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■ 失せ者
わんと元気よく鳴いた子犬が主人の元に駆けてった。茶色の柴犬だ。 浅葱と別れてここに来てからしばらく経つ。いつの間にか、簡単に時間は流れてしまうらしい。彼女がいないのに耐えられないかも、なんて思ってたのは余計な心配だった。 葬列のための花を運んだ。あの人のではない。 久しぶりにみた弔いの花は鮮やかに咲いていた。きれいな門出になるだろう。一年前の雨の中で見た花よりいい。太陽に映える。この人は幸せだ。 たまに見かける。似たような髪を、少し縛った人を。ああ引っ張りたいと思う。そして、振り返って若作りな顔をしかめるのだ。本気で。そういう幻を何度も見た。でもいやではない。 嬉しい幻覚はいい。幻覚でも。楽しくないよりは。 「陸」 「路、を忘れないでつけてくださいよ」 巨体がこちらを見下ろしていた。犬のように呼ばれたい。偶然はち会わせたこの人は、その望みを聞いてくれる唯一の人だった。呼び名のわけは知らない。尋ねたら、なんとなくとはっきり言われた。 「何してるんですか」 巨体の持ち主は表情のあまりない顔で笑う。 「仕事で来たんだ」 「車は?」 「別のヤツが見てる」 クラクションが鳴る。向かいの通りに止まっているワゴンから、若者が手を出している。 「早く行ったほうがいいんじゃないですか」 大きな手が伸びて、頭をかきまわした。 巨体の人は黙ってガードレールを越えて、無造作に迫り来る車をふらふらと避けて、待たせていたワゴンで去って行った。 名を呼ばれても追いかけない犬。 結局、離れてしまった。何があっても離れないと言ったけど。離さないと言った人はいなくなったし。 今、あの人に呼ばれて、ついていけたら。 少しはマシだっただろうか。 見知らぬ町で一年。少しだけ離れた場所で、引っ張り出してくれた人をなくして一年。
2003年06月30日(月)
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