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屋上では、冬のわりには暖かい風が吹いていた。
二つ目の鐘を遠くに聞きながら、学内のあちこちを駆け回る剣待生たちを見下ろす。同じく剣待生の身でありながら、こうして堂々とぶらぶらしていられるというのも、一つの特権だ。それは同じ身分の連中と組んだ同盟のおかげでもあった。 今日の風はまるで春風のよう。手すりに寄りかかっていた紅愛のスカートがふわりと膨らんだ。 「よっ、春一番!」 それに合わせたように、どこかから聞き覚えのある声。 給水タンクのある一段高くなったところから、玲が身を起こしていた。 「いつからいたのよ」 「さっきだ、さっき。邪魔しちゃわりーと思ってな」 星奪りの最中に暇な剣待生、その2である。風が収まった。 「で、学園の憧れ神門玲さんが、こっそり人のスカートの中狙ってるわけ?」 意地悪く、可愛い子ぶった表情を作る。玲は頭の上で腕を組んで、そのままバタンと後ろに倒れた。昼寝の体勢に入ったらしい。 「バカ言え、どうせスパッツじゃねーか」 それはそうだ。剣待生ならなおさら。紅愛がいかに戦わない剣待生だとしても、それは常に装備している。風の強い春が来て、ごく一部の物好きが目ざとく狙ったって、あるのはひたすらスパッツばかり。色気のない話である。もっとも、女子校で色気があったってどうということもないけど。 鐘の音が、二人の体に響き渡る。 「ねぇ、よくこんなうるさいとこで寝られるわね」 音の出所は、二人のいる屋上から遥か遠く。高い高い、学園で最も高い鐘撞きの塔。こんな校舎の屋上程度では、高さが足りない。向こうから見下ろすことはできても、こちらからは見上げるばかり。 まるで、そこにいる人間の立場そのもの。 「耳が悪くなるぞ、ありゃ」 「撞いてる時にわざわざ行ったの?物好きね〜」 暇な剣待生その2がそんなに暇ではないことは、実は知っている。何しろ彼女の手段は、鍛錬に次ぐ鍛錬、研究に次ぐ研究。まさに字のごとく、努力。今は同じ目的があって一時休戦してはいるけど、普通にしていたら絶対相容れない。 「あそこの番人には、何か情報ないの?」 「宮本か、あいつは……特にねぇな」 気のない玲の声。鐘を撞く、会長の側近は品行方正。変な噂も付け入る隙もない。変わり者の王様みたいな会長の刃友を務めていながら、まるっきりの優等生然とした振る舞い。思い出すと、なぜだか不機嫌になっている自分に気づいた。 「玲、あんた本当はどこまで知ってるワケ?」 手を組んだといっても、全て信じているわけでもない。ただ、都合のよさそうなことを利用しているだけ。多分、力だけでいったら最強だろう神門玲のこと。単純に真実だけを話しているとは思えない。紅愛の声が春風に掻き消された。 「……」 ほんの数ヶ月だけど、少しだけ、本当も嘘も話した。それは積み重なった事実。
三階廊下の突き当たりの窓際で、会長がぼんやり突っ立ってる。 そんな、役に立つんだか立たないんだかわからない情報を持って玲が飛び込んできたのは、数十分前だった。今は、廊下の角に隠れて、その人影を観察している。 「いるだろ」 頭の上から玲の声がする。白服が二人揃って廊下でこそこそしているのは逆に目立つ。が、この場所は突き当たりになっていて人通りが少ないから、不審な二人を見守る生徒もいなかった。 「いるけど……何してンのよあの人。とうとうボケちゃった?」 会長の刃友が聞いたら後ろからどつかれそうなことを発言すると、玲は微妙に眉をしかめた。 「元からボケてるようなもんだろ、あいつは」 「知らないわよ」 玲ほど紅愛は会長と話したことがない。話すつもりもない。 「ある意味、お前の態度が正しいのかもな」 「なにが?」 「理解しようする方か、どうかしてるってことさ」 あの変態会長は、と玲が大げさにため息をつく。よほど日頃の会話で疲れさせられているらしい。紅愛が会長に関わらないのは、個人的に好かないからであって他の意味は何もないのだが、どうやらいつの間にか本能的に避けていたのだろうか。 まぁ疲れることとか大変なことは、全部任せておくとして。 「どうするのよ」 窓の外を見つめて微動だにしない会長は、いつにも増して変だ。紅愛ですら、隙だらけなのがわかった。今後ろから襲いかかれば簡単に捕獲できてしまう。二人もいれば十分だ。 と、そこまで頭の中で組み立てて、基本的なことに気がついた。 「会長捕まえたって意味ないじゃない」 いいことは一つもなさそうなその後の展開が頭をよぎったのか、玲もしかめっ面のまま固まった。 「なんかねーのかよ。折角、あいつが隙だらけだってのに」 「人呼び出したのは玲でしょ。何か考えなさいよ」 「思いつかねーから言ってんだろ。お前、そういうの得意だろーが」 「私は自分のためにしか頭使わないのよ」 「威張って言うことかよっ!」 揉み合っているうちに、謎の会長がわずかな金属音と共に傾いだ気がした。 「!」 真後ろからそっと、二人足並み揃えて近寄っていく。もしかして、会長はロボットなのか。 (それはねーだろ) (まさか、ね) いつも涼やかな顔をして、なんか無駄にキラキラしているような気もする会長。特に称賛することはないが、いやでも目につくその整った容姿は人工物であると言っても通用しそうだ。玲が無遠慮に肩を叩いた。 「よ、ようひつぎ」 ものすごく不自然な笑顔。硬い動き。 (わかりやす……) もっとなんかあるだろ。真横で見ていて、心の中で精一杯突っ込んでしまう。 肩を叩かれても、会長は振り返りもしなかった。 「なんだよ、シカトか」 なおもガッと肩を掴むと……パシャーンと廊下に鋼がぶちまけられたような音が響いた。会長はというと、上半身だけ廊下に落ちて転がっている。 「う」 「わぁぁぁぁぁぁなんっだこれっ!!」 壊した張本人の玲は、慌てて後ろに飛びずさる。その時、シュルッと紐状のものが飛んできて二人を縛った。 「ちょっと、何してんのよそこの二人っ!」 『帯刀!?』
春風は微妙な思い出を乗せていく。いっそどこかへ捨ててきてしまいたい。 「等身大ひつぎロボ、だったっけ」 男の子の夢と希望が詰まった一品、らしい。そもそもモデルも作った人も所望している人にも、男は一人もいないというのに。作った人、帯刀はメガネを光らせて自慢話をたっぷり30分も聞かせてくれた。いい加減うざかったので、31分目に玲と同時にどつき倒して逃げた。 アルミ製というところがこだわりらしい。 「あれはマジで驚いたよな」 身近な人が、触れただけで上半身だけ落ちるなんて。よく悪夢とかでありそうな話だ。 「結局、アレどうしたんだっけ」 「知らねー。知りたくもねー」 あれであの変態会長を熱愛する人間は少なくないので、修復されて今はどこかのハチマキ娘の部屋にでも飾ってあるのかもしれない。もしくは変態メガネの部屋か。 ほんの数ヶ月だけど、ほんの数えるほどだけど。 バカの周辺でバカに関わって、バカなことをした。それももう、これで終わる。断ち切る。どれだけ居心地がよくても、今が安住の地でないことは誰もが知っている。我々は、先へ進むためにここにいる。手段は正反対でもそれだけが四人の共通点だった。 「またこんなとこでさぼってる」 暇な剣待生、その3登場。反射的に玲が起き上がった。そのままズカズカ近づいてきて、華麗なジャンプと配水管を利用して玲の横まで上がる。 「いつもながら仲がよろしいわねー」 見ていると、紗枝は手加減なく玲の耳を掴んでそのままぐいぐい引っ張っていく。寝ていた玲は引きずられるように、屋上の入り口へと引っ張って行かれる。あの二人を見ていると、刃友って夫婦の間違いなんじゃないかと錯覚する。 (私はそんな関係ご免だけどね) 何もかも把握されていて、コントロールされているなんて、面倒で仕方がない。相方なんかわからないくらいでちょうどいいのだ。 「おっす、紅愛!」 噂をすれば影。表面からは何にも読み取れない相方が元気に手を挙げて走ってきた。
「行くわよ、玲」 もう春になるのだから。長い冬が終わりを告げて、凍っていた様々なことが溶け出していく。 「行くって、どこにだよ」 「次のステージへ、ってとこかしら」 言ってから、紗枝は空を見上げていた。薄い雲が漫然と広がっている、春の空だった。振り返ると、どちらも小柄な二人の姿があった。 「どうにでもなるだろ、あの二人は」 紗枝の考えを見透かしたように。玲は大きく伸びをした。 「刃友の問題は刃友同士でなきゃどうにもできねー。それがここのルールだろ」 「そうね」 「大丈夫さ。あいつら、思ったよりずっと」 四人で並んでいた数ヶ月は、存外悪くなかった。ただ、それだけだ。 「じゃあ、玲と私の物語はどこへ続いていくのかしら?」 終わることはできない。先へ進む。 「……アナタのお気に召すままに」 冬の空、春に変わり。人もみな、変わっていく。
2006年03月24日(金)
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