池ポエム
ハンス



 30minutes night fight

 廊下の真ん中で、相方に声をかけているみのりを発見した。F組からわざわざここまで来て、何やら紅愛を捕まえている。非力な紅愛にしては珍しく、掴まれた腕を振り払っていた。
 「……」
 気まずいところを目撃をしてしまったようだ。
 そのまま背を向けて、後ろから見てもわかるほど怒りを露にしながら立ち去っていく。後に残されて、しょぼーんとした寂しげな背中。関係ないとは思う。思うけど、見てしまったものはしょうがない。
 腹を括って、呆然と立ち尽くすみのりの肩を叩いた。
 「どうした?あいつ」
 「あ……玲」
 細い目からも、悲しみが伝わってくる。眉をハの字にしたみのりが、ゆっくり顔を上げた。
 「珍しいじゃねーか。お前らがケンカするなんて」
 廊下の雑踏に紛れて、うーんとみのりが唸った。宙を見ながら、何かを思い出すように呟く。
 「まだ怒ってんだなー」
 「何だよ。お前が何かしたのか?」
 言うことははっきり言うタチの紅愛。何か気に障ったら怒るし、冷めるのも早い。喜怒哀楽が激しいところはみのりとは正反対。紅愛が怒っているのを、漠然と把握するしかない気の長いみのりという図がここに出来上がっていた。
 「あたしが上に乗っかって寝たの、まだ怒ってんだ」
 「……待て。それはどういう状況なんだ?」
 廊下の雑踏がありがたかった。何かとんでもないことを突如告げられた玲は、精一杯努力して冷静になってリピートアフターミーを強制した。

 時を同じくして、廊下の反対側。
 どこからどう見ても、“今、ご立腹です”といった様子の紅愛がこちらに真っ直ぐ突き進んでくる。避けても隠れてもよかったが、何もしていないのに気を遣う義理もないか、と一瞬の迷いのうちに紅愛と突き当たってしまった。よほど前が見えていなかったのか、キャアと可愛い声が上がった。
 「紗枝? ごめん、全然気がつかなくって」
 「いいけど……何かあったの? すごい怒りのオーラが出てるわ」
 ここまで怒っていることを隠しもしないのは、ある意味うらやましい。怒った時に怒った顔って、どうやればいいのかもう忘れてしまった身としては。
 直球の怒りがまだ抑えきれないのか、紅愛ははっきりと大きな声で言った。
 「みのりが私の上に乗って寝るのよ」
 「……そう」
 今、動揺を表に出さないでいられたか、自信がない。
 周囲はざわざわと騒がしく、先ほどの問題発言を耳にした人はいないようだ。自分の耳の調子が良くないのかな、と紗枝は再度問うた。
 「夜はあれほど私が上だって言ってるのに」
 紗枝の問いには答えず、余計に違う想像が膨らむ言葉が続く。
 いや、違う。多分そういうことじゃないのはないのはなんとなくわかるけど。聞いているこっちが恥ずかしくなってきたので、紗枝はそれ以上の真実を紅愛に求めるのを断念した。

 廊下で物別れした二人と、廊下で物別れした二人と別れた二人は、放課後顔を合わせていた。
 夕焼けのせいか、玲がアンニュイに見える。
 「それはこっちのセリフだ。紗枝も疲れた顔してるぞ」
 「そう?」
 どうやら昼間の衝撃がまだ響いているらしい。あれから何かにつけて、発言内容が頭を掠めて困った。集中できないこと甚だしい。迷惑料を貰いたいぐらいだ。
 「まさか、紅愛たちが……」
 「ねぇ、みのりが……」
 二人同時に、深いため息と共に。
 友人たちの関係の段階について、しみじみと二人は語り合ったのだった。


 「紅愛〜」
 「……」
 「あたし今度は気をつけっからさー」
 「……」
 「なーなー」
 「……いいわよ」
 「!」
 「仕方ないわね。いい?上に乗ったらダメだからね。昨日は重くて息が止まりそうだったんだから」
 「うん!りょーかい」
 「どうして下に抱きしめて寝たのに、振りほどいて上に移動できるのかしら」


◆ただ今、ヤフームージックで坂本真綾特集やってます

2007年03月28日(水)



 アイ・ワナ・ジャイブ・ウィズ・ユー

 「共闘……ですか?」
 まさに字のごとく、共に闘うこと。言われなくても、今更。ここでの闘いは、それだけでなくとも静久にとって闘うとは、ある人と共にすることである。ある人がいなければ、静久の前に闘いの場が訪れる機会は減るだろうし、自ら闘いに赴こうとは思わない。
 意味のない闘争を好むほど、闘うことそのものを好いている訳ではない。
 突然問われて答えるうちにそのことに気づく。剣を磨くのも、全てある人の力になる為。それが始まり。今は目的そのものにすり替わりつつあるけど。
 難しい顔をし始めた静久のハチマキを、問いかけた主が引っ張った。考え事に夢中になっていたのに、急に頭がガクンとつんのめる。
 「な、何するんですか」
 「ごちゃごちゃ言ってないで、それ持ってきなさい」
 帯刀の背よりも高い戸棚。前に立って、色んな角度から手を伸ばすことを試みて、やっと諦めたらしい。静久の側にあった定規を指す。帯刀に届かないのなら、もちろん静久には届かないだろう。残念なことに、運動能力には自信があっても背丈は三人のうちで一番小さいのだから。
 定規はふちが少し欠けていた。
 「はい、どうぞ」
 間近に立つと、視線が少し上にある。その視線すらもこちらには向いていないことが多い。帯刀の視線はある特定の一人にだけ、真っ直ぐに熱く注がれている。悔しい訳ではない、はず。
 「静久、肩車するわよ」
 「は?」
 突然の申し出。少し前まで遡ると、合点がいった。共闘。かっこよく言えば確かに言えなくもない。早い話が肩車。剣を遣わない帯刀との共闘だから、妥当なところだろうか。
 すでにやる気満々で、しゃがみこむ帯刀が目の前にいた。
 「洸さんが下なんですか?」
 「どっちだっていいでしょ!」
 力持ちさを考慮すれば静久が下の方が適している。体格を考慮すれば、帯刀が下になるべき。見かけと内情が異なる二人は、こういう時に戸惑う。
 「じゃあ、失礼します」
 肩車は下ばかりが大変に思えるが、上に乗って何か作業をしなければならないのなら、上も結構大変なのだ。戸棚の上の奥に入り込んでしまっている古い書類を取るため。バランスを取って確実に手に入れるために、上は静久が適任と判断した。
 ことひつぎのためなら、帯刀の判断は鋭い。
 こういう時スパッツだから、気楽でいい。
 「よっ、いしょ!」
 「大丈夫ですか?」
 やや年寄りめいた掛け声と共に、静久帯刀合体ロボは立ち上がった。視界が上がる。
 「見た目より重いわね」
 「け、剣のせいですよ! 二本もありますから!!」
 例えそうじゃないとしても、そういうことにしておきたい。慌てて手を回して、二刀を外す。帯刀も先に言ってくれればいいのに。
 「外しても大して変わらないじゃない」
 「……」
 目的の書類は戸棚の奥の奥の方に押し込められて、かろうじて隙間に落ちずに引っかかっていた。もうさっさと取って下りてしまいたい。やっぱり人と人は適性距離がある。近づきすぎると、思わぬ秘密を発見されたりもする。
 「洸さーん、取れました」
 「じゃあ下りるわよ……くっ」
 山登りと同じ理屈だった。一見、上りの方がきつそうでも以外と下りの方が、足に負担がかかっている。
 そんなどこかで聞いた豆知識がゆっくり頭をよぎって。
 静久の体は斜めにぐらりと崩れていった。帯刀の、ぐべっ!という潰れたカエルみたいなうめき声が下から聞こえた。


 共闘する者はただ一人である。
 大勢に支えられてここに立っていることは重々承知で、ひつぎはそう明言する。誰に責められても、恨まれてもその物言いだけは変えられない。刃友という形を思いつくのにそう時間はかからなかった。
 もし、静久がひつぎ以外の者と手を取ると言うなら?
 答えは難しい。ただあまりいい気分ではなかった。
 古い資料を探すことを帯刀に命じて、しばらくしてから元の場所に戻ったら。静久と帯刀が床で複雑な体勢になっていた。犯人は現場に戻る。そんなセオリーがひつぎをここへ呼んだのかも知れない。
 「ひつぎ様!」
 靴の形だけでひつぎだと特定した帯刀が、静久に潰された状態から手を伸ばす。ぷるぷるしながらゾンビのように這ってくる手がキモかったから、とりあえず無視した。それより大変なのは上にいる方の人。
 「ごくろうさま、静久」
 「ひつ、ひつぎさん!」
 書類だけはバラさずに、しっかり手に掴んでいる。微笑んで、帯刀を起こす前に静久から書類を受け取った。空いた手で、静久の手を取る。帯刀なら永遠に尻に敷いていても構わないが、方向に問題がある。可愛い静久に前向きに敷かれる権利がある人のことは、誰であろうと許せそうにない。
 我ながらまだまだ心が狭いと思う。これが青春期というヤツか。
 「洸さん……すみません」
 ひつぎに助け起こされた後、今度は律儀に帯刀を助け起こしている。何だか少し心臓が痛む。
 共闘する者はただ一人。
 それ以上でもそれ以下でもないのなら、静久にはどんな名をつけたらいいだろう。


 貴方の気持ちは知っている。その表情が意味するところも。
 何も知らないあの子は無邪気でいい。笑いかけたら、きっと貴方は無視をする。何も答えない。全てを知っていて、抵抗する余地がないのはお互い同じ。天下に怯むところのない貴方が。いとも簡単に為す術もないのはあの子のことだけ。
 あの子に踏まれながら、助け起こされながら、表情を覗き見ていた。
 なぜ苦しいのかわからずに苦しむ人の顔だ。
 「洸さん?」
 「ひつぎ様が呼んでたわよ」
 今しばらく、踊るなら三人のままで。

2007年03月18日(日)
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