池ポエム
ハンス



 いたずらとおかしとかぼちゃとかぼちゃ

 今日はかぼちゃの日。たくさんのお菓子を抱えたみのりとすれ違ったのを見て、そういえばそうかと気づく。玲も私もお菓子をそれほど食べないけれど、今日ぐらいはいいかもしれない。本を返すついでに、お茶でも誘ってみよう。
 隣の部屋では玲はまたスクワットでもしてるのだろうか。季節感とか行事ごとにまるでおかまいなしだから、今日が何の日か絶対わかってない。
 「玲ー」
 「おう」
 予想に反して、玲はスクワットも三点倒立もしていなかった。いつもは場所取って仕方がないサンドバッグも、どこかに片付けてある。これならお茶をいれるのにちょうどいい。持ってきたお菓子を皿に移そうと、キッチンに足を向けた。その時。
 「Trick or Treat?」
 背中から、今日ぐらいしか耳にしないお決まりのセリフが。
 「え?」
 持っていたお菓子の箱が手から落ちる。玲の声が、今度はすぐ側から聞こえた。
 「どっちなんだよ?」
 「何よ急に……」
 仮装もしていないのに、玲はなぜかハロウィンモード。真顔で後ろに立たれて、妙な迫力を感じる。どうしたんだろう、今日の玲は。
 「お菓子なら持ってるけど……玲、そんなにお菓子好きだったっけ?」
 みのりがうつってしまったのだろうか。実は紅愛から貰った余り物のクッキーの箱を、玲に差し出した。差し出されたクッキーの箱を一瞥すると、玲はそれを手で押し返す。いらないらしい。
 訳がわからなくてクッキーを引っ込めると同時に、突然抱き寄せられる。
 「あ、玲!?」
 首筋に歯を突き立てる直前の吸血鬼、もしくは獲物を前にした狼男? 普段は絶対他人には向けない力強さで、玲は私を抱きしめた。あぁ、血でも吸われるのかな。それもちょっといいかな。耳元で、静かに低く玲が囁く。
 「Treatってのは……もてなすって意味なんだぜ」
 もてなし方も相手に応じて、って訳ね。でも玲、それってどっちを選んでも結末は一緒じゃない?


 「……ていう筋書きはどう?」
 「どうもこうもねぇ!!」
 ただ普通にお菓子を食べたり仮装をしても何だから、とっても楽しいハロウィンの楽しみ方を提案してみたのに、玲に一蹴されてしまった。
 「てか、お前の頭ん中はどーなってんだ!?」
 「発想力が豊かな年頃なのよ」
 紅愛がみのりのために買い込みすぎて、少し余ってしまったクッキーをぼりぼり食べながら、玲はさりげなく距離を取ってくる。いきなり襲い掛かったりしないのに、失礼な話だ。
 「で、どう?」
 「ぜってーやらねぇ」
 きっぱりと拒絶の意志。
 「もてなしでもなんでもねーじゃねぇか。クッキーの方が100倍マシだ」
 うわ。お菓子に負けてしまった。
 「えー。地味にひどいこと言うわねー」
 「お前の脳内劇場の方がよっぽどタチわりーっての」
 寮内では仮装した生徒が大騒ぎしてるのか、どこかで歌声がした。今頃みのりは食べきれないほどのお菓子に埋もれてこの世の春を満喫してるだろう。でもきっと、お菓子だけじゃないんだろうな、紅愛があげるのは。
 「紗枝」
 どこから持ってきたのか、玲が手の平サイズのかぼちゃを差し出す。
 「その辺飾っとくか」
 季節感も行事ごとにも疎い玲にしては珍しい。それはニコニコとみのりみたいな笑顔のかぼちゃだった。

2007年10月31日(水)



 終わりの日は始まりの日

 テレビには、電飾で彩られた羽根を広げて、せりあがっていく歌手が映し出されている。個室内のキッチンからは湯気が昇り、中から醤油のいい香りがした。
 テレビも匂いも年末ならでは。玲は体をかばいながら、ベッドから起き上がる。だいぶ痛みが和らいできたが、骨が完全にくっつくまで油断はできない。くだらない理由で(主に原因はクソチビ)確実に悪化したこともあったが、この調子なら年明けには外出できそうだ。
 いつまでもじっとしている訳にはいかない。焦る気持ちとは裏腹に、冬休み中の寮内はひどくのんびりした空気。一人イライラしているのもバカらしくなる。
 部屋に篭もる玲を心配してか、ケガしてからというもの、紗枝がほぼ毎日部屋に来る。包帯を替えたり、お茶を入れてくれたり。仕舞には玲の部屋に歯ブラシやタオルまで置きだして、誰の部屋だかわからなくなってしまった。
 (ま……いいか)
 ありがたいことには代わりないのだから。
 方向が少しずつずれてきているような気はするが、玲には修正する気力はない。
 「もうそろそろ終わり?」
 片手に菜箸を持った紗枝が、キッチンから顔を覗かせた。
 「あぁ、そうなんじゃねーか?」
 「曖昧ねぇ。ずっと見てたんじゃないの?」
 「なんとなくぼーっと見るもんだろ、こういうのは」
 一年の最後の、恒例のお祭り騒ぎ。最初から最後までじーっと真剣に見つめるようなものではない、と玲は思う。今年一年流行ったものの集大成が、数時間の間に集約されていた。
 (色々あった……のか?)
 長かったような、短かったような。過ぎてしまえば思い出せなくなるような瑣末なことで、この一年は満たされていた。
 「できたわよ」
 どんぶりを二人分持って紗枝が隣に座った。薄緑色のエプロンなんかつけている。
 「どうしたの?早く食べないと伸びちゃうわよ」
 「あぁ」
 隣り合わせでそばを啜るのが今年の最後だなんて、思いもしなかったな。
 「紗枝」
 最後は白組が勝ったらしい。いよいよ今年も終わる。
 「何?」
 来年は、きっといい年だ。一年後は、もう紗枝と並んでそばを食べられないとしても。
 「……いや。美味いよ、これ」
 「あら、ありがと」
 番組は切り替わって、全国各地のお寺の様子が映し出されていた。

2007年10月14日(日)
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