Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2009年01月29日(木) 公園は 「 ホームレス の 寝場所 」 ではない



「 人生の 10% は、私に何が起こるかであり、90% は、それに対して

  いかに反応するかだ 」

               ルー・ホルツ ( アメリカのフットボール・コーチ )

Life is 10 percent what happens to me and 90 percent how I react to it.

                                    Lou Holtz



2005年 8月、アメリカ南東部を大型ハリケーン 「 カトリーナ 」 が襲った。

死者、行方不明者を合わせ、2500名以上の人的被害を記録した。


被災直後、取材の ヘリ に映し出された光景は、低所得者による食料品店などからの略奪や、レイプ、救援車両、医薬品輸送車への襲撃だった。

ニューオリンズ市内は無法地帯と化し、州兵が現地に派遣され治安維持に当たり、被災者に銃を向けるという “ 痛ましい事態 ” も確認されている。

日本でも、台風や地震などの自然災害で家屋が倒壊したり、大切な財産、さらには生命を失う例も珍しくないが、社会秩序は、それなりに保たれる。

阪神大震災の折も、人々は互いに助け合い、たとえ極限状態の中にあろうと、つとめて理性をコントロールしながら、健気に隣人を気遣った。

なぜ、日本人は冷静さを保ち、アメリカ人は理性を欠いたのか、その要因は、それぞれの 「 蓄え 」 の違いが、大きく影響していると分析家は語る。


アメリカの低所得者層は、労働報酬を 「 週給 」 で受け取る人が多いため、総体的に日本人よりも、貯蓄額は低いという実態がある。

もちろん、人によっては、毎週の収入の中から コツコツ と貯金をする人もいるが、その週のうちに使い果たす タイプ も少なくない。

月給制ならば、次の収入まで計画的に家計をやりくりするが、週払いなら、お金が無くなるまで散財しても、一週間だけ我慢すればなんとかなる。

家賃や光熱費の支払いが残っていても、「 来週分で払えばいいか 」 という意識があるので、それほど危機感を持たずに、楽天的に暮らしている。

それで、特に平常時は問題ないが、予期せぬ大災害が発生したり、事故や病気に見舞われると、たちまち窮地に陥る タイプ が多いのである。


不況の影響から、3月までに、製造業で働く派遣・請負労働者 約 40万人 が、職を失うとの見通しであることが、業界団体の試算で判明した。

年末年始にも、テレビで 「 派遣村 」 の人々や、「 ネットカフェ難民 」 らが紹介され、非正規雇用労働者の悲惨な実情が報じられている。

その中でも、私が気になったのは、前の月に職場を解雇されたという人が、テレビの取材に 「 財布には数円の小銭しかない 」 と語っていた場面だ。

働く気があっても、不景気なので職に就けないという事情には同情するが、先月まで働いていたという人が、なぜ、「 小銭しかない 」 のだろうか。

収入が途絶えた途端、わずか一ヶ月をしのぐ蓄えも無いのなら、リストラ の憂き目に遭わなくても、怪我や病気をしただけで、生活が成り立たない。


すべて非正規雇用者が貧乏なわけでなく、私の知人の女性などは、30歳までに結婚資金を、40歳までにマンションの購入資金を貯めている。

正社員か、非正規雇用か、その 「 働き方 」 ばかりに焦点を当てられがちだが、問題は 「 働き方 」 よりも、各人の 「 生き方 」 にあるのではないか。

社会人になって間もない人は別として、ある程度の年齢になれば、環境の変化に対応し、せめて 1〜2ヶ月 はしのげる 「 ゆとり 」 が必要だろう。

倹約して、お金を貯めるばかりではつまらないが、分相応な、収入に見合う生活をしていれば、短期間 「 他人に迷惑をかけない 」 蓄えはできる。

例外的に、ギリギリ の生活で 「 1円 の余裕さえ無い人 」 もいるだろうが、大部分は、収入と支出の バランス に、不調和な部分があるはずだ。


貧乏であること自体 「 悪 」 ではないが、家賃も払えず、公園で寝泊りするようでは、納税の義務も果たせないし、「 善良な市民 」 とは言い難い。

もちろん、自殺するよりは 100万倍 マシ だが、かといって、「 生きるためには仕方が無い 」 と開き直るのは、いささか考え方が間違っている。

公園に無宿者が寝泊りすることで、子供が遊び場を失ったり、地域の治安や環境が悪化することは避けられず、ある意味、社会悪となっている。

支援者などは、「 子供の遊び場より、彼らの生命が重要だ 」 と言うだろうが、本来、公園は 「 子供の遊び場 」 であって、彼らの寝場所ではない。

それに、そんなに重要な生命ならば、なぜ、自分自身がもっと大切に考え、有意義な暮らしを実現する 「 努力 」 を怠ったのか、見直すべきだろう。






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2009年01月28日(水) 11億円 の豪邸を、900円 で売った人物



「 合法的に不正を働く方法がいくらでもあるのに、人が犯罪に

  走るのは不思議なことだ 」

                                      作者不詳

It's strange that men should take up crime when there are so many legal ways to be dishonest.

                                    Anonymous



先月、パリ にある米国系宝飾店 『 ハリーウィンストン 』 を強盗が襲った。

被害は約 94億円で、フランス の宝石盗難事件では過去最高額となった。


強盗は4人組で、客や店員を武器で脅し、展示品、金庫に保管されていた宝石を奪ったが、手際の良さから、内部に共犯者がいたとの見方もある。

これほどの強奪を実行するには、企画立案力、周到な準備、綿密な計画、そしてなにより、捕まった場合の リスク に対する覚悟が必要だ。

成功すると、まさに 「 濡れ手に粟 」 だが、良識ある大部分の人々は犯罪でなく、地道に働き、労働の対価を得ることで、日々の生活を営んでいる。

いくら大金をせしめても、いつか捜査の手が伸びて、牢屋に入れられるのではないかと思うと、不安で夜も眠れないだろう。

とはいえ、94億円という金額は、地道に働いて稼げる規模ではないから、真似る度胸はないけれど、つい、羨ましく感じるのも無理のない話だ。


ところが意外にも、世間には庶民の想像をはるかに上回る収入を得る人がいて、その金額は、史上最大の強奪犯ですら、遠く及ばない。

昨年9月に経営破綻した米証券大手 リーマン・ブラザーズ の 元最高経営責任者 ( CEO ) である リチャード・S・ファルド・ジュニア も、その一人だ。

1993年から2007年の間に彼が得た給与は、5億ドル ( 約 526億円 ) で、毎年、約 35億円 の年収を受け取っていた計算になる。

彼の収入は、たしかに 「 合法的 」 ではあるが、所属する企業の業容やら、成果配分からみて 「 公正 」 とは言い難く、明らかに高額すぎるだろう。

経営破綻した赤字会社の経営者として、その莫大な蓄えから、債務を弁済する責任があるのではないかと、当然、社会の批判に晒されている。


先日、彼が 5年前に 約 11億6000万円 で購入した フロリダ の豪邸を、昨年、約 900−9000円 の価格で妻に譲渡していたことが判明した。

彼は現在、損失を被った株主らから、巨額の賠償を求める訴訟を起こされており、妻への “ ただ同然 ” の譲渡は、それに対抗する手段と思われる。

彼は、詐欺や、強盗などの犯罪者ではないが、昨年来の世界的大不況における最大の 「 戦犯 」 であり、法はともあれ、倫理上、許し難い行為だ。

公的資金の投入に関して、アメリカ議会では賛否両論が渦巻いているが、彼らの財産を没収する条件を、付け加えるべきだろう。

刑法上の裁きは免れても、道義的責任、倫理的責任を追求できる手段を持たないと、こうした輩が増え、今後、社会秩序は崩壊の憂き目に遭う。






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2009年01月27日(火) マスコミ は 朝青龍 を 「 何者 」 にしたいのか



「 俺くらい偉大になると、謙虚にふるまうのは難しい 」

                          モハメド・アリ ( プロボクサー )

When you're as great as I am, it's hard to be humble.

                                 Muhammad Ali



こんな台詞を語る時点で、“ 謙虚 ” とは無縁の人物だったことがわかる。

格闘技の世界で王座に君臨する者は、大言壮語も仕事のうちである。


大相撲初場所は、横綱同士の優勝決定戦を制し、3場所連続休場明けの 朝青龍 が、5場所ぶり23回目の優勝を果たし、喜びの賜杯を手にした。

場所前、マスコミの多くは 朝青龍 の復活に懐疑的で、中には 「 引退説 」 まで匂わすようなコメントもあったが、真逆の結果に終わった。

実力はさておき、態度の悪さ、練習の不真面目さなど、彼自身の人間性について揶揄した人々が、優勝した途端に、たちまち豹変する姿は滑稽だ。

たぶん 朝青龍 自身に大きな変化は無かったと思うが、マスコミの論調は、伝統的国技を汚す 「 悪童 」 から、偉大な 「 英雄 」 に一変した。

成果を称えることに異存は無いが、大衆におもねり、世論に流されやすい日本のマスコミを、一連の 朝青龍 報道で、改めて陳腐に感じた。


サッカー や 陸上競技 などと違い、相撲 は 「 スポーツ 」 なのか、あるいは 「 格闘技 」 なのか、「 伝統儀式 」 なのか、人によって見方が分かれる。

スポーツと呼ぶには、競技者が健康的な体格に見えないし、格闘技と呼ぶには、しきたりが多すぎるし、儀式と呼ぶには、大衆的すぎる気がする。

基本的に相撲が嫌いな私としては、「 最強肥満児決定戦 」 ぐらいの感覚でしかないのだが、それは、相撲の面白さを知らないだけかもしれない。

あくまでも想像だが、朝青龍 は相撲を 「 格闘技 」 の一種と捉え、自分は、その頂点に君臨する王者だと認識しているのではないかと思う。

対戦相手を威嚇したり、ふてぶてしい態度で周囲に波風を立てるのも、そう考えると辻褄の合う話に思え、納得できるような気がする。


早くから、朝青龍 の傍若無人ぶりは有名だったが、マスコミが彼を痛烈に批判し始めたのは、一昨年の七月からだったと記憶している。

夏巡業を 「 膝の故障 」 との診断書を提出して休んだが、静養先の故郷、モンゴルで親善サッカーの試合に出場し、ピッチを軽やかに走り回った。

その姿はテレビカメラに収められ、日本のニュース番組、ワイドショーなどで、ご存知の通り、繰り返し何度も放映されたのである。

当然のことながら、「 本業は病欠しておきながら 」 という批判が集中して、相撲協会は 朝青龍 に対し 「 二場所出場停止と謹慎 」 の処分を下した。

その後、マスコミの取材に憮然とした表情で接し、不機嫌さを隠そうともしなかったこと、謝罪会見を開かなかったことで、さらに印象は悪くなった。


状況が一変したのは、精神科医の 本田 医師 なる人物が現れ、朝青龍 は 「 神経衰弱状態にあり、うつ病に移行することもありうる 」 と話してからだ。

それまで 「 横綱としての責任感、自覚が足りない 」 といったコメントを発し続けてきたマスコミが、手の平を返したように、同情的な発言に変わる。

相変わらず批判的な意見もあったはずだが、意図的に 「 可哀想 」 とか、「 病気に負けるな 」 といったコメントを、各局が大量に流し始めた。

これは、朝青龍 のみならず、昨今の 「 精神病患者への批判を許さない 」 という、行き過ぎた世間の風潮に、マスコミが押し切られた所為である。

か弱い少女ならまだしも、土俵上で闘う巨漢の横綱が 「 ちょっぴり叱られたぐらいで “ うつ病 ” なんて変だ 」 と、誰も思ったが、言えなかったのだ。


その後、病気が治ったのか、もともと病気でなかったのか、彼への批判が収束したので回復したのか不明だが、朝青龍 は精神科へ通わなくなった。

復帰はしたが、彼の謹慎中に頭角を現した 白鵬 の勢いに押され、もはや勝てないとみるや、今度は 「 辞めろ 」 と言わんばかりの引退説が流れる。

すべて、明らかにマスコミの情報操作によるものだが、予想外に 朝青龍 が活躍し、連勝したことで、久々に相撲中継の視聴率は跳ね上がった。

二転三転、今度は 「 勝ち馬に乗り遅れるな 」 とばかりに、マスコミ各社は 朝青龍 を声援し、優勝が決まるや、たちまち “ 英雄扱い ” である。

マスコミ と 朝青龍、どちらがどちらを翻弄したのか、その判断は微妙だが、節操の無さでは、マスコミ に 「 軍配 」 が上がるだろう。






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2009年01月21日(水) オバマ大統領 就任演説 「 新しい責任の時代 」



「 私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、

  自らの性格を定義し、精神を満たすものはない 」

    バラク・フセイン・オバマ・ジュニア ( 第44代アメリカ合衆国大統領 )

For us, it defines own character to confront difficult work with every effort, and there is not a thing satisfying mind.

                        Barack Hussein Obama. Jr



1月20日、第44代アメリカ合衆国大統領に、オバマ 氏 が就任した。

就任式には 200万人の聴衆が集い、4万人規模の警備体制が敷かれた。


彼が黒人であることや、大統領にしては若い ( 47歳 ) ことや、なかなかの美男子であることが、人気の要因になっている事実は否めない。

ただ、それでも、就任式に史上最多の 200万人 が詰めかけた背景には、何か “ それ以上の理由 ” があると考えたほうがよさそうだ。

今回の就任式を観て、「 アメリカ人は、まだ、政治に希望を抱いている 」 という、単純だが、素直な民族的長所に、改めて気付かされた。

総理大臣が変わる度、マスコミを筆頭に、ひねくれた皮肉や中傷ばかりを並べ立て、それで頭が良いと勘違いしている日本人より、よほどいい。

新しいリーダーを歓迎し、共に奮起することで、困難に立ち向かおうとする姿勢や、支持政党を超越した結束力、愛国心は、見習うべき点がある。


就任演説には、リンカーン、ケネディ に次ぐ歴史的名演説を期待した人も多かったようだが、大方の予想に反し、具体的、現実的な内容であった。

耳障りの良い美文に終始せず、金融危機に端を発した不況や、イラク戦争の戦後処理など、アメリカが抱える諸問題について、飾らずに語っている。

かつて ケネディ は、「 祖国が自分に何をしてくれるのか問うのではなくて、自分が国に何をできるのかを問え 」 と語り、国民の奮起を促した。

オバマ は、政府の 「 責任 」 と、個々の国民による 「 奉仕 」 の重要性を並列的に挙げ、いづれが欠けても機能せぬ “ 両輪 ” であると述べた。

外交面でも、孤立化していた近年の反省を踏まえ、「 新しい責任の時代 」 にアメリカが入ると宣言し、国際協調の在り方を見直す姿勢を示した。


冒頭の短文は、今回の就任演説からの抜粋だが、全国民が不屈の闘志をもって、フェアに挑戦すれば、自らの尊厳を保ち、他者からも尊敬される。

そんな 「 当たり前 」 だが忘れがちな精神を説いた彼に、全米だけでなく、世界中の多くの人々から、共鳴と賞賛の声が上がっているという。

苦難の壁を大きくしているのは、景気や秩序の悪化よりも、各個人の忍耐、精神力などの欠如が、影響を及ぼしている可能性は高い。

選挙戦の時と違い、支持者を熱狂させる美辞麗句よりも 「 責任と自覚 」 を前面に押し出した彼に、実務者として期待する人も増えたようだ。

就任式の当日も、アメリカでは大手企業の大量解雇が発表されるなどして、前途は相当に厳しいが、「 救世主 」 による今後の手腕に期待したい。






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2009年01月14日(水) 国会議員より、数百倍も無駄な 「 地方議員 」



社長 「 わが社はもう、君を必要としていない 」

秘書 「 どうしてですか? 私、何もしていませんけど 」

社長 「 だから クビ なんだよ 」

                                   英語のジョーク

President : We don't need you anymore.
Secretary : Why? I haven't done anything.
President : That's why you're fired, you know.

                                   English joke



実際に、「 悪事を働かねば解雇されない 」 と思い込んでいる人は多い。

株主、経営者からみると、「 貢献度の低い従業員は不要 」 なのだが。


鹿児島県 阿久根市 の 竹原 信一 市長 が、自身のブログで市議会議員の不人気投票を行ったことが判明し、話題になっている。

1月12日のブログで、「 阿久根市議会で最も辞めてもらいたい議員は? 」 と題し、名簿順に市議会議員 15人 全員の名前を挙げて投票を募った。

この市長は、私と同い年だが、なかなかユニークな人物のようで、過去にもブログで 「 議会は時間の無駄 」 などと書いて、波紋を呼んでいる。

議員を名指しで 「 トンデモ議員 」 などと批判し、昨年12月の市議会では、「 議会を無視している 」 などの理由で不信任案を出される動きもあった。

改革を推進しようとする首長に、地方議会が反撥することは珍しくないが、これほど ストレート に斬り込む タイプ は、前例をみないだろう。


ブログ上で、国会議員に対して批判する人は多く、歳費を使いすぎだとか、贅沢な議員宿舎に住みやがってなど、罵詈雑言の数々が飛び交う。

なかには、ストレス解消が目的の低次元な悪口も含まれるが、批判の根拠として大半の人が挙げるのは 「 税金の無駄遣い 」 という点だ。

日本の国会議員数は、衆議院議員 480人、参議院議員 242人、合わせて 722人だが、1人あたり約 4400万円 の費用が税金から支払われている。

ちなみに、アメリカの国会議員数は、下院 435人、上院 100人の、合わせて 535人で、日本よりも 187人 少ない人数で運営されている。

人口比 ( アメリカ 2億9800万、日本 1億2800万 ) でみると、日本のほうが少なくてよさそうだが、722 × 4400万 = 317億6800万円 が使われている。


それで、「 国会議員を減らそう 」 という運動をされている方も多いのだが、仮に、国会議員を半分に減らしても、約 160億円の節約にしかならない。

話を国政から市政に移すと、たとえば、アメリカに ロサンゼルス という人口 400万人 の都市があるけれど、ここの市会議員数は、たったの 15人 だ。

麻薬や、不法移民や、貧困など、社会問題が山積みし、毎週末の3日間だけで 20人 が殺される ( 東京の20倍 ) 物騒な街である。

それでも、15人 の市議会議員や、市民の努力によって、以前に比べると、最近では殺人件数が2割下がり、荒れた学校も減っているという。

ロスアンゼルス ( 人口 400万 ) と比較した場合、東京 ( 人口 1200万 ) の都議会議員数は、3倍の 45人 もいれば十分なはずだ。


ところが、実際の都議会議員数は 127人 で、しかも、23区 には 区長 と、50人 を超す区議会議員がいて、都全体で 1500人 の地方議員がいる。

彼らの報酬だけで数百億円、選挙や人件費などの経費を入れると、毎年、「 数千億円 」 の費用が、都政という名目によって使われているのだ。

国会議員にも無能な人物はいるだろうが、少なくとも彼らは多忙で、首相や大臣ともなれば、分刻みのスケジュールに追われている。

それに比べ、地方議員は 「 暇 」 で、都議会議員ですら人数が多すぎて暇なのに、区議会議員ができる仕事など、ほとんど皆無に等しい。

私と同様に、皆様の周囲にも地方議員の知人がいる方は多いかと思うが、報酬に見合う仕事をしていると評価できる人は、ほとんどいないだろう。


毎月のように、地方議員による贈収賄やら、不祥事の報道を目にするが、人間というものは、「 暇すぎると不善を行う 」 のが世の常である。

当然、なかには崇高な意志を持ち、立派な人物もいるだろうが、受け持つ仕事の割に人数が多すぎて、地方議員は 「 費用対効果 」 が満たせない。

アメリカの小さな市や、町議会などは、ほとんど無給に近い ボランティア の議員が多く、日本の地方議会の現況は 「 クレージー 」 だと感じている。

なぜ、アメリカは少ない地方議員数で運営できるかというと、市民 1000人 あたりの公務員数が、アメリカは 80人、日本は 40人 以下だからだ。

地方議員がやれる仕事など、公務員でもできるので、地方議員を9割以上減らせば、財源は潤沢化し、公務員も増やせて公共サービスが充実する。


PHP研究所から出版されている雑誌 『 Voice 』 の1月号に、就職戦線から脱落した男が、就職のつもりで都議選に出て当選した記事が載っている。

新人でも報酬は部長級、仕事はゼロで、調査費名目でカラ伝票も切れて、本人いわく 「 いい就職先だった 」 と笑っているらしい。

この手の人々は、国会議員のように 「 巨悪に手を染める 」 ことは少ないだろうが、「 何もしない 」 ことで、究極の無駄遣いを実践している。

阿久根市 の 竹原 信一 市長 も、あるいは、そのあたりの無駄に気付き、本当は 「 地方議員なんて要らない 」 と提言したかったのかもしれない。

我が家の近所に住む町内会長さんは、無償で公園の掃除をしたり、祭りを仕切って慕われているが、地方議員より、よほど地元に貢献している。






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2009年01月12日(月) 平成生まれの新成人へ



「 自分の行き先がわからないと、たぶん別な場所へ行ってしまうだろう 」

              ローレンス・J・ピーター ( アメリカの作家、教育者 )

If you don't know where you are going, you will probably end up somewhere else.

                               Laurence J. Peter



今年は 「 平成生まれ 」 の人たちが、初めて成人式を迎えた。

世界的大不況の只中で前途は厳しいが、希望を捨てずに頑張ってほしい。


20歳代の労働者に、派遣社員など非正規雇用者の割合が増えているが、かならずしも 「 非正規雇用 = 貧乏 」 だとはかぎらない。

平均的な正社員よりも長い時間を働き、質の高い仕事をこなして、正規の雇用者を上回る報酬を得ている人も、けして珍しくはないようだ。

普通、正社員には禁じられている副業も、非正規雇用者は自由に行えるので、休日を返上して短期のアルバイトに精を出す人もいる。

正社員でも十分に通用する能力を持ちながら、あえて非正規雇用を選んだ人たちには、大抵、それなりの 「 理由 」 がある。

たとえば、「 長期の休暇を取って海外旅行がしたい 」 とか、ボランティア、趣味などの活動、あるいは、別の大きな目標を持つ人たちだ。


旧友の中に 「 映画監督になりたい 」 という男がいて、その夢を叶えるために、大学を出ても就職せず、しばらく、著名な監督に師事していた。

その間の生活費は、飲食店などでのアルバイト収入と、ごく稀に与えられる撮影現場での雑用報酬にかぎられ、無い間 「 極貧生活 」 が続いた。

いまは、なんとか食べられる程度の収入を本業で稼いでいるが、テレビの仕事が大半で、本来、彼が目指していた 「 映画制作 」 とは趣が異なる。

同じ大学を出た仲間らが、順調に収入を増やしていく中で、彼は 「 たった一度の人生だから、後悔したくない 」 と語り、夢を支えに生きてきた。

彼のような生き様をみて 「 カッコいい 」 と思うときもあるが、安定した仕事に就きながらでも、夢や、生き甲斐を追うことは、けして不可能ではない。


明確な夢や目標があって、困難に立ち向かう強い意志があるなら、たとえ収入が不安定でも、学卒後、正社員に就かなくてもかまわないと思う。

だが、夢や目標が定まっていないなら、それが見つかるまで待つのでなく、とりあえず、自分の働く 「 居場所 」 を確保したほうがよい。

もし、性に合わなければ、3日で辞めてもよいし、転々と職場を変えてもよいが、生活に困らなくても 「 何もしない 」 のでは、時間の無駄遣いだ。

けして、仕事が人生のすべてではないが、仕事を通じて多くの人と出会い、多くの大事なことを学び、それで得た収入により、多くの夢が叶う。

夢や目標を持たない人こそ、短期の労働力としてではなく、長期的な育成に主眼を置いた正規雇用の道へ、最初の一歩を踏み出すべきだろう。






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2009年01月11日(日) 黒子で我慢できない 「 銀行 の 不遜 」



「 銀行家とは、道は知っているが、車の運転はできない人である 」

                   ケネス・タイナン ( イギリスの映画評論家 )

A banker is a man who knows the way but can't drive the car.

                                  Kenneth Tynan



私が、小学校高学年から中学生の頃、ボードゲーム が大流行した。

その代表格は、『 人生ゲーム 』 と 『 モノポリー 』 だった。


どちらも、原型はアメリカで発案されたものだが、『 人生ゲーム 』 は日本の 「 双六 ( すごろく ) 」 を複雑化させた類で、さほど目新しく感じなかった。

それに比べ 『 モノポリー 』 は、それまでに体験したことのないゲームだったので、一時期は、ずいぶん夢中になって遊んだ記憶がある。

ご存知ない方のために、簡単なルールを説明すると、まずは、ある程度の資金を持ったプレイヤーが、順番に2個のサイコロを振る。

出た目の合計数だけ、自分の駒をボード上で進め、止まったマスの土地、鉄道・電気・水道会社などを手持ちの資金で購入し、資産を増やしていく。

他者が自分の保有資産に止まると、評価額に見合った 「 レンタル料 」 を徴収でき、盤面を一周すると 「 200ドル の給料 」 が入る。


同じ色のマスにある土地を、すべて入手した場合は、まず家屋を4軒まで、次いでホテルを建設でき、その都度、「 レンタル料 」 が高額化する。

ゲームの醍醐味は、タイトルの 『 モノポリー ( Monopoly = 独占 ) 』 が示す通り、土地を買い占めて、賃料を吊り上げるところにある。

税金を取られるマス目や、金融犯罪をイメージしてか 「 刑務所 」 のマス目もあって、意外なところで足止めを喰らったり、一発逆転の機会も多い。

手持ちの現金が不足した場合、購入済みの資産を抵当に入れ、銀行からお金を借りることもできるが、破産した時点で 「 負け 」 となる。

まさに 「 資本主義の縮図 」 ともいえるゲームだが、1935年、大恐慌時代のアメリカで発売されたのが最初だそうで、なかなか、よく考えられている。


このゲームはプレイヤーの他に、お金の計算をする 「 銀行役 」 が必要で、誰かが専任してもよいが、普通はプレイヤーの1人が銀行役を兼任する。

なぜ、専任しないかというと、銀行役の人は 「 競技に参加できない 」 ので醍醐味が味わえないし、お金の出し入れだけでは、面白くないからである。

銀行役を兼任するプレイヤーは、他者よりも手間が多く、面倒ではあるが、概ね 「 計算の得意な人 」 が推挙され、渋々、引き受けることになる。

計算の遅い人に銀行役を任せると、お金の出し入れにモタつき、あるいは不正確だったりするので、時間が長引くうえ、ストレスが溜まりやすい。

このゲームにおける銀行役は、勝敗を争う立場にないので、ただ、計算が得意であれば問題なく、プレイヤーと違って 「 破産する心配 」 もない。


バブル期における日本の銀行も、サブプライムローンで崩壊寸前に陥ったアメリカの銀行も、「 黒子に徹する使命 」 を逸脱したところに問題がある。

彼らは、本来の プレイヤー を押しのけ、借金を元手に資産を膨らませて、積極的にゲームへ参加し、その結果、重大な金融危機を招いた。

お金の勘定だけ得意でも、現実の経済というものは、各分野での卓越した能力や経験が求められ、机に座ったまま、分析できる代物ではない。

特に日本の場合は、製造業の努力で、世界中から 「 最高品質 」 と賞賛される実体経済に、金融機関が傲慢な介入を続け、足を引っ張ってきた。

今回の金融危機で、アメリカ国内では従来の 「 金融覇権主義 」 に対する全否定が始まっており、日本も、銀行の姿勢を見直す時期にきている。






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2009年01月07日(水) 「 冷たい 」 が口癖の人々



「 私の人生を変えられるのは、私だけです。

  誰も、私のために、そんなことはしてくれません 」

                     キャロル・バーネット ( アメリカの女優 )

Only I can change my life. No one can do it for me.

                                   Carol Burnett



関西人の多くが、「 大阪の人は情に厚く、東京の人は冷たい 」 と言う。

大阪にも東京にも住んだ私は、それを 「 根拠の無い先入観 」 だと思う。


おそらくは、歯切れの良い標準語のイントネーションが、粘っこい大阪弁に比べると、どことなく クール な印象が強いせいではないだろうか。

実際は、大阪にも東京にも冷淡な人がいて、それぞれ、人情に厚い人々がいるわけだけれど、思い込みの激しい人は、素直に聴く耳を持たない。

そうやって、地理的な環境の違いで 「 冷たさ 」 を感じる人もいれば、もっと大きな分類で、たとえば 「 最近の若者は冷たい 」 などと言う人もいる。

あるいは、自分への処遇に不満を感じながら、「 うちの会社は冷たい 」 と言い放つサラリーマンや、「 うちの家族は冷たい 」 と愚痴る父親もいる。

失業者が 「 派遣村 」 に集結する姿をテレビで観て、効果的な雇用対策を打ち出せない政府に対し、「 国は冷たい 」 と悲観論を語る御仁もいる。


心理学的にいうと、自分が属している企業や国家を 「 冷たい 」 と評価する人は、口先で非難しながらも、心では依存している率が高い。

自分の勤める会社や、自分の国の政府、自分の家族は、その義務として、困ったときには 「 面倒を見てくれる 」 という前提で、甘えているのだ。

組織に依存するのではなく、貢献することによって、地位や報酬を得ようと努力する人間は、概ね、自分が所属する組織を 「 冷たい 」 とは評さない。

ある意味、自分の会社や国家を 「 冷たい 」 と感じる人ほど、所属意識は強く、親の悪口をぶちまける子供のように、どっぷりと依存している。

ただし、子供なら可愛げもあるが、オジサンの場合は、「 みっともない 」 と周囲に思われていることを、自分から気付いて欲しいものだ。


そもそも、会社や、国家、家族という組織は、形の無い 「 集合体 」 であり、また、その組織に属する個人は、全体を構成する一部でもある。

つまり、自分の会社に問題があると感じているのならば、自分にも責任の一端があるわけで、たかが一従業員といえども、けして他人事ではない。

関係の無い第三者からみれば、「 うちの会社は冷たいよ 」 と愚痴っているオジサンは、「 自分の恥を言いふらしている 」 ようにしか見えないものだ。

時節柄、あちこちの新年会に顔を出しているが、今年は、自分の会社や、家族、あるいは政府に対し、「 冷たい 」 と語る御仁を多くみかける。

自分の人生を自分で切り拓く気概を持たず、周囲に依存するばかりでは、貢献度の低い 「 お荷物 」 となり、冷たい視線を浴びるのも必定である。






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2009年01月05日(月) マイナス思考を殲滅すれば、日本経済は再生する



「 恐れを抱いた心では、大したことなどできません 」

                      ナイチンゲール ( イギリスの看護士 )

How very little can be done under the spirit of fear.

                              Florence Nightingale



悲観的な口癖の多い人は、無意識のうちに、マイナス思考へ陥りやすい。

言葉は、自分の内側から出ると同時に、自分の内面をも規定してしまう。


ご承知の通り、アメリカも日本も不景気であるが、それぞれのマーケットで物が売れない原因、内需の落ち込みについては、大きな違いがある。

簡単に言うと、アメリカ人の多くは所得が下がり、お金が無くて 「 買えない 」 のに対し、日本人の大半は、お金はあるけど 「 買わない 」 のだ。

日本でも失業者は増えているが、職を持つ人の平均所得に大きな変化はなく、さほど物価も上がっていないので、物が買えなくなったわけではない。

つまり、景気が優れないのは 「 財布の紐が固くなっている 」 だけのことであって、購買意欲を喚起させ、内需を創出すれば不況から脱出できる。

世界的な景気減速の中で、輸出が伸びなければ経済が良くならないと錯覚しがちだが、持続的な内需が生まれれば、状況は一変するだろう。


日本の高齢者は、必要以上に多額の貯蓄をしており、国民の総資産のうち75%は、60歳以上の人々によって保有されている。

現役のときに稼いだお金を、老後の消費には充てず、引退してからもなお、せっせと貯蓄に励むのが、平均的日本人の姿だ。

見方によっては 「 余剰資金がある 」 ともいえるのだが、総資産の75%が滞留しているために、なかなか国内で需要を創り出せないのである。

だから、海外への輸出に景気を支えてもらったわけだが、欧州も、中国など新興国もまた、輸出主導の成長を続け、海外からの需要に依存してきた。

その需要を一手に引き受けてきたのが、ほかならぬ 「 アメリカ 」 であって、アメリカが物を買えなくなった途端、世界中が悲鳴をあげているのだ。


膨大な貿易赤字を出した末、サブプライムローンを発端とした金融破綻で、世界中に被害を及ぼしたアメリカを、非難する声は多い。

たしかに彼らの責任は大きいが、自分たちで需要を創れず、アメリカへの輸出に頼ってきた他の国にも、大きな問題があるのではないだろうか。

事実、アメリカが貿易赤字を削減する努力をし、輸入を大幅に減らしていたら、もっと早い段階で、もっと深刻な世界的大不況が訪れていたはずだ。

以前から私が、この日記で 「 アメリカが悪いと語る意見の幼稚さ 」 を指摘してきたのは、ずばり、こういった根拠によるものである。

アメリカの購買力に依存し、支えられ、なんとか成長を続けてきた日本が、相手の財布が空っぽになり、買えなくなると非難するのは理不尽だ。


長期的にみると、どうしても輸出に頼らざるを得ない状況もあるが、今回の不況に耐え、世界的な景気浮揚を待つ間に、打つべき手段はある。

それは、前述した 「 国民資産の75% 」 を占める高齢者のお金を、老人に消費してもらい、国内で需要を創り出す方法で、それ以外にはない。

彼らが欧米の高齢者並みにお金を使えば、何十兆円もの景気浮揚効果が生まれ、たちまちにして国内経済は活性化するはずだ。

そのためには、経済への不安心理を取り除き、老後の医療や、介護などの心配から、彼らを解放することが不可欠となる。

いくら貯蓄があっても、医療、介護、年金などに不安が多すぎるので、日本の高齢者は 「 お金を使わない 」 という問題を、解決しなければならない。


ここまでは、東大教授 伊藤 元重 氏 の論文を参考にさせていただいたが、同じような記事、社説なども、新聞や雑誌で見かけたことがある。

問題は、肝心の 「 具体策 」 なのだが、たとえば老人の医療費について、単純に無料化すればよいとは思わないし、むしろ、上げるべきだと思う。

お金は持っておられるのだから、医療や介護に必要な費用は多く支出してもらい、年金も減らしてもらえばよい。

ただし、何かの事情で支払えなくなった人や、身寄りがなくて困窮する人に対しては、無条件で手厚く保護し、「 いざという時 」 の不安を無くすのだ。

若者と違い、高齢者は 「 損得 」 でなく 「 不安 」 の大小で消費が左右されるため、払えるなら払う、払えないなら無料という基準で構わない。


福祉の施策を充実させる一方で、マスコミ や、ブログ などに多くみられる 「 いたづらに不安を煽る記事 」、「 マイナス思考 」 も規制すべきだろう。

未来を切り開く言葉を語る人は、本当に未来を羽ばたかせ、他人にも良い影響を与えるが、マイナスの言葉ばかりを語る人は、害毒を垂れ流す。

表現の自由に触れるかもしれないが、実態以上に不安を煽ったり、思考をマイナス方向にばかり向ける文章は、けして世の中のためにならない。

再び バブル を起こして、景気を過熱させる必要はないけれども、経済への不安心理、高齢社会への不安心理を抱かせる記事は、削除すべきだ。

高齢者の不安を取り除き、納得されるサービスを生み出せば、かつてない莫大な内需が創出され、日本経済が再生する公算は大きい。






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2009年01月04日(日) 政治が悪い、アメリカが悪い、自分はどうなんだ?



「 私たちが内面で成し遂げることが、外の現実を変えていく 」

                        プルタルコス ( ギリシャの著述家 )

What we achieve inwardly will change outer reality.

                                     Plutarchus



政局は混迷を極め、経済もサブプライムローンの余波で見通しが暗い。

当然、「 政治家が悪い 」、「 アメリカが悪い 」 と愚痴る人が増えている。


ブログ には、一般の人を 「 評論家気分 」 にさせる効力があって、それは、たとえば カラオケ が 愛好家 を 「 歌手気分 」 にさせるのと似ている。

いわゆる 「 バーチャルリアリティ : Virtual Reality 」 の世界で、日本語では仮想現実、人工現実感、疑似体験などと訳される類のものだ。

カラオケ の場合は、唄い終わるとすぐに現実の世界へ引き戻され、たとえどんな曲を唄ったとしても、その後の生き様に反映されるものではない。

ブログ は カラオケ と違って、リズム や メロディ などの制約が少ないため、作者の人柄や個性が色濃く現れ、文字にすることで、本人も再認識する。

この日記も、そろそろ8年目に入るが、書けば書くほど自分の嫌な部分と、納得できる部分が交錯し、そこには 「 現実の自分 」 が垣間見える。


時事問題を書く場合、ある程度、既成記事を引用せざるを得ないのだが、私としては、できるだけ 「 自分の言葉 」 で感想を伝えたいと思っている。

自分の言葉というからには、単なる一般論、常識論ではなく、自分のできること、自分ならこうする、自分はこう思うという意見を、書くことになる。

もしも、「 自分にはできないが、他人はこうするべきだ 」 といった無責任な文章を書き連ねたら、単なる “ アマチュア評論家 ” になってしまう。

実際、本業の一部では 「 それに近い仕事 」 もしているが、お金にならない趣味の日記にまで、そんな作業をするつもりはないし、する必要も無い。

だから、「 政治家が悪い 」、「 アメリカが悪い 」 ばかりで、ご自分の意志としての 「 自分はこうする 」 が見えない ブログ を書く人の気が知れない。


とても大雑把な意見だが、冒頭の名言が示す通り、すべての人々が内面を磨き、外界に働きかければ、どんなことでも実現できるように思う。

評論家気分の アマチュア が プロ を真似て、「 政治家が悪い 」、「 アメリカが悪い 」 と雄叫びを上げても、一体、それが何になるというのか。

そんな暇があったら、現実世界で自分の仕事に充て、一時間でも多く働き、しっかり稼いで納税するほうが、国政にも、景気にも プラス であろう。

自分の仕事に情熱を持てない正社員が、「 企業の派遣切りには反対! 」 などと鼻息を荒くするのも、政府の雇用対策を批判するのも、変な話だ。

自分の内面 ( 頭脳、精神力、胆力など ) を放置しておいて、外の現実が自然に変わることをいくら願っても、実現性は無いと知るべきである。


そこまで偉そうに言ったら 「 お前は成功しているのか 」 と問われそうだが、正直、赤字ではないけれど、ここ数ヶ月は大苦戦している。

これだけ円高が進むと、クライアントの企業も打撃を受けているし、株価の暴落とドル安で、自分の含み資産も、目が当てられない状況だ。

ただし、それを 「 政治 」 や 「 アメリカ 」 のせいにする気などなく、自分の責任と、創意工夫、努力によって、必ずや挽回するつもりでいる。

実は、去年の クリスマス に 「 ある人 」 と重大な約束をしたので、政治家が悪かろうが、アメリカが悪かろうが、頑張らざるを得ないのである。

儲からなくても “ 約束 ” は守る気でいるが、ここは、負けず嫌いな性格を活かして、プレッシャー を バネ に、実り多い一年にしたいと思う。






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2009年01月03日(土) 偽メール事件 の 永田 元議員 が自殺



「 成功者になろうと思うな。 それよりむしろ、価値のある人間を目指せ 」

             アルバート・アインシュタイン ( アメリカの物理学者 )

Try not to become a man of success, but rather try to become a man of value.

                                  Albert Einstein



自分は誰かのために、一体、何ができるのだろうか。

そうした考えの無い人が成功を目指しても、利己的な野心に終わりやすい。


2006年2月、世間を騒がせた 「 偽メール事件 」 で議員辞職した 永田 寿康 元民主党衆院議員 が、北九州市のマンションから飛び降りて自殺した。

当時、彼は衆院予算委員会で、「 ライブドア社長が、自民党幹部の家族への送金を指示した 」 とする電子メールを取り上げたが、後に偽造と判明。

2ヵ月後、責任を取る形で議員辞職したが、残念だったのは、彼のせいで、民主党への抗議が殺到し、前原 誠司 氏 が代表の座を追われたことだ。

私は民主党を支持していないが、唯一、民主党の中で 「 マトモ 」 と思える 前原 氏 が代表を降りたのは、国政全体の損失といって過言でない。

民主党としても、功名心に囚われた無能な議員の “ ガセネタ ” を鵜呑みにした代償は 「高くつく 」 ことを学んだようで、その後は慎重になってきた。


昨年の7月にも 永田 元議員 は、別件の 「 名誉毀損罪 」 で千葉簡裁から罰金30万円の略式命令を受けている。

東大卒で大蔵省に入省した秀才だが、野心家のせいか、虚言癖の数々は功を焦る性格が色濃く現れたものと推察される。

最近は、精神疾患で入院しており、昨年11月中旬にも、療養中の福岡県宗像市の保養施設を抜け出し、手首を切って自殺を図っていたという。

自殺する理由は人それぞれだが、その90%以上は、自殺を図った時点で何らかの精神異常が認められるわけで、周囲も警戒はしていたはずだ。

正月早々、身内を不幸に巻き込むような人間に、もともと国政が務まるわけなどなく、議員を辞めたのも、精神を病んだのも 「 自業自得 」 である。


出世欲を満たすため、事実を捻じ曲げても 「 目立ちたい 」 と考える利己的な御仁は、うつ病など、精神疾患になりやすいタイプでもある。

それに比べて、たとえ地味な作業でも、誠実に 「 誰かの役に立ちたい 」 と考え、価値ある存在でいようとする人は、気持ちにゆとりがあるものだ。

アインシュタイン が冒頭の名言を遺したのは、物理学者として成功を遂げた反面、自らの研究の成果が 「 核開発 」 に繋がった所為かもしれない。

賞賛され、富を得ても、その成功が 「 誰にも有り難がられない 」 ようなものでは虚しいし、ましてや、誰かに迷惑や、危害を及ぼすなら考え物だ。

成功を目指す前に、自分が 「 価値ある人間 」 になれる努力をすることで、自然と成功を手に入れた人こそ、生き甲斐のある人生は訪れるだろう。






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2009年01月02日(金) 2009年 : 変革の時代を生き抜く術



「 賢者も勇者も、歴史という名の線路の上に横たわって、未来という名の

  列車がむざむざ自分を轢いていくのを待つようなことはしない 」

        ドワイト・D・アイゼンハワー ( 第34代アメリカ合衆国大統領 )

Neither a wise man nor a brave man lies down on the tracks history to wait for the train of the future to run over him.

                             Dwight D. Eisenhower



あけましておめでとうございます。

本年も、よろしくお願い申し上げます。


1954年より大統領職を務めた アイゼンハワー は、平和主義者の両親から生まれるも、軍人としての道を選び、ノルマンディ上陸作戦を指揮した。

冒頭の名言からは、やがて “ 強い アメリカ ” を象徴する大統領と呼ばれ、いまなお多くの信奉者を持つに至った理由が窺える。

過去を振り返って、歴史の教訓に学ぶことも必要だが、あくまでもそれは、未来を生き抜くための一助であり、本来の目的を忘れてはならない。

時代は刻々と変化し、昨日の常識が明日も通用するとはかぎらないので、常に既成のスタイルを見直し、新しい環境に適応する能力が求められる。

揺ぎない意志を持ち、頑なに信念を貫く心意気は大切だが、周囲から浮いてしまっては話にならないし、単なる時代遅れとして葬られるのが オチ だ。


かつて日本という国に最大規模の変革が訪れた機会は、「 明治維新 」 と 「 敗戦 ( 太平洋戦争 ) 」 であり、どちらも “ 外圧 ” に屈した結果だ。

昨年末、アメリカの金融危機に端を発した大不況により、国際通貨 「 ドル 」 の威信が失墜したことは、世界秩序に少なからず影響を及ぼすだろう。

パレスチナでは、ガザ地区に攻撃を仕掛けたイスラエルの 「 やりすぎ 」 に非難が集中しているけれど、これも、その所為だとする見方が強い。

過去、「 ならず者の排除 」 を貫いてきた ブッシュ 政権 の中東政策だが、これほど経済に逼迫した中で、軍備を割き干渉できる状況にはない。

次期 オバマ 政権 が 「 外交重視 」 政策をとるであろうという予測よりも、現実問題としてアメリカ国内の不景気が、中東に波紋を投げかけている。


東西冷戦の時代は、旧ソ連による 「 社会主義経済という実験の失敗 」 で終結したが、今度は、資本主義経済の問題点が浮き彫りになってきた。

無駄を排除し、効率化を目指した従来の価値観が疑われ始め、できるだけ多くの人に仕事を分け与える 「 ワークシェアリング 」 が注目されている。

民主党 小沢 代表 も年頭の挨拶で、非正規労働者の大量失職を鑑みて、打開策の一つに 「 新型 ワークシェアリング 」 の実施を構想に掲げた。

熾烈な競争に勝ち抜き、実力に見合った報酬を獲得するという成果主義の効能が薄れ、ある意味、社会主義へ “ 退行 ” する局面も出てきそうだ。

誰もが仕事に就ける社会は理想だが、その反面、持てる能力を最大限に発揮できない人が現れる危惧は、どうしても避けられないだろう。


昨年の末、2008年を表す漢字として 『 変 』 が選ばれたが、未だ具体的な大きな変革は起きず、意識など、精神的な変化に留まっていたように思う。

今年は、ますます深刻化する不況を背景とした労働環境の大きな変化や、西側陣営の衰退に伴う 「 国際秩序の再構築 」 が起こる可能性も高い。

日本人の好むと好まざるとに関わらず、こうした変化は、グローバル化した世界経済の余波を受けたものなので、避けては通れない流れだ。

これからの変化する時代に求められる柔軟な対応力、環境適応能力とは、多様な才能を身に付け、複数の 「 選択肢 」 を武装することである。

会社が破綻しても、日本経済が衰退しても、活躍する場を失わないように、新たな資格や、外国語を習得するなどして、個性を拡げることが望ましい。






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