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■ 押しても引いても
ケーキが全部で7つあった。そして今、ここにいる人間は6人。 準備万端で皿に受けに分けられたケーキと、ちょうど飲み頃の紅茶を前に、その6人は全員待ての体勢に入っていた。今手をつけなきゃいつ食べるんだ!!ぐらいの、絶好の食べ時なのは、ここでケーキを囲んで輪になっている全員がわかっている。わかっているけど……。 ぐー、とお腹を鳴らしてみのりが机に突っ伏した。 「……食いてー」 お菓子のお預けがこの中で最も堪えるであろう人物。先ほどから、隙あらばケーキを食べてしまおうと鋭く狙っていたのだが。その“隙”が欠片も感じられず、ついに音を上げた。 「我慢よ、みのり。今、本気でぶつかっても勝てないから、多分」 紅愛が、ケーキの番人に聞かれないように、潰れたみのりの耳元でこそっと囁く。みすみす番人と戦って刃友が散っていくところを見たくない。みのりが理性を失ってケーキに飛びつかないように、紅愛はさりげなく制服の襟を掴んだ。 番人が、ちらっと紅愛の方を見た。 「月島さん、食べたらダメですよ」 「う〜……静久のケチ」 ケーキの番人こと、鬼神・宮本静久。天地で最も速く、最も負けず嫌いで、最も刃友思いの彼女。その情熱が、食べごろのケーキに手をつけることを堅く禁じているのだ。生徒会に所属する、いずれもそれなりの腕の持ち主である4人も、静久の迫力に驚いて(もしくは引いて)、誰もケーキを食べようとは言い出せずにいた。 「なぁ、宮本。いいじゃねーか、何もあいつの分まで食べちまおうってんじゃねーんだから」 みのり程ではないが、待たされるのはあまり好きじゃない玲が不機嫌そうに言う。待っているのが、玲が何かと突っかかりがちなあの人であることも、余計気に食わないらしい。 「ダメです! ちゃんと全員揃ったところで食べないと」 「どっちみち食うことには変わりねーんだろ? 何でわざわざあの大将待ってなきゃなんねー……」 「いいんですか?」 突然、静久の声のトーンが変わった。 何か黒いオーラを背後から出して、どんよりした目つきで静久がゆっくりと振り返る。いざ食べようというまさにその時、急な電話が入って出て行ってしまったひつぎ。そのひつぎを待って、決してケーキに手をつけてはいけないと、突然静久が立ち上がったのだ。 「会長がいない間に、先に皆さんで食べてしまうなんて……そんな恐ろしいこと、私にはできませんし、お薦めもしません」 「?」 遠い目をして、何かを思い出している静久の表情は、疲れを通り越して諦めが混じっていた。若いのに大変なことだ。 「たとえ後から会長に全く同じ物を用意したとしても、それではもう遅いんです」 静久が熱弁を奮っている間に、わずかに“隙”が生じていた。それを逃すような白装束ではない。熱くなった静久は一瞬反応が遅れ……みのりの人差し指は見事ケーキに突き刺さってしまった。
その日の夜。天地邸にて。 廊下の先を行くひつぎの後を、静久はしつこく追い回していた。ここで諦めたら、余計尾を引いて厄介なことになる。経験上、よくわかっている。フォローは時機を逃してはいけない。 「ひつぎさん! 待ってください」 パタパタと駆ける音。ひつぎは呼びかけに全く応じず、ずんずん先へ進む。 「もう……いつまでスネてるんですか。子供みたいに」 “子供みたいに”の部分にひつぎの耳が反応する。ピタッと歩みが止まった。喜怒哀楽のどれも表現していない、不思議な無表情のひつぎが振り返る。考えが顔に出やすい人なのに、本当に思うところがある時は妙に掴みづらい表情をする。 非常に聡明でスマートな容姿であり、学園の代表という大人としての立場も持ちながらこの人は。 ケーキを食べる人の輪に加われなかったことをスネていた。もう半端なく、本気で。しかも昼間の出来事なのに、夜になった現在も機嫌は一向に直らない。 「皆さん、別に悪気があったわけじゃないんですよ」 「……」 返事がない。悪気のあるなしの問題じゃないと言いたいらしい。 みのりが指についたクリームを舐めて満足げに「ぬはー」と言った瞬間、一番来てはならない人物が、来てはならないタイミングで部屋に戻ってきてしまった。あれからずっと。そう、ずっと。静久にしかわからないような、微妙な機嫌の損ね方をしっぱなし。基本子供なこの人の、子供な部分を誰よりも察してしまえる静久は、毎度解決するのに手を焼いている。 (だから、食べないでくださいって言ったのに……) 食欲魔人みのりを前には、どれだけ強烈な制止も意味をなさない。まだまだ修行が足りないと思う。 「今度、また皆さんでお茶をしましょう」 無難な提案をしてみる。 「それだけでは足りないわ」 やっと返答があった。静久の表情を窺うように、蒼い瞳がこちらをじっと見つめる。意図が分からなくて、静久はぽかんとした。 「では何を……」 「静久がわたくしのことをいやという程構ってくれないと、機嫌が直りそうもないわね」 少しだけ口元が笑っている。静久も、合わせて微笑む。 「もう……」 誰よりも大人にならざるをえなかった貴女。誰よりも子供な貴女。 「私はもう8年前から、ずっと貴女を他の誰よりも構ってきたつもりですよ?」 「わたくしが欲張りなのを、静久はよく知ってるでしょう?」 差し出された手を取って、その夜はいやという程、本当にいやという程、構って構って構い倒すはめになった。ケーキを食べてしまった4人を恨みつつ、感謝しながら。
2007年04月21日(土)
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