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■ 過ぎた肉食は感心しない
学園の中庭に、ポツポツポツと赤い液体が跡を残していた。庭を横断するように、点々とそれは続いている。ケガをした剣待生にしては出血量が多すぎる。刃友の鬼のシバキで血だるまになることが多い某一年生の愛の流血だろうか、と彼女を知る一部の人々は、中庭の隅にピンク頭のなきがらが転がってないか結構真剣に探していた。 教えてあげた方がいいだろうか。 中庭が見える位置に座席があるから、全てを今日一日見てきた紗枝はいい加減お節介の血が騒ぐ。こうして見守っているのも悪くはないが、黒鉄はやて捜索隊の数が時間ごとに増える一方なのだ。 「どれだけハードな折檻なのかしら」 日頃の激しいやり取りを知る者たちの必死な形相は、見ていて気の毒なほど。色々激しい刃友は珍しくないが、やられる回数の多さならダントツかも知れない。少し前、二年生にもDV夫婦と言われたペアがいたが、彼女たちは今はお笑い剣士と改名していた。 「何にしても、血はよくないわよね」 痛いのはよくない。大事な相方にケガを負わせて得をするのはライバルばかりだし。我が相方に、ねぇ、と極めて穏やかな笑顔で同意を求めた。 「お前がそれを言うか……」 返答がいまいちよろしくない。虚ろな目をして、あからさまに視線を逸らす。 「いやーねぇ、玲ったら」 「いって! だ、だからそれやめろっての!」 こんなにも可愛がっているのに、何が不満なのだろう。スキンシップの一環として、玲の耳を軽く引っ張ってやった。涙目でバタバタ逃れようとする姿が愛らしい。 こんなの、まだかわいいものだ。例のあの二人に比べれば。 学園の秩序を覆そうとする挑戦者にしては、自分たちはどこか平和でのんきなものだ。紗枝は、目の前でまだ耳を押さえて呻いている玲を眺めつつ思うのだった。
赤。赤い血。血の滴るような肉。 「炎雪……」 日常風景の中に、突然生肉が現れると誰でも戸惑う。大抵の現実には動揺しない瞑子でも、そのビジュアルは予想を遥かに超えている。しかも、生肉を持ち出したのが刃友ならなおさら。実際に血が付着しているわけではないが、赤々と新鮮な色を放っている。直視するにはあまりにも危うさを孕んだ赤。 子供に見せてはいけない、モザイクものな生々しい赤を抱えて、動物のように彼女が駆けてくる。 「どうしたの?それ」 生肉を持ち歩く女子高生なんて早々お目にかかれない。いや、現代人と生肉の塊はどう頑張ってもアンバランスだ。猛獣は、唯一言葉をかわす人間を発見すると駆けるのを止めた。 『是肉』 かろうじて人間らしい点は、くわえたりせずに腕に抱えているところか。ごく短く、当たり前の返答をされてしまう。 「それは見ればわかるけど。どこから持ってきたのよ?」 『好吃的』 それじゃただの感想である。そんなことは聞いていない。最も興味があり、かつ返答次第ではヤバいことになりそうなのに、炎雪はお得意の黙秘権を発動した。言語が異なるだけでも意思の疎通はちぐはぐになりやすいのに、彼女のコミュニケーションの取り方は一方的だ。いつまで経っても掴みきれない。意図的でなく、心底どこかが切れている人間の独特の感覚。 おもしろい。いつか掴めてしまうとしても、訳のわからないこの時が今しばらくは続いて欲しいと願う。 「そう。いいけど、校舎内は少しまずいわね」 すでに、炎雪が通ってきた廊下には赤い染みと肉塊の欠片が落ちていた。肉食のヘンデルとグレーテルか、あんたは。 その場に突っ立ったまま肉をかじりだす獣の腕を無理やり引いて、とりあえず中庭へ避難することにした。 『瞑子、那公不要拉』
鼻から血が流れっぱなしで止まらない。このまま出続けたら、3時間後には干からびてしまう。 ひたすら上を向いて、ティッシュでは間に合わないからスポーツタオルで押さえる。隣でおろおろしながら、冷やしたタオルをあててくれたり、首の後ろを優しく叩いてくれている刃友。まず教室の自分の机が殺人現場みたいになり、歩いてくる途中の廊下が血に染まり、そして今。 中庭の芝生の上に赤いものが落ちっぱなし。 「やばいな〜」 「教室も今頃大騒ぎよね。1年F組殺人事件だわ」 気になるのは、自分たちが歩く前からすでに芝生に赤い液体がこぼれていること。みのりの他に、鼻血を出し過ぎた生徒でも通ったのだろうか。今日はチョコレートが一年で一番行き交う日。その可能性はなくもない。と、いうか食べすぎで鼻血を出すほどのチョコ好きがいると思うと、何だか心強かった。 「紅愛、血ぃ止まったらまたチョコ食っていい?」 みのりの相方は優しいから、今日という日にチョコを用意し忘れるなんてことは絶対にしない。山のように様々な種類のチョコをくれた。だから食べた。一気に。 「もぅ……少しは反省しなさい。それか学習」 「ダメなのか!?」 「あれは、一週間分のつもりで渡したのよ」 「ふーん」 一週間少しずつ食べるように。そんな言葉もちらっと言ってた気がしないでもないが、食べ始めたらどこかに飛んでいた。それに、鼻血が出たのはチョコだけのせいではない。 「赤いモンが、パーッと走ってったんだよな〜」 「赤いもの? トマトとか??」 「うーん、なんつーか、生々しい……」 「??」 廊下を真っ赤なものを抱えて駆けて行く生徒がいた、気がする。思い出してみても、悪夢のような不条理な光景で確かに見たはずなのに自信はない。チョコを食べながらその真っ赤なものを見た途端、視覚からの刺激が強すぎたのか、急に鼻の奥が熱くなって……。 「闘牛みたいね」 「そっかー」 逆に青いものを見て気持ちを落ち着けた方がいい、と今鼻を押さえているタオルは青だ。 「早く血を止めなさいよね。まだ全部渡してないんだから」 あの肉の赤さほどではないけど、紅愛がほんのり赤い顔をして俯いた。
2007年02月10日(土)
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