池ポエム
ハンス



 メイドインパラダイス

 廊下を歩けば、妙にヒラヒラした白いレースの布切れに当たる。
 学園祭を1週間後に控えた学園内は、申し開きができないくらい散らかっていた。教室のロッカーの上にはペンキの缶がずらりと並び、洗い落とし忘れたハケがカチカチになって寂しく隙間に落ちている。そうかと思えば、廊下に固定もしないで立てかけておいた木材に誰かがけつまずいたりしていた。
 とにかく騒がしい。祭りの前も最中も、後も。若者が集えば騒ぐには事欠かない。いつもと違った異様なエネルギーが弾ける様子を眺めて、玲は大げさにため息を吐いた。
 「あら、何持ってるの玲」
 「何って、そりゃこっちが聞きてーよ」
 うっかり踏みつけたら柔らかい感触。拾って開いてみると、白くてヒラヒラした不思議な形の布きれだった。何に使うものなのか、さっぱり見当がつかない。相方の前に開いて見せると、彼女はあっさり「あぁ」と言った。
 「わかるのか?」
 衣類の類にしては、着ける箇所が見当たらない。頭にかぶるにしても、少しばかり小さすぎる。ハチマキのようして使うには、装飾過多だろう。無駄に細かいレースの刺繍を指先でぐりぐりと押した。
 「ダメよ、そんなに乱暴に扱ったら」
 「だからなんなんだよ、これは」
 なかなか正解を言わない紗枝にしびれを切らしてソレを振り回していると、背後からあっと言う叫び声がした。
 「あったー! 見つかったよ」
 あまり覚えていないが、多分隣のクラスの同級生。一人が声を上げると、たちまち慌てて数人が玲に集まってきた。
 「??」
 「ここに落ちてたんだ。ありがとう、神門さん」
 「あ、あぁ」
 紛れもなく、正体不明のソレの持ち主らしい。見つかってホッとしたのか、ワイワイとその集団は自分たちのクラスに戻っていった。
 「なんだぁ?」
 手を差し出したまま、ぼーっとそれを見送る。
 「いいことしたわね」
 紗枝がポンと肩を叩く。
 「そんなに大事なモンなのかよ、あの布きれ」
 「そりゃあね。ないとメイドに見えないでしょ」
 メイド。
 天地学園の学園祭は、なぜだか7割がメイド関連の出し物。当日はメイドだらけになること請け合いで、ということはつまり今はメイド服の作成に追われている生徒だらけ。
 当日の風景を思うと頭が痛い。玲のクラスは幸いにも、メイド物ではない。それだけが唯一の幸運と言える。そのせいかよそのクラスのメイド騒ぎには疎くなっていた。
 「頭にかぶせるのよ」
 「へー」
 よく考えてみると、具体的にメイドと呼ばれる職業を目の当たりにしたことはなかった。
 「紗枝」
 「ん?」
 傍らの刃友だって同じクラスだから、メイド騒ぎとは無縁のはずなのに。淀みなくメイドの格好について解説をしてくれる。
 「どこでそういうの覚えるんだ、おまえは」
 玲の視線が不審気だったのか、一旦解説を止めると紗枝はおもむろに鞄を開け、中から一冊の本を取り出した。
 「玲も読む? 『実用メイド完全ガイド』」
 「……いや、そういうのはちょっと」
 少しは読む本を選べと忠告した方がいいのかもしれない。それにしても、実用ってなんなんだろう。

 実用でないメイド本を片手に奮闘すること2時間あまり。
 すでに時刻は夜の11時を過ぎている。無道・久我部屋の電気は消える様子がまったくない。綾那は竹定規で肩を叩きながら、目の前の主犯を厳しく睨んでいる。睨みっぱなしで2時間経った。そろそろこの感じの悪い目つきがデフォルトになりつつある。
 図説メイド大図鑑と首っぴきでスケッチブックに鉛筆を走らせる順は、それはそれは集中しているように見える。他では見せない真剣な目つき。見つめる先にあるのはメイド服。
 この本を持ってきたのも順だった。綾那は学園祭にさほど興味がなかったせいで、同室でありながら順のこのバカでかい本の存在に気づかなかったのだ。そのミスがこんな状況に繋がるとは。
 「綾那」
 昼間の血生臭いケンカ騒ぎを思い出していると、順が鋭く名を呼んだ。
 「どうした?」
 カタリ、と鉛筆が置かれる。少しスケッチブックを離して見て、表面の消しカスを吹いて、順は自信に満ちた目つきでこっちを見た。
 「ちょっと見てくれるかな」
 「どれどれ」
 デザインのやり直しは少なくとも明日までには仕上げなければならない。ただでさえ作り直しでロスしたのだから、もう時間は本当にないのだ。
 覗き込んだスケッチブックには、前よりうんとマシな、クラシカルなタイプのメイド服が描かれていた。
 「なんだ。やればできるんだな」
 「前のだっていい出来だったでしょ?」
 「デザイン以外はな」
 服というのは着ることができて完成なのである。いくら優れたデザインでも、着る人がいなければ意味がない。デザイナー久我順の溢れ出るエロ心が、常にその辺の問題を引き起こす。
 今度こそ、学園祭に出せそうな形が決まって、綾那は定規を下ろした。
 「でさ。ちょっと相談があるんだけど」
 「私はそういうのよくわからないわよ」
 「知ってる」
 順がニヤリしたので綾那はすぐさま定規を構え直した。
 「綾那の前作ったエプロン、凄かったもんねぇ」
 「ほっとけ。アレは途中で縫うのがめんどくさくなったんだ」
 提出期限に間に合わせようと夜通しかかって縫ったが、その間同室の友人は一人熟睡していた。得意なら手伝ってくれてもいいのに、と文句を言うと、
 「露出度の低い服って意欲が湧かないのよね」
 という世にも最低な理由が返ってきた。
 「ああー、世の中の女子がフルタイムでミニスカートになったらいいのに」
 「録音しといてその発言夕歩に送るぞ」
 葉書だけでは飽き足らず、今度ビデオレターも送ってもらった方がよさそうだ。孫悟空には頭の輪っかが必要不可欠。ここの孫悟空は三蔵法師の名を出した途端、表情をキリリと改めた。逆にウソくさい。
 「さて、綾那ちょっとここ見て」
 順の指は、メイド服のスカート部分を指していた。
 「どうかしたのか? この前のパンツよりは全然マシだぞ」
 パンツ丸出しメイドという、風俗店としか思えない光景をギリギリ阻止した綾那はクラスメイトから感謝されてしかるべきだろう。家庭科室を血の海にした激戦を怖れて、誰も近寄って来なかったけど。
 「綾那ってば冷た〜い。そんなつれないこと言うと、二度と見せたげないよ、秘密の部屋」
 「二度とって言うか生涯一度だって見たくないから安心しろ」
 不必要に近づいてくる順を定規でゴリゴリ押しておいた。
 「ほら、遊んでる時間はないぞ」
 「……は〜い」
 大抵の人が長い膝上まであるタイツを履く。色は順いわく、白が一推しだけど黒も捨てがたい、らしい。スカートとタイツの間にできる、唯一肌の出た空間を。
 空間を、何と言ったんだっけか。それも順からレクチャーされたのに忘れてしまった。
 「スカート丈さ、どのくらいまでなら夕歩に見せても怒られないかなぁ」
 「はぁ?」
 あからさまにやらしい丈にしたら、久々に会えるというのに刃友から冷たい視線を受けてしまう。かと言って、ごく普通の丈では個人的楽しみがなくなってしまう。その両方を満たせる、ギリギリ最低のラインはどこなのか。
 実はとっくにデザイン自体は完成していて、小一時間ほどそれについて悩んでいたらしい。
 「知るかっ!! このパンツ忍者、ていうかパンツ!!」
 「えっ、ちょっとそれじゃあたしがパンツそのものみたいじゃん」
 「うるさい、お前なんかパンツで十分だ」
 翌朝。決してパンツははみ出ない丈で、デザイン画は無事完成したのだった。
 NOパンツ、NOライフ。

2006年05月22日(月)



 Sun Shine Sound

 窓の外を見ると、刃友のあいつが手を振っていた。ただでさえ小さいのに、遠くにいるその姿は一層小さかった。目につきやすいピンク色の髪のせいで、遠目でも見間違えることはない。綾那が気づいて見ているのがわかると、両手を振ってぴょんぴょん跳ねだした。
 「なにしてんだ、あいつ」
 同じ寮に住んでいるから、たまにはこうして見かけることも珍しくはない。前に、夜中だというのに大声で気合を入れているのを目撃した。刃友はやたらとやかましいから、他の人間より目につきやすいのだ。
 そうだ、きっと、そうだ。
 「あれ〜? はやてちゃんと桃っちだね、あれ」
 後ろから順も窓の外を覗き込む。どうでもいいけど、肩に腕を回してくるのはなぜだ。無意識なのかわざとなのか、肩を抱き寄せられながら外を眺める格好になってしまった。
 「ライン引き?」
 文句を言う前に、順が窓の外を指さした。表の二人が手に赤い色した箱のようなものを持っている。結構離れているのに、順には当たり前のように見えているらしい。綾那は指先の示す方角に向かって、目を凝らした。
 「どれ?」
 「あれあれ。桃っちが今押してるやつ」
 眼鏡をかけている分際で言っても説得力はないが、綾那は日常では不自由しない程度に視力は維持できている、はずだ。小指の先ほどの、赤い箱が確かに桃香の側にあるようにも見えた。
 「アンタ、どんな目してんのよ」
 遥か向こうの二人とは正反対に、間近にありすぎる順の顔。これだけ近ければよく見える。いや、近すぎて見えない。ああ、こいつこんな顔だったっけ。全体が捉えきれないほどの至近距離は、見えないのと同じだ。そんなことをぼんやり思う。
 「2.5以上はあった、はず」
 「はず?」
 「計測不能ってやつ? 教室の端から測ってもまだ見えちゃうもんだからねぇ」
 そういえば春の検診の時に、やけに遠い距離から視力検査をしていた順の姿を見かけた。
 「それだけ目がよけりゃ、覗き放題だな」
 「もー、まだ言うの? あたしは真面目な理由でしか覗かないんだってば」
 「結局覗いてんじゃないの」
 大体、真面目な理由ってなんだ。とっ捕まった奴が言う定石の言い訳みたいなことを口にする。さすが淫魔。バレてないだけで前科があるに違いない。
 「あっ、なるほど」
 順が突然声を上げた。窓の外に何か変化が起きたらしい。
 「ほら、よく見てよ綾那」
 目をやると、二人の姿がなかった。どこか建物の影にでも隠れたのだろうか。広く見渡せる広場みたいなところに、さっきはよく見えなかったライン引きが一台、置き去りにされていた。
 「いなくなった、な」
 「違う違う、そっちじゃなくて」
 順は腕を伸ばして、ほら、と身を乗り出す。肩を抱いたまま身を乗り出すものだから、自然綾那も引っ張られる。何を見ろと言っているのか、よくわからないまま順の指が何かをなぞっているのを眺めた。窓の外には、指の動いたのと同じ形の文字が、地面にでかでかと描かれていた。
 「アルファベットの……L、O、V、E」
 赤い粉を多量に使って、途切れないように慎重に引かれた一文字一文字。
 「A、Y、A、N、A」
 綾那の呟きの後に、順が続けた。全部繋げると、それは。
 「アホか、あいつはぁ!!」
 窓のサッシが今にも割れそうな音を立てる。綾那の剣幕に一瞬、順がたじろぐ。
 わざわざ、体育の備品を持ち出して。赤い粉の大量消費に気づいた体育教師にバレて、そのうち怒られるだろうに。怒りなのかそれとも他の何かなのか、顔を真っ赤にして拳をぶるぶる震わせる綾那に、そっと順は話しかけた。
 「あ、綾那。ほら、またはやてちゃんたちが出てきたよ」
 「ぁあ!?」
 メンチを切るヤンキー並みに柄悪く、窓の外を睨みつける。小さな小さな犯人たちが、ちょこちょこと物陰から現れて、手にはホウキとチリトリらしき物を持っている。
 「ははぁ〜、なるほど。ああして片付ければ使ったことバレないもんねぇ」
 せっかく頑張って描いた努力の結晶が、さっさか片付けられていく。コンクリートの上だからこそできる作戦に、順は何度も頷いた。
 「バカにしては考えたな」
 「あれ、それだけ?」
 人のいない間に靴をこしらえてくれる小人みたいに、小さな二人が一生懸命掃除しているのをそれから延々と眺めていた。どうしてかわからない。わからないといえば、刃友がなんであんなことをするのかもわからない。順も、ずっと場所を変えないで付き合ってくれている。
 「はやてちゃんからのダイナミックな愛の告白に応えなきゃ、綾那は」
 「はぁ!?」
 「だってLOVEよ、LOVE。これが愛の告白じゃなくてなんだってのよ」
 字面だけは確かにそうだった。が、刃友のはた迷惑な言い回しにはもう慣れている。この手のアホな表現をするから腹立つのだけど。
 「なんでこんな言い方しかできないんだ、あいつは」
 赤い粉を山のようにチリトリに積もらせて小走りに移動する。途中でけつまずいて、先に立っていた桃香が頭から粉をかぶった。
 「あ」
 「……あちゃ〜」
 粉まみれの一年生二人、一丁出来上がり。風呂場はもう開いてるだろうか。
 「バカめ」
 言葉尻が自然と意地悪になる。ついでに長々と肩に置かれていた順の手も振り払って、窓の側から立ち上がる。去り際に、順がため息をつくのが聞こえた。
 「報われないねぇ、はやてちゃん」
 胸に落ちていた黒い塊みたいなものは、忘れて消えてなくなっていた。またどこかから戻ってくるに違いないけど。付け焼刃の幸せを処方してくれるのは、あいつだってことはとうにわかっている。
 完治することを望んでいるのか。それとも、この病を抱えたまま全身が腐っていくことを願っているのか。
 わからない。わからないから、今は。
 「綾那、どこ行くの」
 「ホウキ」

2006年05月07日(日)



 続・流した汗は

 とりあえず今日はおつかれさま、と彼女は言った。
 走り終えるまで本当に最後まで全員で待っているとは。付き合いがいいというのか暇人というのか。勝者である二人(のうち声がでかい方)が拡声器でチャチャを入れてくるのが心底うっとうしかったけど。それを見守る立会人の視線も、決してとげとげしくはないように思えた。
 日が暮れていく。長い影が走るトラックに伸びていって、二つ縛りの影と、自分の影が重なっていた。そして拡声器。少しだけ真っ当な気分になっていたのに、あの声が全てをかき乱していく。
 「……ったく、散々だわ」
 「ふふ」
 「なに、紗枝」
 長いことお付き合い下さった紗枝が微笑む。
 「会長らしいね、今回の罰ゲーム」
 紗枝と玲は、先回の挑戦者たちの戦いを知っている。その後のことも。
 「毎回こんなことやってるわけ?何のために??」
 敗者に屈辱を与えるためならもっと楽できついやり方はいくらでもあるだろうに。さっきまで己の頭に巻かれていた“根性”の二文字。確かに十分屈辱ではあった。紗枝は湯面を見つめて、少し黙る。
 「罰ゲームはね、その人にふさわしいものをその都度会長が考えるのよ」
 どこか硬い眼差しが、湯の表面を漂って、再び紅愛に戻った。
 「でも、アナタたちのは、いい罰ゲームだった」
 「罰ゲームにいいも悪いもないわ」
 やらされた方としては、罰は罰だ。いい罰も悪い罰も、罰。所詮、敗者でしかない。そうだ、決して教訓にしたり感銘を受けたりしたくないのだ。会長のスットコドッコイさに感銘を受けたら、それこそ宮本静久になってしまう。忠犬2号なんて御免だった。
 そうきっぱり告げると、紗枝はまた微笑んだ。
 「それも、らしくっていいけどね」
 アナタらしい、と紗枝は付け加えた。いつかまた自分たちは敵として対峙するのだから。好敵手として。その時まで、今日かざした信条を持ち続けなくては。静久に倣う日は絶対に来ない。それに、紅愛は忠犬になる必要はない。
 「で、どうだった?静久の剣を体感してみて」
 「……早くも痣になりかけてるわよ」
 紅愛が打たれたのは胴。腹部に手をやると痛みが走る。出血するような怪我ではないからこうして湯に浸かっていられるけど、くっきりと不気味な紫色に変色している。そうはいっても、あの超人に攻撃されてこの程度で済んだのは運がいい方かもしれない。
 剣待生にしては、紅愛は怪我が少ない。大怪我するような博打勝負はしないせいで。ろくに調べもしないで対戦相手を選ぶから、効率も悪いし怪我も負う。紅愛に言わせればそんなところだ。
 「どれどれ、ちょっと見せて」
 「おい、紗枝」
 「やーね、冗談よ冗談」
 二人から距離をとって、隅っこですねていた玲が割り込んでくる。
 「お前の冗談は最近笑えねーよ」
 「冗談に決まってるでしょ。私はみのりのスカートの中も紅愛の体にも、興味はありませーん」
 「みのり?スカート?」
 何やら不穏な会話が繰り広げられている。紗枝は比較的まともな人だけど、よくよく聞いていると気になる発言もいくつかあった。大抵は玲との掛け合いの中で終結しているから、飛び火することはないだけで。まぁどちらにしても、紗枝が本気で痣を見たい訳ではないのは明らかだった。
 「明日、筋肉痛だな」
 玲が悪戯っぽい目をする。
 「いや、お前の場合は明後日以降か?」
 「ちょっと、何が言いたいわけ」
 年を取ると筋肉痛に襲われるのに時間差がひどくなるとは言うけど。いくら何もしていないとは言え、高校生で明後日以降はないだろう。老人じゃないんだから。
 「そこまで運動不足じゃないっての」
 湯面を右手で弾くと、思ったより盛大にしぶきが上がって、玲の顔が派手に濡れた。
 「やったなっ!」
 まさかの両手。しかも連続攻撃。頭から滴るほどかぶる。
 「もう、二人とも子供なんだから」
 バシャバシャバシャ。一人被害を避けて、紗枝がそっと上がっていく。今、営業時間外で特別に開けてもらっているから他に寮生は誰もいない。もしいたら、即座に写真でも撮って新聞部に持ち込むべきだ。白装束が風呂場で子供みたいに遊んでましたよ、と。
 ミカどんなんか、大スクープになるんじゃないか。
 手で乱暴に拭うと、本気で楽しそうな玲の顔が見えた。
 「刃友を大事にしろよ」
 それだけ言うと、急に攻撃をやめて立ち上がりかける。紅愛はハッとして玲を見た。あれだけ距離があったから、聞かれてはいないはずなのに。というか玲に聞こえていたなら、あの場にいた全員に聞かれている訳で。
 だが玲はそれについて茶化すつもりはないらしい。
 「大抵は、それでうまくいく」
 「今更アドバイス?」
 熱気のある場所で暴れたせいか、やけに紅い頬をした玲は、それには答えなかった。紅愛もきっと同じくらい紅い顔をしている。今日は変な日だ。いつもは起こらないことがたて続けに起こる。
 変わらないのは今日の勝者二人だけ。
 入り口の戸に手をかけたところで、玲が振り返った。向こう側に人影が見えている。
 「来たぜ、本日のヒーロー」
 玲が横に退いて、ガラリと戸を開けてやるとヒーローが姿を現した。
 「あれ?」
 突然の自動ドアに驚くヒーロー。
 すぐ横に立っている玲に気がつくと、ありがとっと言って中に駆けて行く。
 「転ぶなよー」
 みのりの背中にかけた言葉、まるで耳には届いていないようだった。

つづく

2006年05月02日(火)
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