池ポエム
ハンス



 綾那争奪戦7

番外編「最強の二人の場合」

 「ただいま戻りました」
 視聴覚部屋のドアに手をかける。会長室ではなく真っ直ぐにここに来て正解だった、と静久は思った。早速先程の星奪りの様子を上映しているあの人の姿があった。やはり、あの組の大乱闘を見ているのか、ご機嫌な雰囲気を醸し出している。わかりやすい。
 「ご苦労様」
 一時停止してこちらを見てくれた。そのまま手招きして、傍らまで呼ぶと再生ボタンを押す。
 「やはり黒鉄さんと無道さんの仕合いですか」
 会長はふわりと微笑むと、静久にしゃがむように促した。訳がわからないが、とりあえず言われたままに座ってみる。そっと綺麗な手が髪に触れる。
 「貴女の誕生日のことを思い出すわ」
 それはまだ一ヶ月ほど前のことだった。あの日、一年に一度しかないという日に起きた出来事が一瞬で脳裏に浮かぶ。できれば二度と、とは言わないがあまり頻繁には体験したくない。会長は優しげに静久の髪を梳いている。静久の顔は自然と赤く染まった。
 「ひつぎさん、その、誕生日ルールはこれからも続けるんですか」
 今年があれば来年もある。静久とひつぎが離れることなどあるはずもないのだから、このルールを続ける限りまた起こってしまうだろう。アレが。静久が先のことを考えて気を重くしていると、会長は他人事のような口調で言った。
 「どうかしら。先のことはわからないものだから」
 自分の意志ぐらい確定してほしいものだ、と少し思ったが彼女はそういう人。とっくにわかっていることだった。

 「さっきはさすがね」
 「まぁ、慣れてますからね」
 色々と無茶な要求には、とつけ加える。同じように無茶な要求実行部隊でありながら、あまり報われていない自称会長一の側近は珍しくケンカ腰ではなかった。即席とは言え、鐘を鳴らすために協力プレーを成功させたから、今日ぐらいは連帯感を感じているのだろうか。
 「静久、貴方視力いくつ?」
 そう聞く彼女は眼鏡常用者だ。
 「2.5です」
 「アフリカに行っても立派にやっていけるわね」
 褒められているのかなんなのかいまいちわかりにくい。
 「それはそうと、誕生日の日にあの方と何をしてたの?」
 幾度となく彼女には尋ねられた質問だった。しかし一度としてまともに答えていない。意地悪をしている訳ではない。それを口に出すと、再び脱力というか羞恥というか、思い出したくない感情が蘇ってくるから封じているのだ。おかげで余計に誤解されたらしく、追及は一層厳しくなっている。
 「貴方とひつぎ様が誕生日の日に何事かあったのは、知ってるのよ」
 その日、彼女は用で学園を留守にしていたから知らないのだ。でなければ情報収集は学園一。知らないはずがない。学園の裏側で大活躍の隠しカメラにも、運よく映っていなかった。
 「そんなに大したことじゃ……」
 「じゃあ言いなさいよ」
 「ヒントじゃダメですか」
 なぜかクイズ形式になってきた。彼女は仕方なく頷く。
 「動きです」
 「動き?動作のこと?」
 「まぁそんなものですね」
 首を捻る。確かにこれでわかったらすごい。更に二つ目。
 「二人で一緒に動きます」
 言い終わった途端、彼女の眼鏡の奥の瞳がじっと静久を凝視した。何かまずいことでも言っただろうか、と自分の出したヒントを反芻する。気づかれたのだとしたら相当勘がいい。
 が、彼女は突如頬を染めるとヒステリックに叫んだ。
 「不潔っ!!覚えてなさいよ、静久!!」
 「は?」
 何と勘違いしたのか知らないが、そのままドアを派手に閉めると全力で駆けて行ってしまった。残された静久には何が何だかわからない。しばらくして、今度はごく普通にドアがノックされた。
 「はい、どうぞ」
 「写真部でーす」
 入って来た一般生徒は首から古そうなカメラを提げていた。どうぞ、と数枚の写真を差し出す。つい受け取って目を通し、今度は静久が固まった。
 「この前の会長と宮本さん、お似合いでしたよー」
 「いつの間に」
 「だって、あんな風に校内を堂々と歩いてったら撮らないわけにはいかないですよ。素晴らしい被写体なんですから」
 写真には、誇らしげな表情で静久をお姫様抱っこするひつぎと、しがみついて顔を隠している静久の姿が写っていた。

 「一度やってみたかったのよ」
 会長室で優雅にひつぎは語った。正面で机を挟んで向かい合っている玲と、その斜め後ろに控える紗枝があからさまに妙な顔をする。
 「やってみたかったって、何をだよ」
 「略奪愛」
 開け放っていた窓から涼しい風が吹き込む。夏も終わりに近づいて、下がってきた気温のせいだけではないらしい。玲は気を取り直してひつぎに問い直した。
 「それとお前が宮本担いで校内をウロつくのと、どう関係あるんだ」
 「あら。わたくしはちゃんと奪って来たわ」
 「どこから、何を」
 突っ込むところが多すぎて、そろそろイヤになりかけている玲がこめかみを押さえながら必死に言葉をつなぐ。人は玲を短気な性格に見るが、本当に短気な人はそろそろキレている。
 「静久を求める多くの剣待生たちの群れから、静久自身を」
 玲の後ろでポン、と手を打つ音がした。
 「それでわざわざ宮本に人が群がるようなルール作りやがったのか。何考えてんだ」
 「ふふふ。確か神門さんの誕生日は……」
 「あー、もういい!」
 刀を掴み、踵を返して玲はパッとひつぎに背を向けた。二人の背を見送るひつぎのテーブルの上には、一枚の写真が大切そうに置かれていた。
 大股で歩く玲の後ろを紗枝がさりげなく着いていく。
 「してあげよっか?」
 「あぁ!?何を」
 「お姫様抱っこ」
 「お、ひめ……」
 玲、絶句するしかない。紗枝はいつもと同じ淡々とした調子で言った。
 「いいじゃない。別に、減るもんじゃないし」
 もうこれ以上何も考えたくない気分になる。返事はせずに、玲は黙って前を見て歩き出した。『つーか、あたしはされる方なのか?』という疑問が頭の中をいつまでも回っていた。

 本当に【完】

2005年09月28日(水)



 綾那争奪戦6

ケース6「はやてと綾那の場合」

 広場に死屍累々と剣待生たちが倒れ伏している。その中央に、はやてと綾那の姿はあった。死闘の終わりを告げる鐘の音が響く。
 肩で息をしながら、綾那は刀を収めた。
 「ったく、なんで私がこんなことを……」
 「あやなが連れて来たんだよ……」
 いつもは元気爆発でピンピンしているはやても、横でどべーっとひっくり返っている。二人の今いるところはBエリアの外れの方の原っぱ。ここまで追っ手を適度に倒しながらたどり着くという作戦は、なんとかうまくいった。
 「でもやったね」
 はやてが倒れたまま、片手だけでガッツポーズをする。
 鐘が鳴った直後、綾那とはやてはBエリアまでダッシュで移動し、その後を綾那捕獲団体のBランカーたちが追いかけるという妙な構図だった。走りながら、綾那は大変なことに気づいた。
 「まずいな」
 しかし冷静に、一人呟く綾那。先にダーッと駆けていくはやてはその小さな呟きを耳にして、綾那の真横まで近づいて顔を覗き込む。
 「何がまずいの」
 「あぁ」
 一つ呼吸を置いて、後ろの追撃者たちに聞えないように囁いた。
 「刀がない」
 二人の足が、Bエリアに入った。

 追撃者たちの地の剣が一斉に綾那に向かって振り下ろされた。
 「聞こえたかっ」
 素早く身を翻して全ての刃をかわす。綾那がはやてを見ると、ニッと余裕の笑みを見せた。
 「クロッ、そういう訳だからアンタはさっさと星を奪れ、できるだけ多く」
 天の星が奪られない限り、勝負は負けにはならない。今日の綾那は誕生日だ。刀さえなければ、はやて以外の誰かと強制的に組まされる心配もない。何しろ刀がなければ話にならない。
 「それであやな、刀を置いてきたの?」
 はやてはニッコリ笑って、綾那を見た。なぜか悠長に構えて、抜刀しないまま。
 「あぁ、そうだ。というか、本当は手近になくて」
 頭突きのダメージから回復して起き上がった時、真っ先に探したのは眼鏡、次は刀。少し見回しても見当たらなかったから、刀を置いていくという選択肢を思いついたのだ。
 会話している間にも、次々と剣待生が襲い掛かってくる。
 「何してるんだ、さっさと刀を抜け」
 綾那がはやての方に気をとられた隙に、剣待生Aが背後で振りかぶる影が映った。
 「呑気にお話なんてしてる暇あるの?」
 「くっ!」
 剣待生Aが綾那を捕える。逆サイドに剣待生Bが現れ、さすがにかわしきれない。散々人に組ませろとストーキングしておいて、標的になった狙い打ち。
 「ろくでもないルールだな」
 地の星を諦めかけたその時、はやてがあるものを放り投げた。しっかりしたストレートで剣待生Bの後頭部にヒットする。そのままバウンドして、いい具合に綾那の手に収まった。
 「クロッ、あんたが持ってたの」
 「ごめん。あやなの刀持ってたかったんだ、今日は」
 受け取ったばかりの刀には、いつものようにしげ美がぶら下がっている。綾那を囲んでいた剣待生たちが一気に動いた。間髪なく刀が抜かれて、目の前にあった地の星を四つ奪う。激しい打撃音がして、人の輪が崩れ地面に人が転がる。
 「さて、散々人のこと弄んでくれたから、お返ししようか」
 Bエリアでの死闘が始まった。夢中を剣を奮ううち、目の端でダンボールを脱ぎ捨てるはやての姿が見えた。
 そのダンボールも今は踏まれてベコベコのヘロヘロになっている。
 「まさかその下に刀持ってたなんてね」
 綾那も呆れ顔になっている。
 「ごめん、あやな」
 はやては起き上がってバツの悪そうな顔をした。刃友の刀を持っていること。それが何となく不安な今日を守ってくれる気がして、順に聞いてみたのだ。彼女は、後で綾那に言っておくよ、と承諾してくれた。
 「そっか」
 珍しく小さく縮こまるはやてを見て、綾那は珍しくバイオレンスな気分にはならなかった。それどころか、小柄な刃友に優しくしたい。変な自分。そう心では思いながら、はやての手をそっと取った。
 「心配しなくても、私はあんた以外と組みたいとは思わないから」
 前はゆかりと組んでいた。唯一無二の、他にはいない自分だけの刃友だと思った。相手もそう思ってくれていると、勝手に思い込んでいた。絶対なんて事、世の中にはそうはない。あの頃より年を取って、成長したのか達観したのかわからない。まだ諦める事はできなくて、焦りながら無様に前へ進むことを考えている。
 はやての手を握る。
 「どこにもいかない。最初に付き合うって約束したでしょ」
 せめて目の前の相手の行く末を見届けるまでは、まだ。
 「あやな、誕生日おめでとう」
 はやてが腰にしっかり抱きついてきて、きつく抱きしめられた。

2005年09月25日(日)



 綾那争奪戦5

ケース5「蹴散らす人達の場合」

 廊下に土煙というのも、考えてみると異常な現象だった。桃香は箱はやてをその場に下ろして、地響きのような集団に圧倒されていた。
 「な、なんじゃ」
 「地震?最近地震多いよねー、もかちゃん」
 はやてのアホ毛がびよんびよん揺れる。何か妖気を察しているらしい。
 「そう言えば昨日も地震あったよね」
 「へ?いつ」
 「夜の3時ぐらい」
 「う〜ん?知らんのぅ」
 世間話を続けている間にも、足音は近づいてくる。肉眼でも人影がはっきり見えるようになった頃、桃香とはやては同時に叫んだ。
 「あやな(無道さん)!」

 綾那はただ真っ直ぐに、はやて目指して走っていた。はずなのだが、どうにも背中が騒がしい。最初はこんな様子ではなかった。寮の自室を出てすぐのところで、名も知らぬ剣待生が現れた。急いでいるのであまり話を聞いていなかったが、何やら誕生日ルールのポイント目当てらしい。
 何にしろ承諾するつもりはないので、そのまま「断る」と叫んで走り続けた。学校にたどり着いてからも似たような用件の剣待生たちが4、5人行く手を阻んだが、文字通りぶっちぎって来た。だから自分の背後がどうなっているか、省みなかったのだ。男は後ろを振り返らぬもの。女だけど。
 ついに発見した、ダンボールをかぶったはやてと桃香が、盛んに後ろを指差している。
 「あやなっ、後ろ後ろ」
 つられて振り返って、事態にようやく気づいた。
 「なっ!」
 「あやな、鬼ごっこ?」
 呑気にはやてが尋ねてくるので、思わず箱の腹に蹴りをお見舞いする。
 「バカっ、元はと言えばあんたが」
 「むっ、無道さん、後ろの連中が!!」
 桃香が悲鳴を上げる。綾那捕獲団体ご一行様が、立ち止まった隙に綾那に手を伸ばしてきたのだ。ホラー映画の哀れな犠牲者さながらに、後ろに引っ張り込まれる綾那。はやてはとっさにダンボールを突き破って綾那の腕を掴んだ。
 「いやぁぁぁ!!あやながさわられるぅぅ!!!」
 「それを言うならさらわれるだっ、バカ」
 悪態を吐きながらも、次第に後退していく。やはり2対20では分が悪い。必死にもがきながら、そういえば今日は誕生日だっんだっけ、と綾那はうっすら思い出した。そもそも誕生日でなければ、こんな目に遭わずに済んだ。よくよく考えてみると、何も自分に得なことがないではないか。
 瞬間、天地の虎が咆哮した。
 「クロ、やるぞ」
 「おっしゃー!!スタンバイオッケー!!」
 「ちょっ、鐘も鳴ってないのに乱闘はあかんですって」
 桃香の冷静な突っ込みも、二人には届かない。しかしいくらなんでも、星奪り以外の時にこんな大人数とやり合ってはポイントを失うどころか停学にもなりかねない。桃香がはやてを羽交い締めしようと腕を伸ばした時、天に鐘の音が響いた。
 雲ひとつない今日の空にふさわしい、澄み切った音が。

2005年09月24日(土)



 綾那争奪戦4

ケース4「箱人間の場合」

 逆さまになってブラブラしている順が一通りの説明を終えた。さすがに少し顔色が悪くなっている。頭に血が昇りつつあるらしい。
 「で、それであいつが頭突きしてくるのと、何の関係があるんだ?」
 はやての誕生日を祝いたい気持ちはわかったが、それが頭突きでは表現方法が個性的過ぎる。普段から爆裂変わった刃友だったが、そこまでとは思わなかった。治まっていた頭の痛みが再発した気がする。
 「結果としては頭突きになっちゃったけど、はやてちゃんはキスを狙ってたんだよ」
 「ふぅん……て、何!?」
 「聞えなかった?キスだよ、キス。チュー」
 外見は灰色だが中身はピンク頭の順が、逆さまのままチューだのキスだの連発した。綾那の右手がブルブルと震える。
 「それは、何かの嫌がらせか?」
 「ヤだなー、綾那。イヤがらせだなんて、はやてちゃんは綾那を喜ばせたい一心で」
 綾那のメガネがギラリと光るのを、順は確かに目撃した。静かに、しかし物凄い威圧感を背後に背負いながらゆっくりと口を開く。
 「吹き込んだのは、お前か」
 「まぁ、はやてちゃんがどうしたら綾那が喜ぶかって聞くからさ。ちょっと知恵を貸して……」
 瞬間、綾那の脇がしっかりと締められた。膝をついて順の逆さまの顔に向き直り、腰を捻らせる。
 「あっ、綾那ちょっと待っ」
 「ギャラクティカマグナムっ!!!」
 右腕が天に向かってしなり、見事なアッパーが顔面に決まった。ちょうどいいサンドバッグのような体勢でいた順の不運としか言いようがない。そのまま二段目から落ちて、屍と化す。綾那は首を鳴らしながら、ベッドから出る。
 「今日が誕生日のうちは、まだ何か仕掛けて来るだろうな、あいつ」
 血まみれで倒れているルームメイトに目もくれず、綾那は手ぶらで部屋から駆け出した。


 昼休み。三年生の教室前の廊下を、はやては行ったり来たりしている。一人ではなく、桃香が何とも言い難い表情で後ろをついて来ていた。
 「なぁ、黒鉄。やっぱりやめんか?」
 はやては頭からダンボールをかぶり、くりぬいた穴から頭だけ出して人間看板と化していた。前と後ろには、でかい文字で『無道綾那を誘う前にあたしを倒してから行け』と書かれている。
 「ダメダメ!!今日が終わるまでは、油断できないよ」
 「ほうじゃけど、そろそろ周りの目ェが辛くなってきとるし」
 三年生の教室にはもちろん三年生しかいなくて、一年のはやてと桃香は明らかに浮いている。はやてが妙な格好をしているからなおさらだ。
 綾那を守るには、綾那を誘ってくる他の剣待生たちをガードすればいい。単純にそう考えたはやては、一年の教室に入ってくるやいなや、ダンボール工作を始めた。桃香も仕方なくカッターを握る。誕生日ルールのことは桃香も知っていたが、刃友の犬神の誕生日はまだ先だ。今のはやての慌てぶりを見ると、その日が来るのが不安になる。
 「別に刃友に断る必要はどこにもないんじゃろ」
 ルールでは、本来の刃友に許可をもらったり、果し合いをしたりする必要は全くなかった。つまりはやてが勝手にやっていることで、強制力がないばかりか罰される可能性もあるのだ。
 そこまで言うと、ダンボール人間はやては立ち止まって俯いてしまった。
 (珍しく自覚しとったんか!)
 ついいつもの無自覚バカ行動かと思い、言ってしまった一言に桃香も焦る。
 (なんかフォローせんと……)
 はやてはバカはバカだったが、その気持ちの底はいつも真剣だった。同室になって数ヶ月。桃香なりにはやてのことはわかってきたし、大事な友達だとも思っている。
 「大丈夫やって。無道さんも、あんたがどんだけ想っとるかようわかっとるはずじゃし」
 と、言いつつ振り返った先に、ダンボール人間の姿はなく。いつの間にか通りかがりの三年生からマジックを借りて、着たままのダンボールに何か描こうとしていた。
 「ていっ」
 「いてっ!」
 赤のマッキーを手にしたはやてが、ぼふんと廊下に倒れた。
 「何するのさ、もかちゃん」
 仰向けの亀のように手足をバタバタさせる。一度倒れたら自分では起き上がれないらしい。
 「撤収じゃ、撤収」
 「あーっ、待って待って、ダメだよ!!」
 桃香はひょいっと箱ごとはやてを抱きかかえた。同じ一年生でも、体格が違う二人だから運搬には支障がない。子供の頃、ネジ巻き式のロボットのおもちゃでこんなんあったな、と思いながら抱えたまま廊下を移動する。さっきとは違った意味で好奇の視線を浴びている。
 その頃。廊下を疾駆する綾那もまた、好奇の視線というか驚愕の視線を浴びていた。駆けていく後ろを無数の剣待生たちが追走している。綾那は振り返ることなく走り続け、追走する人数は移動距離に比例して増えていく。
 桃香と箱人間は、廊下の彼方から土煙が上がっているのを目撃した。

2005年09月21日(水)



 綾那争奪戦3

ケース3「エロい人たちの場合」

 半分引きずりながら、それでも懸命に走って来たのだろう。少女の顔つきは必死で、息が上がって途切れ途切れになりながらも訳を説明している。背中には、少女より長身の人間が一人。まずおんぶするなら逆のポジションだろう二人だったが、今は仕方がない。
 背負われているほうは、明らかに気を失っていた。鼻血も出ている。半泣きでピンク髪の少女は訴えた。
 「あたしが、チューを、あやな……が、頭突きで」
 なんとなく想像のつくような、つかないような。とりあえず二人を中に入れて、二人がかりでベッドに寝かせた。無道綾那。確かにこの部屋の住人で、ベッドの下の段の使用者である。
 上の段使用者の順は、今まさに登校しようとしていたのだが、緊急なのでそれはパス。肩を落として綾那を覗き込んでいるはやてを見る。
 「あやなぁ」
 はやては自分が鼻血を出すのには慣れているのに、相方の出血にはいたく衝撃を受けたらしい。
 「大丈夫だって。綾那は頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ壊れないよ」
 はやて自身、前に百人乗っても大丈夫だと言っていたような。そんな物置き並に頑健な綾那の眼鏡をそっと外して、はやてに渡した。
 「じゅんじゅんの言ったとおりやろうとしたんだけどな」
 「あたしは頭突きしろとは言ってないけどね」
 二人の綾那好きは、昨晩当人には内緒で密談を交わしていた。
 時刻は八時。綾那本人がいると殴られたり張り手されたりバイオレンスが忙しいので、いない隙にするに限る。まぁ早い話がちょっとエロい話とかを。その時も、ちょうど風呂に行っていて、待っている間暇を持て余していたはやてに、獣のお姉さんが近づいて来て言った。
 「明日、綾那の誕生日なんだよ」
 今年で出会って三年目。誕生日だからってそれがどうした、な態度を取る綾那でも、同室の友人ともなれば情報はばっちり。刃友のはやては知り合ってまだ数ヶ月だから、応援する気持ちで教えた。が、はやては胸を張って誇らしげに言った。
 「ちっちっちっ、甘いなじゅんじゅん」
 ハードボイルド風はやてと化して、どこからともなく手帳を取り出した。
 「この“あやな帳”にばっちり書いてあるもんね!」
 「あぁ、確かに“あやな帳”」
 黄緑色の表紙には、きれいに縁取りした文字でそのまんまの題が書かれていた。中をめくると、まだ一ページ目しか使っていない。
 「じゃあはやてちゃん、何か計画してるんだ?」
 順があやな帳を覗き込みながらそう言うと、はやてはものすごい自信満々な顔で言った。
 「ううん、全然」
 「……セリフとリアクションが合ってなくない?」
 「ねぇ、じゅんじゅん。あやな、何したら喜んでくれるかな」
 今度は少し、真剣な色を帯びた声音だった。
 「何、か。綾那は結構難しいかもねぇ、そういうとこ」
 順自身、はやてに正面から聞かれて、すぐには思いつかない。同室三年目の腐れ縁でもこうなのだ。綾那という人は、わかりにくそうでわかりやすく、そしてやっぱりわかりにくい人だと、順は思う。
 「ゲーム、は綾那は好きなものは自分で買っちゃってるからなぁ」
 発売日に買って、やるかはともかく手には入れてしまうタイプ。やってないソフトも相当あった。
 「8月から誕生日ルールあるし、はやてちゃん大変かもね」
 誕生日ルールのことは、剣待生全員に通達があった日から、律儀に施行されていた。その内容は、ちょっとばかり聞いた感じの内容とは違ったが。
 「誕生日ルール……」
 はやての顔が一層引き締まる。
 「『何だっけ、それ』っていうボケはなしね、はやてちゃん」
 「すごーい、どうしてわかったの!ウスパー!?」
 「それを言うならエスパーね。っていうか、やっぱり知らなかったんだ」
 はやてがまだ学校に来て間もない頃、相方となった綾那は星奪りルールをはやてに叩き込むのに苦心していた。炸裂した技の数と流れた血の量は計り知れない。新しいルールが一つ増える度、綾那とはやてコンビは血の滲むようなやり取りをして(比喩でなく)、理解していった。
 「ま、簡単に言うとだね」
 誕生日の人間を連れて星奪りに参加して勝つと、ポイント4倍。
 順は「大サービスだよね、まったく」と言って片手の指を四本立てた。
 「すごー!」
 「だから誕生日の人間は、その日一日『刃友以外の人から誘われる』ってわけ」
 「え?」
 無邪気に目を輝かせていたはやての顔が、一瞬固まった。
 「でも、でもあやなの刃友はあたしなのに」
 「もちろん、本来の刃友だってOKだよ」
 ただ、第三者から誘われて、共に戦うことが可能なだけで。はやての頭にも、事の重大さが届いたらしい。そのまま固まってブルブルと頭を抱えている。
 「いやだぁー!あやなは誰にも渡さないぞー!」
 両腕を上げて、ガッツポーズを決めるといきなり外に飛び出て行ってしまった。残された順は口をあけて、呆然とはやてが出て行ったドアを眺める。
 「大丈夫かな」
 興奮して落としていったあやな帳を拾い上げて、ため息をついた。

2005年09月18日(日)



 綾那争奪戦2

ケース2「大量出血の場合」

 外がやけに明るい。窓からは日が差し込んでいて、顔に直接当たっている。寝かせてくれたのはありがたいが、直射日光にも配慮してほしかった。薄暗い所愛好家の綾那としては、心底そう思う。
 起き上がってみると、見慣れたいつもの部屋。視界は低いほうが落ち着く、いつもの下のベッド。無意識のうちに、時計を確認していた。10時過ぎ。とっくに授業は始まっている。
 「まぁ、それはいいか」
 学生としては不真面目なほうなのは自覚していた。どのみち、自分の中では割とどうでもいい部類に入ってしまうのは変えようがない。進級するには十分な成績は残しているし。
 誕生日だのなんだのと言いつつ、自室で寝転がって過ごす。まぁ、自分らしいかと特に気にも止めていなかった。それより気になるのは、おそらく頭突きをかまして自分をぶっ倒した後、ここまで運んできたらしいはやてのことだ。今は姿が見えない。授業があるから学校へ戻ったのだろうか。
 ぼんやりと宙を見上げていた視線をふと横にずらしたら、灰色の髪の毛みたいなものがベッドの二階から垂れ下がっていた。数秒、濃い灰色のソレを黙って見つめてしまった。
 「うわぁぁぁぁぁぁ」
 ここは叫ぶところだ、と自覚するまで10秒はかかっただろう。髪らしきものは人間の髪そのもので、しかもなんか見慣れた色をしていた。二階から、真っ逆さまの頭が覗いている。
 「やっほー、綾那」
 非常識な登場をしてくれたのは、同室の順だった。一体いつから上の段にいたのだろう。逆さまになっていることなんか気にしていないようで、呑気に手なんか振っていた。
 「何してんの。授業始まってるよ」
 「それはそっくりアンタに返す」
 今朝、はやてに呼び出されて早くに部屋を出た時は確かに部屋に順はいた。その後、ごく普通に登校したとばかり思っていたのに。それよりここに運ばれてから、まったく気づかなかった。普段から神出鬼没だけど、ついに部屋にいても気配を感じさせなくなったか。
 「はやてちゃんと朝からデートなんじゃなかったの」
 朝から眠たさ全体の顔をしながらも出かける用意をしていた綾那に、順はまったく同じことを言っていた。つい朝だから気が立って、トレーニング代わりに斬り捨ててしまったけど。
 「そのクロなんだけど……」
 「あ、そうそう。綾那をここまで運んだの、はやてちゃんだよ」
 逆さまの頭がふらふら揺れる。順いわく、登校時間間際に小柄なはやてが必死に綾那を背負ってこの部屋の戸を叩いたらしい。揺れる順の頭を見て、綾那はまた眠気に襲われた。
 「それで、アンタはどうしてここにいるんだ」
 「まぁまぁ。それからちょっとした続きがあってさ」
 順が逆さまのまま、にやっとたまにするエロい笑みを見せる。知りたいような、知らないままのほうがいいような、複雑な気持ちになった。

2005年09月15日(木)



 特別お誕生日企画「綾那争奪戦」

 特別なのに争奪戦。誕生日なのに争奪戦。素敵な乙女どもに取り合いされるメガネの乙女。そんな一日が幕を開けた。

ケース1「クロさんの場合」

 はやてはドンとテーブルを叩き、小さい体を精一杯伸ばして主張した。
 「だから、あたしが一番!」
 内容は実に明快。綾那とのカップリングで、誰が一番優勢かという議題だ。まだ朝方のカフェテラスでそんなことを大声で言うのはどうかと思うが、なぜか今日ははやて達以外の生徒の姿が見えない。
 「誕生日だからね」
 誰に問われるともなく、はやてが言った。そう。星奪りの特別ルールとして、「お誕生日ポイント」というものがある。この前までそんなルールは誰も聞いたことがなかったから、例の会長の気まぐれに違いない。それも、8月の頭に突如設定されたらしい。それを聞いた一部の事情を知る者は、会長の刃友の顔を思い浮かべずにはいられなかったそうだ。
 そのとばっちりというか、恩恵というか、9月に生まれた綾那にもルールは適用される。
 「朝早くから人を呼び出しといて、そんな話なのか、え?」
 「いだだだだ、いだいです、あやなさん」
 はやての頬がつきたての餅並の柔軟性を発揮している。
 「私はてっきり誕生日ルールの作戦でも立てるのかと思った」
 「あー」
 はやてはちょっとだけ遠い目になる。急に空いた変な間に、綾那は速攻でピンときた。
 「あんた、ルールわかってないだろ」
 「えへ」
 かわい子ぶってみるはやて。と、拳を急速に固めてはやてに迫る綾那。人のいないカフェテラスでよかった、と思わせる程の鬼ごっこが展開した。開店前の、折り畳まれたパラソルの幹に綾那の拳が炸裂する。メキッといやな音を立ててパラソルは倒れた。アルミでできているはずなのに。
 「あやっ、なっ、でも、あたしが一番だって、今日はしょうめいしなくちゃいけなくって!」
 鬼っ速で繰り出される拳を、風のようにかわしながら息の合間にはやては叫んだ。少しずつ涼しくなってきた秋の空気の中に、その言葉は響く。
 「意味がわからんっ!」
 綾那の右腕が大きく空を切った。バランスが崩れ、咄嗟にテーブルに手をつく。
 瞬間、ダダッと強い踏み切り音が聞こえ、視界がピンク頭でいっぱいになった。ガツッというとても硬いものにぶち当たった音がした。
 「あ、あやなぁぁぁ!」
 空を塞ぐものは何ひとつなくて、雲ひとつない青い空。
 最後に聞いたのは、刃友の心底泣き出しそうな声。それと、しばらく味わっていなかった、鉄の味。

2005年09月13日(火)



 君の背を計りたい

 いつものように、並んで町を歩く。何かいいことあったのだろうか。隣にいる君は機嫌がよさそう。そんな風に思っていると、全然そうでもなかったりする。自分の予想は当たらない。特に、君に関しては。


 二、三日町での仕事が続いたから、余計な洗濯物や怪我が増えなくて嬉しいんだろう。そんなぐらいに考えていた。
 「何か、いいことあった?」
 気になることは直接聞くに限る。職業柄、調べ物は日常茶飯事だが、そんな時も百聞は一見に如かず、だ。師匠同然の白熊男の口癖だった。
 アレコレ推測するのは性に合わない。前にそう言ったら、同じ仕事をしている知人に呆れた顔をされた。
 「どうして?」
 彼女は質問に真っ直ぐ答えることはあまりない。知りたいことはいつもはぐらかされて、気づいたらよくわからない所に落ち着いている。それでもいいのは、自分が驚くほど忘れっぽいから。
 「さぁ。なんか嬉しそうだから」
 「嬉しそうだなんて」
 一言も言ってないでしょ。気持ちを先読みしても、この一言で返される。言われてしまうと返す言葉もない。確かに何も言ってない。
 でもいつも思う。言った事だけが本当だろうか。
 「見てりゃわかるよ」
 眼で見ることは、何よりも大事だ。それだけでわかる情報は多い。仕事で縁のある中年女性の集団なんか、会うたびに誰でもそう言う。眼を磨け、と。
 中年女性の集団の顔を一人一人思い出していたら、並んでいたはずの彼女は少し後ろに下がっていた。2メートルぐらい距離ができる。
 「どうした」
 「アンタ、背伸びたね」
 「ん?」
 なんとなく、手を頭に当てる。ゴーグルで2センチは嵩増ししているだろうといつもからかわれる頭も、今日は何もつけていない。正真正銘、自分の身長。改めて見ると、二人の視線はぶつからなかった。
 そういえば出会ってからどれだけ経っただろう。
 「今、いくつあるの」
 身長なんて、もう何年も計っていなかった。大体身長を計る道具は、現場で使ってる巻尺ぐらいしかない。
 「アリッサはいくつ?」
 「さぁ」
 知らないのはお互い様だった。
 「さぁって、それじゃわかんねぇよ」
 相手の身長を目安にして、プラス3センチぐらいしようと思っていたのに。
 「よし、久々に計るか」
 そう言ったら、彼女の瞳が少しだけ大きく開かれた。
 「計るものなんて」
 「だいじょーぶ」
 ポケットからとっておきの道具を取り出す。計るといえば、これしかない。
 「15センチ定規で人間計れるわけないでしょっ!このバカ!!」
 「いって!!」
 みぞおちに思い切り定規が突き刺さった。素早く奪い取られて刺されたらしい。
 「竹だぞ、それ」
 素材を自慢したら、頭に定規が飛んできた。
 竹は他のものより使い勝手がいい。これは本当。
 「おーい、じゃどうするんだよ」
 「せめて巻尺使いなさいよっ」
 足早に立ち去っていく彼女の背中を追いかける。背が変わっても、年が変わっても、後姿は変わってなかった。
 巻尺でもなんでもいいから、帰ったら計ってやろう。

2005年09月06日(火)
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