぱっと見つける才能が、どうやら僕にはある。昆虫採集みたいな。

ふっと横を通り過ぎる。一番酷いときには、でも必ず一瞬横切る。

 
彼女に感謝します。雨は降らなかったけれど。

勿論。御来場下さった、沢山のドレスアップした紳士淑女の皆様にも。

僕は、ジャズをドレスアップ文化に、ほんの僅か。数パーセントで良いから。

取り戻したくて帰ってきたような物なんです。

そのためには、ドレスアップすればするほど染みるサウンドを発さなくてはいけない。

ドレスアップが、ドラッグの代わりになり、ドレスアップによって、

幼少期からやり直せるような音楽。

「菊地さん。ほら。ちゃんとシームが入ってるでしょ」と見せに来た子猫ちゃんは、

一匹だけだったけど(笑)。


★journal(11月6日)/菊地成孔★

2003年11月05日(水) ディスカバ99/たかの友梨
(矢沢永吉『成りあがり』を)

私の会社の社員全員に読ませてるの。


★ディスカバ99/たかの友梨★



■たかの友梨さんの家の2階にある「YAZAWAルーム」で。

割とさっぱりした小さな部屋に、あの赤いタオルとか、ポスターとかが
たくさん貼られていて、手作りYAZAWAマイク(白いテープが巻きつけてある)まで。
この文庫版「成りあがり」も、ちらっとしか見えなかったけど、
たぶん何冊も置いてあった気が。

まだ本人に会ったことはなくて、矢沢さんが来たというお蕎麦屋さんを
毎日張ってるんだとか。

2003年11月04日(火) くまのぷーさん/ミルン
「いちばんいい方法はだね。」と、ウサギがいいました。

「ぼくは、これだと思うんだ。いちばんいい方法はだね、ルー坊をぬすんで、

かくしてしまうんだ。すると、カンガが、『ルー坊、はどこにいっちゃったでしょう?』

と、いうだろう。そしたら、ぼくらで、『あはァ!』っていってやるのさ。」

「あはァ!」と、プーは、れんしゅうしました。

「あはァ!あはァ!もちろん、あれだね、ルー坊ぬすまなくたって、『あはァ!』ってはいえるね。」

「プー。」とうさぎはやさしくいいました。「きみは、ちっとも頭がないんだなァ。」

「わかってるよ。」プーは、おとなしくいいました。

「『あはァ!』っていったってね、これは、ぼくたちが、ルーのありかをしってるんだな、

とカンガに思わせるようにいうんだよ。『あはァ!』っていうのはね、つまり、

『おまえが森から出ていって、二度とふたたびかえってこないなら、

ルー坊のいどころを教えてやるぞ。』っていみなんだ。

じゃ、ぼく、かんがえるから、そのあいだ、だまっててくれたまえ。」

そこで、プーは、部屋のすみへいって、そんなふうな声で、

「あはァ!」をいえるようにれんしゅうしてみることにしました。

けれども、この「あはァ!」は、ときによると、ウサギのいうようにもきこえましたが、

またときによると、そういうふうに、きこえないような気もしました。

「つまり、れんしゅうなんだな。」とプーはかんがえました。


★くまのぷーさん/ミルン★

2003年11月03日(月) 文芸時評11月号/荒川洋治
何かひとついうにも、猫のことを持ち出さなくては先へ進めない、

自己愛のかたまりのような素性を持つ作家がいるが、そんな押し付けがましい文学も、

少数の人たちがつくる熱気に過剰にガードされる。

支配的な空気を容認しない人たち、つまり社会性のない人たちと結びついて

自己批判の契機を失うのだ。これでは衝突は起きない。論争もない。

新聞各紙の文芸時評もただの作品紹介に堕しているのは、見ての通りである。

波浪を嫌う世間に、文学が同調してはならない。

たとえば、ひとつの時代に複数の「作風」や「手法」はゆるされないと考えるべきである

(川上弘美と平野啓一郎が両立することは、きびしい時代ならありえない)。

するどいものは二つはない。その時代にひとつ。そのひとつだけだ。

もしも二つも三つもあるなら、それらが相互にたたかう。相手の世界に、ことばを投げつける。

それを文学というのではなかったか。文学は書くものではなく、動かすものだ。


★文芸時評11月号/荒川洋治★



■全文はここに。他の回も。
今回取り上げられてるのは、林京子さん、川上弘美さん、平野啓一郎さんの三人。
「猫」のとこでにやにやしてしまう時点で
「複数の『作風』や『手法』はゆるされない」
どころか、好きって平気で思うタイプってことなのに、
荒川さんの文芸時評を面白く感じるのは何でなんだろうとか思ってみたり。

2003年11月02日(日) 母なる夜/カート・ヴォネガット
ジョーンズは完全には狂っていなかった。

古典的な全体主義思考で困るのはどの歯車にも、こわれているにせよ、

円周のある部分にはきちんと歯がならんでいて、その部分には実に精巧に作られ、

かつ申し分なく手入れされているということである。

したがって地獄のカッコウ時計は──八分と二十三秒のあいだ正しく時を刻んだあとで、

いきなり十四分先へ飛び、六秒間正確に動いたところで二秒先に飛び、

二時間と一分のあいだ正確に動いたあとで一年先へ飛んでしまう。

欠けている歯とは、ほとんどの場合、単純で明らかな、

十歳の子供でも知っていて理解しているような真理である。

故意に歯車の歯を抜くこと、故意にある種の明らかな知識を拒否すること──

それによって、ジョーンズ、キーリー神父、連盟副総統のクラップタウアー、

それに黒い総統といった互いに矛盾する考えの人々が比較的平穏に

一つ屋根の下で暮らすことができるようになった──

それによって、わたしの義父は一つの心の中に強制労働の女たちへの無関心と

青い壷への愛を同時に宿すことができた──

それによって、アウシュヴィッツ司令官ルドルフ・ヘースはアウシュヴィッツのラウドスピーカーから

偉大な音楽と死体運搬係への呼びかけを交互に流すことができた──

それによって、ナチ・ドイツは文明と狂犬病のあいだにさしたる違いがないことを感得できた──

これがわたしがかつて見た狂気の国家について、その数多くの人々について、

わたしのなし得る精一杯の説明だ。


誰もわたしをほめてくれないようだから、自分でほめることにしよう──

つまり、自分の思考機械の歯を一本たりともいじったことがないと、ここで言おう。

欠けている歯はあるだろう──生まれたときからなかった歯、結局はえてこなかった歯。

歴史がクラッチなしでギア(歯車)を入れたために欠けてしまった歯もあるだろう──

しかしわたしは自分の思考機械の中にある歯車の歯を故意に折ったことは決してなかった。

自分にむかって、「この事実は自分には不要だ」と言ったことは決してない。

ハワード・W・キャンベル・ジュニアみずからを称賛!

この老生にいまだ人生あり!

そして人生のあるところには──

人生がある。


★母なる夜/カート・ヴォネガット★

2003年11月01日(土) ワラッテイイトモ、/K.K
これは日記です。

この映像は私が八王子で、一人引きこもっていた頃の記録です。

毎日繰り返される平坦なテレビ映像を自分と現実をつなぐ唯一の媒介物として、

それを無意味に再生産してみる。

あの頃はバカみたいに一日中テレビばかり見ていた。

当然、テレビの中の人物が考えるように考え、行動し、同じ物を信仰するようになる。

映像の文体もテレビ番組と同じだ。

サンプリングしたタレントと口汚く罵り合い、最終的には街頭のテレビカメラに写り、

そして消えていく自分の姿を八王子の自宅のテレビで受信して、再編集した。

バカバカしい。


★ワラッテイイトモ、/K.K★



■キリンアートアワード2003の審査員特別優秀賞受賞時のコメント。

マリ |MAIL






















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