Seakの日記
日々感じたことを書き留めていこうと思っています。

2003年03月31日(月) Favorite!!

2003.06.29 (Sun) 15:19:32

物事の判断。人として生活していく以上、避けては通れないことだ。昨日もそんなことを書いた気がするが。

判断は結局のところ、何に行き着くか。人間の感情は、最初は快と不快から始まり、そこから分化すると言う。判断も、結局のところそうではないのか。快と不快では判断の結論としてふさわしくないのであれば、好きか嫌いか、と言ってしまえばいい。良いか悪いか、でもいい。

いろいろものを考えるが、結局、それが好きか嫌いかがすべてではないだろうか。逆に言えば、判断をしてみて本当にそれでいいのかと迷ったとき、自分がそれを好きになれるか、という基準で考えれば後悔しないのではないか。

でも、きっとそんなのは相対的なものだ。たとえば僕は、これから大学を卒業して新しい道を歩むことになるだろう。もし大学に残るにしても、ずっと学生でいることはできない。だが、僕はずっと学生でいたい。しかし、現実的にそれは不可能だ。ではどうすべきか。

僕はPCが好きだ。コンピュータの操作が好きである。だから、どのような道を進むのであれ、コンピュータから離れることはすべきでないだろう。はっきり言って、コンピュータから離れないのであれば、どの道を進んでもいい。しかし、たとえばシステムエンジニアであれば、コンピュータシステムの管理を中心として行うことになるはずだ。設計や実装も重要だろうが、これからは既存のシステムをいかに管理していくかという問題が現れてくるはずだ。もちろんそれは、今までに多くのシステムが作られているからである。

つまり、好きは好きでも、相対的に優位な判断をすべきだろう。このときに重要なのが、物事に優先順位をつけるということだ。普段から、自分にとって重要なのは何か、ということを常に考えておくのだ。そして、何か迷ったときは、自分にとって最も重要なことを優先する。最も重要なことのために、それ以外のことを捨てるのだ。もちろん、程度の問題はあるが。それほど重要なことでなくても、何とかなるなら何とかした方がいいことも多いだろう。

きっと、これは今の社会を生きるのに適している。自分が一番好きなのはこれで、二番目はこれで…、としておけば、いざと言うときに悩まずにすむ。しかし…。

僕は、どうもそういう考え方が好きになれない。好きかどうかなんて、感情的、感覚的なものだ。それに優先順位なんてつけられない。そう思ってしまう。でも、それでは通用しないのだ。きっとこの先、残酷な二者択一を迫られる。どうすればいいのだろうか。

好きなものを好きと言って、自分の好きなことをして生きる。それが、幸せなのかも知れない。だとすると、今の社会は、ほとんどの人が幸せになれない世界なのだろうな。

2003.06.29 (Sun) 15:31:08



2003年03月30日(日) 相談すること

2003.06.29 (Sun) 14:57:56

人に物事を相談する。よほど自分に自信があったり、よほど他人が嫌いでない限り、避けては通れないことだろう。何よりも、避けるべきことではない。

では、だれに相談すべきか。これは重要な問題だろう。問題を抱えた場合、自分一人で解決するよりも誰かと一緒に考えた方が、解決手段が多く提案されることは間違いない。それをしないのは、相談するということに問題があるからだ。

いったい、どんな問題があるのだろう。

僕の個人的な感覚では、干渉されることがもっとも大きな問題だと思う。たとえば、他人に知られたくない秘密についての問題などは、よくあることだろう。自分の生理的なことだったり、人間関係だったりだ。僕の場合は、好きな人ができたが、どうすればいいか、なんて問題があった。悩みと言ってしまった方がいいかも知れない。

他には何があるだろう。…やはり、自分が抱え込んでいる問題を他人に知られることが、一番大きな問題ではないだろうか。もちろん、そのような問題を他人に共有させることに対する気苦労などもあるだろうが。ただでさえ問題を抱え込んでいるのにさらにストレスを抱え込みたくはないだろう。

あとは、時間の問題もあるだろうか。自分一人で考えた方が早い、というものだ。しかし、もしそうであれば、そもそも相談を考えなくてもいいはずだ。自分一人ではどうにもならないからこそ、誰かに相談するのだから。いや、そんなこともないか。自分一人でどうにもならなくても、他人に相談できない場合が他にもあるだろうか。…やはり、知られたくない、ということ以外には思いつかない。

それで、そのようなときにどうすればいいか。僕が思ったのは、信頼できる相手を捜すのではなく、第三者を捜すべきではないか、ということだ。その問題に対して何の責任もない人間を捜すのだ。いったいそういう人間の何がいいのか。

第一に、問題に関係がないことだ。問題に関係があると、どうしても自分を絡めて考える。たとえば、僕が好きな人に大して告白するかどうかと考えていたときに、もしその好きな人の友達に相談したりすると、その後の人間関係に大きな影響が出るわけだ。とすると、僕だけでなく、自分のことも考えて結論を出すわけだ。つまり、利害が絡む。だから、問題に関係のない人であることが重要だと思うのだ。

第二に、考えが軽いことだ。これは欠点でもあるが。つまり、当人は深刻に悩んでいるわけだが、第三者は問題を突き放して考えられる。なぜなら、第一に述べたように、自分には関係がないからだ。自分に関係のないことでも深刻に悩む人だっていないわけではないが…。

第三に、影響されにくいことだ。所詮他人の言うことだから、どんなに悩んでいて頭が混乱していても、冷静にその意見を見ることができる。いくらせっぱ詰まっていても、問題にまったく関係のない第三者の意見を頭から信じ込むようなことはないだろう。

昨日の日記にも書いたが、たとえば家庭教師なんてなかなか適していると思う。生徒がどうしようと知ったことではないし、そうは言っても、相談されればそれなりに考える。そして、生徒は生徒で、所詮家庭教師の意見だから、適当な距離を置いて考えることができる。

他には、やはりインターネットの人間関係だろうか。割と親しくすることも多いが、所詮は他人だ。それに、秘密を知られたとしても、干渉はかなりされにくい。たとえば、友達にしゃべってしまうことなどまずあり得ない。インターネットの関係なんだから、学校などの友達を知っているはずがないからだ。これは家庭教師の場合にも言えるが。

親身になって相談されるのは、嬉しいこともあるだろうが、うっとうしいこともある。日常生活をしているときは問題から頭を切り離したい場合も多いだろう。そのようなとき、こういう第三者の知人がいると非常に重宝する。考えてみるとよいと思う。ただし、信頼できるかどうかは別問題だが。他人なのだから、信頼できない場合は多いだろう。

相談することは、想像以上に有効だ。すでに分かっていることでも、無意識に心の奥底に封じ込めていたりすることもある。それに、話してしまえば、少しは問題が軽くなったような気がするものだ。このような気分だけでも、結構違うと思うのだが…。

2003.06.29 (Sun) 15:18:43



2003年03月29日(土) 理論の力

2003.06.29 (Sun) 14:33:07

理論というのは、どの程度の力があるのだろう。

理論と言っても、科学の話だ。つまり、信頼できる仮定を積み上げて得られた結論だ。仮定が真実であれば、結論もまた真実であろうと言える。つまり、真実を語る上でこの上もなく強力な手法であるのだ。

だが、世の中にはこの理論を理解しない人間や、理解しようとしない人間が多くいる。理論を理解しない人間は少ないが、理論を理解しようとしない人間は本当に多い。僕はこの短い人生で多くの人に会ってきた。いろいろな人に会って、一般に理論を理解しないと思われている人間…。つまり、簡単に言ってしまえば、「不良」とかそういうレッテルを貼られている人間だ。そのような人たちに会って、いろいろと話をしてみた。カウンセラーなどとは違って、かなり対等に会話ができたと思っている。それは、彼らにとってその「不良」の時期が過去であったり、あるいは、僕とはまるきり関係がなかったりしたからだ。

過去であるというのは、大学の友人を指す。過去にいろいろやってきたが、それは過去だから…。と言うことで、いろいろ聞けたわけだ。まるきり関係がないというのは、家庭教師を指す。家庭教師と言うと、親身になって話をしたりすることなどやりにくいと感じるかも知れない。しかし、もちろんその教師の性質にも寄るが、基本的に家庭教師というのは、相談相手に適していると言える。もちろん、その性質を十分理解していないといけないが。

家庭教師以外にもこのような性質を持ち合わせる人は多くいるが、要するに、一言で言ってしまえば無責任なのだ。家庭教師の一言で生徒が何をしても、基本的に家庭教師の責任ではない。もともと家庭教師はそのような役割を負ってはいないからだ。逆に、生徒が何か悪いことをしていても、家庭教師がそれを指導する責任はない。

つまりはこれが、相談役として適しているということだ。自分が何を言っても、家庭教師には責任がないから干渉しない。そこで干渉するような人間だったら相談役としては適さないが。

まあ、このような相談役については明日に回すことにして、とにかく、そのような手段で、いろいろと話を聞けたわけだ。その結果、たとえば学校で成績が悪かったり、とてもまじめに物事を考えているようには見えなくても、理論を理解することはできる場合が多いと思う。ただ、理解しようとしないのだ。それを理解することで得られるものがない、あるいは少ないと、直感的に思っているのだ。

確かに、それは否定しない。真実ほど重要で、なおかつ価値がないものはないだろう。つまり、そのときどきによって価値がまったく違ってしまうのだ。実際に必要になってみなければ、その価値はまったく理解できない。そんなものを苦労して理解しようとは思えないだろう。

だが、そこを1つ乗り越えた人間は、多くの真実を理解しようという意欲を得る。つまりは好奇心というものだ。これは逆という気もする。つまり、好奇心が先にあり、その先に真実があるのだと。しかし、現代では好奇心とはつぶされるものだ。幼少期に無数の好奇心を持つが、そのほとんどは謎のまま消えてしまう。それを解決しようとしたごく一部の人間は天才とか奇才とか呼ばれることになるわけだが…。

そのあとに、再び真実のために好奇心を持つ必要があるのではないか。で、そのような人たちにたいして、理論は大きな力を発揮するだろう。それは最初に述べたように、理論は真実を語る上できわめて強力な道具だからだ。

では、真実を理解しようとしない人間に対してはどうか…?いくら理論を語っても、何の力も持たないのではないか。簡単な例だが、カツアゲしようとする高校生に物事の道理をいくら説いても何の効果もないのと同じようなものだ。彼らにとっては暴力こそが力であり、理論は何の価値も持たない。理論を知ることは未来を築き上げることにつながると僕は思うが、そんなこと、彼らには価値として感じられないのだろう。あとは、感覚的に好きになれないというのもあるかも知れない。

好き嫌いの話も二日後くらいに書くかな。

真実だけでなく、理論もまた、相手によっては大きな力を持ち、あるいはまったくの無力だ。そして僕は、いまだかつて理論が通用しない人間というのに会ったことがない。まあ、もしかしたらいたのかも知れないが。とにかく、そのように理論をまったく理解しようとしない人間に対したとき、僕はどうすればいいのだろう。強い不安を感じるのだ。そのような人間がまともな社会人として生活しているわけはない、とも思うが、世の中は奇妙なことがたくさんあるから…。

2003.06.29 (Sun) 14:49:57



2003年03月28日(金) 小説書きに100の質問の続き

50 現代に生まれてきて満足ですか。現代以外ならいつ頃生まれたかった?(過去・未来どちらでも)

未来。今の科学技術を信じているから。

51 「ファンタジー」とは?

現在の物理法則を基礎として、その上になんらかの秩序が構築された世界。

52 何処かに引越しをするとしたら何処へ引っ越しますか。

インターネットが使える田舎。

53 旅は好きですか。何処へ行きたいですか。

旅は好きではない。沖縄には行ってみたいと思っている。

54 登場人物の死についてあなたの所見を。

自分が構築した世界の中で、一人の人間が死ぬのだから、それなりの配慮はあるべき。

55 メールや掲示板の書き込みなどで「顔文字」や「(笑)(爆)(死)」の類は使いますか?

ある程度は使う。昔は嫌いだったが、他の人が嫌いでないなら、あえて使わない理由はない。

56 昨今の日本語の乱れについてどう思いますか。

言葉は常に進化し続けるものであって、誰かがそれを正しいと決められるものではない。従って、過去の言葉と比べて変化したことが乱れであるとすること自体が誤りであると考えられる。

57 社会に不満を感じることはありますか?どういう時ですか?

基本的には満足しているが、不満もないことはない。明らかに毒物であるタバコの規制がゆるい、など。

58 小さい頃、将来何になろうと思っていましたか。

漫画家。

59 あなたの人生設計を教えてください。

大学院に進学し、派遣社員としてスキルを積む。実戦経験を積んで入社し、適正年齢まで現場のプログラマーとして働く。その後はその経験を生かし、SEとして若い人間を動かす。こううまくいくものだろうか。

60 外はどんな天気ですか。風景も含めて少し描写してください。

もうとっくに春だというのに、外からは冷たい風が吹き付けている。それもそのはず、もう午前3時40分だ。この部屋から見えるのは、ただむやみに明るい街灯のみ。見慣れた家々があるはずなのだが、今は暗くて、そのあたりを判別することは難しい。

61 読書感想文は得意でしたか。

覚えていない。

62 国語は好きですか?好きだった学科を教えてください。

嫌いな教科はなかったと思う。苦手な教科は数学と英語だったが。受験のための勉強はつまらないと言う人がいるが、目的がなんであれ、おもしろいものはおもしろいし、つまらないものはつまらないと思う。そして、現在の学校で教えられているものは人類の知的探求心の結晶だ。従っておもしろいと思わせることは十分に可能だと思う。

63 学校は好きですか。

かなり好きな方だと思う。

64 運動は得意ですか。

かなり苦手。コンプレックスを感じるほど。

65 鉛筆の持ち方、正しく持ってますか?

絶対に正しいとは言いきれないが、おそらくは。

66 実生活で「あぁ自分は小説書きだな……」と実感することはありますか?どういう時ですか。

それほど小説を書いているわけではないので何とも言えないが、気づいたら筋書きを頭に浮かべていたりすると、小説を書きたいな、とは思う。

67 新聞はどこまでちゃんと読んでますか。

日による。大抵、トップページくらいは読んでいるが。

68 購読している雑誌は。

ない。購読するに値する雑誌を知らない。

69 本は本屋で買いますか?古本屋?図書館派?

できるだけ図書館。内容に興味があるのであって、その持ち主や装填などあまり興味はない。何より、置く場所がない。

70 詩・短歌・絵など、小説以外で創作をしていますか。

この日記とか。

71 恋人はいますか。

いない。こんなやつの恋人になりたがるやつがいたら会ってみたいものだ。と思っているのに、なぜ告白などしたのだろう。

72 何をしているときが一番楽しいですか。

最近では、オンラインゲーム。そこでしか会えない人と話をするのがとても楽しい。別に他のコミュニティでもいいのだが、リアルタイムのコミュニケーションや、独自の世界、全体の雰囲気の点でゲームの方がいいと思う。

73 あなたの人生の支えはなんですか。

本当に、ないなあ。そんなの。なんかの拍子に崩れ落ちるんじゃないだろうか。あえて言えば彼女だが、彼女は僕がどうなろうと、知ったことではないだろう。それによって自分が不愉快な思いをするなら何かしてくれるかもしれないが。

74 懸賞小説に応募したことありますか?その結果は?

ない。そんなちゃんとしたものは書いていない。

75 日記は書いていますか?

これは日記だ。

76 今までで一番衝撃的だったことは。

あるにはあるが、あまりこういうところで言えるようなことではない。

77 睡眠時間は何時間くらいですか?

4〜10時間。もう少しちゃんと寝た方がいいと思ってはいる。

78 夜、眠りにつく前に布団の中で何を考えていますか。

考える前に寝るのが普通。眠れないときは、スケベなことを考えると、自分に嫌気がさして眠れる。

79 長時間電車に乗る時、車内で何をしていますか。

寝る。本を読む。外をボーっと眺める。社内の人を観察する。広告を見る。

80 ネタになりそうな実体験を教えてください。

そういう体験には極めて乏しい。

81 どうして小説を書くのですか。

書いていて楽しいから。

82 小説を書いていて嬉しい・楽しいときはどんな時ですか。

小説の世界に自分が入っているな、と感じるとき。

83 小説を書くうえで苦労することはなんですか。

自分の能力の欠如。表現が見つからない、など。

84 小説を書く時の状況は?(場所・時間・BGM等)

自室で、そのときどきの時間に、MIDI音源でゲームの音楽をかけながら。

85 周りの友人や家族などはあなたが小説書きであることを知っていますか。

一応、一通り知っているはず。知っていても読まない人が多いのだが。

86 あなたの周りに小説書きはいますか?何人くらい?

まともに書いている人はいないが、趣味として書いている人なら数人。

87 スランプに陥ったことはありますか?どう乗り切りましたか?

まともにやってないから、そういうことはない。

88 長時間パソコンと向き合っていると目が疲れませんか?対策はしていますか?

慣れた。もう疲れない。

89 最近難解な漢字を使用する作家が多いようですが、あなたはどうですか?

必要があればいいと思う。ただ、読者に理解してもらえなければ意味がないと思う。なんだこれ、よく分からないな、という印象を与えたいとか、必要性があればいいのではないか。

90 こういう小説は許せない!

小説なんだから、なんでもいいんじゃないだろうか。盗作などはどうかと思うが。

91 自分の小説に満足していますか。

することもたまにはあるが、すぐに勘違いだと気づく。

92 他の人のオンライン小説、どれくらい読みますか?

読まない。機械があれば読もうとは思う。

93 同人誌に参加したことはありますか。

ない。

94 将来的にプロ作家になりたいですか。

なれないと思う。

95 それはどうしてですか。

やる気と能力がない。

96 あなたの自作小説を一つだけ薦めてください。

未完成の小説ばかり。完成したものはハードディスクが壊れたときになくした。

97 構想中のネタをこっそり披露してください(言える範囲で)。

主人公の入れ替え。他の小説で脇役だった人間を主人公とし、まったく同じ物語を描く。

98 いつまで小説を書き続けますか。

書きたいと思う限り。

99 読者に一言。

そもそも書くことがあるかどうかは分かりませんが、もしあれば、そのときはぜひ読んでみてください。

100 あとがき。

疲れた。


by 小説書きに100の質問



2003年03月27日(木) 小説書きに100の質問

+ 小説書きに100の質問 +
1 まえがき(あなたの意欲をどうぞ)。

最近小説を書いていないので、あまり意欲はない。

2 あなたのペンネームを教えてください。

Seak。もしくはシーク。

3 小説の中の人物としてシークを描写してください(自己紹介)。

崩れ落ちる城壁などまるで見えていないかのように、二人は向かい合う。一人は無力なただの子どもであり、一人はすべての人間に忌み嫌われている悪魔である。彼らは同じ顔を持ち、体格からその遺伝子までがすべて同じだが、その精神だけはまったく異なっていた。無力なただの子どもは、運命の渦に否応なく巻き込まれ、自らの意志など放棄してここまで進んできた。多くの人間の憎しみをその身に背負い、偽りの正義を実現するためにここまで来たのだ。すべては、その悪魔、シークを滅ぼすため、ただそれだけのために。

4 あなたの職業は?

大学生。この日記のタイトルを見れば分かると思うが、まあ、そのあたりの重複はやむを得ないだろう。引用に当たって、この質問項目を改変することは許されていない。

5 あなたのバイト遍歴を教えてください(あれば)。

家庭教師、塾講師、PCのセットアップ。

6 小説書き歴は。

中学生の頃から。8年ほど。ただ、気が向いたときしか書かない。長い時間が空くと、小説の内容がつながらないことも多い。

7 小説書き以外の趣味を教えてください。

この日記を書くこと。

8 好きな小説のジャンルは。

推理小説。ファンタジー小説。

9 好きな作家は。

内田康夫。ファンタジーの方は忘れた。基本的に小説は、中身にしか興味はない。

10 尊敬する作家は。

特にいない。

11 好きな小説は。

いろいろあるが、あえて挙げられるほどのものはない。4,5回読んだものは数多いが、それ以上繰り返して読むほど気に入ったものはない。

12 好きな映画は。

「耳をすませば」

13 好きな漫画・アニメは。

「ダイの大冒険」

14 好きなドラマは。

特にない。

15 良く聞く音楽は。

ゲーム音楽が多い。著作権でうるさいことを言いにくいし。それでも最近うるさいが。

16 心に残る名台詞と、その出典は?

「生きるか死ぬか、それが問題だ。」
僕の脳味噌が腐っていない限り、出典はシェークスピアのハムレットだ。

17 月に何冊くらい本を読む?

科学関係の啓蒙書を含めれば10〜20冊。小説のみなら2,3冊。気に入ったものを繰り返して何度も読むことが多い。

18 小説以外ではどういう本をよく読みますか。

ブルーバックス。科学の入門書として最適だろう。大学生なのに入門という点に大きな問題はあるのだが。

19 読書速度は速い方ですか遅いですか。

元々速かったし、速読法の訓練をしたこともある。

20 あなたは自分を活字中毒だと思いますか。

Webの情報を活字と言うなら、そうだと思う。

21 執筆に使用しているソフトは。

Windows付属のワードパッド。最近、Wordでもいいかな、と思えるようになった。HTMLの精神がある程度理解できたので、HTMLエディタも悪くないと思うようになった。

22 初めて書いた小説のタイトル・内容。

自分のいた中学校の実名を関した殺人事件。
部活の同級生が死んだことから、その真相を探るべく動いたその部の部長が、部員たちとともに世界の存亡の危機に立ち向かう。と書くと分かりやすいがありがちに見えると思うが、実際はその逆。常識外れで何を書いているのかよく分からない。

23 小説のタイトルはどうやってつけていますか。

実在の固有名詞に殺人事件とつける。インパクトにおいて、これを越えるものはなかなかないと思う。

24 あなたが書く小説のジャンルは。

SFファンタジー、だといいなと思っている。

25 一人称と三人称、どちらで書くことが多いですか。

両方。一人称の方が書きやすいと思うが、自分の文体には三人称が合うと思う。

26 短編と長編、どちらが多いですか。

短くまとめる技術などあるはずもない。長編。

27 どのくらいのペースで小説を書いていますか。

気分次第。1週間書いて1年空くこともある。そうなれば内容の記憶が飛んでいて、もう執筆続行は不可能だが。

28 ストーリーと登場人物、どちらを先に決めるか。

ストーリー。話の流れに沿って登場人物に肉付けをしていく。ただ、実在の人物をモデルにする場合は、登場人物が先の場合もある。

29 ストーリーはどういう時に思いつきますか。

さあ書くぞ、とPCの前に座ってから。

30 ストーリーはどの程度決めてから書き出しますか。

ほとんど何も考えない。

31 人物の名前はどのように決めますか。

実在の人物の名前をそのまま。ファンタジックな名前の場合は響きで。

32 資料をどのくらい集めてから書き出しますか。

自分の知識がすべて。

33 小説を書くときにあなたが気をつけていることは。

自分だけが分かっている、ということにならないこと。

34 小説を書く能力は、どのように磨きますか。

優れた作品を多く読むしかないと思う。

35 ネタが無いときはどうしますか。

自転車でそこらを走る。

36 あなたが小説を書く上で影響を受けたものはありますか。

内田康夫氏の小説。スターオーシャンというゲーム。

37 他の人の書いた小説を読むとき、ついつい注目してしまうのはどういうところですか。

セリフの説明。「〜は…と言った。」などのくだり。

38 これから書きたいテーマは。

世界の敵となってしまった女性。

39 感想はどのように得ていますか。

直接聞く。

40 批評されても良いですか。

いやなら読ませなければいいと思う。

41 あなたの未来予想図、22世紀の世界はどうなっていると思いますか?

想像以上に技術の進展は速い。ただ、壮大な夢を実現するにはお金がない。従って、些細な技術が発展するが、その全体としては現代と大差ないのではないかと思う。

42 ますます発達する科学。人間のクローンについてあなたの考えは。

なんら問題はないと思う。しょせん遺伝子情報が同じだけで違う人間だ。寿命が短くなっていれば、生まれてくる人間は不幸だと思うが。

43 超能力やUFOを信じますか?

超能力は信じないこともないが、UFOは信じない。超能力と言っても、現代の科学でたまたま解明されていないレベルであって、それ以上があるとは思えない。発火能力や飛行能力、テレパシーの能力があるなら使ってみたいものだ。

44 世界の終末はどのように訪れると思いますか。

ビッグクランチ。常識ではないのか?
人間の世界の終末という意味であれば、なんらかの天変地異で滅ぶ可能性が最も高いのではないか。

45 世界平和は実現しますか。

実現して欲しいと思う。でも、無理ではないかと思う。

46 最近の凶悪犯罪についてどう思いますか。

少し頭を使え、と言いたい。

47 政治家に物申す!

がんばっているのだから、その成果を、選挙の時のように強く主張してもいいだろう。イメージが悪いのはもはや事実だから、それを改善する努力をして欲しい。仕事自体は、決して悪くないと思う。

48 宗教についてどう思いますか

ばかばかしいが、信じるのは人の勝手。他人に迷惑をかけなければ好きにしていいのではないだろうか。信じるものがあれば救われるのは、人間の1つの真理だろう。

49 一日は二十四時間ですが、ほんとは何時間くらい欲しいですか?

26時間あるとよいと思う。そのくらいで眠くなる。


by 小説書きに100の質問



2003年03月26日(水) トリハロメタン

2003.04.15 (Tue) 18:55:45

彼女のことが頭から離れない。…なぜだ?入学式のあった日に、ちょっと会ったからだろうか。もうあれから1週間だ。3年生の頃は、休みでもないのに彼女と1週間も会わないなんてあり得なかったのに。当たり前だが、悲しいことだ。このまま何もないまま、彼女は卒業していってしまうのだろうか。

ところで、いきなりまるで関係のない話になるが、トリハロメタンという物質をご存じだろうか。水道水の中に含まれる有毒物質として有名なのだが。今日、本を読んでいて、こいつの正体を知った。

その前に、そもそもトリハロメタンというのは、厳密には物質の名称ではない。ある特徴を持ったいくつかの物質の総称なのだ。まず、メタンを考える。メタンというのはCH4という式で記述される物質だ。最も簡単な炭化水素でもある。これは四角錐の形をした物質だが、その四角錐の頂点のうち、3つがハロゲンという総称されるいくつかの物質に置き換わると、トリハロメタンと呼ばれる。「トリ」はラテン語か何かで「3」の意味であり、「ハロ」が「ハロゲン」らしい。ハロゲンには、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンの5つがある。このうち、フッ素と塩素が比較的よく扱われる。ハロゲンがすべてフッ素であれば、それはトリフルオロメタンという物質だ。特に毒性などはないが、紫外線と反応して分解する性質がある。よくフロンと呼ばれるもののうちの1つだ。ただどちらかと言うと、オゾン層の破壊よりも地球温暖化に与える影響が大きいとして問題になっているようだ。まあ、フロンと呼ばれる物質は腐るほどあり、その中にはオゾン層を破壊しないものもある。こうなると、あまりおおざっぱにまとめても、あまり意味がないような気がしてくる。まあ、それはいいとして、これがフッ素ではなく塩素になると、それはトリクロロメタン、つまり、クロロホルムになる。要するに、かの有名な麻酔薬が、こんな身近なところにあるのだ。これってもしかして、合成するのも簡単なのではないだろうか…?試しにざっと調べてみたが、見つからなかった。キーワードも知らないような一介の大学生では、見つけられないのかもしれない。もっとも、何らかのキーワードを知っていたり、あるいは2ちゃんねるなんかで根気よく調べれば、分かってしまうものなのかも…。ちなみに、麻酔薬は他にもたくさんあって、もし死んでもいいなら、「混ぜるな危険」のトイレ用洗剤を「混ぜて」しまうのが最も簡単だろう。ただ、これは失明したという話も聞く。世の中、死んでもいいが失明するのは嫌だ、という人は多いのではないだろうか。ま、手を出さないのが無難だろう。

その本に書いてあったことでもう一つおもしろかったのは、放射線の作用の仕組みだ。放射線がどのようにして人間に害を与えるかということなのだが、これ、放射線が飛んできて、いきなり人間の体を傷つけるわけではない。もしかしたらそういうこともあるかもしれないが、もしそうなら、今知られている放射線の害は説明しにくい。つまり、なぜ遺伝子に生涯が残るか、ということが分からないのだ。これは、放射線によって、体内の水分子が破壊されることによって、様々な障害が起こるのだそうだ。簡単に言えば水から酸素だけが単独で分離し、その酸素が細胞膜や核酸を激しく酸化することで、炎症や遺伝子の破壊を引き起こすのだそうだ。酸素イオンはO2-、つまり陰イオンであり、酸化力を持つらしい。この酸素イオンのみが作用するのではなく、様々に化合しあって働いているらしいのだが。なかなかおもしろいものだ。放射線と言っても、それによって引き起こされるのは結局、普通の化学反応なのだ。ちなみにこのような、酸素イオンを初めとした陰イオンはフリーラジカルと呼ばれているらしい。老化の原因だと言われていたり、いろいろ研究されているようなので、興味があったら調べてみると良いのではないだろうか。

なんだか物騒だなあ…。時々、こういうことを書きたくなる。

2003.04.15 (Tue) 20:51:28



2003年03月25日(火) 成績

2003.04.15 (Tue) 9:25:31

昨日、課程主任の教官のところまで行って、自分の成績を聞いてきた。大学院の推薦を受けるために、成績順で見て22番より上でなければならないのだ。と言っても、かなり概略の部分しか教えてくれないのだが。結果は5番から10番。いつも一緒に講義を受けている友人たちがいるが、その人たちはみんな5番から10番と言われたらしい。まあ、確かにみんな似たような成績だし、そのくらいのものだろう。

彼女は、どの程度だったのだろう。高専では目がくらむほどの優の羅列だったようだが…。ただ、彼女が優秀だとか、そういうことを別にしても、彼女の成績はかなり良い方であるに違いない。

高専出身者の成績表かはかなり特殊で、高専の単位が認定された分は、すべて成績評価の対象にはならない。従って、大学に入ってからの1年間だけで、すべての成績が評価されるのだ。そして、3年次ともなると、かなり専門の科目が多くなっている。基礎教養の科目は大抵、成績認定の対象になっているのだ。そして専門の科目というのは、最低限必要な専門的知識とそれに基づいた考察ができれば、かなり簡単に優が取れる。まあ、あくまでも僕が行っている大学の場合は、だが。東大だったらその程度じゃ無理だろう。ちなみに僕の場合、最低限必要な専門的知識というレベルまで到達していない。にもかかわらず、その不十分な知識に基づいた考察のみで優をもらえているのだ。この日記程度の文章が書ければいいというわけだ。そして彼女の場合、すでに大学に入ってくる前から、必要な専門的知識を得てきている。だいたい、僕たちが1年次にほんのわずか、そして2年次に学んできたような専門科目を、彼女は高専の2年次から5年次にかけて、4年もかけて学んでいる。1年とプラスアルファに対して4年だ。仮に大学と高専に教育レベルの差があったとしても、それを補ってあまりある時間の差だ。

ちなみに、僕が普通科の高校にいる間にも専門科目を学んでいたのだから、当然その代償は存在する。たとえば、世の中には分数のできない大学生というのもいるらしいが、普通の(理系の)大学生であれば、三角関数の基礎くらい、誰でも解ける。加法定理の証明が東大で出て、多くの人が解けなかったと言われているが、証明はともかく、計算くらいできるのが普通だ。だが彼女の場合、この辺の知識が欠如している。…それで何の不都合があるのか、と問われると答えようがないが。高校で学ぶ知識など、あまり役に立っていないような気もする。

まあ、要するに彼女は、基礎教養の部分が若干欠けている代わりに、もともと専門的な知識は負けようがないのだ。まあ、それだけで十分な上に、彼女の考察はどう見ても僕より上だ。レポートに目を通した瞬間に、敗北感に打ちひしがれるくらい違う。大学の教授あたりが書いた文章なら、それはすごいのが当たり前でいちいち劣等感を持ったりしないが、さすがに自分と同じ歳の、しかも自分が好きな人が書いた文章が明らかに自分より上となると、さすがに悲しいものがある…。もっとも、それは文章力がどうとかではなく、文章を書く元になっている知識がまるで違うからなのだが。知らないことについて、それをごまかして必死に書いている僕の文章と、知っていることについて、時間をかけてゆっくり考えたことを書いている彼女の文章とでは、そもそも違って当たり前ではある。彼女の方が優れた文章を書いているが、きっと僕の方が苦労して書いているに違いない。

上にも少し書いたが、高専というのはあくまでも専門分野を学ぶところだ。従って、基礎はそれに付随するという扱いになるそうだ。前にも書いたが…。だから、たとえば三角関数の場合、専門を学んでいるときに三角関数が必要になったら、そのときになって必要な公式だけを学ぶ、という形になる。専門知識の最も重要な部分さえ理解できれば、三角関数の方はその場で捨ててしまうと言っても過言ではないかもしれない。専門知識を体系立てて説明するために、それに必要な基礎はあえてつまみ食いし、体系として整理することはしない。要するに、高校のようにいろいろな分野を順番に学んだりしないということだ。これはこれでいいような気もするが…。なんと言っても、高校と違って必要性が明確だ。そこで説明している数式が理解できなければ、話の筋道が分からない。今、この専門の知識を理解するために、どうしても三角関数が必要だ、という形で数学を学ぶ。本来、数学とはそのような学問ではないが、必要性が明示されるのはよいことではないだろうか。

ちなみに、では数学とはどのような学問なのか、ということなのだが、要するにこれは貴族の暇つぶしだ。従ってそもそも数学は、「数学する」コトが目的であって、数学によって新しい何かを得ようとか、そういう目的があったわけではないらしい。「問題を解く」こと自体が目的であり、解ければそれで完結する。何のために問題を解いているのか分からないという子どもたちが多いようだが、そもそも問題を解くために数学をやっているのであって、それ以上の目的はない。まあ、これが本来の数学の姿なのだそうだ。もちろん、これは古代ギリシアかどこかの話であって、現代は違うわけだが。

とにかく、一部の貴族の高尚な趣味であった数学を、すべての人に教えるのはそもそも無理があると思う。だからどうしても使いたければ、その必要性を納得できる形で示すべきではないだろうか。数学の用途など、現代では腐るほどある。最後の聖域と言われた整数論すら、今やコンピュータ科学に浸食されつつある。暗号化の手段として整数論が使われようとしているのだ。その詳細については、勉強したのだが忘れてしまった…。

ちなみに、当然のことではあるが、先に目的があった数学も数多く存在する。たとえば確率論は、誰だか忘れたが、なんかの賭に勝つために考え出した数学だと言われているそうだ。高尚な趣味が、1000年も経つとずいぶん様変わりしてしまうものだ。最近では複雑系の数学がそれに当たるだろう。数式で記述できる決定論的問題であるにも関わらず、そこに一定の規則性は見あたらず、初期値のわずかな変動でその後の値がまるで変わってしまうという謎の世界だ。

なんかたくさん書けたなあ。入りきるのだろうか。

2003.04.15 (Tue) 10:11:37



2003年03月24日(月) HTMLエディタ

2003.04.15 (Tue) 0:44:14

今日はもう1回書いているが、せっかくなのでここらで開いている部分を埋めていこうと思う。こうやって少しずつ書いていけば、いつかすべて埋まる日が来るだろう。

と言っても、これと言って書くことはない。ということで、FrontPageの使い心地でも。

Webページ作成ソフトとしてホームページビルダーと人気を二分する、と言うか、ホームページビルダーよりもよく使われていると思われるFrontPageだが、実際使ってみると、FrontPage Server Extentionsとかいう機能に対応したサーバでないと、ちょっと使いづらいことが分かった。たいしたことではないのだが、デザインを適用したとき、対応のサーバでないと、ローカルのファイルを直接読みに行ってしまうのだ。要するに、使えない、というわけだ。どうにかすれば使えるのかもしれないが、とりあえず僕がヘルプを読んだりした限りでは分からなかった。

一応、どちらも持っているので、せっかくだから使い比べてみることにした。自分のプライベートのページはホームページビルダーで、大学の研究室のWebサイトはFrontPageを使ってみることにした。と言っても、自分のページの方はコンテンツがないのでなかなか難しいのだが。前に書いたHTMLの規格に厳密に従うと、やたらと画像を使うのが難しくなるし。論文だとか、そういうのに適した形式なのだ。まあ、細かいことを気にしなければいいのだが。

さてさて、こんなことをやっていると、そのついでにいろいろ調べてしまって、また遅くなる…。いつもこのパターンで夜更かししているから、書くなら書く、寝るなら寝るでとっととしなければ。いつもあくせくしているのはどうかと思うが、平日くらいはメリハリのある生活をした方がいいだろう。

2003.04.15 (Tue) 1:35:05



2003年03月23日(日) エディタの変更

2003.04.04 (Fri) 17:59:08

この日記はHTMLなのだから、HTMLのエディタで編集すれば楽じゃないかと、今日、ようやく気づいた。たったこれだけのことに気づくのに、2週間ほどかかってしまった。

これが23日の分だから、あと10日分ほどある。いったい何を書けばいいのか…。すべて埋めるなんてコトにこだわるのは、もうやめるべきなのかもしれない。

でもまあ、こう書いているうちに、何か適当に思いつくのが今までのパターンだから、おそらく何とかなることだろう。と言っても、それを7つも8つも書けるかどうかと言ったら微妙だが。まあ、4月分の更新を始めているから、ここら辺を読む人はほとんどいないだろう。

HTMLエディタは、Frontpageの方が使いやすいような気がしていたが、こうやってみるとホームページビルダーも悪くない。Frontpageと言えば、昔のインターネットエクスプローラにはFrontpage Expressというソフトが付属していた。あれも悪くなかったのだが、どうしてついてこなくなってしまったのだろう。

こうやって、ただ思いつくままにだらだら書いていくことに、意味なんてあるのだろうか。とりあえず、今日はここまでにしておくか…。日記を書くなんてなんてことないと今まで思っていたが、こうやってため込んでしまうと、なかなか更新するのも面倒なものだ。

2003.04.04 (Fri) 18:35:04



2003年03月22日(土) 日記書きさんに100の質問

2003.03.29 (Sat) 12:06:48

あと1週間分…。さて、なにを書こう?

おもしろいものがあった。またこれかい!って感じだが、確か3回目か4回目になる、質問系…。

初めて<pre>タグを使ったぞ!どう表示されるのだろう?

日記書きさんに100の質問
 1 日記をWebに公開したのはいつ頃?
	一番初め、Sharpのあけぼのシティでは、2000年の5月だったと思う。
 2 日記をWebに公開しようと思った理由(きっかけ)は?
	懸賞に応募したら、日記機能が付いてたから。
 3 日記サイトをやっていて良かったと思う時は?
	読んでもらったり、感想をもらったとき。
 4 日記サイトをやめたいなぁと思う時は?
	特にない気がする。
 5 得意なネタは?
	時事問題や自分の価値観に対する考察。得意でも、優れているわけではないと思う。
 6 苦手なネタは?
	恋愛、流行関係。
 7 日記を書く時、自分の気持ちと読み手の気持ちは何対何?
	9対1。苦情があればもう少し考えるが、基本的には自分のことしか考えない。
 8 読者からのメールは1週間に何通くらい届きますか?
	0.2通くらい?同じ人から時々来ることが多い。だいたい、メール以外にもいくらでも連絡手段あるし…。(負け惜しみ?)
 9 何時頃更新する事が多いですか?
	かなり不定期。午前1時頃が多い気はする。
10 日記での1人称は?(俺、僕、私、わたくし、あたし、自分)
	僕
11 Hワード(Hな言葉)はどこまで書けますか?
	基本的にいっさい書けない。
12 日記には10段階だといくつくらいウソを書いていますか?
	1…、くらい?なんかでまかせのようなことも書いている気がする。
13 あなたのサイトには日記以外のコンテンツは何がありますか?
	掲示板くらい。近日公開予定…だが、予定は未定。
14 あなたのサイトにキャッチコピーをつけるとしたら何?
	知られざる大学生活の真実!どこに大学生活の話が書いてあるのか知らないが…。
15 複数のサイトを持っていますか?
	コミュニティ系のサイトなら、いくつか…。
16 日記を書く時は何分くらい時間をかけますか?
	かなりかける方だと思う。2時間を中心に正規分布。長いときは半日くらい。
17 「この人には読まれたくない」っていう人は誰ですか?
	好きな人。大学の友人。…もうかなりの人に知られているが、その辺は自暴自棄。
18 いつ頃まで日記サイトを続ける予定ですか?
	インターネットを使える環境がある限り。
19 会社(学校、家族)に自分のサイトが発覚。どうしますか?
	いや、もう発覚してるし…。内容を変えようと思ったこともあったが、気にしてもしょうがないことに気づいた。
20 あなたのサイトはどこ(ReadMeなど)に登録していますか?
	Enpituのみ。
21 1日に平均してどれくらいのアクセスがありますか?
	アクセス解析によると、1ヶ月で12.19。
22 1日にどれくらいのアクセスがあったらいいですか?
	今くらい来てもらえれば十分。
23 カウンター(解析関係含む)はいくつ設置していますか?
	エンピツ標準装備のものと、Infoseekアクセス解析の二つ。機能が重複しているので、エンピツのものは使っていない。
24 アクセスアップのためにやっている事ってありますか?
	毎日更新、を心がけること。
25 1日に何回くらい自分のサイトのアクセス数を確認しますか?
	ブラウザ起動時に確認する。1,2回。
26 過去最高のアクセス数は?理由として考えらる事はありますか?
	34。更新サボってたのに、まとめて更新したから。
27 何のためにカウンター(解析関係含む)をつけていますか?
	アクセス数を見るため。アクセスしてきた人を見るため。好きな人がアクセスしてきたかどうかチェックするため。
28 読者からのメール1通をカウント数に換算するとしたらいくつ?
	全部で10通ないから、1000くらい?
29 自分の日記は1日分で何円くらいの価値があると思いますか?
	5円くらい…?
30 アクセス数を普段より1000増やすとしたら、何をしますか?
	1000って、1日で?ん〜、有名サイトに相互リンク頼むとか。したくないけど。
31 目標としている日記はありますか?どこですか?
	「かめさんの生活」、最近更新していないのが悲しい。
32 好きな日記を教えてください。
	同上。このエンピツで見ている日記は、書いちゃまずいでしょ。たぶん。
33 嫌いな日記はありますか?可能な範囲で教えてください。
	下ネタしかない日記は好きになれない。あと、下ネタを使うのにまったく躊躇しないとか。
34 リンク先にすぐに日記が表示されないサイトはどう思いますか?
	次に行かなければいいだけの話。
35 バナーウィンドウの表示されるサイトはどう思いますか?
	うっとうしいが、仕方がない。だいたい、バナーウインドウ撤去のソフトなんて腐るほどあるんだから、気になるなら使えばいい。
36 フォントいじりをやっているサイトはどう思いますか?
	レイアウトを考えれば、そういうのも必要だと思う。よく見てないが、この日記もしてるかも。
37 「元○○○の日記」についてどう思いますか?
	好きにすればいいと思う。
38 日記読み日記(他人の日についての日記)はどう思いますか?
	考察のテーマとしてた人の日記を使うあたりはおもしろいと思う。でも、オリジナルの日記を読んだ方がおもしろいのでは、と思わないでもない。
39 他人の日記を読む時はどういう日記を中心に読んでいますか?
	さぁ…。見ておもしろいと思った日記、ということしか…。
40 あなたのWebブラウザに登録してある日記サイトはいくつくらい?
	8つ、だと思う…。
41 1日に何度も更新するサイトをどう思いますか?
	自分でやってるから、何とも言えない。好きにすればいいと思うが…。嫌われることなのだろうか?
42 何カ所くらいのサイトからリンクが張られていますか?
	たぶん0。
43 定期的に読んでいる日記サイトはいくつくらいありますか?
	同上。登録するくらいならちゃんと読む。
44 面白い日記はどんな内容の日記だと思いますか?
	本人の考えが明確に出ている日記。
45 つまらない日記はどんな内容の日記だと思いますか?
	日記を読んでつまらないと思うことは、あまりない。
46 下ネタ日記は好きですか?どんなジャンルが好きですか?
	大嫌い。下ネタがメインでなければ問題ないと思うが…。
47 どんな時に他の人の日記を読んでいますか?
	ブラウザ起動時。
48 「それだけはやめてくれ」という日記のネタは何ですか?
	下ネタ。芸能人の追っかけ日記とか。嫌なら見なければいいのだが…。
49 「それはもういいよ」っていう日記のネタは?
	別にない。なにを書いてもいいと思う。
50 あなたの日記をボロくそに書いている日記があったらどうしますか?
	批判として成立していればじっくり検討する。そうでなければ無視する。この日記をどう批判するのか、ぜひ見てみたいものだ。
51 無断リンクを張っていますか?また無断リンクはどう思いますか?
	リンクフリーというところには、基本的に張っている。自分では必要最低限にしているつもりだが、インターネットの性質を考えると、許容されるべき性質のものだと思う。
52 日記サイトブーム(?)はいつまで続くと思いますか?
	ブーム、なのか?自分を表現する手段としては、なかなか優れていると思う。長く続くのではないか。
53 閉鎖したら困るっていう日記サイトはありますか?
	どこが閉鎖しても困りはしないが、残念には思うだろう。
54 「顔を見てみたい?」っていう日記執筆者はいますか?誰ですか?
	顔を見せたくないから、Web日記にしているのだと思うが…。本末転倒な質問ではないか?
55 「金を払ってでも読みたい」という日記サイトはどこですか?
	さすがにそれはない。
56 他人の日記を読む事以外にネットをどんな事に利用していますか?
	コミュニティサイトが多い。ネットゲーム。情報収集にも使う。
57 チャットや掲示板遊びはしていますか?どこでしていますか?
	このページに掲示板がある。チャットはしないが、メッセンジャーは結構やることが多い。
58 ブラウザを起動した時に初めに表示されるページはどこ?
	知人のページ2つ、エンピツトップページ、アクセス解析、コミュニティサイト2つ、野村のバーチャル株取引。
59 あなたのサイトの事を知らないネット仲間、メル友などはいますか?
	いる。その人の前でサイトの話をしたりするので、聞かれたら言おうと思う。でも、興味なさそう…。
60 検索で自分のサイトはヒットしますか?その時のキーワードは?
	驚くべきコトにヒットする。「大学生活」が多い。次はなぜか「初回更新者講習」で、「内容」、「大学生」と続く。
61 あなたの日記で、これは消してしまいたいと思う日記は?
	本当に消してしまいたいと思うなら、実際消す。
62 あなたの日記で、これは自信作だ!(よく書けた!)と思う日記は?
	最初の頃の、2月下旬、「すべてはもくもくのために!」かな?
63 過去の日記と比べて、あなたの日記の良くなったと思う部分は?
	なんか悪くなるばかりのような気もするが…。考察の表現には慣れてきた気もする。
64 逆に悪くなったと思う部分は?
	前の方が読みやすかった気がする。
65 過去の日記を色に例えると何色?
	緑。いや、特に意味はないが。文章を読むと色が見える知人がいるから、その人に聞いてみたい。
66 自分のサイトの作成にあたり、何かエディタ等を使用していますか?
	前はWordを使用していたが、今はWordPadを使用している。
67 JavaScriptは使用していますか?また使用についてどう思いますか?
	分からないので使っていない。来る人が迷惑に思うような使い方でなければ、使っていいと思う。どうでもいいが、Internet Explorerに搭載されているのはJScriptではないのだろうか?
68 スタイルシートは使用していますか?また使用についてどう思いますか?
	使っている。HTML規格で認められている以上、使用できる環境が整えられるべきだ。
69 フレームは使用していますか?また使用についてどう思いますか?
	使っていないが、上で述べたように、使えるようにすべきだ。使えないブラウザを使って批判するのなら、使えるブラウザに変えればよいと思う。
70 今のサーバーは満足ですか?移動を考えているサーバーはありますか?
	満足している。特に不満に思う点はない。
71 自分のサイトのサイズは軽いと思いますか?重いと思いますか?
	文章しかないのに、これで重いと言われると困る。
72 他OSユーザー(Mac、Linux等)を考えてサイトを作成していますか?
	まったく考えていない。問題があれば教えて欲しい。HTMLの規格に沿って作成しているはずだが。
73 NetScapeユーザーの事を考えてサイトを作成していますか?
	なにも考えていない。Operaで動作確認することはあるが。
74 使用ブラウザは何ですか?
	MDI Browser 1.041。Internet Explorerコンポーネント利用タブブラウザ。結構便利。
75 あなたの日記の使用フォント色、背景色はそれぞれ何ですか?
	見れば分かるのでは?フォント色は白で、背景色は青緑。なんだ?この質問…?
76 年齢は?
	21歳。
77 恋人(夫、妻)はいますか?
	いない。
78 職業は?
	大学生。
79 現在地は?
	神奈川県。町田の近く。
80 文系?理系?
	理系。
81 ネット歴は?
	5年くらい。
82 動物占いの結果、あなたは?
	したことないし、動物占いには興味ない。
83 インドア派?アウトドア派?
	インドア派。
84 PC機種、使用OS、デジカメの有無、接続形態、プロバイダーは?
	自作PC。Windows XP。デジカメはRICOH Caplio RR10。Flet's ADSLの1.5Mbps。ぷららのADSLプラスセット。
85 英語は話せますか?
	話せない。
86 ちんちんはついてますか?
	他の聞き方ないのかよ…。
87 髪の毛はありますか?
	それがどうした。…最後まで質問を確認してから引用すれば良かった。普通にあるが。
88 お肉はついていますか?
	人間である以上、脂肪は誰しもが持っていると思う。体重は65キロ程度だから、平均くらいでは?
89 日記以外に欠かさず毎日心がけている事は何ですか?
	昔は腕立て伏せをやっていたが…。
90 日記をやめませんか?
	いつまで続ける、という質問と同義ではないか?
91 日記を書くにあたり、自分なりのこだわりがあったら教えてください。
	書いたら消さない。
92 自分自身、どうして日記を続けていると思いますか?
	書いていておもしろいから。
93 あなたの日記は「喜」「怒」「哀」「楽」のどれが一番多いですか?
	怒りか楽しみか、どちらが多いか微妙。哀しみはないと思う。
94 2ちゃん○るであなたの日記がボロくそに言われていたらどうしますか?
	知ったことか。他の人に迷惑がかかるようなら閉鎖を考えるが。
95 メンバーオンリーの日記ページを作るとしたらテーマは?
	そんな日記は作らない。
96 日記サイトをやっていく上で大事な事って何だと思いますか?
	読んで不愉快に思うようなことは、なるべく書かない。でもそれより、自分の気持ちに正直に書くこと。
97 日記サイトで「これだけはしちゃダメでしょ?」という事は何ですか?
	ブラウザクラッシャーの設置とか。
98 あなたの日記はSですか?Mですか?
	知るか。
99 誰にも読まれそうに無い日記のタイトルを付けてください。
	「日記」
100 あなたにとって「日記」とは何ですか?
	あえて言うなら暇つぶし、かと。

しまったなあ。まさか、終盤にこんなひどい質問があるとは。まあ、いい。出典は検索をかけてみると分かるだろうが、実はこの質問に答えている人は結構多い。ただまあ、自分で書いていて思ったのだが、こういうのって、書いている本人はおもしろくても、読んでいる人はあまりおもしろくないような気もする…。

2003.03.29 (Sat) 13:40:10



2003年03月21日(金) HTMLの内実

2003.03.28 (Fri) 19:04:42

さすがに、今日一日日記を書き続けていただけあって、かなり疲れた。

ここ数日、HTML関連の文書を少し読んでみた。意外と奥が深くて驚かされる。考えてみれば、もともと厳密に定義された言語なのだから、誰でも気軽に扱えるような代物でないことは確かなのだが…。それにしても、その仕様の軽視の度合いはかなり驚かされるものがある。Yahoo!やMicrosoftといった大手のサイトですら、HTMLの仕様に厳密に従ってはいないらしいのだ。まあ、Yahoo!はともかく、Microsoftは独自仕様を提唱しているから、仕様に従っているはずもないのだが。

それにしても、インターネットがこれほど普及した世の中なのに、その内実は悲しいものがある。なんと言っても、NetscapeやInternet Explorerと言った、有名なブラウザですら、HTML4.0の規格を実装していないのだ。たとえば、<p>というタグは、閉じなくても良いことになっている。ちゃんとソースが読めるのかどうかは分からないが、このページのソースを見れば、閉じていないことが分かるはずだ。これは、僕が自分の手で<p>というタグを打ち込んでいるので、閉じるのが面倒という実にいい加減な理由による。だが、この手抜きが、ブラウザによっては、ちゃんと表示されないという問題を引き起こすらしい。まあ、Internet Explorer 6.0とOpera 7でちゃんと見られたから、それでいいとしよう。この辺の動作確認は、本来しっかりとやらなければならない問題らしいが…。と言うか、デフォルトのページ設定のままにしておけば、その辺の責任はエンピツの運営会社が負うことになったかもしれないのに…。いや、別に表示が乱れようと、僕の知ったことではないが。ただ、もちろん苦情があれば、何とかする。もし何かあれば、連絡願いたい。

もう少し勉強すれば、きっとその思想が理解できるだろう。そうすれば、かなり容易にHTMLを使えるはずだ。そもそもテキストありきというのが、HTMLの発想なのではないだろうか。

2003.03.28 (Fri) 20:12:29



2003年03月20日(木) 戦争の私見

2003.03.28 (Fri) 17:32:54

あと8日。まだ先はかなり長い…。

今度は、イラク戦争についての考えを少し…。そもそもこの名称に問題があるという意見から、戦争の是非についての考え、報道の姿勢など、いろいろな意見がある。その中で、気になった意見を挙げていこうと思う。

印象の強かったのは、テレビ番組で、「軍事評論家」と名乗る人々がなぜあんなに楽しそうなのか、という意見だ。確かに、報道は事実を伝えるのが役割であって、感情的な態度がどうであっても、真実を伝えるのに差し障りがなければ、問題はないかもしれない。だが、戦争についてあれほどまでに生き生きと話すのが、果たして望ましいことなのだろうか。まるで、戦争そのものが楽しいことであるかのようだ。軍事評論家の人たちは、仕事だし、本来の仕事の理想から言えば、好きでやっているはずだ。つまりこの場合、戦争や、戦争に関する問題を評論するのが好きだということになる。あまり好ましいとは思えないが、おそらく、彼らのような人々も必要なのだろう。それは仕方がない。しかし、それをテレビという公のものを使って、広く日本中に知らしめるのは問題だと思う。多くの人が苦しみ、死んでしまう戦争は、どのような事情があれ、絶対に許してはならないことのはずだ。許されざる行為は、楽しそうに解説するのではなく、厳しく糾弾されなければならない。例え分かり切っていたとしても、多くの人が死んでいく実態を、何度でも伝えなければならない。新型兵器の性能など、ほとんどの場合、どうでもいいことだ。例外的に重要なのは、それでどれだけの人の命が失われるかということだ。正直、僕だって分かってはいないが、爆弾が当たったら、想像を絶する苦しみであるはずだ。理屈を振りかざすのなら、自分で爆弾を浴びてからにすればいいのだ。

とは言え、戦争以前のアメリカの行動については、必ずしも評価できないわけではないと思う。フセイン大統領のような独裁者に対して強硬な姿勢で臨むことは、ある程度仕方のないことなのかもしれない。特にアメリカの場合、良い意味でも悪い意味でも、自分たちが世界の王者だという意識が根強い。従って、国民の総意として、世界の問題はアメリカが解決するのだ、という意識があっても、仕方のないことだろう。このような考えを持っていること自体が問題なのかもしれないが。実際、アメリカの圧力によって、ある程度イラクが動いたということは否定できないはずだ。

だが、それでも、実際に武力を行使してしまったことは、やりすぎだと思う。あそこまで脅してしまったらもう、退くに退けないということかもしれないが、そこをあえて退いてこそ、世界の超大国と言えるのではないだろうか。早く終わればよいという意見もあるが、時間がかかろうがなんであろうが、戦争であることに違いはない。やはり、許されざる行為と言うべきではないだろうか。

戦争開始前と比べて、どうも戦争を容認するような動きがあるのは気になる。戦争が起こってしまったから仕方ない、では示しがつかない。次に同じようなことになったときに、例え反対されても、とにかく戦争を起こしてしまえば勝ちだ、という発想になりかねない。かなり安易な発想だが、そのような要因はあると思う。

それから気になったのは、名称に問題があるという意見。イラク戦争というのは、イラクで戦争をしているということばかりが重要視されて、イギリス、アメリカが攻撃しているのだという点が見えにくいと言うのだ。…どうでもいいと言ってしまえばそれまでだが、何となく気になる意見ではあった。それにしても、この戦争に関しては、インターネット上にはそれこそ無数に意見が提示されていることだろう。大規模情報サイトの過去ログなどを見ていると思うのだが、今の人間は、このインターネットを飛び交う膨大な情報を、果たして把握しきれるのだろうか。過去ログを参照しろと言う人だって、おそらく、過去ログの内容なんて把握していないのではないだろうか。僕一人ですら、去年の2月からこれだけの文章を書いているのだ。100人、1000人の手で書かれた文章の集まりなんて、読み切れる人間はいるはずもないのではないだろうか。

2003.03.28 (Fri) 19:01:46



2003年03月19日(水) 卒業研究の内容

2003.03.28 (Fri) 17:09:58

さて、用意して置いたネタがつきてしまった。そして、これは先週の水曜日の分。まだ1週間以上ある。なにを書こうか…。

そう言えば、3月18日は大学に行って来たはずだ。春休みでも定期的に研究室に集まっているわけだ。にしても、それ以外の時はまったく勉強していないというのもかなりまずい状況なのだが…。勉強するなり、バイトをするなり、ホームページを作るなり、何かをしないと…。せめて日記くらい、毎日書かなければ。

と言っても、特に目新しいことはしなかった。いつものように話をして、今後どうするかを話し合ったくらいだ。次に集まるのは4月2日の10時。そのときまでに、プログラムの内容を整理して、形にしておかなければならない…。

プログラムは、船舶の運航シミュレーションを行うものだ。個々の船舶に対して、初期座標、速度、方角、目的地などを与えておく。そして、各々の船舶はプログラムに従って動く。プログラムされているのはあくまでも個々の船舶の動きだから、全体としてどういう動きになるのか、ということは、実際そのプログラムを動かしてみないと分からないということになる。このシミュレーションプログラムの目的はまさにここにある。なるべく個々の船舶の動きを現実に近い形でシミュレートし、それを用いて、全体像をも再現しようとしているのだ。もちろん、言うほど簡単なことではないが…。学部生レベルでは無理なのかもしれない。実際これは、教授自身の研究分野であり、今のところ僕は、その手伝いをしているにすぎない。早いところこの段階を理解して、オリジナリティを加えていかなければならない。

この問題に関して考えるべきコトはいろいろある。最終的にはインターネット上で公開して、多くの人に使ってもらえるような形態にしたいと考えている。そのためにはどうしたらよいのか。サーバはどうするのか。Javaは本当に、シミュレーションプログラムに適しているのか。どのようにすれば多くの人に使ってもらえるか。だが、今はそのような問題を考える段階ではない。とにかく、内容を理解し、動くものを作るだけだ。問題そのものの難しさはともかく、やることは簡単なのだが…。まるでやる気がしない。ずっと遊んでいたせいだろうか。

2003.03.28 (Fri) 17:30:06



2003年03月18日(火) 悪を正しいとする価値観

2003.03.28 (Fri) 14:12:38

3月18日の火曜日。そろそろネタがつきてきた。

ドラゴンアッシュというバンドがあるのだが、その音楽を聴いていて思ったこと…。最初に書いておくが、僕はこのバンドが嫌いだ。聞いているだけで不愉快だ。

世の中には、様々な価値観があるだろう。善悪の基準は人それぞれだろうし、その善や悪に対して、どれくらいの重要だと考えるかも、人それぞれだ。アメリカのブッシュ大統領のように、善悪の判断がすべてだと考える人もいるかもしれない。善は限りなく正しく、悪はどこまでも間違っている。あまりに単純な発想で、僕はめまいを感じてしまうのだが、まあ、そういう人がいてもおかしくはない。物事を二つに分ける考え方は、最善ではない場合があっても、極めて分かりやすいのだ。物事の様々な要素に対して複雑な考察を加えるよりも、物事の全体をおおざっぱにとらえて、それに対して判断をすべき場合もあるかもしれない。すべてその考え方、というのはどうかと思うが…。僕はどちらかと言えば、複雑なものは複雑なままとらえ、丁寧に分析する方が好みだ。でも、どうとらえるかは人それぞれの考え方があっていいと思う。みんな同じ考え方では同じ結論しか出てこないし、第一、多くの人間がいてみんな同じ考え方だなんてあり得ない。それぞれが違う考えだからこそ、発展性だってあるし、多様性だってあるのだ。このどちらも、その意義をあえて説明する必要はないだろう。

しかし、その重要性の認識に差こそあれ、自分が抱いている価値観に対して、ある程度正直に生きるべきだ。人間が弱い生き物だから、常に自分が正しいと思うことができるとは限らないだろう。それでも、そうあるように努力はすべきだろう。それでなくても、自分が悪いと感じることは、するべきではない。

どのような考え方であっても、正しいこと、間違っていることの認識はあるはずだ。だが、世の中には、悪いと思っていることを好んでする人間というのが、少なからず存在する。そして問題なのは、それがかっこいいと思っているということだ。そして冒頭に述べたドラゴンアッシュなどのバンドは、そのような世界を好んで歌っているような気がしてならない。世界の誰が、戦争を正しいと思っているのか。誰が、麻薬や毒物を、正しいと思っているのか。戦争が好きで、戦争が正しいと思ってやっているのなら、それは価値観の上では問題ないと思う。あくまでも自分が正しいと信じてやっているのだから、その人に関してはそれでいい。もちろん、社会的には間違っているから、そのような人間は排斥されるべきなのだが。でも、自分の価値観と示し合わせて、間違っていると分かっているのにどうしてやろうとするのか。暗い夜道で気の弱そうな人を捕まえて、恐喝してお金を奪うということが、本当に正しいと感じている人間など、そうはいないはずだ。なのに、なぜそんなことをするのか。

理性ではなく、欲望に従って生きる。それもまた、1つの価値観なのかもしれない。1つのことを判断するのに、多様な価値観が混ざり合ってくるものなのかもしれない。戦争はすべきじゃないが、目的のためには仕方がないという価値観もあるのかもしれない。いったいなににどれほどの価値を置くのか。自分で書いていて、わけが分からなくなってきているが…。

結局、どのような人間であれ、ちゃんと自分なりの価値観を持っているのかもしれない。一見、悪いとしか思えないことをしている人も、自分なりには正しいことをしているつもりなのかもしれない。だが、多くの人に受け入れられない価値観は、やはり排斥されねばならないだろう。そしてそのためには力が必要で、力は多くのものをねじ曲げる。このようなことは多くの人の価値観に受け入れられない。よって力は排斥されねばならない。…ある意味、堂々巡りなのかもしれない。

ただ価値観は、一人の時と多くの人間が集まったときで、まったく異なる場合がある。お互いに配慮を重ねた結果、誰にとってもうれしくない結果が導かれたりするのだ。まったく、おもしろいものだと思う。

2003.03.28 (Fri) 14:39:34



2003年03月17日(月) サラ金の真実

2003.03.28 (Fri) 13:57:54

どう見ても今までの方が読みやすかったと思うのだが、まあ、この際気にしないことにする。

今日は、サラ金のCMについて。消費者金融というのが正式な名称だが、イメージ、業務内容等も勘案すると、サラ金と呼ぶのがふさわしいだろう。

このサラ金のCMが、問題になっているようなのだ。まあ、当たり前だが…。だいたい、パソコンが欲しいからと言って借金する馬鹿がどこにいるのだ。借りた金は返さねばならないというのに。そのような安易な借金を促すようなCMは、7時から9時の間まで自主規制するとかいう内容の記事が、朝日新聞に載っていたはずだ。3月12日だったはずだが…。

やはり、前から気にはなっていたが、あのようなCMは問題になっていたようだ。たぶん、今回の件も、業界の危機意識というよりも、批判の高まりを受けてやむを得ず講じた措置なのだろう。だからこそ、こんな風に中途半端になっているのだと思う。

とは言え、法律に違反していない企業なのだから、ある程度は仕方がないことなのかもしれない。確かに個人的に気に入らない業界だが、感情的な判断は誤りの可能性が高くなる傾向にある。あまり感情的に考えない方がいいのかもしれない。

やはり昼間はボーっとする。日記を書けるような精神状態ではないのだが、あまりに遅れているから無理矢理書いているのだ…。まあ、たまにはそういうのもいいだろう。いつも同じような文章ではおもしろくない。あとで見たとき、こんなひどい文章を書いているなんて、いったいどんな状況だったのかと想像するのもおもしろいかもしれない。これはこれで、今の僕を書きとどめたものなのだ。

これ以上書くこともないし、このくらいで…。

2003.03.28 (Fri) 14:10:18



2003年03月16日(日) ドラマの考察

2003.03.28 (Fri) 13:11:18

3月16日か。先は長いな…。追いつくのだろうか。

どうやら「好ましいHTMLを書くための方法と考え方」によると、強制改行は良くないらしいので、使わないで書いてみることにする。おそらく読みづらいとは思うのだが…。ちなみに、日本語用のスタイルシートというのが置いてあったので、そいつを適用してある。背景色などは元のままにしてあるが、それでも、少しは読みやすくなっているのではないだろうか。…今までの分が読みづらくなっているが、まあ、気にしないでいただきたい、ということで…。いいのか、それで。ちなみに、もともとこのページはテーブルタグで整形されていたが、今回適用したスタイルシートには整形の機能も組み込まれているので、そのテーブルタグも取っ払ってある。たぶん、見づらいと思うのだが…。まあ、これで、HTMLの規格に厳格に従う方がよいのか、柔軟に使った方がよいのか、はっきりするだろう。どっちも見づらいと言われればそれまでだが。

もう、だいぶ時期が違うが、今日は草��剛主演のドラマについて。この「くさなぎ」の「なぎ」という字はShift-JIS標準に登録されていないようで、他のページではひらがなで表記されている。文字化けしている方もいるかもしれないが、そういうわけだ。でも、ひらがなで書くくらいなら「草薙」と書いた方がマシな気がするのだが、そうでもないのだろうか。意味合いが違うのかもしれない。昔、野球の長嶋は「長島」と書かれていたようだが…。

で、ドラマなのだが、書く前から、わざわざ書くようなことじゃないような気がしてきた…。まあ、書くこともないし、まあいいか。このドラマ、よく知られていると思うのだが、余命1年の人間がどう生きるか、という内容で、扱っているテーマはかなり重いものだ。これを幅広い視聴者層に指示されるような作品に仕上げることは極めて難しいと思う。そういう意味で、挑戦的な作品だったと思う。と言っても、僕は全編を見ていたわけではない。大抵の時間はゲームをしていたし。

で、このドラマ、どの回を見ても大抵、僕が見た分に関しては、分かりやすい敵がいた。ブッシュ大統領じゃあるまいし、このようなテーマで敵と味方を色分けするのはそぐわないと思うのだが、多くの人が、そのような考え方に慣れすぎているし、なによりも、そういう分け方は分かりやすい。ということで、これはかなり不自然なはずなのだが、このドラマは、それを不自然に感じさせないよう、工夫がなされていると思った。視聴率のためには、分かりやすい構成は仕方がない。でも、そのために妥協はしたくない。そんな制作者の意図が、読みとれるような気がした。これは、僕の気のせいかもしれないが…。

さて、少しは読みやすくなったのだろうか。どうなっているコトやら…。

2003.03.28 (Fri) 13:49:06



2003年03月15日(土) 子どもと大人の記憶力

2003.03.25 (Tue) 14:49:54
えーっと。土曜日か。
このころにはだいぶ落ち着いたはずだ。
事件があったときは我が家に激震が走ったが、
あとになってみると、そんなたいしたことでもなかった。

というわけで、特になにが起きたわけでもないので、
日頃のうっぷんを。

子どもの方が学習が得意だと言われることは、かなりよくある。
しかし、それは本当に事実だろうか。
少なくとも僕自身を見る限り、とてもそうは思えない。
なぜなら、今の方が、
ずっと記憶するのが容易だからだ。

もちろん、これまでいろいろ勉強してきたコトで、
記憶の基礎になる知識が多いというのはある。
しかしそれは、今の時代、誰とてもそうではないだろうか。
そうなると、記憶力が劣るという発想自体が
間違っているというのは、そうずれた主張ではないように思える。

僕は大学生になってから
CとJavaというプログラミング言語を勉強した。
これらは結構覚えることが多いのだが、
特に苦労することもなく、それらの事項を覚えることができた。
それに、大学の講義での内容も、
高校の頃よりずっと容易に覚えている。
もちろん、高校の頃と比べれば少ないというのはあるが、
それにしたって記憶力が増したと言うことはあれ、
衰えたとはとても思えない。

だが一方で、
エピソード記憶の能力は確実に衰えている。
あのときなにがあった、こうでこうでこうなった…
などという、
思い出の記憶は本当に残らない。
これは歳を取っても残る記憶力らしいので、
おそらくは僕の個人的な体質なのだろう。
そういうことを重要だと思っていないから
記憶に残らないのかもしれない。

記憶力か。
これからどうなるのだろう。
自分の記憶が徐々に失われていったら、
それは僕とは言えないのではないだろうか。
僕はこの日記の中だけに残り、
現実に存在する僕は、
もはや今の僕とは違う存在になり果てるのかもしれない。
老いて、朽ち果てるのみの存在。
今も同じと言えば同じだが、
そんな存在になんの価値があると言うのだろう。
これだけ人間がいる世界で、
自分に存在価値など見いだすことはできまい…。

だからコミュニケーションが重要だと思うのだ。
誰かと話して、誰かに依存していれば、
その人にとって自分が必要なのだと、錯覚できる。
だが、その相手だって、存在価値などないのだ。
そうなれば、結局同じコトだというのに。

2003.03.25 (Tue) 15:03:17



2003年03月14日(金) その後の経緯

2003.03.25 (Tue) 14:41:10
さて、絶対に無理だとは思うが、
なんとか今の日付に追いつくよう、
努力はしてみよう。
まったく、どうしてこれほどサボってしまったのか…。

この日は、昼まで寝ていた。
病院に行ったり事情聴取を受けたりで、
6時頃まで起きていたから、
昼までと言っても、寝ていたのは6時間程度だ。

この日は、母の送迎用に、
レンタカーを借りてきた。
ヴィッツクラスが良かったのだが、
なかったので軽自動車になった。
ミニカというやつだ。

う〜ん、そのくらいだな…。
あまり張り切るとあとの方まで続かないから、
今日はこのくらいにしてしまうか。

そう言えば、ホワイトデーだな…。
一応義理チョコをもらったのだが、何かした方がいいのだろうか。
と思いつつ、なにもしていない…。

2003.03.25 (Tue) 14:48:52



2003年03月13日(木) 血の海の中で

2003.03.25 (Tue) 13:27:16
何日滞っていたのだろう。
今日が25日で最後に書いたのが12日だから、
なんと2週間近くにもなる。
こんなに書けるのだろうか…。
ただでさえ低い質が、さらに低下する危険を感じる。

この日は、僕にとって大きな事件があった。
たぶん、僕と同じような状況になったら、
たいていの人が驚くだろう。
少々気持ち悪い話なので、
覚悟をしてから読むか、さもなくば読み飛ばすことを勧める。

起きたのは、実は金曜日になってからだった。
深夜の3時半頃、
僕は、いつものようにPCで遊んでいた。
遊んでばかりいないで勉強もしなければ、と思うが…。
そのとき、2階にいた僕のところに、
母が僕を呼ぶ声が聞こえた。
僕の名を呼んで、助けてと言っている。
いつも、ビデオの電源が切れないとか、
テレビが切れないとか、
その程度のことで助けを呼ぶので、
今回もまた、そのようなことではないかと思っていた。

しかし、階下に降りていったら、
そこには血の海が広がっていた。
玄関も、リビングも、台所も、母の部屋も、
すべてが血の海だった。
特に母の部屋はひどく、
血の塊が畳の上にぶちまけられて、
畳の表面が見えないほどになっていた。

僕は最近、だいぶ物事に動じないようになった。
だから、表面的にはある程度落ち着いて行動できたように思う。
だが、焦っているという感覚はなかったが、
実際は頭の中が真っ白になっていただけなのかもしれない。

母は、右の手首から血を流しながら立っていた。
出血の感じから、動脈を切ったということではなさそうだった。
病院で聞いたところ、動脈を切っていたということだったので
これは僕の見込み違いだったのだが…。
とりあえず、台所に母を寝かせて、
足を高く上げておいた。
冷たい台所に寝かせてもなんの解決にもならないことは分かっていたのだが、
では、どうすればいいのか、
などということは、そのときの僕には分からなかった。
今でも、あのときどうすべきだったのかは分からない。
毛布でも持ってきて、くるんでおけば良かったのだろうか。
まあ、そもそも、
そんなときに家財が血で汚れる、
などとよけいなことを考えていたから、
ソファーベッドに寝かせる、ということすら考えられなかったのかもしれない。

僕はまず、救急車を呼んだ。
救急車が必要なのかどうかは分からなかったが、
おそらく、僕だけではどうしようもない傷だった。
出血が止まるかどうか分からなかったし、
次の日になって病院に行く、などという悠長なことは
言っていられなかったかもしれない。

それから、父に連絡した。
さすがに父は落ち着いていて、
僕にできることを的確に指示してくれた。
と言っても、なるべく腕を高く上げておけとか、
その程度のことではあったが。
でもまあ、僕はその程度のことも考えなかったわけで、
そうなると、実は動揺していたのかもしれない。

それからしばらく、救急車の到着を待った。
なにができるのか分からなかったが、
とりあえず、母に話しかけ続けた。
なにもしないよりマシと思ったが、
それが正しいのかどうかは、今でもよく分からない。
確か、そのときに家庭の医学を広げて、
そのようなことが書いてあったからやったのだと思う。
家庭の医学は一通り読んでいたのだが、
実際にこのような事態になっても、
なんの役にも立たなかった。
まあ、読んだだけで覚えていなかったのが、
最大の原因なのだが。
僕はかなり暇な人間だが、
それでも、1400ページもある家庭の医学の内容を
すべて覚えようという気にはなれない。

計ってはいないが、
救急車が来るのはかなり遅かったような気がする。
考えてみれば、そのときに時計くらい、見ておけば良かったのかもしれない。
でも、遅いと感じたのもおそらくは
僕が動揺していたせいであって、
実際は10分程度だったはずだ。

救急隊の人の手際はかなり良かった。
その一方で僕は、着替えを用意しろと言われても
母の服なんてどこに置いているのか知らなくて
なにもできなかったのだが…。
だが、できない以上は仕方がない。
なにもしないのが、おそらくはもっとも良い。
下手の考え休むに似たりと言うし、
家族がなにもしないような状況には、彼らは慣れているはずだ。
…と言っても、これは後付の理屈であって、
そのときはそんなことは、考えなかったのだが。
救急隊が来て、これは本当にまずいことなんだと、
初めて危機感を感じるようになって、
動揺を肌に感じるようになったのだ。

救急車に乗っている時間はずいぶん短く感じたが、
実際はかなり遠くまで行っていたようだ。
と言っても、およそ10キロくらいの場所だったのだが。
この時間が極端に短く感じたということは、
やはり精神的に安定していなかったのだろう。
時間の感覚は、僕の経験では、
感情的になればなるほど、どんどん狂ってくる。

救急隊の人は、常に母に話し続けていた。
間を置かずに話し続けることで、
怪我や病気を意識させないようにするのだろう。
当然と言えば当然だが、
血の海の室内を見ても、それほど動揺している様子はなかった。
さすがだ。

…なぜだろう。今の一文を書くとき、
妙に嫌な感じがした。
思い出したくないのだろうか。なぜだろう。
病院に行きたくないとだだをこねていた母の姿が
見苦しかったからだろうか。
胸にズシッと来るような苦しい感覚。
謎だ。
ここで僕が、こんな風に感情的にならなければならない
理由などないはずなのに。

救急隊の人は、
僕がとりあえず巻いておいた包帯を外し、
きっちりと包帯を巻き直した。
そして、鉄の担架を持ってきて、
僕に毛布を持ってくるよう指示した。
僕は急いで2階に駆け上がり、
自分の布団の毛布をひっぺがして持っていった。
…ああ、そうだ。
ここで不必要に急いでいたな。
そうだ。
血まみれになった母を見ても感情的にならなかったのに、
このときはひどく感情的になっていたのだ。
それを思い出したくないのだ…。
焦るばかりでなにもできない惨めな感覚。
それが嫌だったのだ…。
今になって思えば、なにもできないのは当たり前なのだから、
なにもしなくて構わなかったのに。
人間にはできることとできないことがあり、
できないことというのは、
努力するなり金を出すなり、
何らかの手段でできるようにしない限り、
ある日突然できるようになる、ということはまずない。
このような突発的な状況で、
どうにかできるはずもないのだ。

救急車の中では、
母と僕の住所氏名、電話番号を
示された書類に記入した。
なんに使うのかは不明だが。

病院に着くと母は、
当然のことながらすぐに治療に入った。
まあ、これを当然と言える
今の日本はよい環境だと言わねばならないだろう。
その間、僕は待合室で待っていた。
することがなかったので
知人にメールを書いたりしていた。
状況から考えて、どうも自殺未遂ではないかと思い、
知り合いには自殺未遂と書いてしまった。
あとで警察の実況検分などの結果から、
そうではないとの結論がでたのだが…。
あとで書くが、僕としては事故ではないかと思っている。

待合室では、
警察の事情聴取を受けた。
僕は警察が嫌いではないので、それは良かったのだが。
待合室で、なにもしないで待ち続けるより、
警察の人と話している方がずっといい。
事情聴取の内容は、
前もそうだったのだが、かなり細かいことまで聞かれる。
何時頃気づいたのか、とか、
最後に母に会ったのはいつか、とか、
そういうことならまだしも、
僕や弟の大学名や、父の会社名なども聞かれる。
なんに使うのだろう。
おそらくは規則で決まっているのだと思うが。

それにしても、この救急隊と警察との間では、
恐ろしく連携が取れていなかった。
警察が僕のところに話を聞きに来たとき、
警察は現場の状況をなにも知らなかったのだ。
何とかした方がいいのではないだろうか。

ちなみに母の傷の具合だが、
右手首の外側、小指側を、縦に2センチほど切ったらしい。
傷の深さは1センチほどで、
脈を取るときとは反対側の動脈を切っていたそうだ。
静脈部分と筋膜を抜けて、
動脈を切断していたらしい。
医者は動脈を縫合したと簡単そうに言っていたが、
血管をつなぎ合わせるなんてことを
そんな簡単にやってしまうとは、さすがだ。
とにかく、動脈が切れていたのでは、
僕一人ではどうにもならなかったのは間違いなさそうだ。

ちなみに普通、手首を切るとなると、
聞き手でない方の内側、つまり親指側を横に切るものだろう。
しかもその場合、ためらい傷と呼ばれる傷ができることが知られている。
これは、自分の体を傷つけることをためらって、
いくつも傷跡がついてしまうような状況を指す。
だから母は、誰か他の人間がやってきて
自分を刺したのだと主張していた。
深夜に突然鍵の入った家に入ってきて、
2階にいる僕に気づかれないように刺して、
鍵をかけて帰っていくなんて、普通はできないと思うのだが…。
だいたいその場合は、防御創と呼ばれる傷が付くそうだ。
刺されそうになった場合、普通は、
手の甲を外側に向けて、自分の身を守ろうとするものらしい。
だから警察は、仕事がつらくて
ちょっとサボろうと思って刺しただけだろうと言っていたが、
僕は父が言っていた、単なる事故の公算が強いと思う。
突然よろけて倒れて、そこにガラスの瓶があって、
刺してしまったということだ。
普通、そういうことは考えにくいが、
母はおそらく、かなり重症のアルコール中毒だ。
アルコール、と言うよりもエタノールは
大量に摂取すれば脳を麻痺させるわけで、
そうなれば、いきなりよろけてもおかしくはない。
だいたい、毎日階段を上るときは、
壁により掛かるようにしてずるずると上っているし。

帰りは、警察の人の車で送ってもらった。
どうやって帰ろうかと思案していたところだったので、
これは幸運だった。
ちなみに、自傷行為扱いになってしまったので、
普通にやっていると保険が下りないとかで、
80000円以上請求されるところだった。
結局、父が保険組合と交渉して、
保険を使えることになったようだが。
ここから先の手続きは、
八戸から戻ってきた父にすべて任せてしまった。
正直、それほど疲れていたわけでもなかったのだが、
僕がやって、ミスでもあったら大変だろう。

ちなみに弟は、
父から連絡を受けて、
友人の家からあわてて戻ってきたらしい。
そしてその途中でガス欠になり、
1キロ以上、バイクを押して帰ってきたそうだ。
大変なことだ。
昼間だったらガソリンスタンドが開いていたことだろうに。

しかもそのあと、
血まみれの家の中をきれいに掃除してくれた。
父も苦労していたが、弟も相当苦労したようだ。
結局、母について病院に行った僕が、
一番楽な役回りだったのかもしれない。

ちなみに、出血量は500ミリリットル程度だったそうだ。
献血よりちょっと多い程度で、たいしたことはなかったらしい。
その程度でも、家の床にぶちまけると、かなりの量だ…。

ああ、なんだか妙に疲れた。
日記を書くのが久しぶりだからだろうか。

2003.03.25 (Tue) 14:38:59



2003年03月12日(水) HTMLの用法

2003.03.16 (Sun) 3:43:26
水曜日。
この日からまた、ゲームの日々が始まった。
大学に行って心機一転したはずなのだが、
寝て起きると忘れるようだ。

で、ちょっとHTMLについて。
書くネタは一応あるのだが、
ややこしいことを先に書いてしまわないと忘れてしまいそうで…。
まあ、日記は木曜日も金曜日もあるのだ。
問題はなかろう…。
って、毎日更新って話はどうなっているのやら…。

HTMLは
Hyper Text Markup Languageの略だ。
要するに、普通のテキストではなく、Hyperなテキストで、
それがMarkupで表現されている言語なのだ。
ここで言うHyperとは、Superの上の形容詞、
というニュアンスとは異なる。
「(2)コンピューターの上で,テキストなどの情報が
同一線上にあるのではなく,
多重に結びつけられているさまをいう。」(新辞林)
とある。
要するに、ただの文字ではなく、
他と結びつけられた文字なのだ。
なんだそれは?と思うかもしれないが、
クリックすると他のページが出る、リンクなどがわかりやすい例だ。
クリックすると新しい情報が現れる。
これは、ただの文字とはまったく違う。
Hyperなテキストだ、というわけだ。

で、Markupというのは、タグでくくっているということを示す。
どのようにHyperなのか、
タグという表現方法で示してあるのだ。

で、ここで言いたいのは、
このタグが、飾り付けのためのものではないらしい、ということだ。
好ましいHTML文書を書くための方法と考え方というページを参考にしている。
これによると、HTMLはあくまでも
タグによって内容を説明されたテキスト、なのだそうだ。
従って、タグは内容の説明でなければならない、らしい。

そして僕は、これを疑問に思う。
たとえば、レイアウトのためにtableタグを使用すべきでないとの記述がある。
だが、tableタグというのは
レイアウトの際にはきわめて重宝するもので、
僕のような初心者でも見やすいページを作成するには
必須のタグなのだ。
ちなみに、それでなにができるかということだが、
言葉を見やすく並べることと、
表示環境によらず、ある程度まとまった範囲に言葉を表示することができるようになる。
たとえば、この日記。
少し左が開いていて、右まではいっぱいになっているはずだ。
そして、ブラウザの表示サイズを変えると
自動的に折り返されるようになっているはずだ。
そのような折り返しがないように、こまめに改行を加えているが…。

ちなみにここでは、この改行も批判している。
強制改行はHTMLの長所を損なうことがある、というのが主張だ。
しかし、自分で言うのもおかしいが、
この文章を改行なしで読まされる方は
たまったものではない、と僕は思う。
改行したってたまったものではないかもしれないが。
ちなみにこの人のページは
ずっと改行なしで、段落をまとめてズラッと並べているが、
PCの画面でそんなことをされると、
目が疲れて仕方がないような気がするのだが…。
そもそもPCで横まで書いてしまうと、
1行の文字数が多すぎるのだ。

まあ、要するに時代が違うのだ。
HTMLの思想と用途に、大きく違いが出てきてしまったのだ。
これは、そもそもこの出典が古いから仕方のないことなのかもしれない。
今でもこの人の考え方が変わっていないなら
考え直した方がいいと思うが…。

思想や設計がどうであれ、
重要なのは用途であり、結果だ。
この日記は読ませること、あるいは自分が読むために書いており、
HTMLを自動検索するプログラムで
スキャンされるための文書ではない。
従って、強制改行で乱れていようが
フォームを使用して重くなっていようが、
特に問題はないと思われる。

だからなに?
ということだが、
ブラウザによって表示できないページがあったら、
それはページ制作者が悪いのではなく、
見に行った人が悪いのだと言うこともできる。
要するに、一概に言いきれないのであって、
これだけ普及したインターネットを語る上で、
このようなことを強制するべきではないということだ。

HTML仕様は大事かもしれないが、
主婦が趣味のページを公開する場合、
HTML仕様よりも、とにかく自分の公開していることを
見てもらうことの方が重要だ。
このとき、仕様なんてどうだっていいと言っても過言ではない。
元がどうであれ、このような場合は柔軟に対応すべきではないだろうか。
そしてHTMLもブラウザも、柔軟に対応できるようになっている。
それにも関わらず、専門家がHTMLについてうだうだ語ることに
どれほどの意味があると言うのだろうか。

ちなみに、ホームページの用法についても同じことが言える。
ご存じの方も多いと思うが、
ホームページというのは、インターネットのページではない。
ブラウザを起動する際、最初に表示されるページを指す。
ただし、全世界的に、この用法はあまり使われていないそうだ。
代わり、日本語で言うトップページとして
ホームページという言葉が使われるそうだ。
表紙がホームページなのだ。

でも、日本では、
ホームページと言ったら、インターネットのページと同義だ。
正しくはWebページと言うんだ、と言ったって、
そもそもWebという言葉自体が語呂合わせのようなもので、
英語になじみのない人にはほとんど意味がない。
こんな用語にこだわって、どうしたいのだろうか。
用語が謝っているからと言って無知であると言ったり、
逆に自分が無知であると勘違いする人もいるが、
こんなことは、どうでもいいことだ。
専門用語というのは、全体的にそういう要素がある。
知っていた方がいいだろうが、知らなくたって問題はない。
特にインターネットなんて、専門家だけが扱うものではないのだ。
専門でなければ、用語なんてこだわる必要はないのだ。
自分たちだけの専門用語を
すべての人に認知させようだなんて、
それは専門家の傲慢だと、僕は思う。
普通の日本語と同様、使いたい人が使いたいように使って、
結果的に広まった言葉を、正しい日本語とすればいいのだ。
そして、「日本語」を使うべきであって、
「専門用語」を使う必然性はない。
インターネットアドレスで十分だ。
URLなどと言う必要はなく、ましてやURIなどと言う必要もない。
ちなみにURIはURLを包含する概念だが、
そんなことは、どうでもいいのではないだろうか?

まあ、いいや。
とにかく、そう思ったということで…。
時間がやばい…。

ああ、ちなみにホームページと言えば、
自分の家というようなニュアンスで言うことも多い。
個人のページをホームページというのだ。
きわめて日本人的でわかりやすいと思うのだが、
きっと専門家は、こんなのも批判するんだろうな…。
ちなみに、この下に、僕の「ホームページ」へのリンクが張ってある。
僕自身、言うときはこの言葉を使わないようにしているが、
はっきり言って、気分以上の根拠はない。
ただ何となく、使わない方がいいような気がするだけだ。
で、肝心の中身だが、まだない。
完成予定は未定だ。

2003.03.16 (Sun) 4:29:31



2003年03月11日(火) 新しい出会い

2003.03.16 (Sun) 3:11:42
この日は、前日とは違って、
研究室の同級生のうち、
僕と女子学生の二人だけで練習することになった。
残りの二人は就職活動の関係で
来られなくなったらしい。

で、少々期待していたのだが、
結果から言えば、なにもなかった。
この前日に一緒に帰ったのだが、
そこで、その人とはそもそも価値観が違うということを
思い知らされてしまった。

そもそも、その人と
こんなに話す機会があるなんて、
想像もしていなかった。
もう一人女子学生がいるのだが、
その人は、割と誰とでも仲良くなれる人で、
前から話す機会も多かった。

大学そのものはマイナーな大学で、
流行の最先端とはほど遠いイメージなのだが、
それでも、割とあか抜けた人というのはいるものだ。
要するにその人はそういう人で、
僕とは対極の存在なのだ。
まあ、僕はそもそも、あか抜けているということに価値を感じないし、
それはそれでいいと思っている。

僕は12時の約束だったので
11時半頃に出かけていったのだが、
その人は遅れるというメールをよこしてきて、
1時頃にやってきた。
その時点で、二人きりでどうこうしようという
意志がないことははっきりした。
そんなの、あるわけないが…。
そもそも、大学だし。

僕は前から頼まれていた
友人の成績を調べて報告し、
研究室にいつもいる技官の人が、
今日はいなかったので
教授のところまで行って部屋の鍵を開けてもらい、
作業に取りかかった。
画像と音を再生するアプレットと
ラジオボタンのフォームということで
大した内容ではなかったのだが、
画像がどうしても表示できずに苦労した。
結果的には開発環境が
画像ファイルのファイル名をすべて大文字に書き換え、
なおかつ大文字で指定しないと認識しないというのが原因だったのだが。
分かればそれほど難しいことではないのだが、
それまではどうしてできないのか、さっぱり分からなかった。

ちなみに、話が前後するが、
その女子学生との価値観の違い、
実感したのは、ワイドショーの見方だった。
前にも何度も何度も書いているように、
僕はワイドショーが嫌いだ。
バラエティ番組も嫌いだ。
ああいう、興味本位の物事の捉え方は
どうしても好きになれない。
どんなことに関しても多面的なものの見方というのは
必須のはずなのに、
あのような番組は、視聴者に単純であることを要求する。
正義と悪を単純に分離し、
誰かと誰かが結婚したとか離婚したとか、
どうでもいいようなことで大騒ぎをする。

要するに、その人はこういう番組が好きなわけだ。
これは価値観が合わないな、と実感してしまった。
まあ、そういうときは、自分の意見を強く主張しないことだ。
特にこの問題の場合、
僕の主張自体がかなり感情的で次元が低い。
言い争っても仕方がないし、
ここは相手の考え方を素直に受け入れるべきだろう。
もちろん、それは相手がそう考えていることを
許容するということであって、
自分の考えを変えるということではない。

だが、貴重な友人かもしれない。
僕の友人には、僕の少々ゆがんだ価値観の影響からか、
ごく普通、というのを嫌う人が多い。
僕自身は、普通は嫌いではないのだが、
周りにはオリジナリティやアイデンティティを重視する人が多いのだ。
だから、こういう「世の中一般の普通の人」が
知人にいることは、世の中から離れすぎないようにするためにも
いいことだと思う。
もちろん、その人だけを類型として世の中をとらえるのは危険だが、
そのような人もいる、という捉え方であれば
ある程度正しい認識となり得るだろう。

新しい出会いは、常に新しい発想をもたらす。
一人の人をよく知ることも大事だが、
多くの人と知り合うことも、それと同じか、
それ以上に重要だと、実感させられた。
世の中と折り合っていかなければならない部分と
自分のアイデンティティとしてこだわっていかなければならない部分。
多くの人と知り合うことで、これらが見えるようになるのではないだろうか。

2003.03.16 (Sun) 3:42:31



2003年03月10日(月) 研究室の集まり

2003.03.16 (Sun) 2:31:53
月曜日か。
ゼミで、みんなで集まって練習をしたな。

今回は、教官が決めたものではなくて、
自主練のようなものだ。
一刻も早くJavaを習得するという
崇高(?)な目的ならばよいのだが、
おそらくは、課題を片づけるために集まったのだと思われる。
まあ、それでもいいと思うが。
動機などはどうでもいい。
要は、やればいいわけだし、
最も重要なのは、その結果だ。
やったこと自体が重要だという人もいるが、
それでは、それのなにが重要なのか、明示して欲しいと思う。
ちなみに、それによって成長するというのは誤りだ。
もし成長するのが成果として得られるのであれば
それは結果だ。
やったから成長したのではなく、
成長するようにやったから成長したのだ。
ただ漠然と行動しても仕方がない。
何らかの結果が得られなければ、その行動には意味はないのだ。
もちろん、結果と言ってもいろいろある。
楽しむための行動もあるだろう。
そうであれば、楽しめればそれでよい。
そのような発想を否定するものではない。

結果として、
少なくとも僕は、ある程度慣れることができた。
Forte for Javaという開発環境が
本に付属していたCD-ROMに入っていたので、
それを使うことにした。
この開発環境の最大の利点は、ただであることだ。
これはたとえば、マイクロソフトの開発環境である
Visual Studioが60000円ほどすることを考えると
かなり重要な点だと思われる。
研究室で買うのだからどっちでもいいじゃないかと思うかもしれないが、
好きなだけインストールできたり、
簡単にやめたりすることは、無料でなければ難しい。
もちろん、Sunが満を持して送り出した開発環境ということで
機能もかなり豊富だ。
英語から訳した独特の口調で
紹介のムービーが作成されている。
ただし、誰が訳したのかは知らないが、
そこで言っていることが分かればそれだけで
初級システムアドミニストレータ試験程度は
突破できるのではないかと思うほど言葉遣いが難しい。
最初が確かこうだ。
「Forte for Javaは、マルチプラットフォームに対応した、
Java 2 Enterprise Edition及びそれに付随する
数々のAPIを利用できる、優れた開発環境です。」
とかなんとか…。
ちなみに、なにを言っているのかは、
僕にもいまいち理解できない。
まあ、専門家向けのソフトだから当たり前なのだが…。

ちなみに、それ以前に「開発環境」というのは何か、
ということなのだが、
これは、ソフトウェアを開発するためのソフトウェアだ。
ソフトウェアというのは、プログラムで記述され、
そのプログラム(命令の集まり)に従って動作する。
だから、命令だけずらっと並べてやればいいのだが、
大規模なプログラムになると、
その行数は数千、数万に達する。
これを白い背景に黒い文字で書いていては、
人間の方がパンクしてしまう。
事実上、人間にはこのようなことはできない。
もっとも、昔のコンピュータはプログラムすら受け付けなかった。
人間がコンピュータの内部に入り込んで
回路を直接スイッチで操作するという、
信じがたいことをしていた。
今でも、ディップスイッチという名で、その名残があるが…。
それももう、消えつつある。
ちなみに、内部に入れるくらいだから、
昔のコンピュータは信じられないほど巨大だったようだ。
しかも、トランジスタがなく、すべて真空管だったため、
発熱もすさまじかったようだ。

それで開発環境だが、
簡単に言えば、プログラムを書く支援をしてくれるソフトウェアだ。
たとえば、改行をすると自動的に行開始をそろえてくれるとか、
そういう見やすくするような工夫が多く盛り込まれている。
それに、プログラムの内容を簡単に解析して
色づけしてくれる、くらいまでが、
普通の開発環境の機能だ。

で、優れたものになると、クリック一発で
人間が書いたプログラムを機械語に訳し(コンパイルし)、
それらの訳したもの(オブジェクト)を、1つのソフトウェアへ
組み上げる(ビルドする)のだ。
まあ、ここまでは珍しくない。
フリーウェアでも、これだけのことをしてくれるのだから
良い時代に生まれたものだ。
で、上に挙げたForte for Javaの場合、
ビルドしたあとにサーバエミュレーションソフトウェアを立ち上げ、
ブラウザにそのサーバのURLを引き渡し、
該当するプログラムに応じてブラウザに命令を与えるという
自分で言っていてもなにがなんだか分からないような仕事までしてくれる。
見れば分かるだろうが、これを自分でやるのは大変な労力だ。
しかも、ソフトウェア開発をするとなると、
このような作業を、何十、何百と繰り返さなければならない。
これらを簡略化するために、開発環境は必要となるのだ。
ちなみに、開発環境の機能はこれだけではない。
開発したソフトウェアを公開するための支援、
公開するためのファイル形式の実装、
ソースコード自動生成、などなど、
僕が知っているだけでも数え上げればきりがなく、
僕が知らないものも数え上げると、1冊の本になることは間違いない。

で、本題だが、
みんなで集まったのは、
結果的には、この開発環境に慣れることが目的となった。
ほとんどの部分を自動生成してくれるので、
Javaサーブレットなどと言っても、自分で手を加えなければならないのは
ほんの1行か2行で済むのだ。
もちろん、練習用にたった一言"Hello World!"と
表示するだけのプログラムであれば、だが。
ちなみに、このHello World!という言葉、
なぜか、いろいろなプログラミング言語の解説書に記載されている。
おそらくはC言語の創始者の教科書に載っていたのだろう。
Javaサーブレットは、まずサーバが
サーブレットコンテナというプログラムを起動し、
そのサーブレットコンテナがサーブレットを生成し、
サーブレットが処理を行うことで、サーバアプリケーションとして動作する。
が、そんなややこしいことは知らなくても、
とりあえず使うことが可能なのだ。
要するに便利と言うことだ。

研究室の面々は、
遅刻の癖がある人もいるが、
まあ、いい人たちばかりだ。
全体的にいい加減な人ばかりなので
その辺は何とか考えなければならないだろうが、
雰囲気もいいし、なにより、
僕の嫌いな集団行動の気配を感じられないのがいい。
たとえば、研究室のみんなで酒を飲みに行こうだとか、
そんなことは話題にも上らない。
まあ、それは、
教官二人にそれぞれ娘がいて、
学生と飲んでいる場合ではない、
という要素が大いに関係しているのだが。

この日に、3人の同級生のうちの一人と、
明日も一緒にやろうと約束をした。
少し期待してみたり…。

2003.03.16 (Sun) 3:09:30



2003年03月09日(日) 同級生

2003.03.16 (Sun) 1:14
3月9日か。
実は13日にかなり大きな事件があって、
それで頭がいっぱいになってしまったので、
この辺のことはほとんど覚えていないかもしれない。
元々覚えてはいないが。
しかし、忙しい方が日記がはかどるというのもおかしなものだ…。
時間があると、ゲームをやりたくなるものらしい。
他人事のように言っている場合ではないのだが。

というわけで、この日もずっとゲームをやっていた。
ちょうど9日になったばかり位の頃に
ゼミの同級生からメールが来て、
明日、集まろう、という話になっていたが。
まだまだほかのみんなはJavaの知識が不十分らしく、
かなり僕に依存している様子が見られる。
まあ、正直言って、それは仕方のないことだろう。
僕が一番得意なのは、おそらく自他共に認めることだろうし、
なによりも、研究室のメンバーで、
のんびりJavaだけをやっていられる暇な人間は僕だけだ。
他の人たちは、就職活動があってそれどころではないのだ。
本当は、大学院進学を決めたからと言って
遊んでばかりいてはいけないのだと思うのだが…。

このゼミの同級生は、
僕を含めて、男二人、女二人だ。
同僚と書くのも変だ、とか思っていたが、
何のことはない、同級生で問題はないだろう。
ただまあ、微妙に違うのだが。

僕とそれ以外のメンバーは、
卒業研究の内容が異なるのだ。
僕は船舶のシミュレーションであり、
他の3人は、英語教育における
試験形式についての研究、ということになっている。
3人それぞれについて、
音声の出力があったり、
TOEICに類似した形式であったり、
海事英語を扱っていたりと、
細かな差異はあるが、おおむね同じ内容だ。
これは、そもそも担当教官が異なるというのがそもそもの原因だ。
僕を担当しているのは知識工学の教授だが、
他の三人を担当しているのは、英語を教えている心理学者だ。
人間の音声の認識を、専門としている。

これらに共通するのは、
Javaというプログラミング言語を使用することだけだ。
だが、研究以前に技術の習得が大きな問題となる僕たちの場合、
これだけでも一緒に研究する動機としては十分なのだ。
まあ、そのほかに、
その二人の教官が、かなり仲がいいという要因もあるのだが。
知識工学と心理学。
もしかしたら、近い部分があるのかもしれない。

ちなみに知識工学とは何か、ということなのだが、
実は、まだはっきりと定義されていない。
知識を語るには、知識を知らねばならないことは当然なのだが、
知識というのは人間の進歩とともに
どんどん増えていくものだ。
それだけに、定義してしまうことはきわめて難しい問題となっているのだ。
従って、知識を定義できないために、
知識を作る学問である知識工学も定義できないことになる。

だから知識工学を研究する者は、
自分なりの知識を定義し、それに沿った研究をすることになる。
あえてコンピュータの分野の言葉を使えば、
じぶんなりの「知識」というアーキテクチャを用意し、
その枠内でプログラムなどの実装を施すわけだ。
…ますます意味不明だ。

でもまあ、平たくいえば、人工知能を作る研究だ。
これなら、おそらく分かるだろう。

まあ、こんなものかな…。
一週間も遅れてどうするのやら…。
これではもはや、毎日書いているとは言えないな。

2003.03.16 (Sun) 2:30:54



2003年03月08日(土) 夜型生活

2003.03.12 (Wed) 17:29
土曜日…。
もう、かけらも記憶に残っていない。
金曜日も土曜日も日曜日も、すべて一緒だ。
どこかに出かけたような気もするが、
些細なことで、まったく覚えてはいない。

金曜日か土曜日か、
このあたりでWindows XPを導入したはずだ。

ふう、何なんだ…。
なんか変な気分だ。
だるいというのもボーっとしているというのも違うが、
どうも調子が出ない…。
落ち着かない…。
脳内物質の分泌量でも落ちているのだろうか。
いったい、こういうものはどういう基準で決まっているのだろうか。
楽しいことがあれば増えるのか。

やはり、夜にならないと調子が出ない。
まったくわけが分からない。
完全に生活が夜型になってしまったのだろうか。
それだけとは思えないほどだ。
それとも、カフェイン依存症だろうか。
確かにコーヒーを飲めば気分が良くなるが、
かと言って、別にコーヒーを飲みたいとは思わない。
だから、これも違うような気もする。

とにかく、久しぶりにWindows XPを見たのだが、
やはりこのOS、結構きれいだ。
2000の方が安定していると言われるが、
こちらの方が、僕はいいと思う。

もう、いいや。
この日の分はこのくらいで。

2003.03.12 (Wed) 17:44:09



2003年03月07日(金) デッキブラシの用途

2003.03.12 (Wed) 15:57
さてさて、今日が12日で、これが7日の日記だから、
これから5日分書けばいいのか。
僕もなかなか暇なものだ。
って、6日だな。
やれやれ。計算もできなくなってきたか。
日がな1日ぼーっとしていると、ろくなことがない…。

問題は、今日から日曜日まで。
書くことすらないのに3日分も…。
せめて、日記に書くことがあるくらいの生活は
した方がいいのだろうか。

ということで、日付とは関係ないことを…。
精神障害者の収容施設、というのをご存じだろうか。
と言っても、僕だって詳しいことは知らないし、
この収容施設という表現自体、
人権侵害かもしれないが…。
ではなんと言うのか、などということは知らない。

そこでの実体だが、かなり非人間的なものであるらしい。
と言っても僕は、たった1つのエピソードしか知らない。
それは、入浴時、彼らはデッキブラシで洗われる、ということだ。
「いったいなにをしているのですか。」
と、尋ねたら、その施設の職員は、
「体を洗っているんですよ。」
と、平然と答えたという。

ちなみに、ピンとこない人もいるかもしれないが、
デッキブラシというのは、トイレの床を磨くのによく使われる、
きわめて固いブラシに長い柄のついたものだ。
おそらくもとは、船のデッキ、つまり甲板を磨くためのものなのだろう。
つまり、水をかけても問題にならないような、
固い床を磨くためのものだということだ。

この職員は、なぜこのような考え方をしているのだろう。
その人が狂っているとか、
その施設の職員がみんな狂っているとか、
そう言ってしまうのは簡単だ。
それで解決したようにも思える。
しかしそれは、普通の人間が、本来あり得ない行動をとる
原因として、あまりに漠然としすぎている。
なぜこのような環境においてのみ
そのようなことをしてしまうのだろうか。

それは、コミュニケーションの問題ではないだろうか。
人間はなにをもって人間と言えるか。
それには人それぞれいろいろあるだろうが、
感覚的な部分では、コミュニケーションが取れるかどうか、
というのがとても大きいと思う。
相手の言っていることが分かるし、
相手も自分の言っていることが分かる。
お互いの意志を理解し合えれば、
相手を人間だと認識できるのではないか。
認識できると言うよりも、心から思える、
と言った方がいいだろうか。

逆に言えば、
相手の言っていることが分からず、
相手も自分の言っていることを理解できていなければ、
感覚的に、相手を自分と同じ「人間」なのだと認識するのは難しいだろう。
これは、精神障害の場合に限ったことではない。
外国人の場合にも当てはまる。
もちろん、コミュニケーション手段は言葉だけではないが、
外国人の場合、その他の価値観も
異なっている場合が多い。
それでも倫理観には共有できる部分があるから
それほどの抵抗を感じないのだ。
それでも、抵抗を感じる人はいるだろうが。
外国人に限ったことではない。
日本人でも、子どもなら同様だ。
こちらの言葉を理解することは、能力的に難しい。
それを言ったらお年寄りもそうかもしれない。
また、相手の言葉を理解するのが難しいのも共通する。

人間と言うからいけないのかもしれない。
大人、と言えばいいだろうか。
要するに、上に挙げたような人々は、
人間ではあるが、価値観を共有できない人々なのだ。
価値観を共有できなければ、
不快に思うのはやむを得ないことではないか。

普通、精神障害者の施設に行くような人の場合、
僕のように、
「どうせまともにコミュニケーションなど、取れるわけがない。」
などとは思っていないだろう。
何とかして意志の疎通を図ろうとするはずだ。
だが、それは難しい。
だいたい、それができないから、精神障害者と言うのだ。
ここに、矛盾が生じる。
何とか価値観を共有しようとする職員と、
そもそも価値観を共有できるはずのない精神障害者には
簡単には越えられない壁がある。
その壁を越えられる人もいるだろうが、
ほとんどの人は、越えることなどできまい。
そんな簡単な問題ではないことは、
門外漢の僕にも一目瞭然だ。

だから、狂う。
社会も自分も、相手は人間なのだと信じている。
人間であるにもかかわらず、いっこうにコミュニケーションが取れない。
それでも、そういう施設の職員である以上、
あきらめるわけにはいかない。
結果、どうなるか。
これは、相手が人間であるという前提そのものが
間違っていると認識するしかないではないか。
もちろん、冷静に考えてみれば、
精神を病んでいても国籍が違っても、
同じ人間であることは疑いようのない事実だ。
だが、毎日精神を張りつめた生活をしていれば、
そんな事実も見失ってしまうだろう。
普通は、それにしたってもう少しやりようがある。
でも、考えが浅くなると、
人間は二者択一に走りたくなるものだ。
物事にはいろいろな要因があるのに、
それを単純によいか悪いかで分けたり、
善か悪かで分けたりする人間のなんと多いことか…。
どこかの超大国の大統領など、よい例ではないか。
良いか悪いかを考えるにしたって、
重要なのは、「なにがよいのか」だ。
問題状況をよく考えず、
理想となるべき事柄も考えず、
ただ漠然と良いか悪いかを示すことには、
それほどの意味はない。
感覚的なものを示すことにはなるが、
それは、自分の感覚以外には何の根拠もないものだ。
これだってバランスだ。
感覚だけで物事を考えるのは良くないが、
感覚を捨てて考えるのもやはり良くない。
現在の科学を初めとした理論は、
感覚を捨ててあらゆる物事を検討できるほど、進んではいない。
実際、新しい発見などは、
科学者の感覚的なものによることが多いという。

う〜ん、今日は恐ろしく調子が出ない。
まったく、困ったものだ。

2003.03.12 (Wed) 17:27



2003年03月06日(木) 気候を支配する法則

2003.03.11 (Tue) 2:38:45
今日はこれで最後だな。
しかし、木曜から日曜にかけて、
ずっとなにも書くことなどないのだが…。

細かな違いはあるが、
おおむね、朝起きて、ゲームして、寝た、
と書けば生活を記述したことになろう。
月曜日、ゼミの同級生が
みんなで集まろうと企画してくれたのは
本当に助かった。
これで、少しは目が覚めた…。

ただ、ゼミのみんなははっきり言って、
のんびり集まって課題などを
やっている場合ではないように見えた。
それは、就職活動があるからだ。
って、これは月曜日のことであって、
木曜日の日記にはなっていないな…。

というわけで、本当にネタがない、という感じだが、
最近、寒い。
…ああ、気候の話になるようじゃ、
本当にもう、終わってるな…。
いや、気候の話が悪いと言っているわけではない。
気候というのは古来、人間の情緒に深く影響してきたし、
多くの人が関心を抱いている分野でもある。
だが問題なのは、
僕がまったく興味もないのに
この話を書こうとしていることだ。

まあ、それはそれとして、
他の地域は知らないが、今年の東京近郊の寒さは
なんだか異常だ。
他の人の日記を読んでみても寒いと書いてあるし、
ゼミの人も寒いと言っていたので、
おそらくは本当に寒いのだろう。
気象庁の暖冬予想はいったい…。
まあ、あんなものは所詮予想なのだから、
確実に当たるわけはないのだが。

この方が興味のある話だから、少しそれよう。
そもそも気候は、カオスと呼ばれる性質を持つ。
これは、まるで規則性がないように見えるが、
確率的に決まる問題ではないものを指す。
つまり、ぐちゃぐちゃで一見なにがなんだかさっぱり分からないが、
その実、それを裏付けるような法則が隠れていたりすることがある。
そのようなものをカオスと呼ぶのだ。
ちなみに、そのように確率的でないことを
決定論的と言うそうだ。

前にも書いた気がするが、
これを端的に表す言葉に
バタフライ効果というのがある。
これは、蝶が1回羽ばたくと、
蝶が羽ばたかなければ起きなかったはずの
竜巻が巻き起こるというものだ。
これはかなり誇張気味な気はするが、
要するに、こういう些細なことが大きく影響するような現象を
総称してカオスと呼ぶのだ。

で、気候もカオスの性質がある。
つまり、どこかの気温、湿度、風向など、
細かい条件で大きくその後の天気が変わるのだ。
これは決定論的問題であって、
まったく同じ条件、つまり、
宇宙での地球の位置、太陽の状況から始まって、
風速、気温、湿度、あるいは人の活動などまで、
完全に同じであれば、同じ結果が得られるのだ。
だが、これらの条件を完全に把握することはほぼ不可能だから
分からない条件については何らかの仮定を置くことになる。
だが、気候の問題はカオスだ。
だから、その仮定の細かい誤差が、
結果に対して大きな影響を与えるのだ。
ちなみに、降水確率というのは、
この最初の仮定を微妙に変えた結果、
結果として雨が降ったり降らなかったりするわけだが、
そのうち雨が降るのはどの程度の割合だったかを示すものらしい。
0%や100%がほとんど見られないことから考えても
この仮定の影響はかなり大きいと思われる。
ただ、降水確率というのが
本当にこういうものなのかどうかはよく知らないが…。

さて、寝よう。
明日はゼミの人と二人でJavaサーブレットの練習だ。
まだ4日分も残っているのだが…。
明日になれば5日分だ。
先は長いな…。
どうしてこれほどにため込んだのか。
まあ、書くと決めた以上は仕方がないのだが。

2003.03.11 (Tue) 3:04:59



2003年03月05日(水) 呪縛から離れよう

2003.03.11 (Tue.) 2:07
水曜日の日記…。
この日は、1つメモがある…。

彼女のこと。
ずっと好きだった彼女。
今でも忘れられない彼女。
布団に入っていて、ふと気づいて愕然とした。
僕は、彼女の顔をまともに覚えていない…。

正確に言えば、
話したりしている彼女の顔を覚えていないのだ。
何枚か彼女の写真を持っているのだが、
その写真は、自分でも気持ち悪いと思うほどに
頭に刻み込まれている。
また、後ろ姿も割とよく覚えている。
なのに、直接見たはずの彼女の姿を、ほとんど覚えていないのだ。
…って、今調べてみたら、
そのうち半分くらいをなくしていた。
6月に撮った写真、間違って消してしまっている…。
その写真、一度まとめて友人に送ったのだが、
その友人に頼んで送ってもらうか…。
まあ、いいか。
過去に捕らわれても、何にもなりはしないだろう…。

彼女が僕の告白を断ったとき、
僕のことを嫌いではないけど、今はそれどころではない、
などと言っていた…。
もっと正確に言えば「断るわけじゃないけど、今、私はそれどころじゃない」
と言われたのだが、まあ、これは要するに、
断られたということだろう。

普通は言われた瞬間気づくのだろうが、
僕は半年以上経って、ようやく気づいた。
落ち着いて考えてみれば、
これは社交辞令以外の何物でもないではないか。
半年もの間、僕は一度も落ち着いて考えていなかったのだろうか。

よく言えば優しく、悪く言えば八方美人と言うか、
物事をはっきり言いきれない性格なのだろう。
自分自身を振り返ってみれば、
特にこれと言った魅力もないし、
彼女に受け入れてもらえる余地など、端からなかったのだ。

今までも気づいていたことはいろいろとあった。
僕とは比較的話す機会が多かったにもかかわらず、
彼女はかなり距離を置くような姿勢が多かった。
こう書くと身も蓋もないが、
僕は女性と話す機会がかなり少なかった。
だからそういうものなのだと思っていたのだが、
最近になっていろいろな人と話すようになって、
普通の女性は、相手との距離を置くような話し方は
しないのだと気づいた。
むしろ、男の方が距離を置こうとする傾向が強い。
じゃあ、それが彼女の性格なのかと言えば、
どう見ても他の人に対して
そういう姿勢でいるようには見えない。
まあ、冷静に見られているとは思えないので
それが正しいのかは分からないが、
正しいとすれば、彼女は僕と距離を置こうとしていたことになる。
まあ、それも当然だ…。
大げさに言えば、つきまとうと言っていいくらいしつこかったし…。

まあ、何にせよ、
未だに顔を見るだけで頭の中身が吹っ飛び、
肝心の彼女の顔すら覚えていないほどなのに、
僕は彼女に拒まれているわけだ。
例えそうでなくても、もう会う機会などほとんどないのだ。
これが現実であり、認識しなければなるまい。

今頃、どこでなにをしているのだろう。
就職活動の真っ最中だろうか…。

2003.03.11 (Tue) 2:36:56



2003年03月04日(火) 通り過ぎる日々

2003.03.09 (Sun) 13:04
あとで書こうとか思っているうちに、
1週間近くすぎてしまった。
OSの再インストールをしていたというのもあるが…。
それ以上に、生活に気合いが入っていないのかもしれない。

火曜日。
…と、ここまで書いて、月曜日になってしまった。
やれやれ。

3月4日か。
今日はもう10日なのに。
今更こんな日付の日記を更新しても仕方がないのかもしれない。
まあ、毎日書くことにしたのだから
書くことにしよう…。
11日は9時起床の予定だから、
6時間の睡眠時間を確保するには
あと1時間時間がある。
この時間、寝ておけばいいのかもしれないが、
まあ、少しでも日記を書いておこう。
にしても、1週間分を書くのに
どれだけの時間がかかるのだろう。
まあ、ほとんどなにをしたのかなんて覚えていないから、
かなり短くなるとは思うが。

この日は、家庭教師をやった。
木曜日にやるはずだった授業は、
木曜日の朝7時に、
「明日9時からでいいですか?」というメールが来たので
てっきり金曜日にやるものだと思ってしまったのだ。
どうやらこの生徒は、
徹夜をしていて日付が変わっていないような感覚だったらしい。
僕も同じようなことがよくあるのに、
このときは気づかなかった…。

もしかしたら、この日が最後になるのかもしれない。
大学の1年生の頃からずっとお世話になっているこの生徒も、
いよいよ退学を決心したらしい。
まあ、赤点ばかりではそれも仕方がないことなのかもしれないが…。
自分の無力さはかなり嘆かわしいものがあるが、
正直言って、どんなにひどい家庭教師でも
生徒がことごとく赤点というのは、
もはや教師のみの責任ではないような気がする。
にしても、もう少し何とかならなかったのか、とは思う。
教師である以上、
生徒がまじめにやらないのは、教師の責任だと考えるべきだ。

ちなみに、話はそれるが、
教師の能力というのは、あまり教師自身の学力には依存しないと思う。
学力という点から見ると、
大学で多くの学生が眠りながら受けている
大教授の講義などを考えた場合、明らかな矛盾が生じる。
なぜなら、それほどの教授なら
もはやその分野で日本、あるいは世界を代表する人間であり、
学力という言葉すら適さないほどの能力を持っていることは
間違いないと言っていいからだ。
だから教師の能力は、
学力よりも、生徒を教える意志、そのための技術などが重要だと思う。
実際知人には、自分よりも優秀な生徒を
数多く教えている家庭教師の人がいる。

これは、教師がたとえ頼りなかったとしても、
本人が努力しているということを意味する。
もっと言ってしまえば、
教師というのは生徒を努力させるのが最大の役割であって、
学力などはそれに付随するにすぎないと言っても過言ではない。
もちろん、生徒の質問にまともに答えられないほどひどくては、
とても教師とは言えないだろうが…。

まあ、こんなものか。
あとは、水、木、金、土、日、月…。
まったく、ため込んだものだ…。

2003.03.11 (Tue.) 2:06



2003年03月03日(月) 傷つけることを知るべきか

2003.03.05 (Wed) 12:37 Viewer: 11 Letters: 2887
この日は、ゼミがあった。
書いたプログラムだが、やはりコンパイルできただけで、
正常に動作はしなかった。
かなり適当に書いたので、
どこに問題があるのかまったく分からない。
ちゃんと内容を整理して、
1から書き直すしかないだろう。
そう大変な作業でもないので
まあ、1日あれば終わることだろう。

ゼミは、10時から始めて、
16時くらいまでいろいろと話をしていた。
いよいよサーバサイドのJavaをはじめることになる。
無断でテキストを持って帰ってしまったが、
まあ、たいした問題ではあるまい。
…本当によかったのかどうかは分からないが。

昨日、神戸の震災の少女が
どうのこうのということを書いたが、
考えてみれば、ああいう論理と感情の食い違いが、
裁判結果の違和感にも通じるのだと思う。
裁判を見ると、明らかに悪いと思われる人が
無罪になったりすることがある。
これは、罪刑法定主義と推定無罪の原則によっているからだろう。
すなわち、法に定められていなければ裁かれず、
確証がなければ罪とはならない。
さらに言えば、法という定められたものから論理によって
対象の行為に対して適用する。
だから、感情的に悪いと思っていても、
法に定められていない限り、処罰することはできない。
さらに言えば、どんなに悪そうに見えても、
確証がなければ罪にはならないのだ。

大学へ行く途中、ふと思ったこと…。
人を殴るってことは、知るべきなのか、それとも禁忌とすべきなのだろうか。
殴ること、殴られることは、
確かに痛みを知ることになるだろう。
痛みを知っていれば、そう簡単に人を殴ろうとも思うまい。
しかし、絶対禁忌とすることも考えられる。
すなわち、そもそも殴ることはいけないことであって、
知る必要すらないものだとするのだ。
感覚としては、人殺しに近い。
ちなみに、僕は後者だ。
カツアゲ(脅迫と言う方が正しい)されたときに殴られたことはあるが、
それ以外にそういう経験はない。
ちなみに、そのときは、
殴られても痛くもかゆくもなかった。
おそらくは、相手もビビっていて、
強く殴ることができなかったのだろう。
もちろん、人を殴ったことなんてない。
記憶に残っていないだけかも知れないが。

僕のようなタイプが危険だと思うのは、
何も知らないことだ。
殴られて痛いということも分からないし、
どのくらい殴るとどうなるかということも知らない。
相手の痛みを知らないのだ。
だから、おそらく自分の身を守らなければならなくなったとき、
暴力を極端に嫌っていることから考えても、
その暴力に対したとき、
相手を完膚無きまでに破壊することだろう。

僕には確かに力はない。
しかし、人間の体なんてもろいものだ。
確かに、時には驚くべき強靱さを発揮することがあるだろう。
しかし、人間の体を構成する要素は
所詮、強度に限界がある。
それを上回る力を持ってすれば、簡単に破壊できてしまう。
例えば、僕はペーパーナイフを持っている。
ペーパーナイフに刃渡りも何もないかも知れないが、
一応、29センチメートルの長さがある。
この長さは、人間に致命傷を与えるに十分な長さだ。
材質は、詳しいことは知らないが、
金属製であることは間違いない。
真鍮か何かだと思うが。
金属であれば、人間の筋肉を貫くには十分な強度を持つ。
腹の真ん中にこのペーパーナイフを突き刺せば、
それだけで重傷を負わせることが可能だ。

小指をつかんでひねれば、それを折るくらいは容易なことだ。
眼球に爪がかすれば、それだけで視力に重大な影響を与えるだろう。
深さによっては失明の可能性もある。
後頭部の下の方を強打すれば、
呼吸器官等に障害が現れることも考えられる。

要するに、暴力は極めて危険だと言うことだ。
おそらくは、暴力が危険だという認識はあっても
「極めて」危険であるという認識はない人が多いのではなかろうか。
これはつまり、生命に直結する問題が起こりうるということだ。

これを感覚で理解すべきなのか、
それとも、論理のみで完全に否定し、
感情では絶対禁忌として封印すべきなのか。
その人の事情によるべきなのかも知れないが、
僕は、前者の人間が恐ろしくてたまらない。
殴るということを知るだけに、
時と場合によっては、そのような行動に移る可能性がある。
例えば、「殴らなければ分からない」などの理屈によって、
人を殴る可能性があるということだ。

だから僕は、女性の方が話していて安心できると感じるのかも知れない。
単純に男なのだから、女が好きなのは当たり前だ、
くらいに思っていたのだが、
ほとんどの男の場合、自分に危害を与える可能性がある。
彼らが感情的になって拳を振りかざした場合、
僕は自分の身を守ることはできない。
心の底から安心して話すことのできる男など、
僕にとって、そう多くはない。
何らかの形で暴力を振るった経験を話す人は、
僕にとっては、多かれ少なかれ、恐怖の対象となる。
彼らは、「僕が知らない」力を行使するのだ。
その結果は、知識として持っていても、
現実にどうなるのか、などということは僕には分からない。
論理として知っていても、感覚として分かっていないのだ。

一方、女性が怖いと感じるのは、言葉。
僕は体力のない方とは言え、
女性を力でねじ伏せることは、その気になれば可能だろう。
…そんなことをするつもりはさらさらないが。
しかし、言葉はどうにもならない。
警戒心を抱いていないだけに、
もし悪意を向けられたら、おそらくは
暴力以上に僕を傷つけることだろう。
僕には、そのような経験がないからだ。
心構えも何も、ありはしない。

だからこそ、怖い。
前にも書いたが、僕に対して向けられる、
第三者に対する悪意。
「あいつがうっとうしい」という言葉。
それを僕に言うことは、僕に対する信頼の証かも知れない。
信用できない相手に、他人の悪口など言うものではないかも知れない。
だが、しかし、
その悪意の対象が、いつ僕になるかは分からないのだ。
僕の知らないところで、
僕に対する悪意を、誰か別の人にぶつけているのかも知れない。
僕はその人を尊敬しているのに、
その人は僕を嫌っているのかも知れない。

つくづく思う。
僕はもう21歳になるというのに、
経験が恐ろしく足りない。
そのようなことを受け容れるだけの心の余裕が、おそらくはない。
実際そのような経験をしていない以上、
どうなるかは分からないのだが。
経験などなくても、覚悟さえしていれば大丈夫なのかも知れない。
しかし、覚悟することは、心に壁を作ることだ。
尊敬する人に対して盾を向け、
その陰から、こそこそと会話をする。
恐怖に打ち震え、自分を守りながら話す。
それで一体、何が得られると言うのだろう。

僕は、自分を隠さず、
ストレートに表現しているつもりでいた。
しかし、何があっても傷つかないつもりでいるから、
それはつまり、自分の殻の中に閉じこもって、
必死に自分を守っているのかも知れない。
そして、ひとたび何かあれば、
拒絶反応を示して自分の殻に閉じこもる。
これで相手に理解を求めるのは、
不可能なのかも知れない。

2003.03.05 (Wed) 14:01



2003年03月02日(日) 問題の解決後

2003.03.04 (Tue) 12:14 Viewer: 20 Letters: 5030
ゼミの課題が終わったということで、
ずっとゲームをやっていた。
どうするんだ、俺は本当に…。

たいしたことではないとは言え、
まだやることは残っている。
ずっと積み残しておくわけにはいかない。

周囲は就職活動で大変なことになっているのに、
僕にはそれに対する危機感すらない。
危機感を抱いてもおかしくない状況なのに
こう思っているということは、
やはり社会から離れた感覚が原因なのかも知れない。
もう、バーチャルな世界に依存しているのだろうか。

これから僕の人間関係はどうなるのだろう。
大学には、ほとんど卒論でしか行かないことになる。
これから、どんどんその関係は小さくなっていく。
普通の研究室ならそれなりの人数がいるが、
うちの大学は極端に人数が少ない。
4人しかいないのでは人間関係もへったくれもない。
もちろん、担当の教官や技官の人もいるわけだが…。
でも、そういうのもいいのかも知れない。
僕はもともと、狭く深くの方が得意だし…。
狭く浅くというのが今までのパターンだが。

人間関係は、とても混沌としていて、
理解するのが難しいことだと思う。
簡単なことが大きく影響するのに、
大きく思えることでも、問題にならないことだってある。

その中でも、言葉遣いが気になる。
僕は、なるべく丁寧な言葉遣いを心がけているつもりだ。
もちろん、思い通りにならないことは多いが、
それでも、理想はあくまでも丁寧に話すことだ。

だが、それがよいとは限らない。
乱暴に感じる話し方でも、相手がそれで不快に感じるとは限らない。
むしろ、その方が強い印象を与えられることもある。
丁寧な話し方は、ある意味で逃げていると思う。
確かに悪印象は与えにくいが、
逆に強い印象も与えにくい。
無難なのだ。
もちろん、無難が悪いわけではない。
僕は、基本的に、あらゆる選択において
より無難な方を選択している。
好んで困難を選択すべき理由がないからだ。

言葉遣いなんて、人間関係の要因の中では細かいことだ。
にもかかわらず、これがその人の見え方を大きく変えることになる。
特にインターネットのコミュニケーションでは、
その人のわずかな部分が大きく切り出される。
言葉遣いは、その一つだ。

一方、大きな要因として挙げられるのは、
何と言っても顔だろう。
顔は、その言葉自体が「代表」という言葉の代名詞として使われるくらい、
その人を大きく表現する要因だ。
本人が望むと望まざるとに関わらず、
多くの人は、顔でその人を判断することが多い。
だが、それとても、
時と場合、あるいは人によっては、
問題にならない場合もある。
極端な例は、やはりインターネットだ。
顔なんて見えはしない。

顔の影響を調査した統計を見たことがあるのだが、
多くの人がよい顔だとする人の場合、
その人を見ただけで、どのような人だと思うかと尋ねたところ、
プラスのイメージを返答する人が多かったという。
一方、多くの人がよくない顔だとする人の場合は
その逆だったそうだ。

僕は、まじめで成績がよいという印象を持たれることが多い。
これもおそらくは、顔の影響が少なからずあるだろう。
それから、話し方もだ。
僕は大学で、一緒にいることの多い友人たちがいる。
その中で僕は、もっとも不真面目で、もっとも成績がよくないはずだ。
成績の方ははっきりしないが、不真面目であることは間違いない。
単純にレポートの提出数だけ比べたら、
僕はその友人どころか、留年している学生と比較しても
それほど大差ないほど、レポートを出していない。

一緒にいることの多い友人のうちの1人は、
長い髪で、金髪に近い茶色の髪で、
アロハや真っ赤なシャツで、バイクで走り回るのがよく似合っている。
ブランドのバッグや財布も、ごく自然に使いこなしている。
実際どうなのかは知らないが、少なくとも僕にはそう見える。
もう1人は、ゴツい感じで、
いかにも力強い印象を与える顔だ。
野球で鍛えていたようで、
実際、その印象を裏切らないだけの体力があることは間違いない。

一方僕は、いつもメガネをかけて、
長めの髪を中分けにしている。
顔は自分でもかなり色白だと思う。
今はどうでもないが、
昔はプールに入るだけで唇が紫色になるくらい、
かなりの虚弱体質だった。
今でも早足で2キロ、3キロと歩くと
肺が締め付けられるようになるから、
基本的に虚弱体質は変わっていないのかも知れない。
ちょっと腹痛になったりすると顔色がさらに青白くなるらしく、
今にも死にそうだ、などと言われる。

だがこのような顔は、
明らかに体力がなさそうに見える代わりに、
知的な印象を与えることが可能だろう。

さらに僕は、その顔を裏打ちするように、
なるべく論理的な話し方を心がけている。
僕よりもさらに論理的な話し方を好む先輩の影響を受け、
論理的記述の多い価額の啓蒙書を読み、
その傾向はさらに顕著になっている。
この日記もその傾向を加速していることだろう。
内容がよくなったかどうかは分からないが、
より論理的な印象を与える文章にはなっていると思う。

ここで話は飛ぶが、
いくら僕が論理的な話し方を心がけたところで、
人間は感情の生き物だ。
感情によってその精神が成り立っていると言ってもいい。
人間の心は何らかの論理によって制御されているわけではないだろう。
例えその実態が何らかの脳内物質だとしても、
外に現れるものは、論理とはほど遠いものだ。

これは、転載の転載だ。

33 :Nanashi_et_al. :02/05/22 22:16
2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。

少女「あんたら地元の人間か?」
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
少女「で、何しにきたんや?」
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
団体「・・・・?」
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
   寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
   夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
   私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
   あんたらにわかるか?
   消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
   でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」

最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。
彼女は門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。

元は2chに載っていたものと思われる。
これを、なるべく論理的に考察してみよう。

まず、この文章は、1行目から読みとれるように、
自衛隊の駐屯地祭に反対する団体について述べており、
筆者はその団体に対して反感を抱いている。
そして、その団体が軽薄であるというようなことを
暗に示しているように思われる。
少女の方が確固たるものを持っていると思わされる。

一方で、少女の主張は団体とは何ら関係がなく、
少女の主張によって団体が主張を曲げる必要がないことが分かる。
なぜなら、少女は自衛隊が震災において
救助活動を行ったことについて述べており、
団体の目的である駐屯地祭については何も述べていないからだ。
つまり、少女は団体の主張に何ら耳を貸さず、
団体の存在が不快であると暗に主張し、
「自分たちを助けてくれた自衛隊に対してひどいことをするな」という
感情的な主張をしていると思われる。

団体はその少女の意見を受け容れ、
その場から離れることになった。
この全体を検討すると、
相手の主張を聞かず一方的に意見を述べた少女と、
意見を主張しているにもかかわらずまったく聞き入れられず、
なおかつ、相手の意見を受け容れ、行動に移した団体という構図が読みとれる。

この文章を論理的に考察すると、
自衛隊が震災において救助活動をしたことと
駐屯地祭は関係がなく、
自衛隊の通常の活動とは関係なく、
非難されるべきであるかも知れないということが言える。
従って、団体の主張は聞くべきものであると考えられる。
一方少女は、謝礼を述べに来たのであって、
そもそもこの団体と議論する理由はない。
駐屯地祭について、少女は賛成の意見を述べていない以上、
そもそも議論は成立していない。
従って、論旨が明確なのは団体側であり、
少女の意見に聞くべき明快さがあるとは言えない。
情状について述べただけで、それによって
何の結論も導き出していない。

だが、この文章を読んだ人間が受ける印象はどうか。
僕を含め、団体側が正しいと感じる人は少ないだろう。
直感的に、少女側に正当性があると感じるに違いない。
しかし、上にも述べたように、
正当性は団体側にあると考えられる。
僕の考察に間違いがあることも考えられるが、
この食い違いこそが、
人間が感情的な生き物であることを示唆していると考えられる。

それがよいかどうかはときどきだろう。
論理的に最善の道ではなく、
多くの人がよいと信じる道の方がよいこともあるだろう。
消費税を導入する方がよいとしても、
反対論が多ければ導入すべきでないなど、
感情論が論理を越えることはままある。
もちろん、消費税については僕の意見であって、
多くの人が消費税の増税に反対しているのかどうかは知らないが。

言いたいことは、
人間は感情に支配されているということだ。
その意味で、論理を極端に重視することは、
重大な問題をはらむ。
つまり、他の人間が必ずしも論理的でない上、
人間関係そのものが混沌としていて
論理で理解するのが極めて難しい以上、
ある程度の感覚は必須だということだ。
多くの人と共有できる感情がなければ、
円滑な人間関係を築き上げることは難しい。
その詳細は不明としても、
感覚を共有することで、何となくうまく行く
関係を築くことができるだろう。

それはそれとして、
反戦のデモンストレーションについては、どう思うだろうか?
基本的には、好感を抱く人が多いのではないだろうか。
反戦という意志を、集団の力に乗せて発信する。
だがこれも、問題を多く含む。

集団行動である以上、
少数の意見を封殺する危険が常にあることが1つ。
個々の細かい意見は消え、
全体として漠然とした意見となってしまうことが1つ。
だが、最大の問題は、社会に障害を与えることだ。

反戦デモンストレーションで
交通機関は何らかの影響を受ける。
その人たちが集まることで混雑するくらいは容認されるべきだが、
場合によっては、その人たちが交通機関を停止させる。
リンクだけでなく、場合によってはモードも停止する。
ちなみに、リンクというのは交通路、つまり、道路や線路であり、
モードというのは交通を提供する器具、つまり、車や電車だ。
さらに言ってしまえば、交通の3要素の最後、ノードも停止する可能性がある。
ノードとは、駅や港、空港、インターチェンジなどの結節点を指す。
それだけではない。騒音等の公害も引き起こす。
商店なんて、もはや商売にならない。
集まった人たちが買い物をすればいいが、
反戦を必死に訴える人々が、のんびり買い物をするとも思えない。

で、何が言いたいのかってことだが、
確かに感情は重要だ。
この感覚は、人間である以上、離れるべきではないものだ。
しかし、だからと言って、
感情に判断を任せるべきではない。
感情も考慮した上で、やはり正しい選択を十分に考えるべきだ。
この場合、多くの人々を犠牲にしてでも主張すべき意見なのかを
検討しなければならない。
だが、反戦デモンストレーションについては、これでは不十分だ。
反戦というメッセージは、人の犠牲があっても主張すべきだとするに
十分なインパクトを持っているからだ。
この場合、自分の価値観を押しつけていないかどうかが重要だ。
反戦は、普遍的で多くの人が共感するだけに、
このために何をしてもよいと思われがちだ。
だが、普遍的であるということは、ことさら主張する必要性がないとも言える。
それなのに迷惑をかけてまで主張すべきかどうか、
十分考えなければならないだろう。

今ここでこのような考えを書くことに、
なんの意味があるのだろう。
こんなことを考えるより、
この日記の存在意義を考えた方がよいだろうか。
まあ、楽しければいいか…。
人生なんて、そういうものではないだろうか。
今を幸せに生きるのが一番だ。

2003.03.05 (Wed) 2:31



2003年03月01日(土) ドーピングの結末

2003.03.02 (Sun) 11:58 Viewer: 12 Access: 6510
ずっと前から懸案だったプログラムは、
わずか3時間で書き上げ、1時間でデバッグを済ませた。
渡されたプログラムは読みやすさを重視して
丁寧に記述されているのにたいして、
僕は極力記述を少なめにしようとしている。
その差があって、860行のプログラムが600行弱になったが、
それにしても早かった。
やはり、カフェインの薬効だけではなく、
暗示が効いているとしか思えない。
集中しているのを通り越して、
興奮状態だったような気がする。

で、その翌日は、
懸案を片づけて、思う存分ゲームをしていた。
まったくこれだから…。

と言うわけで、またもや書くことがない。
友人にCD-Rを作って渡さないといけないのだが…。

2003.03.02 (Sun) 12:02


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