どんぐり1号のときどき日記
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2006年10月31日(火) 音楽いろいろ

 気がつくのが遅れたが、「アイコン2」が出たらしい。ジョン・ウェットンとジェフ・ダウンズのあれの2ndである。
 彼等は近々「エイジア」として来日する予定だから、多分今回のアルバムは見事にエイジアしているのだろうと思う。何だかんだ言いながら今回も買いたいのではあるが、今週あたりにはゼロ・エックス号が出る予定だから、恐ろしくてとても買えない。ゼロ・エックス号も高いのだ(予約してしまったからなぁ)。
 本当は「エヴァネッセンス」の2ndも聴きたいのだが、これは輸入盤でいいかも知れない(まだ売っていないようだが)。彼等に関してはボートラもライナーノーツも、それほど必要とはしていないのだ。情報はいくらでも入ってくるのだ死、肝心なのは、音楽なのである。

 ところで、先日Jemさんの所でちょっとだけ話題になっていた「宇宙船XL-5」の発進シーンについて、youtubeで「地球最後の日」のレール式ロケット発射シーンがないか捜してみた。この両作品は非常に似ているので、皆に見せたいと思ったのだが、結局予告編しか見つからなかった(原題は『WHEN WORLDS COLLIDE』である)。残念ながら予告編に発射シーンはないのである。

 ここでふと、Martian's War machineを検索したら、なんと「Jeff Wayne's War of the Worlds」の宣伝、ライヴ、WILDなど他のミュージシャンのカヴァー映像など、様々なものが見つかった。本当に劇場でやっていたのもあるし、むこうでは古典なのだろう。羨ましいぞ。

 そしてその流れで「EL&P」等を見る。こうなると危険だ。
 そのうちに「Tangerine Dream」を見つける。やはり彼等の作る音は和む。当時のジャーマン・ロックの中でも日本のテクノ・ポップに影響を与えただけあって、単調に聞こえるが実は結構良く練られており、意外と聞きやすいのである。結構好きなのだ。
 そして「Aphrodite's Child」も見つける。まあ、今のヴァンゲリスからは想像もつかない曲作りであるとだけ言っておこう。
 さらに「Happy the Man」も意外と載っている。彼等のように変拍子を多用しても聞きやすい曲というのは、かなり癖になりやすい。危険だなぁ。

 やはりyoutubeはロックの宝庫だ。


2006年10月30日(月) 久々にボウガンの犯罪

 ネットで、兄(34)をボウガンで撃って重症を負わせ殺人未遂の現行犯で捕まった弟(32)のニュースを流していた。
 実の兄をボウガンで撃つというのも、何を考えているんだか判らない弟だが、その時の状況が説明されていた。

 それによると「自宅の2階で、階段を上ってきた兄(34)に「殺してやる」とどなりながら、ボウガンの金属製の矢(長さ約35センチ)を発射。1発が命中した後も逃げる兄を室内で追いかけて計3発を発射し、2発を頭部に命中させて脳挫傷などの重傷を負わせた」という事らしい。
 動機はともかく、至近距離から撃たれたボウガンがそんなに非力だとは思えない。矢の先端が鋭利ではなかったか、やたらとヘタクソかのどちらかだったのだろう。

 そもそもモデルガンを「火薬を使う」というただその一点で規制しておきながら、ボウガンは未だに野放しだという警察も頭が悪い。いまさらボウガンの犯罪が起きたからと驚くような事でもあるまい。
 いずれ、ボウガンにも種類が色々あって、いかにも「犯罪に使います」と全体で表現しているようなタイプも存在する。いままでこれが犯罪に使われていなかったのは、実用面からは速射性能が落ちるという事と、矢から足がつきやすいという理由からだ。だが利用目的を絞った場合、非常に危険な武器となる。

 ちなみにこの弟について「趣味でモデルガンを収集」と載っていたが、これは絶対に嘘だと断言してもいい。間違いなくエア・ガンの事である。
 マスコミはモデルガンとエア・ガンの違いが全然判っていないのだ。そして「モデルガンは危険な物」というイメージをいつまでも保持しようとしているのだ。
 だが、日本の優秀なメーカーは、絶対に改造不可能なモデルガンを開発する事に成功している。例えばMGCのショットガンなどは、当時の神奈川県警から委託された科学警察研究所が「改造は不可能」と断定したくらいだ。警察は、そんなモデルガンを規制している場合ではないだろうに。

 これからはボウガンやスリング・ショットを利用した犯罪が増えるのではないだろうか。私が何か物理的破壊のために利用するなら、スリング・ショットで×××××を打ち付ける事を第一に考える。
 実はスリングショットという物は、かなりの殺傷能力を持っているのである。


2006年10月29日(日) パタパタと日曜

 朝にスバルへ行き、無料点検とオイル交換。この日はオイルが半額になるので、2,500円以下で済んだ。
 しかし気がつかなかったが、4代目レガシーのラインナップには2,500ccのエンジンがなく、2,000ccと3,000ccしかない。アウトバックには残っているが、あれはまた別物だろう。
 現在の日本ではナチュラル2,500ccのエンジンが一番使いやすいと思う。高速でもリミッターギリギリまで軽快に走るし、町中でも快適に走ってくれる。やはりナチュラルの2,000ccでは今ひとつ物足りないし、ターボは町中を走るのにはあまり向いていない。
 結局現在のレガシーは、どうも私の好みではない方向に向かってしまったようだ。そもそもデザインが好きになれないし…。

 午後は子どんぐりの希望で久々の萬代書店。
 ここで食玩、ではなく浴玩の「青の6号」が300円だったので、即ゲット。店の人に価値が判らなかったか、そもそも人気がないかのどちらかだろうが、こんな値段で置いてあるとは意外だった。でも「フリッパー」と「707号」と「ムスカ」も欲しいが、全然見かけない。あと平成ガメラの飛行形態も欲しいが、どこで見ても高い。
 結局私の欲しい物はなかなか手に入らないまま終るのである。

 ここで「リングにかけろ2」を見かけたのだが、そう言えば「リングにかけろ」の最初の方はどうなっていたのか気になって立ち読みしてみた。当時、巻数で言えば2巻目の後半あたりから見ていた事になるので、最初の方は知らないのに、今更ながら気づいたのだった。
 しかしまさか1巻目がここまで凄い作品だったとは知らなかった。これでは近いうちに差別を助長するから発売できない、なんて事になるのではないかと余計な心配をしてしまう。こんな内容では読んでいないか、読んでも忘れる訳だ。
 そしてちょっと驚いたのは、例の「ギャラクテイカ・マグナム!」なんて叫びながら大ゴマでノックアウトするシーンの前後には、それなりに伏線や説明が描いてあったのである。なにも唐突に出すというだけではなかったようだ。どうもそういう細かいシーンは忘れてしまって、あの大ゴマだけが記憶に残ってしまっている。今回ちょっとだけ見直してしまったではないか。
 そして泣きのシーンが結構あるのだが、あんな漫画でもそれなりにうまく演出している。これは樋口監督に少しは見習ってもらいたいと思ってしまったのは秘密だ。

 夜に「世界ウルルン滞在紀」を、初めて見た。
 イタリアのだまし絵という事だったので、ちょっと興味を持ったのだが、はっきり言って失敗だった。司会が徳光というだけで嫌な予感がしたのだが、何でクイズをやる必要があるのだろう。この手の番組でクイズをやる場合、プロデューサー、ディレクターが無能だと相場が決まっているではないか。
 少なくともこの内容なら30分番組で充分だし、それでもっと密度の濃い番組が作れる。時間の無駄だったなぁ。


2006年10月28日(土) 胃に悪い事件ばかり

 またもニュースだが『宇都宮市で27日、小学生の列に乗用車で突っ込み、通行人をナタで切りつけて殺人未遂などの現行犯で逮捕された無職藤田七生(ななお)容疑者(64)が、栃木県警捜査1課と宇都宮南署の調べに対し、「拳銃は1か月ほど前から用意していた」と供述していることが28日わかった。』そうである。

 いい年していい加減ピーな奴だが、不思議な事に、この手の事件で拳銃の入手ルートが公表された事は、皆無である。本当にメディアでは全く行われないのである。
 多分、ヤクザが絡んで、その後ろから大物ヤクザや政治家が出てきて、結局ウヤムヤになる、というところなのだろう。せいぜいが「私が売りました」というヤクザが一人捕まって終わりである。

 でもこの日本は、原則として銃の個人所有は禁止されている。なにせオモチャの銃を取り締まる法律を、二度に渡って施行した国である。そんな状況で銃など個人が持っているはずがないのに、不思議だなぁ。
 そもそも個人で売買など出来るはずがないし、できると考えるようなバカなどいるとも思えない。結局裏で巨大な組織が動き、利権関係が複雑に作用しているから、警察も動けないのだろう。

 そう言えば、パチンコの換金システムは、完全に賭博法に違反しているのだが、それで検挙されたという話は聞かないし、実際に一度もないそうだ。これはあの換金システムの大元である会社が、警察OBの受け皿になっているためだという。警察がいい加減では、どんな法律も無効になってしまうという、一番判りやすい例かもしれない。

 なんて書いていたら、今度は警察を挑発して逃げる途中の女子中学生がバイクで事故って重体だと。
 警察は集団犯罪にめっぽう弱い。だから昔の暴走族のように、数キロに渡って集団暴走をしていると、手も足も出せなかった(今でも同じか)。それを勘違いしたバカなガキが、単独で警察にちょっかいを出す訳である。実際それすらもなかなか検挙しないから、ますます図に乗るだけなのだ。

 まあこういう奴らは将来のためにもさっさとお亡くなりになってくれた方が良いだろう。結局病院でジャマだし、巻き添えを食って事故った人の迷惑でもある(ワーゲンのバンとはまた貴重な)。

 結局、警察がヤクザや暴走族に甘いという事実を作ってきたから、こういう事になるのだ。
 やはりイギリスのように、普通の警官は銃など持たずに犯罪に対応し、それで対処できない時は特殊部隊を出して容赦なく検挙する、そういうシステムにした方がいいのである(ちなみにアメリカのSWATは、まず説得から開始するシステムになっている)。
 そもそも日本の警官は、ほとんど射撃訓練をしていないから非常に危険で、以前はなんと年間20発だ。そんな危険をまったく認識していない連中が、トイレに銃を忘れたり、派出所で暴発させたりする。その辺のシロートの方がよほど銃の怖さも判っているし、扱いにも慣れているのが日本の実情なのである。
 今の警察は無能なばかりか、危険な存在だと言える。

 読んでいる人が少ないと判っているので、好き勝手に書いているなぁ。


2006年10月27日(金) エセではなく

 ニュースによると、『奈良市の環境清美部の男性職員が病気休暇・休職を繰り返し、5年余りで8日間しか出勤していなかった問題で、藤原昭市長は27日、地方公務員法違反(信用失墜行為の禁止など)を理由に、同日付で懲戒免職処分にしたと発表した。』そうである。
 そして『藤原市長は診断書を書いた市内の4病院に対し問い合わせるとともに、職員が市営住宅建て替え工事の入札をめぐり談合にかかわっていた疑いがあるとして、近く公正取引委員会に通報する考え。同和行政のあり方を見直す検討委員会を来月にも立ち上げる意向も示した。』のだそうだ。

 ま、ばれなければいつまでも税金泥棒を続けていただろうし、内部の協力者も多かったのだろう。普通の企業でこんな事をたった一人でやるのは不可能だし、それは公務員でも同じだろう。周囲に同調者、協力者がいなければ絶対に不可能なのだ。もっとも同和枠を利用すれば、ほぼ何でもできるのだが。

 ついでに『部落解放同盟奈良県連は同日、この職員の除名方針を決定した。』というが、これも本当はやりたくなかったと思われる。それでもここまで社会問題になると流石に今後の同和運動がやりにくくなるから、恐らくは泣く泣く切ったというところだろう。同和政策というものが存在する以上、裏では切る代わりの取引がなされていたと考えるのが普通だ。

 ここでこの問題がいわゆる「エセ同和」だと勘違いする人が出てくるかもしれないが、実はこのあたりの地区ではエセではなく、本当の当事者が不必要な救済処置のためにどんどん堕落して、税金を搾取しているのである。
 本物だから役所も手を出せないし、手を出すといわゆる人権問題団体及び政治家がしゃしゃり出てくるのだから手に負えないのである。

 実はこの問題に最初にメスを入れたのはあの野中氏で、彼も部落出身者なので、堕落の怖さが判っていたのだろう。だが彼は政治家として、目先の問題のためにはコロコロと主張を変えるため、結局何の解決策も見出せなかったのである。そういう意味では無能だと言われても仕方がないだろう。

 いずれ同和問題は、各々の主張が異なる。簡単に言ってしまえば、利権絡みの金銭問題で動いているのだ。つまり、今後もこういう税金泥棒の話は出てくるのである。


2006年10月26日(木) 物欲の秋

 昨日、mixiの日記でギーガー・バーの事を書いたら、徐々に方向はずれていったが、あっという間に凄まじい数のレスがついてしまった(もちろん、私のところではとんでもない数という意味だ)。私の認識としては、ほとんどチャット状態であった。
 結局、レスは30件を越えてしまった。なんだかやたらと皆で盛り上がってしまったが、こういう事もあるのだな。

 今回は次々と懐かしいネタにシフトしていったのだが、やはり1980年代には皆色々と思い出があるという事なのだろう。共通言語、共通空間という認識があると楽しいものだ。ここまで盛り上がる事は、これからでもめったにないだろう。かなり貴重な体験だったかもしれない。
 おかげで危なく寝不足になるところだったが。

 今日は帰りに本屋で模型雑誌をパラパラとめくっていたのだが、なんと「1/48・メーサー殺獣光線車」がミラクルハウスから出るとの事だ。例の新世紀合金のシリーズである。しかもパラボラは電飾内蔵で映画と同じ効果を再現できるらしい。これは激しく欲しいなぁ。
 そして来年4月には「紅い眼鏡」版のプロテクト・ギアが出る。つまりファーストである。これはもう大変な騒ぎである。

 さて、そろそろゼロエックス号が出るはずだ。来月にはUFOのジオラマも出る。えらいこっちゃ。


2006年10月25日(水) 両方バカ?

 会社の人の娘が免許を取ったというので、ちょっと郊外までドライヴをしたのだそうだ。
 初心者には少々きつい坂道だったのだそうだが、なんと下りでも全然ブレーキを踏まないのだという。もちろん踏み続ければシューが焼けて聞かなくなるのは判る。しかし全然使わないというのはバカじゃないのか? 当然の結果として、カーブを曲がりきれず危なく崖から落ちるところだったそうだ。

 でも後から話を聞くと、「教習所で、坂道ではブレーキを踏むな」と教わったというのである。それを守って危なく崖から落ちるところだった訳である。やはりバカだ。
 少しだけ勉強すれば、踏みつづけない限りブレーキは有効だと判るはずだし、エンジン・ブレーキを利用するのも常識だろう。これは初心者もベテランも関係ない。

 でも以前、たまたま町中で20くらいの奴の会話を聞いたのだが、教習所では急ブレーキを踏むなと教わったというのである。そしてだから歩行者を跳ねたのだそうだ。こいつらもいい加減バカだが、教習所はバカに教えているという自覚が必要だろう。もっとも教えている方もバカなのかもしれないが。

 車は凶器である。想像力のない人間に免許を与えるのでは、免許制度の意味が全然ない。事故がなくならないのも当然だ。教習所の教え方が異常になりつつあるのは間違いない。

 バカが自爆するのは一向に構わない。むしろそれでバカの数が減るなら良い事だ。だが実際は他人を巻き込むのである。そして被害者に対する保証が充実していないのも日本の特徴だ。加害者だけを保護するシステムになっているためだ。
 結局モーター・スポーツという概念がゼロの国だから、危険だという事が全く認識されないまま過剰な車社会になってしまったのだ。
 車は生活する空間ではないという認識が必要だろう。


2006年10月24日(火) ギーガー・バーの存在証明

 結局子どんぐりは、腎臓あたりの謎の炎症という事で片付いたのだった。原因は不明だから片付いた訳ではないが…。
 でも今度何かあったら、ちょっと不安ではある事だよなぁ。

 ところでKCから、ギーガー・バーは期間限定だった可能性があるという事を聞いた。気になったので、今日は一時間ほど本気を出して調べてみたのだが、いくつか面白い記述が引っかかってきた。

 ギーガー本人の記述では(英語の記述だったので正確には判らないが)、「バーは開店後5年もしないうちにYakuzaに乗っ取られ、カジノをやる事になった」とか「インサイダーは、5年以上やる気はなかった(この場合のインサイダーが誰を指すのか不明)」というのがあった。これでmixiのコミュにあった常駐カジノの意味が判ってくるし、本当に5年で止めるつもりだったのかも知れない訳だ。

 また1988年に「株式会社ギーガーバー」という物が存在したとか、ギーガー・バーのデザインはギーガー本人だが、プロデュースは「ソラリス」という会社だったとか、直接検索ではない部分から徐々に見えてくるものがあって、これはなかなか面白い。
 ただ色々なHPを見ていても、そこから飛んだ先が消えているのも多く、ギーガー・バーに関する記録をまとめるのは早い方が良さそうだ。 特に写真関係は驚くほど少ない。

 そして思うのは、ここに入り浸っていられたのは幸運だったが、本当に良い経験だったと思う。大好きなギーガーのデザインだというのと、店員の雰囲気が非常に良かったのとで、本当に上質なバーだったと断言する。
 仮に現在、復活するという話が出たとして、あのデザインは復刻できるだろうが、人の雰囲気は難しいだろう。店員にはかなりの教育が必要だが、はたして現在そういう人材を集められるのか、はなはだ疑問である。


2006年10月23日(月) ギーガー・バーの謎

 今日は意外と冷えていて、帰宅時はコートがあってもいいと思うほどだった。

 ところで昨日もちょっと書いたギーガー・バーだが、良く考えると、この店の開店期間はどのくらいだったのだろう。ネットで調べても明確な答えが見つからない。当時は開店を知っていたのだが、いつの間にかなくなっていたのだ。

 1991年には新婚旅行で東京へ行き、友人達と集まったので確実にやっていたし、1989年は良く通っていた。つまり1988年から1992年くらいはやっていたという事になると思われるのだが、閉店が良く判らないのだ。
 mixiのギーガー・コミュはそういう事を知らない年代ばかりのようで、全然参考にはならない。

 なんだかとても気になってしまったので、近いうちに本腰を入れて調べてみよう。誰かヒントを持っているといいのだが…。


2006年10月22日(日) 慌しいとあっという間

 実家に行って、引越し以来あまり手の着いていない荷物の整理をする。もちろんごく一部出しかないが、徐々にやっていかないと、まったくかたづかないのである。

 かたづけている最中に、色々と面白い物が見つかる。ESIFCON関係やギーガー・バー関係である。
 そしてギーガー・バーでなじみの子が小熊さんだったと思い出す(通称オグちゃんである)。ここの女性スタッフは非常にレヴェルが高く、うまく人の話を聞くし、適度に上品だった。そして勉強熱心でもあるのが印象的だったのである。
 当時は出張が多く、ほとんど月に2回ペースで通っていたが、当時は八戸からだったから、一番遠い常連だったと思う。確か当時、志村けんのギャグで「東京の飲み屋に、青森から通う客」というのがあったが、まさにそれをやっていた訳である。でもそれだけの価値のある店だった。

 それはともかく、かさばっている写真とネガ・フィルムも整理し始めたのだが、この量がとんでもないのである。あちこち分散しているフィルムをまとめたら200本分くらいになった。だが他にも一箱分があったはずなので、トータルで400本近くあるという事になり、これは36枚フィルムも多いから、枚数で言ったら確実に10,000枚以上を撮った計算になる。
 もし仮にすべてデジタル化するとしたら、単純に一枚2分で計算するとフルで14日弱…。一日50枚ずつやったとすると200日。つまりほぼ一年かかるという事になる。とんでもない量だ。

 ちなみに50%は子供の写真なのだが、30%は知り合いにモデルを頼んだポートレイト写真、20%は結婚式などで頼まれた記念写真である。ポートレイトはもっと撮りたかったのだが、やはり相手は会社の人なので、スケジュールの都合であまり頻繁には撮れなかったのである。まあモデル代がタダでこれだけ撮ったのだから、みんなの協力に感謝、というところだろう。

 そして夜はいわさきさんから電話。ESIFCONの打ち合わせ等を行う。
 食事は、ナベをいわさきさんとチャウチャウで二つ、そして米を持って行き炊く事にする。翌日の撤収は10時までに完了しなければならないのがちょっときついが、まあ旅館の規則だから仕方がない。

 私の立てた企画の「2006年11月の時点では、世界で一番詳しいと思われる『ウルトラヴァイオレット』の解説・ただし映像なし」は「2006年11月の時点で、日本で一番詳しい『ウルトラヴァイオレット』の解説」に題名変更する事にした。
 理由は、ネットで調べる限り、多分本当に私が日本で一番詳しく解説できると思われるからだし、 映像はyoutubeから持ってきて、多少は見せられるからだ。ただし編集が出来ないし画面も小さいのが難点である。しかもPCはMeなので、いつ止まるか判らない。なかなかやっかいな企画になりそうだ。

 その後、チャウチャウに電話をして、いも煮ナベを一つ作る材料を依頼する。当日は昼に合流して、一緒に花巻まで行く事にする。
 あとは当日遅くなりそうな菅野さんを、どう拾うかだ。


2006年10月21日(土) 謎の発熱

 今日は久々に土曜の休み。本当は昨日仕事が回ってきそうだったが、巧みに回避したのである。

 そんな今日、子どんぐりを病院まで送る。先週あたりからずっと体調が良くないようで、一昨日からは熱も出て、昨日は学校を休んでいる。ただ、どうもいつもの風邪とは違う感じがするので、流石に医者に連れて行ったのだが、結果は腎臓が炎症を起こしているらしいという。採血して結果は月曜に判るというのだが、これはもう全然思い当たる節がない。一体何なのだろう。

 帰りに「映画秘宝」を買う。
 最近この雑誌は、まともなミニ特集を組んでいて、かなり参考になる(と言っても、他の映画雑誌に較べれば、あまりまともではないセレクトなのだろう)。この路線を突き詰めていけば、定期刊行される映画の専門書になるかもしれない。ちなみに専門書と専門誌とでは、月とスッポンほどの差があるのだ。

 だいぶ前に買っていた「ピストルオペラ」を見る。
 流石は鈴木清順作品、一癖も二癖もあるのだが、映像がやたらと美しい。そして押井監督がこの人の影響を受けているのは明白だと良く判る。もう雰囲気が「紅い眼鏡」と同じなのである。
 でもこの「ピストルオペラ」は、脚本が伊藤和典氏なので、似ている部分が多くなるのは仕方がないのかも知れない。でも押井監督から伊藤氏が離れていったのも、これを見るとなんとなく判ってくる。やはりやりたい方向が微妙に異なっているのだ。
 そして特撮が樋口真嗣氏なのだが、多分監督の意向に合わせた絵作りをしているのだろう。この辺は特撮のプロだと感心する。

 そういう意味では極めて最近の日本映画ではあるのだが、やはり鈴木清順作品に仕上がっているのである。


2006年10月20日(金) ビートルズの新作だぁ?

 今日もめちゃくちゃ忙しい。締め切りが3つも重なったからだが、そのうち一つは私自身ムダだと思っている仕事なので、どうも力が入らない。

 ところで全然知らなかったのだが、ビートルズの新作という触れ込みで、11月に「LOVE」というアルバムが出るとの事である。
 もっともこれは、サーカス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」が今夏から上演している「ラヴ」のサントラ(?)なのである。プロデューサーには、ビートルズをサポートしてきたジョージ・マーティンと息子のジャイルズがなっており、なぜかこれがビートルズの新作として発表されるのだという。

 中身は、単純に言ってしまえば昔の曲を分解して再構成したものであり、これをもって「ビートルズの新作」というのは変だと思ってしまう。いくら出来が良くても、「新作のアルバム」という事はないだろう。
 そもそも私は「フリー・アズ・ア・バート」がビートルズの新譜という扱いも納得はしていない。あれは没になった曲をリテイクしたのだから、ビートルズが解散して、ジョンが死んでいた時点で新曲扱いはおかしい。メンバーはどうあれ、ビートルズは再結成していないのだ。再結成さえしていれば、どんなカスであれ発表されたものを新作として扱うのは構わないが、公式に再結成はされていないのだから新曲という扱いはないだろう。
 単純に言えば、1970年以降、「ザ・ビートルズ」というグループは活動していないのだ。

 そもそもアルバムとして良く出来ていれば、ビートルズという名前は必要ないだろう。
 もちろん売るためにレコード会社がビートルズの名前をつけたがるのは良く判る。音楽産業界はクズの集まりだから、音楽の良し悪しは関係なく、要はどれだけ売れるかだけが心配なのだから。
 だが本当に素晴らしいアルバムというのは、一時的なヒットではなく、延々と売れるものなのである(レコード会社が出してくれさえすれば、だが)。だから本当に良いアルバムが出来たと思うなら、ビートルズの名前を借りた宣伝をすればいいだけだ。ビートルズ名義にする必要はない。

 ちなみに私は、1970年に「オールディーズ」と「アビィロード」を聴いて以来のビートルズのファンだが、単純にビートルズの名義がどうのこうのという気はない。要は、良い音楽を聴きたいだけであって、売るためのネーミングは関係ないのだ。


2006年10月19日(木) ロオク本舗閉鎖

 ロオク本舗が閉鎖されるそうだ。これで一つの時代が終わるのだろうか。
 やはり皆、公私共に忙しくなり、なかなかHPの管理まで手が回らないのも良く判る。そんな状況で頑張ってきた人たちには本当に頭が下がる思いである。残念だが仕方のない事だ。
 もっともこれが縁となり、色々な繋がりができたのだし、別に人の付き合いがなくなる訳ではない。そもそも各々がHPを持っていたりmixiにいたりで、いざとなれば連絡がつく状況ではある。

 いずれいろいろと面白い思い出を作ってくれた集まりだったのは確かだ。寂しくないと言えばウソになるが、やはり根本的に問題なのは、私が楽器を弾けないという点だ。弾ければまた別の展開があったのかもしれないとも思う。まあ思うだけだ。

 そして時代は厳しい状況になっているのだと思う。昔ならこの年できちんと趣味を持っていれば仕事との両立は可能だったのだが、もうそういう時代ではない。  我々に年寄りのやってきたツケが回ってきているのだ。


2006年10月18日(水) タチコマな日だった

 昨夜はyoutubeで捜し物をする。
 しかし百科事典を見るのと同じで、どんどん目的のものから離れていく。最後には「菅野よう子」のライヴを捜しているうちに「攻殻機動隊」まで行ってしまった。迂闊だったがあれだけの人気作品なので、かなり色々な映像が上がっている。まともに見ていたら、徹夜になってしまうのは確実だ。
 そして「タチコマの日々」もかなりアップされていたのには驚いた。ついつい見てしまったではないか。これは英語の字幕付きだったが、あれで英語圏の人に、意味はともかくニュアンスが通じるのだろうか。その辺が疑問だ。

 ちなみに捜していた本来の目的の映像は見つからなかったのだが、古い物だし、本当にないのかもしれない。

 ところで。
 横浜市中区にある山下公園には氷川丸が固定されている。そしてそのすぐ向かいにはマリンタワーがあるのだが、この両方の営業が12月25日で終了するのだという。このニュースには驚いた。当然の事ながら入場者減による経営悪化である。
 氷川丸は昔、MGCのイヴェント会場に良く利用されていたし、色々と遊びに行ったものである。思い入れはそれほど強くはないが、それなりに想い出のある物なので、やはり少し寂しいものがある。

 ただしマリンタワーは横浜市、氷川丸は日本郵船に売却する事が決定しているのだという。そして横浜市は「2009年の開港150周年に向け、耐震補強やバリアフリーの工事をしてリニューアルオープンする」と言っているし、日本郵船は「山下公園に保存する形で運営していくことを検討中」なのだという。

 いずれそれなりの観光スポットとして、想い出のある人も多いだろう建造物である。残せるものなら残して欲しいものだ。


2006年10月17日(火) ひもじい国

 世界食糧計画(WFP)の報道官が「食糧支援の打ち切りにより、この冬数百万人の北朝鮮住民が飢えに直面する」との見方を示したそうである。
 いや、別に今に始まった事ではないし、今年はそれでなくとも不作、水害で食糧備蓄量が危機的だと言われていたのである。それで核実験をやったらどうなるか、それすら考えられない金正日は、政治家として無能と断定できる。彼は世界情勢がまったく読めないのである。

 しかもあの国は軍事独裁国家である。他国でも軍隊には優先的に食糧をまわすのは常識だが、あの国はそれが極端なので、女子供が餓死するであろう事は容易に想像がつく。元からそういう国なのだし。

 そもそも子供が飢えた写真というのをよく見るが、あれをちょっと引いて撮ると、太ったとは言わないが健康体の大人が写っているのが常である(これは北朝鮮に限らないのだが)。子供は黙っていても熱を放出するからどんどん体力が落ちていくが、大人は子供よりは消費しないし、そもそもそれなりに食糧を搾取しているのである。だから子供が先に死んでいくのだ。

 そして北朝鮮は多分飢えた子供を前面に出して、飢えはアメリカの責任だと例によっての責任転嫁をするのは明白だが、しかし現実に飢えた子供を見せられると、やはり援助したくなるのは人の常である。
 ただし、ここが重要だが、北朝鮮への食糧などの援助物資は、絶対にその飢えた子供には渡らない。すべて官僚や軍隊、及び闇市場に消えていくだけである。これは過去の物資が全てそうだったのだ。だから援助しても餓死する子供の数は変わらないのがあの国の実態である。本当に困ったものだ。

 結局子供たちを救うには、金政権を潰すしかないのである。問題はそれに代わる政権を維持する政治家がいないという事なのだが…。


2006年10月16日(月) 「ズーランダー」は人の名

 昨夜は、日記をアップした後で、いわさきさんから借りている「ズーランダー」を見る。
 実におバカな映画なのだが、意外とストーリーはまともに展開するので、誰にでもという訳には行かないかもしれないが、それなりに楽しめる映画に仕上がっている。
 とにかく非常にバカバカしいのだが、ついつい最後まで引かれてしまうあたりうまく作ってある。この演出については「オースチン・パワーズ」よりもうまいと言える。あまりダレる部分がないのだ。

 そしてこのDVDで笑ったのは、DVD特有のメニュー画面でもう笑わせてくれるのだ。なにせ「再生ボタンを押す、再生とは再び生きると書くけれど、それじゃこの映画は今まで死んでたのか〜、なんてね」等という説明がされるのだ。なんだか往年の広川太一郎のようである。

 ちなみにミラ・ジョヴォヴィッチが暗殺組織の女幹部(なのか?)という役回りで出ているが、意外とこういう役を楽しんでいるようだ。そして黒髪のロングという、「ウルトラヴァイオレット」のようなデザインで、やはり彼女はこういうのが似合っているのではないだろうか。
 そしてデビッド・ボウイが本人役で出てきたのには、ちょっとびっくり。流石に年をとったが、まだまだかっこいいぞ。

 エンド・クレジットは、特典メニューに別ヴァージョンが入っているが、私はこちらの方が断然好きだ。いかにも70〜80年代の映画という作りになっているからだ。何故こちらを採用しなかったのか、謎である。

 結局この映画は、みんなでわあわあ言いながら見るのが正しい見方の映画である。世の中にはそういうジャンルの映画が存在するのだ。というか、そういう映画の方が多いのだろう。


2006年10月15日(日) おもちゃな日

 今日はなんとなく、過ごす。子どんぐりが来週試験なので、こちらだけ勝手に遊びに行くという訳にもいかないのである。

 とかいいつつ、先日ボークスで1,000円で買った「ライフ・オブ・ブライアン」の6インチ・ドールをコンパクト・デジカメで撮ってみる。こんな事をしているのも、いい加減邪道な親だ。

 しかしこのコンパクト・タイプのダジタルカメラという物は、実にピントが合わせにくい。そもそも合っているのかどうかが判らないし、ファインダー越しに見られないので、保持が安定しない。本当に液晶画面で見ながらの撮影は面倒だ。結局PCに落として確認するまで安心できないのでは、フィルム・カメラと変わらない。やはり安心してテキパキと撮るためには、デジタル一眼タイプが必要なのだ。

 どうせ写真を撮るのだからと、「クール・ガール・シリーズ1」「スペース1999 イーグル」「シャドー・モービル」「ギーガーの孫の手」等も撮る。本当はケルベロスも撮りたかったが、意外と準備に手間がかかるため、今日は断念。これはカメラを買い換えた時に徹底して撮りたいと思っている。
 結局半日が潰れてしまったが、たまには良いだろう。いずれきちんとしたデジタル一眼タイプのカメラを買った上で撮影しないと、かえって時間の無駄になってしまう。

 そして今回はオーディオ・ラックの上で撮ったので、CDを聴きながらできたのだった。意外とこれは楽しいシチュエーションである。
 でもCDは、昔の録音でノーマル仕様は音が悪い。やはりリマスターは最低限の条件だろう。メーカーはそのあたりを良く考えてアルバムを出して欲しいと、切に思う。

 そして写真のいくつかを、mixiにアップしたのだった。


2006年10月14日(土) しぶとい北朝鮮

 北朝鮮の初めての核実験は、失敗した可能性が高いようだ。
 上空の大気を計測した結果ではあまりにも放射能が微量なので、起爆装置の爆発のみで終わった可能性が高いようだ。確かに核兵器の難しいところは「起爆装置の爆縮」と「小型化」であり、いくら北朝鮮が無謀であってもこれに成功しない限りはどうしようもない。

 だが失敗したという事は、あの試験場には大量の核物質が手をつける事も出来ずに放置されるという訳で、今度はあのエリアが極めて危険な状態担ってしまったという事になる。核実験に失敗した土地は、誰にも処置できないのだ(逆に言うと、チェルノブイリは文字どおり必死で処理したからこそ、ここまで回復したともいえる。放っておいたらとんでもない事になるのが、核の怖いところなのだ)。

 ただし核実験に一度成功すれば、テロ・グループへの売買という最悪のシナリオが考えられるのだから、やはりなんとしてでも北朝鮮の核開発は阻止する必要がある。なにせテロ・グループにミサイルは必要ない。船のコンテナ、貨物列車の貨車、その他テロならなんとでもなってしまうのだ。

 現在、アメリカ軍は北朝鮮への武力介入は考えていない。なにせ政治的に責任は中国にあるというのはどこの国でも判っている事だし、当の中国も、ようやくここにきて江沢民の派閥をなんとかできそうな気配になってきたのだから、うまくすれば親北朝鮮という路線を変える事ができるかも知れないところまできたのだ。
 今のところ中国は軍事国家なので、北朝鮮がなくなって隣国にアメリが軍が駐留する事だけは阻止しなければならないと思い込んでおり、それを止めさせようとすると、軍事クーデターによる暗殺が行われるのである。

 そういった流れの中で、安保理での「第七章による制裁」が問題なのは、もし発動すると各国の負担がとんでもなく重いものになり、四十一条、四十二条が発動されると、特に中国の負担は膨大なものになるのは明白である。なにせ一旦発動されると、簡単には解除できないのもこの制裁処置の特徴なのだ。
 だから今回は色々と逃げ道を残して各国の判断に任せた部分が多いのだが、これでは実効性に薄いと言わざるを得ない。

 こうしてみると現在の中国にとって、反北朝鮮路線を確定させ、金正日政権を潰す事が急務となる。つまり軍事介入、あるいは暗殺という選択肢が、徐々にそれしかなくなっていくという事態に追い込まれていくのである。
 そしてアメリカはそれを黙認するだけで、おそらく積極的なバックアップは行わない。実は大部分のアメリカ人にとって、北朝鮮の核問題は、対岸の火事でしかないのだ。なにせソ連との核競走に勝ったという意識があるし、いざとなれば軍事介入すればなんとでもなると簡単に考えている節がある。
 その一番の証拠は株式市場だ。実は北朝鮮の核実験があっても、株式市場に何の変化もないという事で、いかにアメリカは呑気に構えているか判るのである。

 実際、今回はアジアの大問題なのである。


2006年10月13日(金) トルコの人

 13日の金曜日である。伊奈かっぺい氏はライヴをやるのだろうか。

 今年のノーベル文学賞は、オルハン・パムク氏に決定した。
 村上春樹氏が候補になっていたらしいという事で結構話題になっていたが、こと平和賞と文学賞については、かなり政治色が強いので、現在の世界情勢下で日本人が取るのはなかなか難しいものがあるのも確かだ。
 そもそも「海辺のカフカ」がどういう方向性をもっているのか、全然判らないのである。

 しかしバムク氏はトルコの人である。トルコといえば、ERKIN KORAYであろう(強引だ)。トルコ・サイケの父であり、かなり長いキャリアを持っている、らしい(実は詳しくないのだ)。
  ttp://www.youtube.com/watch?v=-szpE6TWGTQ
 こういうかっこいい曲をやっていたかと思えば、
  ttp://www.youtube.com/watch?v=yY9hdfLJ4_g&mode=related&search=
なんてのもある。ヘッポコ・キーボードが、実はとんでもない破壊力を持つという証拠を示した、素晴らしい曲である。
 実際ここまでとんでもないと、本当にコメントに困る人だと思ってしまう。

 そしてこういうものを簡単に見られるyoutubeは、本当に面白いネットの産物だ。探すと色々とんでもないものが出てくるあたり、マニアの存在はネット拡大の原動力だと実感する。


2006年10月12日(木) シュマイザー?

 仕事で名取までニ往復するバイパスは混んでいるので、疲れるし時間がかかる。

 mixiを開いたら、「セーラー服と機関銃」の番宣が出ていたのだが、しかしセーラー服でMP40とは、一体何を考えているのだろう。心底驚いてしまったではないか。
 あの銃は、デザインが洗練された制服でないと似合わない。以前の映画で使われたM3A1はアメリカの銃だし、そもそも根本的にかっこ悪い銃なので、逆にどんな服でも構わないのだが、MP40はドイツの銃だ。第二次大戦当時はかなりデザインを重視した制服を採用していたし、メカも機能美溢れる物が多かった軍隊の銃なのであり、日本のセーラー服には全然似合わないと断言する。違和感というのにも限度があるのだ。
 今のヤクザがMP40を使用するなんて事は、まずありえないのだから、もう少し設定を考えて銃を用意して欲しいものだ。現実には、イングラムが国内で使用された事もあるので、その辺が妥当な線だろうか。

 まあプロップの都合でマルシンのキットを使用しているのだという事は容易に想像されるし、M3よりはMP40の方が、撮影時の安全を確保しやすいだろう(ボルトをロックできるという差は大きい)。グリースガンはセーフティに問題があるため、銃があるとすぐトリガーを引く日本においては、危険すぎるのだろう。

 ついでに、MP40はシュマイザーではないという事についてちょっと調べてみた。
 元々はシュマイザーがMP28を開発し、その発展型のMP34とMP36を開発したのだが、エルマ・ベルケ社がこれの改良型MP40を無断で製作し、大ヒット作となったのである。シュマイザーは第二次大戦中にもかかわらず会社を告訴したらしい。結果がどうなったかは不明だが。
 そしてあまりの高性能に、戦後アメリカではシュマイザーが開発したと勘違いし、マニュアルにも記載してしまい、これが元で「シュマイザーMP40」という名が一人歩きを始めたのである。基本的なものはシュマイザーが作ったといっても過言ではないが、いずれMP40は「エルマ・ベルケMP40」が正式名称なのである。


2006年10月11日(水) 買収された

 googleがyoutubeを買収する事が決定した。
 買収後もyoutubeのブランドはそのままというのが、流石だ。この辺がgoogleの凄いところである。多分日本の経営者には、絶対にできない事だ。
 だもんでソフトバンクがボーダフォンを買収して、携帯に「softbank」のロゴを付けてしまったのにはがっかりである。そもそも私はソフトバンクが嫌いで、以前日本テレコムを買収した時は、電話の契約を解除したくらいだ。携帯も解約したいところなのだが…。

 ま、それはともかく、現在のyoutubeは著作権問題も絡んで難しい立場にはあるが、メーカーは基本的に映像がきれいでないと販売しないので、「画質は悪いが価値のある物」や「古くてメーカーが見向きもしない物」はどんどん流してほしいと思ってしまう。
 この辺の責任は、文化遺産をないがしろに扱ってきた放送メディアにある。民衆が求める文化価値をまともに取り上げてこなかったツケが回ってきただけなのだ。 こういう事は、きちんと考えてもらわないと困る。

 そして今日も12時過ぎまで粗仕事である。困ったものだ。


2006年10月10日(火) いよいよ中国の侵攻か?

 ここしばらく、またも帰宅が遅くなっている。やはりここの支店の考え方は理解できない部分が多い。こんな事では世界情勢からどんどん乖離してしまうではないか。

 そして北朝鮮の核実験だが、これに対して容認する意見はどの国からも出なかった。いつもなら韓国や中国、ロシアが援護射撃をするのだが、流石に今回は見放した。つまり、北朝鮮は完全に孤立するという事である。

 現在の北朝鮮には、原油の搬入もなくそもそも精製できる状況にはない。また穀物も近年にはないほどの不作であり、完全に八方塞がりの状況なのに今度の冬を越せるだけの準備もない。
 この国はまともな国家ではなく、国際社会の常識が通じる相手でないのは周知のとおりだが、そんな状態で、食べ物も暖房もないという状態のまま冬が来るとしたら、本当に危険な状態になる。
 最悪のシナリオとしては、核を本当に使用する危険性があるのだ。しかもきちんと制御されたものではなく、本当にどこに飛ぶか判らないという状況で、だ。ただしまだ核を搭載するだけのミサイルも能力もないと思われるが…。

 それでも直接の驚異を感じているのは中国だ。恫喝の相手としては最適なのである。流石に韓国には米軍が駐留しているので、本当に核を使用するとしたら中国の可能性がもっとも高くなる。こうなると中国が金正日を暗殺するか、あるいは直接軍事介入するかのどちらかを選択する必要性が出てくる。現に国境付近には少し前から軍が配置されている。
 ただし中国軍が介入すると、国際世論(特にアジア)がどう動くが判らないので、もともとアメリカなどは黙認する事は判っているので、あとは日本が「仕方のない行動だった」と言ってくれると約束さえしてもらえれば、アジアの平和のためという大義名分が立つのだ。

 いずれどの国も北朝鮮の要求を飲む訳には行かないので、北朝鮮以外の国同士でのかなり高度な政治的駆け引きが行われているのは想像に難くない。

 しかし肝心の日本は、核という禁断のカードを出されてしまっては、基本的にアメリカに追従するしかない。自国で核をもたず、アメリカの抑止力という庇護に入っているのだから、核の問題に関しては仕方がないのであるし、アメリカも日本に核を持たせないためにも、今回は本気で動く。
 しかしそれがなければ、日本は本当に平和ボケの国だ。他のどの国でも政治家は軍事学を学ぶのに、日本ではそれが皆無なので、今回のような事態には、本来は対応できない可能性が高い。
 そもそも軍事に関して無知なのに、シビリアン・コントロールなどできる訳もない。そういう国に核という問題が突きつけられたのでは、心配するなという方が難しい。


2006年10月09日(月) 平和と緊張

 実は昨日、「太陽」を観る前にボークスへ行った。
 ここは改装するため(人形に特化するらしい)、投売りをしており、今日が最終日である。
 昨日は70%オフという事で、以前から目をつけていた物が残っていれば買おうと思い寄ってみたのであるが、当然ながら見事に何もない。それでも「パンツァーファウスト」の4本入り木箱という、定価が5,000円以上する物が残っていたので購入。これが1,500円強なら買いである。

 そして今日、子どんぐりも行ってみたいというので、もし昨日の「パンツァーファウスト」が残っていればもう一箱買うつもりで行ったのだが、こちらもなくなっていた。こんな物を誰が買うのだ、と怒ってみたり…。ただ単品の「パンツァーファウスト」が一本だけあったので、こちらも500円弱で購入。これでケルベロスの小道具が一つ増えた、と。
 そして昨日は気がつかなかった、「モンティ・パイソン・ライフ・オブ・ブライアン」の人形が1,000円で残っていたので購入。服装はイマイチだったが、顔がちゃんとグレアム・チャップマンしていたので良いのだ。

 あとはESIFCON用に「バルタン星人開閉式ウォーターガン」が1個100円だったので2個購入。これはバルタン星人の手の形をした水鉄砲である。デフォルメされた形だが、ハサミの部分が開いて水鉄砲になり、こんな物100円でなければ誰が買う? というシロモノだ。

 そんな平和な日常から一転して、北朝鮮は結局核実験を強行した。
 これにより中国はメンツを潰され、日米同盟がさらに強固となり、さらにアジアに核拡散の可能性が高まる要因の一環として、アメリカからは責任を取れと詰め寄られる。まさに中国にとっても悪夢である。そして北朝鮮も最後のカード、しかも禁断のカードを切ってしまったので、いよいよ逃げ場がなくなってしまった。
 まさに、政治的に目が離せない状況である。


2006年10月08日(日) 「太陽」を観る

 フォーラムまで「太陽」を観に行った。

 天皇が「現人神」ではなくなる事についての苦悩が非常に上手く表現されている。そしてイッセー尾形は実に巧みに天皇を演じている。もしかしたら天皇の行動は少しばかり誇張されているかもしれないが、観ているうちに違和感はなくなってしまう。
 とてもロシアの監督作品とは思えない仕上がりだ。

 全編を通してこれでもかというほどに天皇の日常を表わしている。数箇所笑いを誘うシーンもあって、観客からはちゃんと笑いが漏れていた。だが全体は非常にシリアスに、天皇の孤独と苦悩を表現している。明確なセリフがなくとも、映像で表わしているところが良い映画の証拠だ。

 ラスト間際、皇后が疎開先から戻り、子供も広間で待っているというハッピーエンド的状況で、玉砕放送を録音した若者が自決したという事を聞かされ、その悲しみを映像だけで表現している。本当にラストまで天皇の苦悩が実に良く伝わってくるのである。まさかああいうシーンが出て来るとは思わなかったので、ここで苦悩と悲しみが倍増してしまうのだ。

 観終わって、どうしてこういう映画を日本で作れないのか、という怒りすら覚えるほどに感動的だ。監督は、日本人より天皇の事を理解しようと努力していたのが良く判る。
 日本ではなまじ宮内庁がムダに権力をもっているだけに、天皇の権威を守る事しか考えておらず、戦後になっても天皇の人間としての苦悩と悲しみを全然国民に伝えられなかったし、現在でもそれを調べる事は難しい。まったくどういう国なのだ、日本は。
 そして天皇や一部の人間が、日本の将来を考えて苦渋の決断をし、自らの進退もアメリカに預けた、そんな日本の現在の姿がこれなのである。だから日本人がこの映画を観た場合、彼らの苦悩は結局ムダになったのではないかと思わざるを得ない、それほどに危うい映画でもあるのだ。

 そんな映画だが、さすがにロシアの監督作品だと思わせるのは、その絵作りである。ところどころタルコフスキーと同じような絵画的映像になったり、あるいは映像の温度が低いのもロシア的だ。焼け野原の東京も、どちらかといえば大陸のイメージだ。
 東京大空襲のイメージはかなり抽象的だが、これは押井監督が好きそうな描き方だ。というより、似たような事をもうやっている。やはり「映像作家」の考える事は似てくるという事なのかもしれない。

 難点としては、どうしてもお辞儀の仕方が戦争体験者ではない弱さがある。
 これは娯楽作品で言えば「海底軍艦」を見れば一目瞭然だ。こちらは戦後18年しか経っておらず、俳優に戦争経験者が多いため、軍人の演技がサマになっているのである。でもこれは現在の映画では、ある程度仕方のない事だ(ちなみにマッカーサーを見た瞬間に、「あ、若い頃のジョン・クリースだ」と思ってしまった)。

 いずれにせよ、天皇が人間宣言をし戦争責任を考えた苦悩の日常を描いた映画である。これをロシアの監督が作ったという事を、日本人は良く考える必要がある。


2006年10月07日(土) プログレって何?

 mixiのコミュで、「プログレとは何か」という問いかけを見つけた。
 もちろん音楽のプログレの事なのだが、定義ではなく、あくまでプログレというものをどう捉えているかという問いかけである。なにせプログレというジャンルは有名な割には定義が難しく、ほとんど定義付けが不可能と言ってもいいかも知れないほどなのである。

 ジャンルとか言いながら、実はプログレがジャンルではないのは確かだ。とにかく音楽としてはありとあらゆるジャンルを取り込んできた事で独自の進化を遂げてきたのだが、それによって一つの明確なカテゴリーが作られた訳ではない。思うにプログレッシヴという言葉がまずかったのかもしれない。むしろ柔軟性の方が大きな要素だったと思うからだ。

 でも様々なネーミングがあった中で、「プログレッシヴ・ロック」という響きは、かなりカッコ良かったのも事実だ。日本では早くから「プログレ」という言い方で普及したが、訳の判らない曲を「プログレだから」という一言で片づける究極の逃げ方を提供した言葉でもある。

 そして自分にとってプログレとはどういうものだったのだろう。
 もちろん今でもクリムゾンやEL&P、YES等はプログレに分類する事になんら異論はない。意見が分かれるドリーム・シアターも、個人的にはプログレに含めていいのではないかと思う。その根拠は「美しさ」である。
 もちろん他の人と違う事をやれば、それはある意味でプログレッシヴになるのだが、やはり音楽である以上、何らかの美しさが必要だと考えている。
 だからアシッド・ロック、サイケデリック・ロック、電子音楽などは私にとってプログレではなかった。タンジェリン・ドリームの1stは実は好きなのだが、プログレだと思った事はないし、ファウストも同様に好きだが、やはりプログレではない。でもエニワンズ・ドーターを初めて聴いた時はかなり衝撃的で、あえて言えばシンフォニック系プログレだろうが、少なくともフアウストよりはプログレに相応しいと思う。

 今までの自分の好みからすると、やはり曲自体の美しさがかなり重要な要素になっている。だからEL&Pは今でも好きだし、当時の彼らのサウンドは紛れもないプログレだったし、今でもそうだと確信している。

 しかしこう考えていくと、プログレとSFは、状況としては非常に似たもの同士だった訳だ。自分がどちらにもはまった理由が良く判ってしまう。


2006年10月06日(金) 新政権

 安倍政権の評判は、マスコミの情報ではあまり良くはないという事になるらしい。
 まあ目玉が憲法の改正にあるのだし、小泉政権の明確な後継路線なのは明白だから、マスコミのウケが悪くなるのも仕方がないところだろう。いずれ安倍も小泉同様、戦略としての政治を行おうとしているので、やはり今後も目が離せないところだ。
 少なくとも、マスコミとは違う情報源は必要だ。そうでないと、小泉政権の本質も判らないし、安倍政権の行方も見えてこないのだから。

 ただしマスコミが強調しているように、一般市民の生活が良くなる政治でない事は確かだ。
 なにせ細かい戦術ではなく戦略としての政治を行っているのだから、一般市民がある程度犠牲になる事は避けられない事実である。結局日本の将来を取るか、目先の生活を取るか、なのである。

 そして、デフレはまだまだ続くと思うのだがなぁ…。


2006年10月05日(木) 核は6発で充分

 核が6発あれば、日本の防衛は完璧だ、という意見を昔読んだ事がある。
 そして隣の北朝鮮は核実験の予告をした。実験を行う事はほぼ確実だ。なにせこれは、アメリカを交渉のテーブルに引っ張りだそうという「最後の政治的カード」なのであり、つまり北朝鮮の社会情勢がほとんど崖っぷちに来ている証拠でもある。声明がいつもより腰が引けている事からも充分推察できる。
 でももし作ってしまったら、ほとんど制御不能の核爆弾になる恐れもあるし、管理にも高度な技術と金が必要なので、作った後の方が大変な事になりそうである。そして1発だけでは戦略的に役に立たない事は明白だ。

 したがって、アメリカは北朝鮮のカードは完全に無視するつもりだし、そのために中国へ圧力をかけている。こんな状況で本当に核実験をやったら、中国は嫌でも金正日の暗殺に乗り出さなければならなくなるのだが…。

 そう言えば中国の暗殺部隊はどうなっているのだろう。もちろん蛇頭などは民間レヴェルとしては高度な暗殺部隊を持っているのだろうが、政治レヴェルになった場合、有効な暗殺部隊があるのかどうか甚だ疑問だ。
 イスラエルのようにミサイルを使った爆殺をも暗殺と言っていいのか疑問はあるが、多分ミサイルを使ったピンポイントの暗殺ができる国はそう多くはない。もちろん中国には不可能だ。いずれ厳重な警戒網を突破して暗殺できるだけの能力が中国にあるのか、お手並み拝見という事になってしまう。

 ちなみに有効な暗殺能力を発揮できる国は、イスラエル、旧ソ連、バチカンあたりが有名だ。アメリカは最近精度が良くないと聞く。いずれ中国がそれらに頼る事は不可能だが、金政権がようやく終焉に近づきつつあるのは間違いのないところだろう。

 そしてこれは何度でも強調しておくが、政府の要人で北朝鮮絡みの金を受け取っていないのは、ほとんど小泉だけで、だから北朝鮮に強く出られたのだ。拉致問題が急激に取り上げられたのはそのためで、それまでは日本の政治家はもちろん、警察でさえ様々な難癖をつけてまともに取り上げてくれなかったのである(警察は政治家に弱いのだ)。
 少なくともこれだけは、もっと高く評価するべきだろう。


2006年10月04日(水) 重力レヴェラーの効果

 昨夜、会社の帰りに、当日発売だと言う「やわらか戦車の退却アクセ」を二個買ってみる。コンピニなので23時過ぎでも手に入るところが便利だ。
 なかなか可愛い出来だが、シークレットがあるのはなんだかなぁ。どんぐり2号はすっかり1箱(10個入り)を買うつもりでいるようだったが、結局今日1箱買っていた。まあいいけど。

 ESIFCONの参加者予定者が、もう10人を突破した。
 たった10人で喜ぶというのが、最近の参加者数の少なさを物語っている。まあほとんど宴会と変わらない様相を呈してきたのだから、仕方がないといえばそれまでだ。

 今年も企画は特にないが、恐らく現在の日本で「ウルトラヴァイオレット」に一番詳しいのは私だろうと思っているので、そのレクチャーでもしようかと考えている。
 日本の特撮やアニメ、歌舞伎や時代劇をうまく消化していたり、アクションだけに絞って開き直った脚本、それを補完する演出など、いくらでもネタが出てくるのだが、いかんせん評判があまり良くなかったために誰も真剣に考えていないのである。

 例えば例の重力レヴェラーの演出的効果は、多分ほとんどの人が気づいていない。
 あれはもし実際にあったとして、いきなり予想外の方向から出てきた場合には効果があるし、少人数での格闘戦でも役に立つかもしれない。しかしヘリとバイクのチェイスでは、実は何の効果もないと断言できる。
 ヘリから撃つ方にしてみれば、バイクがどこを走ろうとその軌跡は充分予測可能なので、いくら逃げても撃ち難いという事はあまりなく、むしろ逃げる方が日常と違う重力場を意識しなければならない分、不利となる。

 ではこのガジェットの効果はどこにあるのかというと、ヴァイオレットに感情移入した場合、彼女を中心軸にした重力場を描く事で、周囲や追跡する側が異常な重力場に見えてしまい、弾丸がヴァイオレットに当たらないのも当然と勘違いしてしまう事が期待できるのだ。
 もっと詳しい話はまだ秘密だが、うまい演出とは、こういう事をどこまで真面目に考えられるかなのである。

 でもこんな話をして誰が面白がるのか、甚だ疑問ではある。


2006年10月03日(火) まるでライヴ盤

 日曜と月曜で、購入したネクターのアルバムを両方とも聞いた。
 予想通り「サウンズ・ライク・ディズ」は今ひとつ面白くない。とても中途半端な感じである。それに対して「サウンズ・ライク・ディズ」は意外なほどに面白い。ライナーノーツにある通り、スタジオ盤ではなくライヴ盤として聴くと、インプロ部分が実にいいのだ。こんなに楽しいアルバムなのに不評なのは、やはり前後のアルバムとの整合性がまったくないから、というのは聴いてみれば良く判る。
 やはりまとめて聴くと、こういう発見があって楽しいものである。
 ただし、本人達も言っているから断言するが、彼らはプログレではなく、まさに「ネクター・サウンド」なのである。意外とこういうグループも多いなぁ。

 ところで。
 日曜に書き忘れたが、駐屯地祭でのいわゆる一般人の質問が、非常に面白かった。実はああいう特殊な場所に行くと、いかに一般人が現実を知らないかが判ったりして、かなり貴重な体験空間になりうるのである

 30歳前後と思われる女性「この細長い棒、なんですか」
 そばにいた自衛隊員「これはミサイルです」

 ここまではあちこちで見られる、ありがちな会話だ。問題はその後の会話である。

 女性「へ〜、これで何するんですか?」
 隊員「…、え〜と…、戦車を攻撃します」

 実に平和だ…。流石に三沢近辺でそういう質問する人はいなかったなぁ。やはり普段から兵器と共存しているかどうかの違いは、とても大きいのだろう。武器の怖さが判っているかどうか、である。
 しかしまるで、西園寺えりかだ…。


2006年10月02日(月) GUN誌の付録

 雑誌GUNを買う。
 毎月付いているDVDで、今回はMG34とワルサーP-38の映像が載っているからである。
 MG34はMG42の元になった重機関銃だが、現在でも改良型が各国の軍隊で使用されているほど性能が良いし、ファンも多いのである。
 ちなみにMG42は、押井監督の「ケルベロス 地獄の番犬」でそのバレル交換シーンが見られる。映像的にはこのバレル交換と言う見せ場を作れるので、MG34よりは見栄えがする。もっともMG34は高価過ぎて使えないという事情もあるのだが。
 やはり火器は、そのメカニックの部分を強調してこそ面白くなる。ただし映画の流れに沿っていなければ意味はないので要注意。

 そして今回、ちょっと驚いたのだが、P-38は戦前の規格なので、現在の9ミリ・パラが使えないのだそうだ(戦後に作られたP-38のドイツ軍仕様であるP-1ですら同じだという)。
 弾丸の違いは本当に僅かな長さで、現在の弾丸の方が短いのである。従ってマガジンから送られる時にチャンバーに上手く収まらず、上にはみだしてしまうのでジャムるのである。あれでは実戦で全く役に立たない。
 小火器としての設計思想は現代でも立派に通用するのだが、弾丸が撃てないのではただの鉄の塊である。

 モデルガンは名作が多かったのに、不思議なものだ。


2006年10月01日(日) 本来の「1812年」

 陸上自衛隊霞目駐屯地の観閲式を見に行く。今年はいわゆる模擬戦がなく、非常に静かである(やはり最近、何かと不祥事が続いていたからなのか?)。そもそも毎年周辺住民に回覧される開催案内が、今年は全然回っていないそうだ。本当にどうしたのだろう。
 もしかして近々、大々的な訓練でもあるのだろうか。

 恒例の模擬戦もなく、結局飛んだのはP3Cが3機と松島のF2が2機だけで、ヘリすら飛ばなかった。だから今日まで周辺が静かだった訳だ。
 代わりにブルー・インパルス・Jrの走行展示があった。例の50ccバイクを改造した物で、家族連れにはいいかもしれないが、滑走路前は人の壁が高く、あまり見えずつまらなかった。というか、そもそもこれは本来のブルー・インパルスが飛ぶ前にやるからこそ楽しいのであって、これだけを見せられても不満になろうというものだ。

 ただし今回の目玉として、音楽隊による「序曲・1812年」の演奏にあわせて105ミリ榴弾砲の展示配備を行うというものがあった。つまり曲にあわせて砲を展開していき、オリジナルでのラストにある大砲の乱射を、105ミリ榴弾砲でやろうというものだ。
 大砲を撃つのは民間だとかなり難しいので、てっきり自衛隊が何度もやっているのと思っていたら、東北では初の試みになるという。関東では結構頻繁にやっていると聞いていたので、これはかなり意外だった。
 まあ迫力はあったが、もっと派手に撃ちまくっても良かったのではないだろうか。もっとも、榴弾砲を派手に撃っていては、演奏が聞こえなくなってしまいそうだが。

 ちなみに、私は何度か三沢の航空祭を見ているのでどうしても比較してしまうが、やはり駐屯地レヴェルだと展示品の数も少なく、スケールが小さいと感じてしまう。特に兵器という物は、結局メカニカルな物であるから、動かして見せてこそ意味があるのだ。これは戦争賛美とかそういう物ではなく、兵器というメカは動いてこそメカであって、飾っておく物ではないのである。

 なお演奏前にチュウジさんと会い、ESIFCONの参加申し込みを受けたのだった(三沢だと人が多すぎて、知人と会う事はなかったなぁ)。
 そしてかなり日に焼けてしまった。ヤヴァいぞ。

 午後は町に出る。どうしても揃えたいと思っているネクターだが、今日は「サウンズ・ライク・ディズ」と「マジック・イズ・ア・チャイルド」を買う。まだまだ道は遠い。
 
 しかし「マジック・イズ・ア・チャイルド」は北米での展開を目論んだ作品だが、アメリカで売ろうとする作品が素晴らしいものになる事は、ほとんどないと言える。
 デヴュー当初からアメリカ仕様という作品ならともかく、それまで他のエリアで素晴らしい作品を作って評価されてきた連中がいきなりアメリカ仕様の作品を作ろうとすると、どうしても会社の意向が入ってしまう。これは結果として売ると言う事に迎合しなければならない訳で、そうなるとどうしてもオリジナリティが薄れ、俗に言う一般大衆向けを意識しなければならなくなる。
 もちろん様々な事情があるのは充分判っているが、やはりアメリカ以外の連中がアメリカで売るというのは、非常に難しいのだ。
 つまりアメリカがリスナーとしては全然優秀ではなく、人種のサラダ状態なので、メディアで流している限り全体に受ける作品と言うのは作りにくいためである。

 なお今日は子どんぐりの祖父の80歳の誕生日である。
 特にこれという贈り物が思いつかなかったので、ペーパーナイフを探す。買いたかったモデルがなかったので平凡な物になってしまったが、ないよりはマシと言う事でお茶を濁す。
 これは夜になって、子どんぐりと一緒に渡しに行ったのだった。

 そんな一日だったので、結局体が休まるヒマがなかったりする。今週も長くなりそうだ…。


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