池ポエム
ハンス



 間接祭り開催中

 ここに、一本の缶ジュースがある。味はオレンジ。
 まぁ、この際味は何でもよくて。
 静久はそれを、半分飲んで机の上に置いていた。半分飲んで。ちょうど休憩に入って、一口飲んだところで電話が入り、ある書類を探してほしいとひつぎに目で指示されたからだ。腰を上げて、書類棚をひとしきり探して、目当ての物を手渡して、また席に、席に戻ろうとした。
 「静久?これ一口もらうわよ」
 「はい。あ、え?」
 振り返るより先に返事をしてしまって、後からその意味に追いつく。光より速い自慢の俊足も、缶に口をつける前に取り上げるなんて芸当はできるはずもない。
 「まぁまぁね」
 簡単な感想とともに、すでに缶は元の位置に置かれたところだった。
 「の、飲んだんですか!?」
 電話中のひつぎが同じ室内にいるから、洸の目の前まで駆けて行き小声で。
 「何よ。いいって言ったのはアナタじゃない」
 「だって、それは……それは、その」
 確かに、洸は了解を取った。話半分で許可をしたのも自分。責める要素は一つもない。けれど、何か言わずにはいられなかった。でないと、この恥ずかしさの行き場がない。今なら恥ずかしさで窓から大空へ羽ばたける。ちょうど雲ひとつない晴天だし。
 「いいじゃない、一口ぐらい」
 ケチ、と洸が眼鏡の奥から呆れた視線を送った。
 「違うんです、別にジュースはいいんですよ、何でも」
 「じゃあ何よ?」
 元々ジュースの中身は、静久の一口で半分まで減っていた。押し付けるようにして、缶を渡される。思わずその開け口に視線を落とす。肝心なのは中身じゃない。問題なのは、中身を飲むためには、人は誰でも缶に触れなければならないということ。
 (不意打ちなんて、卑怯ですよ……)
 心の準備というものが、と抗議したくてもまさかそんなことを言う訳にもいかない。ただ缶を両手で握り締めて、静久は俯いて沈黙した。オレンジなのにホットになりそうな勢いだった。
 「静久」
 「あ、はい」
 電話を終えたひつぎが、いつの間にか静久の後ろに立っていた。黙って手を差し出す。シェイクハンドを求めているのではなくて、何となく自然と缶を渡してしまった。ぬるいオレンジジュースを。ぼんやりしている静久も、訝しげな洸も、缶の行く先に注目する。
 ぬるいし、握り締められて少しヘコんだ缶を手にすると。
 ひつぎはそのまま一口飲んだ。
 静久の前を、光の速さで影が飛んだ。真っ直ぐ、ひつぎに向かって。スタァンといい音を立てて、ひつぎのブーツが回転した。軽やかに影をかわす。そのまま勢い余って洸は床に顔から突っ込む。かと思ったらすぐに起き上がって、またすぐ缶めがけて手を伸ばす。
 「ひ、ひつぎ様ぁぁ!それ、それ下さいっ!!」
 ゾンビのように這い上がってくる洸を、いやそうに振り切って。
 「お断りするわ。これはわたくしが永久保存します」
 缶を洸の手が届かないように、高くかざして真顔で言い切った。強力すぎるライバルを前に、静久は心の中でがっくりする。まさか、言えるはずはない。特にひつぎには。
 (洸さんの……バカ)
 誰よりも敬愛する人と、誰よりも恋い慕う人を比べたら、普通は後者に悪態が行くはずはないのだけど。
 何より、この三人は特殊だから。
 静久はなおも足蹴にされている洸の姿にため息をついた。

 まさか本当に、空になった缶を棚に飾っていると知ったら、さすがのあの子でも引くのではないか。想像してみたら、引いた顔にも少し興味が湧いた。あえてさりげなく、この部屋に呼んでわざと目撃させるのもいいかも知れない。
 それぐらいしないと、想いの深刻さに気づかない鈍感な子だから。
 間に第三者が挟まってしまったことだけが、本当に残念でならない。今度は人に奪われる前に、すかさず横取りしよう。何なら、直接奪ってしまおう。
 まどろっこしいことを好まないひつぎは、自分らしいやり方を見出してひっそりと微笑んだ。



ひつぎ→静久→帯刀→ひつぎ、でグルグル回ってバターになってしまえばいい話。バターまであと20周ぐらいでしょうか。

2007年01月28日(日)



 天地学園子守り日記リターンズ

 紗枝に渡した途端、その子は泣き止んだ。機嫌よさそうに、キャッキャッと笑い声すら聞こえる。この違いはなんなんだ。さっきまで、いくらあやしても火がついたみたいに大泣きしてたってのに。
 まだ物心もつかない赤ん坊相手に大人げないのかも知れないが。
 そもそも紅愛だってまだ完全な大人とは言えないのだから、少しばかりヘソを曲げてしまうのも仕方ないだろう。と、勝手に自分の狭い心を許すことにした。
 紗枝は、ヨシヨシとその子を背に負って、適度に揺れながら先を歩いていく。よく聞いたら、鼻歌で「ぞうさん」を歌ってあげているのがわかる。堂に入った子守りぶりだ。
 「将来、子供が生まれたら真っ先に紗枝に連絡するわね」
 「それはどういう意味かしら?」
 学園の敷地内に入ったせいか、すれ違う生徒がこちらをチラリと見ている。
 「私は苦手だわ」
 子供のために、今日は爪もまったくのまっさら状態。調子が出ないのはそのせいでもある。紗枝が苦笑いした。
 「自分の子供なら別よ、きっと」
 あーうー、という言葉になる前の音を背に聞きながら、寮の方までやって来た。今日は日曜。夕方までこの子と一緒に過ごす運命。いくら紗枝が子守り上手と言っても、ずっと背負わせておく訳にもいかない。
 剣待生寮の入り口付近でぼんやりしていたら、まず玲が出てきた。二人を発見すると、顔色を変えずにぶらぶらと近づいてくる。視力はいいのか、数メートルの地点で紗枝の異変に気づいたらしい。
 上半身を乗り出して、こっちを凝視している。かと思ったら、ダダダダダッとすごい勢いでダッシュしてきた。
 「お、お前らどうしたんだ、それ!?」
 走ってきた勢いそのままに、紗枝の目の前で止まって思いっきり指で指し示す。玲の勢いが怖かったのか、背中からギャーと泣き声が上がった。
 「ほら、玲が怖い顔するから……」
 「あ、わりぃ」
 「よーしよし、怖いお兄ちゃんですねぇ♪」
 「っておい!誰がお兄ちゃんだ、誰がっ!!」
 ノリのよすぎるツッコミも、乳飲み子にはただの大音量でしかないようで。紗枝が赤ん坊を宥めるまで、5分ほどかかった。その間に、玲も反省して隅っこで小さくなる。
 再び機嫌を直した赤ん坊と、よく反省した玲。赤ん坊は紗枝の背中から手を伸ばして、玲の髪の毛を引っ張りたがる。怒るとまた泣かれてしまうので、玲は憮然としつつもされるがまま。
 「で?誰の子だよ、こいつ」
 と、言いつつ玲の目は紅愛と紗枝を交互に見た。何考えてるんだか。そんなわけないだろうに。うるさいのでさっさと真相を教えてやろうと思ったら、突然紗枝が頬に手を当てて深刻なため息を吐いた。
 「やっぱりあの夜がまずかったのかしらね……紅愛」
 「どの夜よっ!!心の底から身に覚えがないわ!!」
 そうだ、この人はこういう奴だった。子守りを押し付けて悪いとは思うけど、思い切りはっ倒したい。
 「冗談でもやめなさいよ、誤解されるでしょ。ほら、現に今目の前で真っ白になってるヤツが一人いるじゃない」
 「……」
 玲が燃え尽きた顔で呆然とたたずんでいる。紗枝は、背中の子をそっと紅愛に渡した。軽くなった体で、玲の手を取る。
 「玲」
 「紗枝……」
 「ご覧の通り、私は玲の子を育てる準備は万端よ」
 「!」
 「だから、任せて。何人でも立派に育ててみせるわ」
 「紗枝……ありがとう。あたしも頑張るからなっ!」


 赤ん坊は重いし、やっぱり紅愛が抱き上げた途端にぐずり出したけど。
 でもあのバカップルのとんちんかんな会話を横で聞いているよりずっとマシだ。最後に玲がシャウトした頑張るっていうのは、何をどう頑張るってのか。勢いで会話する人はこれだから困る。痛む頭に泣き声がズキズキと響く。
 寮内に入り、よたよた歩いていたら小さくも頼もしい顔が見えた。
 「紅愛ーっ!」
 昨日の晩に、親類の子を預かりに行くと言ってあったから、時間を見て迎えに来てくれたのだろう。みのりがバーッと寄ってきた、かと思ったら背中の子をひょいっと取り上げる。そのまま自分の背中にしっかり背負う。
 「みのり?」
 そこまで何の迷いもない、流れるような動き。紅愛の方が少し戸惑ってしまう。みのりはいつもと同じ、にこにこと笑って。
 「あたしにまかせれ!」
 「?」
 少々重くてしんどかったから、それはありがたいのだけど。まだ何の事情も説明しなかうちに、みのりはスタスタと歩き出した。その後ろ姿は、年長の子供が幼い兄弟の面倒を見ているようにしか見えない。
 少し行くと、今度は静久の顔が見えた。寮の方に何か用があったらしい。日曜に会うのは珍しいけど、いつも通り制服を着ている。静久にしてみれば、寮であろうと学園には違いない。
 「月島さん?」
 誰しも、紅愛より先に赤ん坊が気になるようで。静久は背中に回りこんで、赤ん坊の顔を覗き込む。だぁ、と声がしてすぐさま静久のハチマキが握られてしまった。
 「う〜う〜」
 「なかなかやりますね。私のハチマキを奪るとは」
 頭をぐらぐらさせながら、静久がみのりに尋ねた。
 「どうしたんですか?この子」
 「あたしがめんどー見るんだ」
 「偉いですね、月島さん」
 と、言いつつみのりの頭をよしよしと撫でる。子守りしている子供の方を、褒めてあげる子供。もう何が何だかわからない。ついでに、後ろにいる紅愛のことは二人とも全く眼中に入れていない。
 みのりは、胸を張って誇らしげに言った。
 「紅愛の(親戚の)子だから、あたしがめんどー見んのは当たり前だ」
 ……。
 ちなみに、カッコの中は発音されておらず。
 「えっ?月島さんと……星河さんの??」
 紅愛と、みのり。指さし確認が交互に動く。
 「ま、待って!それは誤解よ、静久!!っていうかみのりはちゃんとカッコの中まで言いなさい!!」
 「んお?なんか変だったかな〜??」
 「あ、そういえば目元が月島さんに似てますね」
 「違うからっ!それはただ目が細いだけよ!!」
 「髪の色は紅愛にそっくりだろ〜?」
 「本当ですね。将来はきっと可愛くなりますよ」
 何を言っても無駄な天然気味の二人を前に、紅愛はありったけの抵抗をした。その結果。
 紅愛の寮の部屋に、会長からベビーカーのプレゼントが届いたという。もちろん、全力で返品しに行った。

2007年01月14日(日)
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