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■ ひっそる
真っ直ぐに突き出した腕の先にある一本のビデオテープ。社長は黙ってそれを受け取る。何コレ、と言いたかったけど、ギリギリ喉で止めた。腕の持ち主があまりに渋い表情をしていたから。 「何考えてんだ、アンタは」 いかにも呆れた、という調子を込めて言う。ますますもってわからない。何か機嫌を損ねることをしたらしいが、思い出せない。思い当たらないのではないところが自分の特徴だと思っている。 「なんだっけ」 黙って手にしたテープをじっと見る。少し前に、じっと見たら中身が見えたらいいのに、そしたらデッキいらないのに、と言い合ってたことを思い出した。 「アンタがこないだ、ビデオ繋ぎに来て、そん時結局時間なくて後で見ろって言って無理矢理貸したやつ」 「あぁ」 そんなこともあった。一週間前は、時として遥か霧の彼方になる。ついでに霧に霞んでしまって中身は不明。 「見た?」 まさか忘れたとは言えなかったので(不機嫌な彼女は結構怖い)、誘導して思い出すことにする。ところが、誘導するとかしないとかそういうレベルでは済まない一歩を踏み出してしまったらしい。 「あのねぇ」 目は見えてないからいまいち迫力に欠けるが、とにかく彼女は文句を言った。いい年してこういうの集めてるのは大人げないって。なんだ?幼児番組か? 「それに、子供に見つかったらどうするんだ。最近千歳もなかなか目ざとくなってきたし」 我が子に悪い影響がないか心配する親の口調。まだ二十代前半だってのに、彼女は立派な親の顔をしてる。で、そうではなく、中身がなんだったか、ふと思い出せた。子供に見せられないものなら、幼児番組ではない。なら幼児番組の反対ならどうだろう。そっちだったら確かに趣味の範疇だ。 「そうかっ!湯煙旅情駅前うどん屋生き別れの奥さん殺人事件十和田湖畔で消えた女の妹は男の嫁だった」 「名前だけ聞いたから、ミステリーかなんかだと思ったんだよ。最初から中身知ってたら借りなかった」 「でもこれさぁ、私がつけた訳じゃなくて、最初っからそういうタイトルなんだって。ちゃんとうどん屋の奥さんとその妹と義妹と叔母と祖母が出てきたでしょ?」 彼女はしばらく考えた。 「……あのうどん屋は、奥さんとどこで出会ったんだっけ。なんかその辺あやふやで」 「えーっと、十年前お堀に十円落として探してる時に頭をぶつけたんだよ」 「そうかそうか。アレ、不自然だよね」 二人はしばし無言で見つめあった。もちろん、無意識のうちに内容が頭の中を流れた。 「三鞍さぁ」 「ん?」 うどん屋の人気メニューはカレーうどんだったかきつねそばだったか、という質問が出た後、社長はしみじみ言った。 「しっかり見てんじゃん。借りなかったとか散々言ってるけど」 「そ、それは、一応ほら、もったいないし、ビデオなんてめったに見れないし、一度つけたら消すのもなんだったから……」 「三鞍!ちょうどいいとこにおった」 廊下の角からひょっこり白衣が姿を現した。 「貸しとったヘッドホン、まだ使っとるか?」
ビデオデッキが大活躍したのは、後にも先にもこのわずかな期間だけだった。しばらくすると、熱しやすく冷めやすく、新しもの好きで使い込みはしない彼女の性分がいかんなく発揮されて、ビデオデッキは生きながら長い眠りについた。
2003年07月30日(水)
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