りたの日記

2001年03月30日(金) バイト終了

とりあえず「1年間もの長い間お世話になりました」と言ったら
  見事にフォローのなかった事に私の凄さを物語る(笑)。

    だって事務なんてしたことなかったのに「経験者優遇」って
  書いてある事務職に応募して見事とおっちゃったんだもん。
   確かに履歴書には親会社の名前を書いてたけど、
  実際は事務なんてほとんどしたことなかったし…
  そこでしてたのは塾の先生だった[爆]。
  ましてや病院事務と言ってても小さい小さい個人病院だから
  事務と言うよりほとんどお手伝いさん状態だった…
  そこでわんこの世話してたくらいだもん(笑)。
   しかし、履歴書のごまかし方、面接のごまかし方は
  父や旦那が人事部門で働いてた関係から
  色々聞かされてましたので見事にだましおおせました。
  
   もちろんボロは初日からはがれまくり(というか元から
  面接突破しか考えてなかったから)周囲を絶句させまくってたと(笑)。

   でも私から見たら超有意義でしたよ。
  だってお金貰って、WORDやEXCELや一太郎を勉強できたし…
  残り1ヶ月はCADの本買ってきて毎日数時間勉強してたもん。
   ネットも接続できないように設定されるまでバンバンしてたし(笑)。
   おまけにこれで事務という仕事についても学習できました[爆]。
   これからは堂々と履歴書に事務バイトしてたって書けるな。
  もっとも、そこで何をしてたか、何を学んだかって尋ねられたら…う〜ん…



2001年03月21日(水) We Want KISS!

KISSといえば…我が家の場合
   1 父→あのメイク、なんでずーっと同じやねん!?(私の答え「伝統芸」)
   2 母→「なんで白く塗るんやろ…」(私の答え「たぶん黒の顔料の方が高いから」)
   3 弟→「僕、小さい頃ジーンが空を飛んでたの見たことあるねん…。
       ほら、あいつら仁和寺来てたやろ、たぶんその時ジーンは空を飛んで〜」
        (私の答え:「………」ちなみに今も信じてるらしい^_^;)
    まぁ、ROCKに理解のある家庭環境と言うわけで…。

   今回は有休を取れなかったので、バイト先から直行で行きました。
  前回のAC/DCのグッズ行列で学習したこやぴさまと私は早い目に行ったんですよ、今回。
   それなのに…行列は前より酷いの!!
  単に皆学習しただけなんだろうけど[苦笑]。

  で、待つ間暇だったし、ボーっと路行く人眺めてたんだけど… 
  前回(97年?)より完コピメイク&ステージ衣装の人は少なかったみたい。
 でも代りに目に付いたのがお子様たち。
 KISSのメイク時代をリアルタイムで聞いてた人たちは確かにその位の年齢にはなってるし、
 子どもだっているわなぁ…って思ったの。
  で、何人かはジーンのメイクをしてるお子様もいて、彼らは写真を撮られるたびに
 舌を出してジーンのポーズ決めてるの(笑)。
  初めは「親の趣味に子どもが引きづられてて…」って思ったけど
  前言撤回。
     「こーいうわんこ、欲しいっ!」(子どもと思えない所が私なんだよな)
  あとカップルでエースをしていた人たちもいたし…
  高校の制服を着たままメイクした軍団もいました[爆]。

    会場内でハマ管さん、F井さん、ハマ管さんのおともだちと無事に合流し
   (まだハマ管さんの顔覚えてない)開演にもみな間に合ったのでした。

   コンサートレポートはいろんな方のを見てください

   とりあえず思ったこと
   ★ポールの「ソウデスッカ、ハイっ!」とかそういうところに
     カバペーの頃のデビカバさんを思いだした
   ★厚底ブーツであんなに飛び跳ねられる
    彼はどうしてコギャルの教祖になれなかったのか
   ★ジーンの血のりっておいしいのかなぁ
   ★子どもの頃にKISSを見てたら、うちの弟以上に現実離れした考えを持ちかねないなぁ
   ★毎回パイロの音を聞いて大丈夫だなんて…心臓に毛が生えてるのかなぁ
   ★こやぴさまのノリとハマ管さんのノリのあまりの差に間に挟まれた私は
   違った意味でパニクってた[爆]。

   ちなみにポールの日本語はスポーツ新聞でも
  『意味不明』と書かれてました★
ちなみに報知新聞2月22日付けです。



2001年03月11日(日) 引っ越しその2

実家のお引越し2日目。
 話によるとHAPはノイローゼ起こしていたと言います…。
  だって、
「目の前におうちがあるのに、どうして僕はこっちにいないといけないの?
僕のベッドやおもちゃはあるし、お父さんもお母さんもこっちにいるけど
僕のおうちはあっちだよ」
 って感じだったんじゃないかしら。
 お散歩の時も、おうちの方に向かって歩いてたし、
 玄関の前でクンクン泣いてたそうで…。
 (見なくてよかった…)

  今日は最後のこまごま荷物のお運び。
 私は借家の台所を掃除してたんだけど、
 カメラのフィルムがのこってたから
 軽い気持ちで生家の方に行ったんです。
 最後に写真撮ろうかなって。
  でも…見た瞬間すごく辛くなった。
 廃墟としか言い様のない状態で…台所の隅から出てきた
 小さい頃使ってたお茶碗やらお箸やら見つけてしまったし…
 昔子ども部屋に使われてた母の衣装部屋には当時好きだった
 ピンクレディーのポスターが色あせずにはってあったし…。
 (タンスの裏にあったために変わらなかったんでしょう)
   最後に見たのが、昔いっしょに暮らしてたわんこ、ロッキーの死んだ場所。
 なんとなく彼が出てきてくれるような気がして、待ってたんだけど…
 でてきてくれなかった…。



2001年03月10日(土) 実家改築騒動

 実家のお引越し。とは言っても、前にあるおうちが借りれたので、移動距離5m[爆]。
 しかしながら…コレクターのいる家庭ではそう簡単ではなかったのです。

  まず母の場合、袖を通してない洋服がゴロゴロ…。
 典型的買いもの依存症[苦笑]。まぁ、最近はバーバリーでまとめてるから
 さすがにポンポン買えないため落ちついていますが…。
 「これ着ない?」って母に言われても…着れますかいな…ミニスカ違うんだもん…[爆]。
  父の場合はつり竿ですが…まぁ、たくさんとは言っても場所的にはかさばらないし
 事実すぐにまとめられました。
  問題が弟。まずレコードがダンボール3つに強引に押し込められてました。
 (PISTOLSのレアものは紙袋に入れて厳重に梱包してたみたい)
  CDは…正直言って30箱くらいあったなぁ…中くらいのダンボールケースだけど。
 洋服は売り子をしてるだけあって半端じゃない量があるし…。
  彼用2部屋のうち1部屋が彼の荷物で満杯になってました。
 のこり1部屋にオーディオセットやら楽器やらTVやらフィギュアやら雑誌やら色々入れまくって…
 寝るスペースがなかったみたいです。

  ま、自業自得です。

   しかしながらこの日はこれだけではなかったのです。
  新世紀初のHMですこの日でした!

  荷物の運びこみ…HAPもお迎えしてきて、気がつくと6時。
 さすがにあの格好でいった日には両親が卒倒しかねないので
 普通のセーターにパンツで駅に向かいました。
  もちろん駅について一番にしたコトは着替えでした(笑)。

   結局ついたのは8時…今の住んでるマンションと違って時間がかかることを
  改めて再確認^_^;。
   コートを着てたので、受付にいらっしゃった皆様
 「あ、マトモな格好!」とおっしゃられましたが
  コートを脱いだとたん絶句されてました[爆]。
   でも、去年の5月はこのままうちのマンションから出て、病院にまで行ったんだけどな(笑)。
 もっともその時は改造してない普通のミニチャイナだったんだけど。
  今回は、バックヤードにワイルドハーツのような爆走系がかかってて嬉しかったです。
  でもWARRENTはやっぱりじょぢぃ嬢のようにクリップを知ってくれる人がいないと…
  一人ではキツいんですよね(T_T)
   女将さまもお手製のツノを持参されてて、やっぱりそのレベルに感動しました。
  次は是非とも買わせていただきます♪
   あと…やっぱりHRM管理人さんの顔覚えてなかった(笑)。
  ま、F井さんの顔を5〜6年かかって覚えたヤツですから
  あと数年はかかるかもしれません(マジ)

  で、終演後お外にいったらせんせいさまがご到着(笑)。
 JAZZのLIVEの後だけあって、世間的には一番マトモな格好… 
 だけど紙袋の中にはTAMAKIZさまからいただいた
 AC/DC用SGの紙ギターが入ってて…一気に怪しい軍団の仲間入り。
  いや、一番怪しかったりして。
 だって大阪駅で落ちてたマフラーを拾わはった時、
 そのマフラーを受け取った女性の顔が硬直してましたもん[爆]。
  HRM管理人さま、F井さま、せんせいさまの3人と一緒だったら…
 あの格好のまま帰っても安全だったんでは…。
 もっとも家まではどうしようもないが。
 (ついてきてもらっても…うちの旦那が呆然としてるだろうに)

  ま、家に帰る頃には引越し後遺症の脚の筋肉痛も出てきて、
 マンションの廊下をゾンビのごとく歩いてました。
 (なんとなく頭に『Creeping Death』が流れてた[苦笑])


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