池ポエム
ハンス



 砂漠を渡る電鉄

 ピンポンパンポン。
 操舵の斜め上辺りにぶら下がっていた、ボロのスピーカーが吠えた。
 「なんだ?こんな時に」
 「『あーあー、ただ今マイクのテスト中。本日は晴天なり』」
 涼しげな声だった。微妙に棒読みの。
 「誰だ!」
 「『こちらは、最後尾車両のマイクで通信中』」
 「最後尾?人が乗ってたのか?」
 「『あんたは、この仕事を引き受けた配達人の三鞍だね?』」
 「そ、そうだけど」
 「『私はマウリーツィオ・カシオ。配達人だよ。今日は特別にあんたを助ける』」
 ピーピーピーという音がして、そこで声は途切れた。
 ガタガタからゴゴゴゴゴという音に変わりつつある車輪の音が響く中、確かに自分はスピーカーから聞こえてくる声と会話した。
 果たして、人間か。
 荷物以外のものを載せた覚えは全くない。荷のリストの中に、人体という単語は見当たらなかったはず。
 「今のは……幻聴か?」
 切羽詰りすぎて素敵な夢が垣間見えたのかも知れない。もうそうなったらおしまいだ。冷静に対処とかそんなレベルではなくなっている。それとも、もうすでに素敵な夢の一部に足が浸かっているのか。それは別名棺桶とも言う。
 「棺を用意されるには、少し早いなぁ」
 マイクのスイッチはONの方に傾けたまんまだった。
 「『その通り。君はまだ若い。先は長いぞ、諦めるな』」
 「つーか、アンタは誰だ。本当に人間か?」
 ボロい見かけによらず、このマイクは小さな小さなつぶやきすらも拾っていたらしい。
 「『だから名前はさっき言っただろ。信用してよ』」
 「いきなり人が乗ってないはずの列車のスピーカーから話しかけられて、信用できる奴がいるならお目にかかりたいね」
 「『それがねぇ、信用するしかない状況ってあるでしょ。こっちだって命は大事にしたいもん。顔も見たことがない君と力を合わせて、明日の太陽拝みたい』」
 隣の車両から男の話し声が聞こえた気がする。
 「わかったよ」
 

2004年02月23日(月)



 砂漠を渡る電鉄

 列車の中には彼女と荷物、それと多分賊。警笛を鳴らし、次の、そのまた次の駅でも止まらないことを知らせる。異常に気づいた駅員が応援を呼んで駆けつけてくれたらいい。でなければ一人では防ぎきれない。
 荷を盗られ物言わぬ荷の仲間入りをさせられるか、荷を盗られ列車の上から投げ捨てられるか。どちらにしてもいまだ二十年に満たない人生の結末にしてはあまりにも悲しい。操舵をしっかりと握り、決してブレーキを踏まず、スピードを落とさないで走り続ける。背後のどこかの車両には敵がいる。いつ先頭にたどり着くか、それとももうとっくに迫って来ていて殺す算段をしているのか。
 振り向いてしまえば答えはわかる。
 「でも、圧倒的にヤな予感がしてるんだよな」
 二つ目の駅を猛スピードで通過し、警笛をけたたましく鳴らし続けているというのに人影すら見当たらない。
 「チェッ、真新しい経路っつっても係員ぐらい配置しろよ」
 予感だけなら最初からしていた。
 しかし三鞍のところに回ってくる仕事といったら、この当時はどこを調べてもあやしさが零れ落ちるようなものばかりだった。
 「わかっててやってんだ、そう、わかってるんだ」
 孤立無援は承知の稼業。死にたくなる程身に染みて感じてるのは、たった今のこの瞬間が最高潮だけれど。
 目をつぶり、アクセルを思い切り吹かす。規定以上の速度で走れば車内は人が楽に立って歩けるような揺れではなくなる。もうすでに真後ろにいるなら意味はないが、走り来る相手を匍匐全身にするぐらいには効果がある。
 「来るなよ」
 荷は柔らかい物だったような気がする。どっちにしろこの仕事はもう無意味だ。
 「命があれば、なんとかなる」
 スピードを落とさなければしばらくは生き延びられる。


2004年02月21日(土)



 魔女たちの家

 それを見つけた時は、二人して顔が強張っていたに違いない。
 師は弟子の方を目の端に入れて、確認した。弟子は師の方を見ることもできずに固まっている。何か声を出すべきだと思った。
 歓喜の叫びでも上げればよかったか。しかし、なぜかこの場にふさわしくないことにすぐ気づいた。弟子は、訳されてバラバラに散った言葉の意味を追っている。
 主に訳していたのは師であった。師はとうに意味を理解していた。
 そして、安易に二人が喜びだけに浸れるような内容ではないことを、すでに知っていた。



 暖炉の側で弟子が眠っている。
 真っ白な毛布に包まる姿は、愛らしいとは言いがたい年齢になったが、同年の人間に比べてずば抜けて美しい容貌のせいでなかなか様になっていた。
 あれからよく考えた。弟子は少し師の顔を伺った後、簡単に答えが出せることじゃないと言った。
 もっともだと思う。この人間に答えが出せる日が来ることは多分ないだろう。あったとしても、不幸な事故に遭遇して人間を辞めてしまった時だけだろう。
 師は弟子が好きだった。
 長い間、様々な人に会い、親友も仲間も子供さえも持ち、恋人と呼べはしなかったがそれに近い気持ちを知った相手もいた。弟子はその中ではかなり後の方に登場した。
 長い杖を持ち立ち上がる。
 深緑色のコートを着、顔を隠し続けてきたマントを外して椅子の背にかける。100年前と変わらぬ眼差しで真っ直ぐ前を見た。
 台所では、だいぶ前から煮込んであったリンゴが匂いを漂わせている。ここまで届いて弟子が起きてしまうことを少し期待してもいた。
 しかし弟子の瞼は少しの揺れも見せない。頭を使って考えすぎたのか、深く眠ってしまっている。
 人間、人生の全てを賭けて考え事をしていても、眠くなれば眠るし腹が空けば食べる。魔女は、だから生きるのは楽しいことだと思う。
 飽きたなんて決して言わない。
 北の山の魔女は、住みなれた家の戸をくぐり、雪に足跡をつけてどこかへ出かけていった。


 魔女たちの生活・おわり
 
 
 

2004年02月11日(水)
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