池ポエム
ハンス



 ヘリケン

 「千明さん」
 「尋か」
 「ご機嫌だね」
 「そう見える?」
 「原因は、彼女かな」
 「覚えてるか」
 「覚えてるよ。昨日、担いで部室に連れてきた子だ」
 「珍しいな」
 「千明さんの方が珍しいじゃん」
 「何で?」
 「最近新しい子入れるなんてめったになかったのに。もう飽きたんだと思ってたよ」
 「飽きてたよ」
 「つまんない顔してたね」
 「わかるのか」
 「僕はなんでもわかるから」
 「そうだったっけ。じゃあ尋、もう一つ聞くけど」
 「はいはい」
 「彼女のことをどう思う」
 「それは、僕が、ってことかな」
 「イエス」
 「顔も覚えてないからなぁ」
 「さっき覚えてるって言ったじゃないか」
 「覚えてるのは、その存在。顔や髪型や服装……は制服だった。とにかく、個別の人として覚えてるわけじゃないって」
 「なぁんだ。やっぱり珍しくもなんともないな。いつもの尋だよ」
 「今から会わせてくれたら、感想言うけど」
 「おお、そうか」
 「え?今いるの」
 「呼んどいた」
 そしてアルミのドアが開く。
 “自由な服の”遥田尋は、本日2月10日、ヘリケン部室こと二号棟三階多目的教室にて、“一年の”坂巻鶴弥に出会う。


2003年08月26日(火)



 よくある育児書

 「何読んでるの?」
 「う〜〜〜〜ん」
 「三鞍、とりあえずサングラス取ったら」
 「そうか。どうりで薄暗くて読みにくいと思った」
 「……男の子の育て方?」
 「うん」
 「ちょっといいですか」
 「いいよ」
 「男の子育てる予定でもあるの?」
 「今育ててるから」
 「確か千歳って女の子……」
 「って人に言って通じると思う?」
 「び、みょうかな」
 「でしょ。もちろん女の子の育て方も読んだよ。でももしかしてこっちの方が参考になるかもしれないし、まぁこの際セットで読んどこうかと」
 「まぁ、性別通りに育つとは限らないしね」
 「そうそう」
 「で、どっちの方が参考になりそうなの」
 「半々ぐらい、かな」
 「半々?へぇ。千歳にも女の子らしいとこがちゃんとあるんだ」
 「それはよくわかんないんだけど、男らしいかって言うと別にそうでもない気がするだけで」
 「何だそれ」
 「男の子か女の子かって聞かれても答えづらいんだよね、千歳は」
 「なるほど」
 「両方読んでちょうどいいぐらいかなぁ」

2003年08月25日(月)



 また会う日まで

 忘れないことだ。でも、ああいうのとは違う。
 厳しい顔つきだった。最後まで社長の意見に賛成できずに、初めて別行動を取った高田が。全てが終わった後に、気づかないうちに戻って来ていたなんて。
 事故現場にいち早く駆けつけ、後始末やらなんやら、片付けるのに奮闘したらしい。ススだらけの真っ黒な顔と服のまま医務室に突っ込んできたから、係の人は止めようと必死にすがりついてた。
 全部、終わったから。
 一言そう言うとすぐに出て行こうとした。
 「大丈夫か、とか聞いてくれないの?」
 この口数の少ない仲間は、少ない口数を全て大切な言葉に使う。何も言わないようでも、もらった言葉の数は多い。
 だから黙って出て行くなんて。
 「三鞍。全部、終わったんだ」
 高田の乾いた目は、微かに赤くなっていた。

 煙が立ち昇る。この匂いはわりと好きだ。
 「やぁ」
 寡黙に前を見つめる。
 「そういえば、高田が一番普段通りだったよね」
 「そんなことはない」
 「ここで話したじゃない。まだ新品だった時」
 あの時は松葉杖が手放せなかった。
 「……」
 厳しい目がこちらを捉える。
 「もう行くの?」
 「あの人だけが私の全てじゃない」
 機械でもないのに、同じことを言う。何度聞いても、同じ返事をしそうだ。そういうボタンがついているのだ。
 「前も聞いたよ、それ」
 そして、理解していなかった。今ならなんとなくわかる。三鞍は忘れていない。しかし忘れることもできない。高田は笑った。
 「何度も同じことを言わせてるのはそっちだろ」
 「そうだね」
 何回でも聞きたかったのかもしれない。今度吹き込んでもらおう。
 斜面を上がってくる人の頭がちらほら見える。
 「高田、一緒に戻ろう。彼女に会いたい人はたくさんいるから」
 「そうだ。若いやつに譲ってやれ。もう若くないんだから」
 そういう自分は昔から白髪が二三本あるというのに。
 三鞍は高田の背を蹴った。


2003年08月16日(土)



 大人会議

 「でもさぁ、千歳さんいきなり思春期の子供を持つ親になったねぇ」
 「そうだなぁ。まさか産む前に10代の子持ちになるとは思わなかった」
 「千歳さんの、親?っていうのかな。三鞍さんもそうだったんでしょ」
 「うん。確か、19ぐらいだったって言ってた」
 「そういうとこはそっくりなんだ」
 「別に意識してたわけじゃないんだけどな」
 「子は親に似るもんだよ。無意識のうちに」
 「じゃあ、佑が私に似るのかな」
 「うわ、それはかわいそう」
 「何で」
 バー泥舟?
 「千歳さん、いくつだった?」
 「えーっと、13ぐらい。陸ちゃんは」
 「おんなじくらい。きっと佑ももうじきだよ」
 「子供が生める体に、ってやつか」
 「そんな言い方もあるねぇ」
 「もし、さ」
 「ん」
 「佑がそういうことに興味持って、色々やったりしたらどうすりゃいいのかな」
 「そういうことって、何」
 「平たくいうと恋愛にまつわるアレコレ」
 「あぁ、そういうことか。どうすりゃいいったって、わかんないよ。子供育てた経験なんてないんだから。自分を振り返るしかないんじゃないの?」
 「……過激派だな」
 「やっぱ訂正。千歳さんと佑じゃ人が違いすぎる。参考にならないかも」
 「あぁ、今から心配になってきた」
 「早っ!気が早いなぁ」
 「見てるだけしかできないのかな」
 「それでいいんじゃない。見てれば」
 「そうかな」
 「特に、佑とは長い付き合いがあるわけでも、血がつながってるわけでもないし」
 「よし。じゃあ見てる。見るなって言われても見続けよう」
 「いや、やっぱある程度ほっといてほしい年頃かもしれないよ……」


2003年08月14日(木)



 年月・修理

 「直りそう?」
 古い型のビデオデッキを前に、二人の人がしゃがみこんでいる。
 「なんとかなる」
 左手から配線コードのようなものが出ている奇妙な義手の持ち主。ドライバーを握りながら、表情ひとつ変えずに答える。
 「陣田さんがいてよかったよ、ほんと」
 数年前に最愛の人から譲り受けたそれは、古い割には普通に動き、四年あまり千歳の生活を豊かにしてくれた。壊れるようなこともほとんどなかった。元々、拾ってきたものだというのがウソみたいだ。
 「誰かが結構な回数直した跡があるな」
 「あぁ、昔は高田さんが担当してたみたいだから」
 壊れたら高田に。譲り受けた時に真っ先に言われた言葉だ。
 「主任に?」
 「そうそう。高田、主任に」
 言い慣れない言葉。誰も見ていないのになんでか照れた。
 目の前のメカニックは、黙って作業を続けている。
 「主任に頼まなくて、いいのか」
 「いいんだよ。今は、陣田さんの方がいい」
 「そうか」
 バカ力で締められたネジでわかる、とつぶやいた。
 「あれー。ついに壊れたの、それ」
 影が指した。手元が真っ暗になって、陣田は目線で少しずれるように促す。
 「陸路」
 「あ、悪い悪い」
 丸いメガネの端が光っている。
 「三鞍さんからもらったやつだっけね」
 「そうだ。だから気安く触るなよ」
 「触らないよ。何か取り憑いてそうだし」
 「んなわけないだろ」
 蓋をして、最後のネジを締める。
 「できたぞ」
 「うわぁー、ありがとう」
 お菓子をもらった子供みたいに、デッキを掲げて立ち上がる。
 「よし。これで陸ちゃんに見せたかったアレが見れるぞ」
 「アレ?アレって何」
 「それは見てのお楽しみ」
 小脇に抱えるような重さと精度ではない気がするが、見事に小脇に抱えられてお持ち帰りされていく。
 メカニックは散らばった工具を箱に詰めると、通常業務に戻ることにした。工場の古い戸を開ける。中から自分を呼ぶ、仲間の声がした。
 残された土の上に、どこかの金属片が落ちていた。

2003年08月10日(日)



 タイム・トゥ・ゴウ

 使わない物をいつまでも部屋にとっておくのは無駄なことだろうか。
 三鞍はどちらかというと、いらない物はばっさり捨てる方だ。必殺掃除人の名を欲しいままにし、片付かない部屋の主に招かれては素早く分別していく。常にとっ散らかっている社長からは特に感謝された。
 感傷からは程遠い感性をしているので、思い出の品という類の物がほとんどない。部屋はいつも殺風景だ。生活を表すものだけがぼんぼんと、力強く置いてある。その生活の方も、半分以上旅暮らしなので、掃除は行き届いているが使用してる雰囲気が薄い。
 それも今日で終わりという日に、久しぶりに自分の部屋を訪れた。
 名義だけが残って、当人はとっくに別の場所に生活を移してしまった後の部屋。いつまでも宙ぶらりんにしておかないで、荷物ぐらい持って行けと、古い仲間から言われた。
 「ここに残ってるものなんてほとんどいらない物なんだけどなぁ」
 「そうなんですか?」
 いらないばかりではなかった。ついでに重たいという条件がついた。
 切れた電球のスタンド、古い雑誌、いつか使おうと思って買ってきた新しいバイクのミラー、未完成のジグソーパズル……サボテン。
 「これは、どこまで伸びるんだろうね」
 サボテンは頭が真上に向って伸び続けていた。伸びた部分が若干白っぽい色になっている。わかりやすい。これだけ成長したんですよ、と訴えかけるサボテンとは、かれこれ二ヶ月会っていなかった。
 「よく枯れないなぁ。サボテンは水あんまりいらないとは言うけど」
 「あぁ、それ。ドクターがたまに水やってましたよ」
 持ち主が逃げた部屋に、時々現れてはサボテンに水をやる白衣の人物。容易に想像できて、おかしくなった。
 「なんならもらってくれればいいのに」
 決して引き取ろうとはしないのだ。
 かわいい弟子は、三鞍がぼーっとしてる間に次々と荷物を運び出し、外の車に積んだ。本当にぼーっとしていた。自分の部屋には何もなくなり、部屋を捨てて出て行く薄情な元家主が入り口で突っ立っていた。
 「今までありがとう。見捨てた訳じゃないんだけどね。ここも、あの人も、千歳も」
 次があるだけだ。
 静かに荷物を運んでくれた千歳に言った。怒って、泣いて、置いていかれる意味がわからないと言って。納得はしてくれないとしても、そのうち見送ってくれるようになった。
 「三鞍さん、それ、いらないんですか?」
 「ん?」
 部屋の隅に、黒っぽい機械があった。
 「あーあ、懐かしいな」
 置き去りにされるところだった最後の一つ。元々は、あの人の置いていった物。
 「ちゃんと持ってってほしいもんだ」
 「?いらないんなら、くれませんか」
 「いいけど、古いよ」
 最新型の何代か前の先祖。
 千歳はそれを抱えた。
 「もし使ってみて映らなかったら、高田に言いな」
 まだ受け継がれる価値があるなら、いくらでも流れればいい。

2003年08月07日(木)



 欠片

 「寝てんの?」
 蒸し暑い空気が充満する中、二段ベットの上の段からみしりという音がした。
 「寝てる」
 「起きてるじゃない」
 「寝っ転がってる」
 真っ暗な部屋で姿は見えない。声はサンダルを引きずったようだ。
 「そんなとこにいると、忘れられちゃうよ」
 階下からは喧騒の欠片が舞い上がってくる。塞ぐことも聞き入ることもなく、ただ入るなら入れという態度で。
 棺おけから死者が復活した。
 「うおっ」
 突然、暗闇にむくっと人が現れて、思わず声をあげる。
 「電気つける?」
 「いらない」
 「暗いでしょ」
 「暗いの好きだから、いい」
 「好きとか嫌いじゃない気がするけど」
 動かない空気が途端にゆっくりと入り口に向って移動し始めた。馬鹿に軽いオレンジ色と、澱んだ灰色が混ざる廊下。
 「一緒に寝よ」
 ゾンビが手を招いてくれた。
 「結構です」
 「なんで。もういいじゃん。元気なのは、任せてさ。二人で寝ようよ」
 暗闇で、二段ベッドの上で、手招きする。人影が。
 「そっち行ったらよくないこと起きそう」
 「だーいじょうぶだって」
 「狭いよ。小柄な人にしたら。このぬいぐるみのフーちゃんとか」
 黄色い米粒型のつぶらな瞳を持つクッションがボンと蹴り上げられた。真っ暗な中をきれいに飛んで、影の頭に命中する。
 影は掴んで、きつく抱きしめた。
 「こんなんじゃ全然だめ。君がいいんだよ」
 ずっとずっとこの人がここにいるわけじゃないのに。
 影に吸い寄せられる。


2003年08月02日(土)
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