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■ 某鋼の兄弟みたいに
一度目のノックでは、誰も出てこなかった。 二度目、三度目を叩くうちに、とりあえず出直そうという気になって、そのまま足を反対方向に向ける。5時半を過ぎていたから、どちらかは帰宅してるだろうと思っていたのに。 今日は星奪りもなくて、平和な平日の夕方。夕歩は帰りに見かけなかった刃友のことが気になって、自分の部屋に戻った後すぐにここに来たのだ。 無道・久我。この部屋の二人の主。どこで何をしているのか知らないが、いまだ戻らず。 二、三歩歩いて、夕歩の中にある直感が生まれた。 「いる、かも」 出て来ないだけで、いるかもしれない。ふと頭を掠めた思いは、絶対的なものに膨れ上がって、夕歩はそのままノブを回した。やっぱり、と小さく呟く。 鍵はかかっていない。 「順?綾那?」 ドアを開けるとすぐ中が見渡せるような間取りだから、開け放ったドアの前に立つ夕歩の位置から静かな部屋が広がる。一応、呼びかけた。が、まるで人のいた気配がない空気が漂っていた。 「鍵の掛け忘れ?」 どうにも隙だらけな二人だなぁ、と思いつつ歩み進む。そこで、夕歩の耳に小さな物音が掠った。 自分の呼吸もできるだけ押し殺して、音の出所を探る。こういうのは刃友のほうが抜群に得意で、野生の犬みたいに耳も鼻もいい。今だってここにいたら、すぐに「そこだ!」と手裏剣でも投げているだろう。 ただ、この場合は少々簡単すぎる。視線の先の、二階のベッドに人影があった。 ゆっくりとハシゴを上がり、その先にいる人物を発見してほっとした。 「見つけた」 二人の主のうち、夕歩の刃友の方。順がそれこそ隙だらけな顔で眠っていた。傍らと、腹の上に雑誌やら薄めの本やら載せていて、非常に身動きがとりづらそうな状態である。 ずり落ちそうな腹の上の雑誌を手にとって、夕歩は眉をしかめた。 「またこんなの読んで」 ピーナッツ娘。別に刃友の趣味にまで口を出すつもりはないが、ちょっと15歳女子としてどうなんだろう。一般論は夕歩にもよくわからないから強く言えないけど、何か違う気がした。 とりあえず本や雑誌を全部集めて、寝ている本体の周りをすっきりさせて、夕歩は満足した。それから順の体に目が行った。背は夕歩より高いから、長い手足がベッドをギリギリまで使っている。順は夕歩の体を気遣ってばかりいるが、自分はどうなんだろう。 細い、思ったよりずっと細い手足と、それから腰。 なんというか、シャツの裾がめくれて順の白いお腹が出ている。そこに視線が行って、それからハッと我に返った。 「もう、順はまたおなか出して寝て」 シャツを掴んで、無理やり下に引っ張る。その仕草に、自分でも懐かしさを覚える。夏に昼寝していた時も、夜泊まって一緒に寝た時も。いつもはお姉さんぶる順に世話を焼けるのが嬉しかったのだ。 感慨にふけっていて、シャツを掴んだままだったらしく、順の手がいつの間にかそこに重なっていた。 「あれー?夕歩?」 ぼんやりした目つきの順が、ゆっくり起き上がる。そこに重なった夕歩の手と自分の手に目を留めると、時折見せるニヤけた顔つきになった。 「なーんだ、言ってくれれば、夕歩にならいくらだって」 見る?見る?と夕歩の手を取って下ろしたシャツを再び捲り上げる動作をする順。お腹を見せたがる犬じゃあるまいし。 「……見たくない」 今度はガーンとひどくショックを受けたようで、後ろに仰け反った。 「夕歩が、夕歩があたしのお腹見たくないだなんて……」 逆にどうして見たがらなきゃいけないのか、教えてほしいぐらいである。 「そんなの、今更」 「へ?」 夕歩の言いかけた言葉を聞いて、今度は順が変な顔をした。 「今更だって言ったの」 「それって」 見慣れてるってこと?と声ではなくて目で訴える。夕歩もまた、目で合図した。なんとなくお互い沈黙してしまう。順の耳がほんのり赤い。 というか気づいてなかったんだ。 生まれてこの方、裾を直す夕歩の手に。びっくりするぐらい鈍い。 「順、よくおなか出して寝てるから」 「えー、全然わかんなかった」 夕歩が側にいる時は見つけた端から直していくからいい。普段はどうしてたのか、少し気になった。まさか綾那がそんな親切行動をしているはずがないし。してたら気持ちが悪い。 綾那、と考えたところで当の本人が入って来る音がした。ハシゴに乗った夕歩と、寝起きの順をチラッと見ると、少々ヤケになったような笑顔で言った。 「また腹出して寝てたんだろ、あんた」 「え、何?綾那、そんなにあたしのお腹凝視してるの?やだー」 さすが同室。気色悪い声音を出してくねる順に、綾那は教科書を投げつける。ハシゴからさっと下りてかわす夕歩と、座ったまま受け止める順。 もうこれ以上は危険だろう。 激しい学用品の投げ合いが開始される前に、夕歩はそっと部屋を出た。閉めたドアから、「削った鉛筆は投げるの禁止ー!」と叫ぶ順の声がした。
2005年10月28日(金)
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