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■ まつりのまえ/ハイ&ロー
まだ朝にならない。 さっきから10分ごとに時計に目をやっているのはわかっている。時が経つのがこんなに遅いなんて。気づいたら、また時計を見ていた。薄暗い部屋に、文字盤がうっすら光る。 (あ〜……) 早くなれ。朝になれ。明日になれ。幾度も心の中で念じる。しんと闇が拡がるばかり。ベッドの二階でじっと身を硬くする。昼間の大騒ぎとの落差も大きい。バタバタした日中を過ごしていると、気持ちが昂ぶったままでなんだか落ち着かない。それだけじゃないけれど。 下にいるはずのルームメイトにだって責任の一端はあるのだ。そんな風にこじつけて、二階をそっと覗き込んだ。頭が真っ逆さまになる。視界ももちろん上下逆。暗いからどっちでも見えないことには変わりない。下の段で寝ているはずの綾那。眼鏡が枕元に置かれていた。 「お〜い」 二三度呼びかけても、応答なし。 「ちぇー」 人が寝れなくて困っているというのに。下の段で爆睡しているルームメイトが小憎たらしい。半分以上因縁なのはわかっているけど、悔しいのでついついそのままベッド全体を揺すってみた。 ガタガタと微かにベッドが軋む。 「あーやーなー、起きてー、遊んでー」 「ん〜……」 まだ寝入って間もなかったせいか、少し呻いて、右手が眼鏡に伸びる。無意識で、置いてある辺りを手でパシパシ叩くのが癖だ。手に触れて、視力を取り戻した綾那が最初に見たのは、ベッドの上からだらりと垂れる長い髪だった。
夜中の1時過ぎに、鼻を押さえて上を向いているルームメイト。 「で、なんなんだお前は」 上からちょうどいい位置にぶら下がっていれば、ストレートを叩き込みたくなるのは自明の理。 「寝れない」 暗くてよく見えないが、明るいところで見ると順の目の下には隈ができている。ここ一週間ぐらい、ずっとこの調子。眠れないと訴えてきたのは、あの日からだった。 「だからって私まで巻き込むな」 「だってー」 順の眼差しは言外に、綾那があのことを言うから、と責めている。 「アレはお前が悪いんだろ」 学園祭まで、ちょうど一週間前。メイド縁日の衣装、第一作目。そのあまりにもアレな出来映えを必死に却下するべく、ちょっとしたバトルが勃発した。この時ばかりは、目の前の淫魔はその異名に恥じない抵抗っぷりで、綾那の鉄拳でもってしても事態は収まらないかに見えた。 しかし。 一発逆転の秘密アイテムを綾那は所有していたのだ。 「なんで綾那、ポケットに入れてたのよ」 言いながら、順は大きくあくびをした。 「……授業中に返事を書こうと思ったから、たまたま持ってたんだ」 つい綾那もあくびを漏らす。こういうのは伝染るらしい。 夕歩から手紙が届くことは珍しいことではなかった。問題は、その日持っていた手紙の内容。順の暴走を止めるために、つい秘密にしていたことをばらしてしまった。 「夕歩には悪いことをしたわね」 手紙にその旨を書いて、びっくり作戦はできそうもないことを教えておかなければ。それもこれも淫魔を止めるためだったから、と理由も添えるのは当然。当日、淫魔にお仕置きが執行されても、自業自得というやつだ。 次の手紙の内容を検討していたら、目の前で眠そうにしている順が指をさしてアピールしてきた。 「あたしが眠れないのは綾那のせいなのに」 「……今すぐ眠らせてやろうか、永遠に」 その日の夜から、眠れなくなったのは100分の1ぐらいは綾那のせいかもしれない。かといって毎晩、起きているのに付き合わされるほどのことはしてないと思うのだが。 「あーもう、寝ればいいだろお前は」 そもそも、楽しみ過ぎて寝れなくなるなんてどこの小学生だ。 「綾那にはわかんないかなー、あたしがどれだけ楽しみにしてるか」 「そりゃ久しぶりに夕歩が来るんだから、楽しみなのはわかるわよ」 それにしても、度を過ぎている。 この一週間、順は夜中になると綾那を起こしては、トランプやウノ、人生ゲームをやろうと言ってきた。 最初は渋々付き合っていた綾那も、4日目ともなると体に堪える。昼間は学園祭の準備で忙しい。夜中にろくに寝ないで、昼間に授業を受けて準備をして。そんな毎日を過ごしていてはいくら若いとはいえ限界はくるだろう。 「で、今日は何する? ババヌキ?七並べ?今日は特別に綾那の好きな女の子攻略しよっか?」 ガタガタとゲーム機を取り出してきたのを、目で制した。 「ダメだ。今日は大人しく寝ろ」 順がちょっと悲しそうな目をする。なんとなくワガママを聞いてしまいそうになる、弱々しい眼差し。ほんの時々する、順のこの目に綾那は弱い。 「途中でぶっ倒れられたら困るのよ。……あんたは衣装担当なんだからな」 学年ワースト1の家庭科の成績を誇るクラスメイトたちは頼りにならないので、メイド衣装の作成に順の指南は欠かせない。そろそろ疲れがピークにきている自覚はあったのか、出してきた遊び道具を片付けて順はうなだれた。 「あ、じゃあ綾那が優しく抱きしめてくれたら寝れるかも……」 「さぁて、腹と頭とどっちがいい?」 ゴキッゴキッ、と勇ましい音が手首から弾き出される。顔を引きつらせて淫魔は自分のベッドに駆け上がった。
元の位置に収まっても、眠れないことには変わりない。いっそ拳で眠らされた方がマシだったかもしれない。体は疲れを訴えているのに、明後日のことを思うと胸の動悸が激しくなって、目が冴えてしまう。頭のどこかに消しても消しても電球が灯っているみたい。 夕歩の顔を思い浮かべて、観念して目をつむる。 背中に、どんという衝撃があった。 「……順」 下の段から、ご無体なルームメイトのひそひそ声。 「なに?」 「夕歩には、毎週会ってるだろ」 「うん」 入院先へは、昼夜を問わず会いに行っている。夕歩の顔を見ない週末は一度だってない。入院している人間相手だとすると、回数は多い。 「なら、どうして」 「ストップ」 今度は声で綾那を制する。それだけ会っても、心が通じていても、まだ足りないのか。異様に興奮して眠れなくなっている順の様子に、疑問を持つのは仕方ない。 体を起こして、暗闇に吐息が流れる。 「天地学園(ここ)で夕歩と一緒なのがいいのよ」 下の綾那にはどう聞こえただろうか。 カッチカッチと時計の針の音が耳につく。普段は、針の音なんか気にならないのに。しばらくして、またどんと蹴り上げる音が。 「順、よく聞いてろ」 「は?」 下から、今度は大声で。 「むかーしむかし、おじいさんとおばあさんが」 「ちょ、ちょっと綾那??」 夜中に突如、大声で桃太郎。 「昔話をしてやる」 だからおとなしく寝ろ、と。無茶だ。子守り唄ならまだわかるけど、昔話って。小さい子供じゃないんだから。だけど綾那の声は止まらない。滔々と、いい声で下の段から響いてくる。 (……ま、いっか) その夜は、確かにイヌとサルがお供に加わったところまでは覚えていた。
2006年06月02日(金)
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