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■ 昼飯時の二人
昼飯時に、そこを通りかかってしまったのが運の尽き。 やたらごった返した生徒たちの塊。その隙間を縫って、玲は反対側を目指していた。別にここに用はないのだ。ただ、向こうの校舎へ向かう途中に、うっかりこの道を選んでしまっただけ。 「ちょうど昼の鐘が鳴ったばっかじゃねーかよ」 間の悪いことに。もっと他の道筋がいくらでもあったはず。やたら混む食堂前の道を、狭い思いをして潜り抜けていく。人波が縦に流れるところを横切っていくのは、思ったより疲れた。 腹の減った人間の食べ物への集中力は凄まじい。特に、ここにいるのは育ち盛りばかりだから。 決して背丈は低くない玲は、向こう側を目指してぐいぐいと進んでいく。黒い制服の中に白い制服が一つだけ混じった光景。この白服が、ここでの特別な地位と実力を示しているならモーセのごとく道がパカッと二手に割れてもいいものを。食欲VS権力では圧倒的に前者が勝つらしい。だとしたら、剣待生としてのトップよりも、食堂で働く人の方が今は優位なのだ。多分。 「神門さん?」 少し先に、白い制服が挟まっていた。間に黒を一つ挟んで、こちら側と向こう側に白。真ん中に挟まれた生徒は、珍しい白服同士の会話が自分越しに始まったのを聞いて、明らかに戸惑っている。いっそその生徒も白に引っくり返ってしまえばいい。 くだらないことを考えていたら、もう静久は目の前まで来ていた。 「逆走してますよね、さっきから」 先に見つけたのは静久の方だったらしい。 流されまいと、片手で玲の手を掴む。もう片方の手にはトレー。 「つか、何普通に並んでんだよ、お前」 仮にも、いや、れっきとした学園理事の補佐である静久が。ごく普通に、一般生剣待生入り混じっての昼飯争奪戦に参加しているとは。周りも、並んでいるのが誰なのかあまり気にしていない状況だから、誰も静久がそこにいることを驚いてはいないけど。 静久は二三度瞬きをして、さも不思議そうに首を傾げた。 「?いけませんか」 「いや、いけないってことはねぇけど」 どんな地位の人間だって腹は減る。玲は、静久の背後から230度ぐらいに渡ってある人物を探した。 「ひつぎは?」 「今日は会議があって学園内には戻られません」 淀みなくスラスラと答える。つまりは、今日はまったくの単独行動。珍しい。馬の胴体と首が別々に歩いてきたら恐ろしいが、それに近い希少価値がある。早い話が、ひつぎがいないからこんなところで昼食を巡る戦いに身を投じているとも言える。 どうでもいいけど、真後ろの生徒にハチマキの先がヒラヒラと掠めて若干迷惑そうだった。 「あっ!こんなところで止まってると食べ損ねますよ」 「ちょ、待て待て待て!!」 列が前に向かって動き出す。 玲はこの時、全体の流れに逆らうことは一個人の力では全く無理なのかもしれない、と思った。思いつつ、静久に引っ張られるままに前に進んだ。
で、結局。 目の前で、何の躊躇もなくご飯を食べ続けるハチマキの少女。何でか知らないけど、玲の前にも一人分の昼食がバーンと置かれている。無理やり並ばされて、なし崩しに配膳を受けた成果だ。 「食べないんですか?」 行儀がいいのでどこぞの米粒飛ばし罪で訴えられているチビと違って、静久は口の中の物を飲み込んでから玲に尋ねた。 「先に人の話聞けよ……」 「?」 ぐったりとため息を吐く玲に心底不思議そうな顔をして、さらに静久は箸を進める。ぼやぼやしていた玲を引っ張ってご飯ゲットを手伝ってあげた。そう信じてやまない親切者に説明する気力が起きない。 「お前って」 渋々手をつけ始めた頃、静久はとっくに半分以上食べ終わっていた。 「結構お節介だよな」 ほうじ茶のいい香りがする。静久は持っていた湯のみを置いた。 「そうですか?」 「あぁ。割りとな」 元々それほど急ぎの用だったわけでもない。静久と向かい合って食べる昼飯なんて早々機会はないだろう。何か食べてるところをそれほどじっくり見たことがなかったから、観察するのにちょうどいい。 「神門さんて、意外と少食ですね」 「そうか?」 先に食べ終わった方はすることがない。静久を観察するつもりが、いつの間にか見られていてなんとなく気恥ずかしい。 「そういうお前は、よく食うな」 静久のご飯の量が1.5倍になっていることを、玲は見逃さなかった。 「たくさん食べないと、大きくなれませんよ」 「そういうのは、例のチビに言ってやれ」 たくさん食べたからって、即大きさには繋がらない。玲の知り合いの小さいのもそうだし、静久自身もそうだ。馬力とは関係あるかもしれないが。 「もしかしてお前……」 涼しい顔して大食らいな友を見つめつつ、味噌汁を啜る。 「でかくなりたいからたくさん食ってるとか?」 ここだけの話、静久のことならなんでも知っているひつぎに聞いたことがあった。小さい、が静久にとってNGワードだと言うことを。 解消するには、体格を変えるのが手っ取り早い。 「子供の頃は、そうでした」 喉に何か詰まったような、決まりの悪そうな顔。 「やっぱな……」 目に浮かぶ。とにかく頑張ってたくさん食べようとする子供の静久と、横でそれを見ていい笑顔になっているであろう子供のひつぎが。さすが、天然で人一人支える猛者。 「そういや、みのりだってやたら食うけど全然でかくならねーしな」 やや斜め上を二人揃って見上げた。同年の友人は、入学してきた時も小さかったが、今もまだ小さいの域を抜け出していない。食べる量と言えば、主にお菓子に限るが学年で大食い大会をやったら優勝候補に上がるレベルだ。 しかし小さい。大きくならない。紅愛の側に常にちょこんと控えている。 「でも、月島さんが大きくなったら何か寂しいですね」 「うん……何か、な」 こんなにも胸の隙間に風が吹きつけるような思いをするのは、冬のせいだろうか。どちらともなく黙り込む。お茶の温かさが染みる。 「逆に、食わない方がでかくなるとか?」 「そうでしょうか……」 また、斜め上を見上げる。今度は、みのりの相方である紅愛の顔が出てきた。 「いや、そうでもないか」 紅愛は抜群に少食だし、背丈も小さい。体も軽い。 「とにかくあいつは問題外だな。胸もねーし」 「むっ!そ、それは関係ないのでは」 静久が少し呆れたような顔をした。 「どこ見てるんですか……」 「あー、かと言って紅愛の胸が豊かになったら何か寂しいよなぁ」 「……それは神門さん独特の感覚だと思います」
2006年12月24日(日)
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