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■ 大したことじゃないさと君は笑った
いつのことだったか。あれは、まだ利用できるものは何でも掻き集めて、必死に上を目指していたあの頃。
「知ってるよ〜」 意外な言葉に、一瞬耳を疑った。みのりは複雑な理由を口にしない。YesかNoか、明確な答えをくれるからいつでも手間が掛からなくいい。そのみのりが言うのだから、“知ってる”ということは“知ってる”以外の意味を持たない。 「みのり、意味わかってる?」 先刻、あまりに煮詰まってついみのりに言ってしまった言葉を思い返す。みのりは首を縦に振って、飴を口に放った。 「知ってる」 「誰の?」 ライバルの情報は多い方がいい。それも、直接的な弱点よりも相手の事情や都合など、取り巻く諸々について調べるのは欠かせないこと。あちこちに顔を出したり、繋がりを作ったり、相手方に有利な条件を出して都合をつけたり。楽してると人には言われるけれど、卒業までにSランク入りできた功績は己の実力によるものだ。剣の腕を磨く、という方向に行かなかったのは単にそちらの方が得意だっただけ。 みのりにはひたすら強くなってもらうことにした。 「会長と静久」 みのりの口が、他人の名を出すのはめったにないことだ。 「ど、どんな?」 声が上ずる。そこいらの剣待生ではない、いつか狙うべき二人の名前。のほほんと、みのりは飴を舐めている。 「ん〜」 あてにしてなかったところから、一撃必殺の爆弾が発掘できるかも知れない。書くものを用意する。ペンを握る手に力が入る。放課後の教室には他に誰もいない。 「チューしてた、生徒会室で」 誰もいなくて本当によかった。プチッ、と音を立てて折れた芯が行方不明になった。常に斜め後ろに控えている静久が、珍しくひつぎの正面に立って、二つの頭が重なる姿。 夕景に颯爽と浮かぶ情景。頭の中で、それはあまりにも美化されて映った。 「……見間違いじゃないの?」 真偽はともかく、似合ってるなんて言ってやらない。死んでも。 「あたし視力いーんだけどなー」 2.5だかんなー、とみのりがぼやいた。 「確認しようがないわ……」 よってボツ、と。事務的に取ったメモに×をつけた。
今でも、あれが本当だったか嘘だったか、確認できていない。 あの頃よりもっと、知ることのできないところへ離れてしまった。正直に言うと、興味もあまりない。奇跡的に、みのりがあの時のことを覚えていて、逆に驚いてしまった。 「お菓子の話でもないのに」 「考えたんだけどさ〜」 みのりは体を乗り出して、唇を舐める。 口づけなんて格好良いものではなく、舐めるというのがふさわしい。格好良くなくても、想像の中の美しい二人と比べて滑稽でも、今はもう悔しくない。 「あたしらも一緒だな〜」 それが弱みとして誰かに握られて、追い落とされる? 少し難しい顔をしたみのりの頬を掴んで、唇を寄せた。 「もういいのよ。そういうことは」 そうだ、もうどうでもいい。 もし、彼女たちが同じ穴の狢なのだとしたら……次は天地を手にすることができる。甘い匂いに満ちた部屋の中で、全ての計算はすでに狂ってしまっているのだから。
2007年12月15日(土)
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