池ポエム
ハンス



 占い士の村にて

 墓石にひしゃくの水がつたう。
 全方位誰かの墓に取り囲まれて、頭の上だけは青空が開ける。ここは特別な土地だ。入る前に神妙な顔で言った墓地の管理人さんと、やけに無表情な同行者が気になった。ラムレスはそのどちらの顔も真似できない。
 黄色い花を腕に抱えて、小さいのがやって来た。
 訪問者にそっとそれらを添え、るのではなく無造作に投げ置く。柔な花びらは取れてまぶすように散らばった。
 「ちょっと!」
 後ろの方で管理人さんが、できれば散らかさないでくださいね、と力なくつぶやいた。
 「それぞれ好きな供え方ってもんがあるのさ」
 「頭から花びらかぶるのが好きな人だったの?」
 スティは墓石の真正面に立っている。背中から見ると、悲しいのか嬉しいのか全くわからない。散らしたきれいな花びらと、顔を隠した人間が墓石の前で何を思うのか、ラムレスは知らない。
 そもそもこの墓は誰のものなのか。
 「知らずにお参りするなんてねぇ」
 村に着いた途端に墓地に行くと言い出したスティを止められず、ぼやきながら後姿を追いかけた。トットニールは何も言わずに付き従う。彼女はまた、紺のフードをしっかり被りなおして言った。
 「知らない方でも、会っておきましょう」
 「あ、トットニール宗派違うけど、いいの」
 「死者と生者を繋ぐ地に違いはありません」
 積極的にスティを追うトットニールの足早な姿を見送る。
 「そういうもんかなぁ」
 庭木と人を繋ぐ術以外は門外漢のラムレスにはよくわからない。後ろの切り株から長いため息が聞こえた。
 「そういえば、管理人さん」
 「ハイハイ」
 ここの管理人には、さっきから一部始終つきまとって眺められている。
 「正確にはオレ、管理人じゃなくてここの雑用係なんですけどね」
 ラムレスより頭一つ大きいが、確かに動きはまだ年若い感じがする。
 「この村に、最近戻って来た人はいませんか」
 いくらなんでもラムレスの探し人はまだ墓の下に潜っちゃいないだろう。地の上で探さなければ。気づいたら半日以上過ぎている。スティのおかげで辿り着いたはいいが、目的を忘れるところだった。
 「戻ったっていうか、戻って来て追い返された奴ならいましたよ。そいつが門に落書きなんかするからクビにされたんです」
 「クビ?」
 「五日前までは門番やってたんです」
 体は大きいからなるほど似合いそうだ。もうクビになっているけど。次の仕事が見つかってよかったじゃないの、と言おうとしたが雑用係青年は隙間なくしゃべり立てた。
 「七色っつうんですかね、やけに派手な髪した男とマントかぶって顔を隠した二人組で、この村の出身だから入れてくれって言ってきたんです」
 ラムレスは、一見浮かびそうにないその二人組の容姿を事細かく想像することができた。
 「そいつらの名前なんか載ってないんですよ。だからオレは嘘言って入りこもうとする奴らだと思って追い返そうとしたんです」
 「載ってない?」
 雑用係青年は本をめくる手つきをした。
 「村人の名簿っす」
 「載ってない人は入れないの?」
 「そりゃもちろん。なんたってここは占い士の村ですからね。地図にもない秘境。これがどういうことかわかりますか」
 意気揚々と秘密を話す。日に焼けた健康的な顔色は秘密とか秘境とかそういった隠し事とは無縁そうだった。
 「じゃあ、私たちはなんで入れてもらえたの?」
 ラムレスはとある田舎の教会生まれ、トットニールはその教会から一番近い町で生まれたと聞いている。占い士の村とは関係がない。そこまで考えて、理由は聞かなくてもなんとなくわかった。
 墓の方から、ひしゃくの柄は木製で椀の部分は鉄製、というこだわりのトークが耳に入ってきた。

2003年11月28日(金)



 未帰郷の人

 落ちてきた黄色い葉が額に直撃して、トマスは一瞬目をつぶった。
 「あら。もう落葉の時期なのねぇ」
 「早いもんですね」
 落葉に負けず劣らず色鮮やかな傍らの相棒は、秋らしくなく華やかに笑う。
 「その黄色いのなんて、わざわざアンタの狭い額に降りて来なくたっていいのに」
 「ジェインの頭なら色が混ざってちょうどいいですね」
 「秋の間は葉っぱでもまぶして歩こうかしら」
 はやりますよ、と適当なことを言って、秋の空を見上げる。
 この間、久しぶりに帰った故郷は、やはりというか、期待通り入れてはくれなかった。開かない門の前に三日立ったが、もらったのは門番の哀れみの視線のみ。その門番も、トマスがいた頃にはまだ生まれていなかった若者だから、余計にこちらの事情を知らない。追放された駄目な占い士が無理言って突っ立ってるだけにしか見えないのだ。
 「生まれた所だってのに」
 「何?やっぱり帰りたかった?」
 陽気に鼻歌うたいつつも、小さなつぶやき一つ聞き逃さない相棒。
 「はい」
 「わざわざ5年ぶりに訪れたってのにさ、ちょっとぐらいいいじゃないのよ、ねぇ」
 「……」
 慌てる門番をジェインが羽交い絞めにして、門に墨汁で落書きしてきた。
 「気は済みましたけどね」
 「あの子、かわいそーにねぇ。明日偉い人にクビにされるわよ」
 「それは、少し悪いことしましたね」
 「いいのよ。門番より楽しい人生に乗り換えられるチャンスじゃない」
 ジェインの頭はいつも力強い。
 「それよりさ、アンタ、何て書いたの。さっきの。あの子押さえつけててよく見えなかったのよね」
 「さっきの?門に書いた言葉ですか」
 墨汁を筆にたっぷりつけて。書道の心得なんてないけど、決してためらわず。黒い木の板戸のできるだけ白い部分を選んで、トマスは書いた。
 「二度と帰らない」
 「え?」
 「二度と帰るかコノヤローって、書きました」


2003年11月21日(金)



 ある晴れた

 「アーサー」
 少女は男に呼びかける。秋深い山の色が青年の肩にのしかかる。
 「聞こえてんだろう。返事くらいしな」
 「うるさいな」
 「それでいい」
 青年の顔にはいつもと違って色が無く、隠すように不似合いな深緑のフードで覆っている。派手に彩った髪も、陽気な笑みも、一晩で消すには十分なものを、二人は見た。
 青年は悲しみ、少女は平然として朝を迎えた。
 「知らなきゃよかったと思うかい」
 枯れた葉から順に次々と舞い落ちる。
 「うるさい。一人にしてくれよ」
 降る速度と同じくらい、実はあっけないものなのだと知っていたはずなのに。強がって、甘くみていたと言うのか。天賦の才を持つ占い士といっても、あまりに普通の青年らしい甘さに、愛嬌すら感じた。
 「アーサー」
 「これはオレの未来だ」
 「そうだね」
 「あんたには関係ない」
 「ここまで一緒に来ておいて?」
 少女の見せた幻の意味を、青年は一瞬にして理解した。そして自分の間違いを悟った。おぼろげに見えることと、その内容を正しく知ることは、イコールではないのだ。
 「帰ろう」
 見上げて、随分高いところにある肩に、シワひとつないつるつるした白い手を置く。
 青年の目には涙があふれていた。
 少女は一緒に泣くことはできなかった。

2003年11月15日(土)



 ラッキー・アンラッキー

 赤ん坊が生まれた。同時に二人。
 先に出て来た方を兄、後からの方を弟とした。兄は母親と同じ茶の髪をしていた。弟の、濡れてわずかに頭に張り付く髪を見て、人々は怪訝な顔をした。
 「おめでとう、アーサー。お前もこれで父親だな」
 出産の日から一週間後。双子の赤ん坊の父親は、人気のない酒場で飲んでいた。
 「めでたい、ね。聞き飽きたよ」
 相変わらず客はいない。さして親しくもない村人たちに話しかけられるのにはうんざりしていた。今、目の前にははやらないこの店の主人がいる。
 「あんまりめでたいめでたい言われるとさ、ちっともめでたくない気分になるもんだな」
 「そう言うな。お前が村の連中に受け入れられた証拠だ」
 「オレは親父とは関係ない」
 「そのわりには次期村長の地位に就いてるじゃないか」
 主人は勝手にグラスを取り出して、自分も飲み始めた。
 「お前、知ってんだろ?オレはもう占いはできないんだ。村長の席が空いてて、たまたま座れそうなら頂くさ。ちょうど家族も増えたことだし」
 「……昔のお前からは信じられんセリフだな」
 主人と男は向かい合って黙った。
 「なぁ失踪息子」
 男は乾いた目をしていた。
 「お前が、占いを忘れた哀れな白髪野郎じゃなかったら、俺は今すぐぶん殴ってたよ」
 主人の左手の拳には血管に血管が浮かび上がった。
 数日後、はやらない店の主人がぶん殴らなくても済むような朗報が届いた。朝の新聞を取り出して、コーヒーを煎れていた主人は一瞬手を止めた。
 「聞いたか、お前」
 表に水を撒いて戻ってきた女房に声をかける。
 「何を?」
 「アーサーんとこの子、幸運と不幸の占い士だそうじゃないか」
 「何それ?」
 「知らないのか」
 「古いしきたりか何かでしょ。詳しく聞いたことはないわ」
 主人の女房は、村の中でも革新派な家庭で育っていた。
 殴られる代わりに酒を貰う。その晩に、アーサーと主人は顔を合わせた。
 「おめでとう」
 「どうも」
 「すごいじゃないか。幸運と不幸の占い士が生まれるなんて、ええと、何年ぶりだっけ」
 「三百年に一度だ」
 アーサーはむやみに酒瓶を空けた。
 「俺はおとぎ話でしか聞いたことがないが、実際どうなるんだ」
 「そんなにびっくりすることじゃないぞ。オレの方がすごい。幸運だろうと不幸だろうと、何だって百発百中だからな」
 「それは昔の話だろ」
 「うるせぇ。オレのあだ名を覚えてるか、ロブ」
 「未来をしるもの、だろ。長ったらしいしリズムが悪くて好きじゃないな」
 「ばか者。これはなぁ、オレたち占い士全ての総称から来る由緒正しい名で……」
 「はいはい。お前の話じゃないよ、俺が聞きたいのは」
 「なんだよ」
 「息子たちだよ。これからどうなるんだ。やっぱり幸運の占い士に占ってもらった奴はいいことばっかり起こるのか」
 「んな、都合のいいことがあるかぁーー!!」
 強い勢いで扉が開いて、主人に向かって女房が険しい目つきで睨んでいた。
 「おい、お前でかい声出すなよ」
 「悪ぃ」
 「で、不幸の占い士ってのは、よくないことばかり当てるんだろ。幸運はわかるが、わざわざ不幸を言い当てるってのがよくわからんな。そんなものをわざわざ生むなんて、神は何を考えてるんだ」
 「知るか。オレはお前が何考えてるのかすら知らねぇぞ」
 飲んでばかりのアーサーと、話してばかりの主人の夜は鶏の鳴き声で途切れた。

2003年11月07日(金)



 コールマイネーム

 気づいたら朝になっていた。
 ラムレスはカウンターにもたれかかって、どう見ても昨夜の続きのままの格好で起き上がった。
 「あれ」
 話し相手はとうにいない。代わりにあったのは、毛布。
 「昨日は……」
 少しずつ記憶をたどる。確か、金目の子供みたいな人から占い士について色々聞いていたはず。頭がはっきりしなくてそのまま毛布にくるまって座っていると、横から紺の装束を着た相棒が顔を出した。
 「風邪をひきますよ」
 トットニールは朝の五時だというのに、いつもと変わりなくすっきりしている。
 「これ、トットニール?」
 「マントで顔を覆った小柄な人に、呼ばれたんです」
 「その人、まだここにいる?」
 彼女は振り返って正面玄関を指した。
 「どなたなんですか」
 「占い士のこと、知ってるみたいでさ」
  ラムレスが素早く立ち上がって駆け出す。実に控えめな溜息が聞こえた。
 「あ、ごめんね。昨日戻れなくて」
 「私は、別にそのことを怒っているわけでは」
 「じゃあ何」
 顔を隠した怪しい人物と一晩話し込むなんて、無防備にも程がある。と、頭の中には思い浮かんだ。ただし、口には出さない。
 「いいえ。なんでもありません」
 「そう?」
 戸口で手招きをする方へ走っていくラムレスの背を見ながら、代わりに独り言を言うことにした。
 「貴方のとんでもなく広い交友関係にはもう慣れてるつもりです」

 それまでと変わって、今度は三人で野原を行く。
 「あー、あのさ」
 先頭はトットニールではなく、昨夜の金目。
 「貴方の名前、聞いてもいいかな。呼び名がないってのも、不便だし」
 街を出た時から、一度も地図らしきものを見ないで、それでいて迷いなく真っ直ぐにどこかを目指して突き進む。
 「お前さんたちの方こそ、名乗ってないだろう」
 呼ぶ機会はないだろうけどね、と付け加える。
 「そうだっけ。じゃあ私はラムレスで、彼女はトットニール」
 最後尾でトットニールが黙って頷く。
 空を見るように視線を宙に向けて、金目はやっと応えた。
「スティッテンだよ。ここ数十年使われてない、カビの生えた名でよけりゃ勝手に呼んどくれ」
 「使われてなくても、今作った名前でも、なんだって構わないよ」

 「師匠」
 午後二時の昼寝の時間に、そっと近づくことが許されているのは弟子だけだ。少年はなるべく慎重に、足音と呼吸を鎮めてゆらゆら揺れるソファの横に立った。
 「お手紙です、けど」
 「けど?」
 どんなに熟睡していても人が自分の部屋に踏み入れれば目が覚める。千年も寝ていると、眠ることに飽きてくるのか、起きるのが苦痛ではなくなった。時間になっても毎朝がらくたと本に囲まれて眠っていられる若い弟子の気持ちがわからない。
 「この宛名の人、ご存知ですか」
 左手だけ動かして手紙を掴む。薄汚れた古い封筒には、癖のある字で親愛なるスティと書かれていた。
 「スティって、女の人の名前ですよね。昔、ここにいた方ですか」
 現在、少年の知る限り、老魔女の他に誰も居住者はいない。老魔女が人間でないとするなら、人間は少年ただ一人である。
 「馬鹿」
 黙って手紙は少年の手に戻される。
 「やっぱり間違いですか。変だな、こんな山奥の住所と似たところ、あるはずないのに」
 「アホ」
 「え?」
 「お前は、今目の前にいる師匠の名前も知らんのか」

 形だけの名前だと言いながら、知っていてほしい時もあるもんだ。
 「スティッテン」
 昨夜知り合ったばかりの人間に呼ばれる度に、時々は一番最後に名前を呼んでくれた人間の顔を思い出す。

2003年11月01日(土)
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