池ポエム
ハンス



 bande a part

 二人部屋でも、一人の時は一人。こんな時に限って、無愛想なルームメイトはいない。いたって優しく甘えさせてはくれないけど、一人でいるよりはうんとマシ。一人でいるのが辛い時、綾那がいてよかったな、と思う。入学して、二人部屋になって、無愛想だけど結構いい奴な綾那がいて。
 誰かがいるっていいことだ。今までは夕歩だけだったから。夕歩は、何かあって甘えたい顔してることをすぐに見抜いてしまう。そんなわかりやすいつもりはないのに。
 「綾那〜、どこ行ってんのよ」
 普段は誘われたってめったに重い腰を上げないってのに。愛用のゲーム機が丁寧にしまわれているから、こりゃ当分戻ってこない。思えば、綾那は入寮して間もなくこれを持ち込んだ。どこで買ったのか、もらったのか。それから、部屋に一人でいる時は遊ぶようになった。半年ぐらい経った頃、妙に座った目でつぶやいたのが忘れられない。
 「ゲームの人の顔は怖くない」
 それがどういう意味なのか、いまだによくわからないけど。
 コツコツ、とドアが鳴った。
 「はいよー、開いてますよー」
 綾那ではないな、と思った。とくれば、残るは夕歩か綾那の刃友であるところのゆかりな訳だが、ここはノックの仕方ですぐわかる。
 「綾那なら今留守よん」
 親切なご申告を聞いて、ゆかりは部屋の中を見渡す。目の前にいる順を見て、眉をしかめた。緩くウェーブのかかった前髪をかき上げて、口を開く。
 「何て顔してるの、順」
 「へ?」
 壁を背にして座り込んでいる順を、立ったまま見下ろす。
 「染谷ったら失礼ねー、こんな美少女捕まえて顔がヘンだなんて」
 「貴方の無根拠な自信はともかく、泣いてたら台無しよ」
 「泣いて?」
 慌てて手で目尻を拭う。濡れてなどいない。
 「もーう、染谷も人が悪いなぁ」
 最高の作り笑顔。誤魔化すことには慣れているはず。綾那は知ってても、声の掛け方がわからならいから距離感がちょうどいい。夕歩は全部わかってくれてるから、ちょうどいい距離まで突き放してくれる。
 彼女は綾那の刃友で、信頼できる人間だし、順にしては珍しいぐらい心を許している。
 それは間違いない。
 「下手な笑顔ね」
 「!」
 目の前に、意志の強い真っ直ぐな瞳があった。
 「……なんなら、慰めてくれる?」
 眼差しはいつも真っ直ぐに目の前のものを見据えて、強く惹きつける。その代わり、生半可な甘い寛容などありはしない。強いところ、潔いところ。弾かれても弾かれても、彼女に近づきたくなる。
 「お断りよ」
 貴方に言われると妙な寒気がするから、と心を抉るセリフが追加される。今の、かなりぐっと来た。立ち直るのに力が入りそう。
 「そういうのは、私じゃなくて夕歩に頼みなさいよ」
 「いや〜、ほらあたしって繊細だからさ〜。夕歩にも染谷にも、もちろん綾那にも癒してもらいたいって言うか〜、もう三人まとめて上から下から慰めまくっちゃってーって感じのを希望しま……」
 「順」
 最愛の刃友の声がして、反射的な口がしまる。我ながらパブロフの犬より染み付いている。体が固くなり、来るべき一撃に備える。
 「夕歩も大変ね」
 「ま、慣れてますから」
 さりげなく肩をすくめてゆかりが部屋を出て行く。席を外してくれるのはうれしいけど、気が利いてるというより修羅場を見たくないって感じだ。
 「ま、待って待って!もちろん夕歩が第一希望だってば!!」
 しかめっ面もいいとこの、ぶすっとした夕歩がゆっくり近づいてきて。ギュッとつねられた。
 「いっ、いたいいたい!!」
 「もう……順はろくなこと言わないんだから」


 「何?何かあったの、ゆかり」
 バカが一人折檻されているのをこれ以上見ている趣味はなかったので、早々に退散することにした。その判断は正しかったようで、中からはうめき声が聞こえてくる。
 綾那にバカがうつったら大変だ。やんわりとドアを開ける手を押し留める。
 「なんでもないのよ。さ、避難しましょ」
 「?」

2007年11月24日(土)



 夜の鳥、枝を打つ

 闇に紛れるには、まぶしすぎる。夜の黒の中に異物が混じった。窓の外をふと見て、視界にその色が映る。鼓動を抑えつける。心臓に悪い色は月明かりに似ていて、いやな条件反射が染み込んでしまったのを思い知る。
 「バカか、あいつは」
 窓を叩きもしない。やっと昇ってきたはずなのに、入れてくれと懇願もしないで木の枝に潜んでいる。でかいコウモリだ。少々、派手な。
 「風邪ひくぞ」
 声は聞こえないが口パクで、できるだけはっきりと伝えた。ギョロリと、コウモリの目だけが不自然に輝いて見えた。貪欲な光が、窓の向こうに鎮座していた。
 入れてくれって言えよ。頼めよ。そうしたらすぐに開けてやる。
 理事で学園長で生徒会長。建物も、生徒だって、全て自分のものなんだろう?夜にこそこそと寮に不法侵入するなんてどうかしている。自分の学校にこっそり潜り込む理由がどこにあるのか。誰の目から逃れようとしているのか。
 (だからこそ、だけどな)
 手を出せばすぐにあらゆる方面に知れてしまう。上に立つ者に自由な行動などないに等しい。天真爛漫に振る舞っているようで、あれほど不自由な身分もない。
 上から眺めるばかりなのは、どれほど歯痒いことだろう。下から見上げる立場だから、想像もつかない。下から見上げる歯痒さを知らない彼女は、上から眺めるばかりで手を差し出せないから、こんな風に世間の目を逃れてやって来る。
 迷惑だ、と最初は言った。態度にも示した。自分たちは、こんなところで逢引していい間柄ではない。隣の部屋には紗枝がいる。輝ける星が、一向に上がって来ない一剣待生を特別に思うのは、罪。
 まだ窓の外には、コウモリがいる。そろそろガラスを破られそうだ。壊しておきながら、きっとあいつは素知らぬ顔して帰る。翌朝、呼び出しを受けるのは面倒なので、そろそろ折れてやるか。どうして尋ねて来る方が偉そうなのか、心底わからない。彼女が生まれつき王者だから、と言う理由で無理矢理納得しておく。
 「バカか、アンタは」
 白い息がわっと外へ溢れた。
 「風邪ひくぞ」
 かさかさと木の葉が風に揺れる。寒い。すぐさまこのコウモリを部屋に引っ張り込んで、窓を閉めなければ。
 「心配してくれるのね」
 「アンタに風邪ひかれたら、あたしが色んなヤツから怒られるんだよ」
 過保護もいいとこの、ハチマキ娘とかに。
 「責任取って」
 腕を掴んでコウモリを捕獲した。冷えて髪が冷たい。足を滑らせるようなマヌケはしないだろうが、鈍重に体を寄せられて少し焦る。
 「バッ、こんなとこでふざけんな!落ちるだろーが」
 「神門さんは手を離さないわ」
 「そうだとしても、人目があんだろーが。さっさと中入れ!!」
 暗闇にすっと、赤い頬のひつぎの顔が浮かんで、次の瞬間とても重いものに飛びつかれて後ろ向きに引っくり返っていた。
 頭を強く打った。
 「痛い……重い……」
 背丈も体重も、どれだけそっちの方が重いと思ってるんだ。しかも、その左足。
 本人はお構いなしで、人の上に乗ってふんぞり返っている。
 「もう来んな。二度と来んな」
 「いやよ」
 偉そうに、王様の一言を言い放つと身をかがめて、何かを探り出す。抵抗しても、王様には逆らえない。指先は冷たくて、正直触ってほしくなかった。やがて、したいことが見つかったのか両頬を手で掴まれる。どこもかしこも冷えているのに、ひつぎの唇は熱い。熱が移ったのか顔が熱くなる。何も言えなくなる。息を吐いたら、白くはないけど燃えるように熱かった。
 「何がしたいんだ……アンタ」
 夜中に尋ねてくるのは、いつか落とすはずの星。
 「わたくしのこと、忘れて欲しくないだけよ」
 星の方が人を求めるなんて話、聞いたことあるか。
 「アンタはあたしの理由だ。忘れるかよ」
 最高の褒め言葉を言ったつもりなのに、見上げた彼女はなぜか泣きそうな顔をしていた。

2007年11月23日(金)



 朝の体温

 ケガうんぬんはさて置いても、冬はとにかく眠い。
 朝方、まだ温かさの中に沈んでいたい気持ちを必死に抑えて、体を起こす。冬休みでもケガ人でも、いつまでもだらだら寝ていると体も心も鈍ってしまう。来るべき決戦が延期されたからと言って、ここで気を抜いてはいけない。
 そう、いけないのだ。
 「……あと5分」
 授業がないことを軽く恨んだのは初めてだ。無理矢理起きるには、やはり理由があった方がいい。でないと人間、どうしてもだらける。ここのところ、紗枝が頻繁に部屋に来ては世話を焼いてくれるので、少し気持ちが弱くなっていた。
 再び頭まで潜って、一気に跳ねあがるような勢いでベッドから出よう。決意して布団に潜ると、何か糸のようなものが手に触れた。
 「あ?」
 こんなところに本来あるべきでない、細めの、揖保の糸的な何かがある。布団の中に。始めは布団の繊維でも抜けたかと思った。が、それにしては長くてたくさんあるのだ。妖怪が潜っている。咄嗟に掴んで引っ張ったそれは予想以上に長く、予想通りの色をしていた。
 緑だ。艶やかな深緑。ぐっと握って力をこめて引っ張ると、本体の方から抗議の声が上がった。
 「いたーい」
 「紗枝……そこで何してる?」
 中に潜んでいた変質者は悪びれるでもなく、もそもそと顔だけ出す。
 「玲を起こしにきたのよ、当初の予定では」
 「ほー。で、どうして予定は変更になったんだ?」
 「そうねぇ。寒いから?」
 「そんだけの理由で人の布団に入ってくんじゃねぇ!」
 出ろ出ろ、と追い立てても一向に紗枝は起きる気配がない。本格的に休止モードに入ってたせいか、スイッチが入るまで時間がかかる。小さくあくびをすると、紗枝はまた電源をオフにすることに決めたようだ。まぶたがゆっくりと閉じて、玲の方に身を寄せた。
 「ったく……」
 温かさの元は自身の体温だけでなく、紗枝のせいでもある。そう思うと、少しは感謝した方がいいのかも知れない。寝ているのをいいことに、髪を撫でる。起きていたら色々言われて、とても大人しく撫でさせてはくれないだろうから。
 それに、恥ずかしいし。
 「ケガ人と一緒に寝たがるヤツがいるかよ」
 文句の一つも言いたくなるが、紗枝は眠り続ける。

 翌日。部屋に来た紅愛に緑の髪がベッドに落ちていることを指摘されて、死ぬほど焦った。紅愛もそうだが、紗枝も髪を落とすとたちどころに居場所が知れてしまう。
 今後は、紗枝が寝て帰った日は念入りにチェックしよう。

2007年11月17日(土)



 崇拝と友情

 大量の写真を整頓しながら、ふと手を止める。様々な表情のあの人。いずれも全て隠し撮りだ。冷静に考えればどうかと思うが、今更そのことについてあれこれ考えるのはやめておこう。考えたって、どうしようもない。変えられないところまで来ている。自分と……刃友である彼女は。
 写真整理は進んで申し出たものだから苦ではなかった。妙な策を画策したり、メンバーの前に立って演説するのは得意な彼女だけど、こういう細かい仕事はどうも向いていない。愛好、というかほとんど崇拝に近い対象が写っているのに、うっかり写真を紛失することが度々あった。以来、一身の信頼を受けて自分が引き受けている。
 今頃、どこで何しているだろう。彼女が、崇拝とは別に格別慕っている従姉妹のところだろうか。
 「あの人……」
 幼い頃から慕っている年上の従姉妹である、あの氷室という先輩。吉川が話しているところを遠くから見たことしかないが、玲様とは全然似ていない。玲様のことでは意気投合したが、吉川の好みが全て自分にも共通しているとは思えない。
 一枚の写真に目を落とす。トレーニングを終えた玲様が、タオルで顔を拭きながら歩いている。見ていると嬉しくなる。心が弾む。吉川と多分、玲様を見る時は同じ気持ちだ。二人、同じものを同じ気持ちで見ている。だから刃友になった。
 盗撮やら粛清やら、妙な団結力が生まれてしまって逃れようがない。吉川の隣にいられるなら、それでもいいと思う。ただ。
 写真の中で眩しいくらいの笑顔を見せる、玲様。この笑顔が、自分のものだったら――。
 「私が、玲様だったら……」
 焦がれるほどの二つの瞳を、こちらに向けられたら。浮かんだ不埒な考えを、二三度首を振って打ち消した。そんな大それたこと、考えてはいけない。
 「朋ちゃん? 何してるの」
 首の体操?と言いながら、吉川がドアから顔を覗かせた。
 「あ、うん。ちょっと肩が凝って」
 「あ、そっか。ご苦労様」
 ここはAチームのメンバーだけが知っている秘密の会議室。普段は人影のまったくない、使われていない教室だ。こんな風に気軽に足を踏み入れる人間は限られている。チームの会合の時は少し気負った雰囲気がある吉川なのに、今は肩の力が抜けているように見えた。
 呼び名も、下の名で呼んだし。最近は、二人きりの時以外ではめったに呼ばれなくなった。
 「うわ、ほんとだ。堅いね」
 「き、ききき吉川!?」
 不器用な手つきで、首筋を押される。ギュッと、剣待生にしては細くて頼りない指が、無理矢理肩に立ち向かおうとしている。気持ちいいというより、くすぐったい。高1にしては肩が凝ってる方だけど、吉川の揉み方では、どうにも効きそうにない。
 「あー、その。そ、そっちはどうだった?」
 最近、妙に玲様と親しくしているという中1の生徒がいる。目下、その対策に吉川は張り切っている。
 「うん、やっぱり、アレね」
 「そうか……アレか」
 全然よくない吉川のマッサージを受けながら、ため息を飲み込む。
 「司」
 「ん?」
 何をしても、何が起こっても、絶対側を離れることはないんだろう。
 「あんまり無理するなよ」
 「うん。大丈夫」
 傷つく時は、一緒だ。

2007年11月10日(土)
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