三崎綾+☆ 綾 姫 ☆の不定期日記

☆ 綾 姫 ☆

またかっ(▼▼メ
2005年03月25日(金)
ネットサーフィンをしててたまたま見つけたサイトが此処
「精神保健福祉法第32条」見直しを行うと言う。
日本と言う国は、いったい何処まで弱者を切り捨てれば気が済むのか?!

最近、少しずつ表に出て来るようになった医療事故
今までくだらない地位や自分の保身の為、闇から闇へ葬り去れてた。
患者は泣き寝入りするしか無かった。
裁判しても勝てない。弁護士も引き受けてくれない。長期間の苦痛。社会の偏見。
お医者様相手では勝てないと言うくだらない医者神話。
そんなものはとっくに崩れてるって言うのに。
最近思う。何で裁判しなかったのだろうってね。

生活保護を受けてると平然として言うのに、
ベンツに乗ってたり、毎日パチンコやってたり。
何処から見ても生活保護いらんやろ〜って思う人が居るのは事実。
そんな所に無駄なお金使ってるなら、
もっと本当に必要な所に何故行きわたらないの?!

好きで病気になった訳じゃ無いのに、そんな人達を国は切り捨てようとしている。
本当に必要な所は何処なん?本当に無駄なお金使って無いん?
最低限の生活もさせて貰えないこの国。ほんまにいい加減にせーって思う。

ますます少子化になって、ますます国が貧乏になって、貧富の差が激しくなって、
好きで弱くなったんじゃ無い人達は、どうやって生きていけば良いん?
32条が見直しされたら、間違いなく自殺者は増える。
だって、病院に行く事が出来なくなるんやから。

こんなんだから、この国は犯罪が増え、人々の心はすさんでる。
優しさが無い。暖かさが無い。自分だけ良かったらそれで良い。
事なかれ主義になってしまったんや。

コメンテーターが偉そうに経験した事の無い事を、聞きかじりで話している。
あれを聞いていると超むかつく。
てめーら、本当の事もわからないのに偉そうに言うなってね。
嘘ばかり、くだらない事ばかり、経験がものを言うんじゃ〜

医療ミスも同じ。本当の弱者の声はテレビで流れる事はない。
私にもっと勇気があれば。。。私にもっと力があれば。。。
私にもっと体力があれば。。。思いっきり反論してやりたいのに。
あれから。。。1
2005年03月23日(水)
なんで私がこんな目にあわないとあかんねん。私が何をしたんや。
病気を治す為に病院に来て、殺されそうになった私の気持ち解るんか?!
医者を恨み、旦那を恨み、自暴自棄になって荒れてた。


事故直後、何かを食べる事に脅えた。食品添加物に脅えた。
これを食べて当たりだったら、私はどうなるんだろう。外食する事も出来なくなった。
食べた事が無い物を買わなくなった。買えなくなった。
お総菜1つにも神経をピリピリさせた。

薬に脅えた。
この薬は身体に合うんだろうか。この薬飲んで発作は起きないの?
すべての事に対して神経質になって、旦那にも子供にも当たりまくってたあの頃。

気がつけば、刺々しかった私が少しずつだけどましになって行った。

年月が人の心の傷を癒してくれるって言葉は本当だなぁと最近実感する。
自分が求めた時に、誰かが助けてくれると実感する。

引っ越しをして来て、事故に遭う前にかかって居た病院に通い出した。
前と何ら変わらない対応が私を救ってくれた。
「未来ちゃん大きくなったねぇ。前に入院した時はまだ赤ちゃんだったよね」
何気ない看護婦さんの言葉が私をほっとさせてくれた。

「アスピリン喘息のテストは手間暇もかかるしお金もかかる。
でも100%の結果は絶対に保証出来ない」
事故後、いろんな先生に見て貰ったけど、此処まではっきり言ってくれた先生は初めてだった。
この事は、自分でも調べてたから理解してた。
結局、白黒がつかないまま私は生きて行かなければならないって事は知って居た。
でも、お医者さんが此処まで踏み込んで言ってくれたのは初めてだったから、
すごく嬉しかったし涙が出た。
先生の顔は、「辛かったね。苦しかったね」って言ってくれて居た。


毎月、通うのが苦痛でしか無かった事故が起きた病院。
病院の入り口で何度もUターンしては家に戻った。病院に入る事が出来なかった。
「殺されそうになった病院に自分の身体を預けるのはもう嫌だ」何度もそう思った。
でもどうする事も出来なかった。


でも今の病院は違う。
「今日もまた来てるの?今日はお母さん?未来ちゃん?」
なんて気軽に声をかけて貰えたり、知らない看護婦さんが名前を覚えてて話しかけてくれたり、
とってもアットホームな病院なのだ。今は病院に行くのも苦痛じゃ無い。

「あの地」で起きた事故。京都での生活で少しずつ癒されて行く私。

「何時どうなるのか解らないのに無駄な事はやめよう」
そう思って居た私が趣味を見つけた。
辛い事・苦しい事、全部忘れて頭空っぽにして打ち込める事が出来る趣味。
おしゃれをしだして、化粧をしてコンタクトをする私。
携帯メールで友達との雑談が毎日の日課となって、
あれだけPCの前に居たのに、何時の間にかPCに距離が出来た。


あれから。。。2へ続く♪
今日は母の表彰式♪
2005年03月17日(木)
此処最近、バタバタしててサイトを放置していました。
ご心配をおかけしてごめんなさい(汗

1 A型インフルエンザにかかってました
40度6分まで熱が出ました。何年ぶりにこんな高熱出しただろう(涙)
数時間前まで、絵里子とビリヤードしてたのに、数時間後には40度の熱でした。
突然強烈な寒気。。。風邪かなぁと思ってそのまま寝て起きたら40度。
身体中痛いしもう最悪でした。
4日間の高熱・1週間の身体の痛み。
良く入院せずに持ちこたえたなぁと言うのが本音です(汗


2 卒園式に向けて
「卒園式は親の表彰式」と言う言葉があります。
子供も頑張って幼稚園に通ったのだけど、
その子供を数年間サポートして卒園させる年齢まで育てたのは親。
今日は私の表彰式です。

3月に入って、化粧品・靴・ストッキング等、細かい物を買いあさっていました。
今までろくにおしゃれもしなかったから、無い物がいっぱい(笑)
何でこんなに細かいお金が出て行くんや〜〜〜って感じでしたが。

卒園アルバムのお金・PTA役員さんへの花束代等の集金・お別れ会等々、
他のお母さん方と話す機会も増えていました。苦手なんだよなぁ。
苦手な事がいっぱいで疲労が重なっていました。
で、サイトを放置になってしまって居たのですが。



医療ミス後、大発作が起きる度、入院する度に思ってた。
「娘の卒園式を見てやる事が出来るのか?!」って。
思い通りにならない身体、大量の薬。
何でこんな身体で生きて行かないとあかんのや?
いっそ死んだ方が楽になれるのに・・・何度思った事か。
実際、薬局に薬を買いに行った事もあった。
「この薬を飲めば、私はすぐに洛になれる」って。

でも、私が生きる事を放棄したら、
三崎綾を応援してくれる人達に迷惑がかかる。
私を支えてくれた多くの人達を裏切る事になる。
「諦める事は何時でも出来る。最後まで頑張ろう」そう思ってやって来た。

気がつけば、1つの目標だった娘の卒園の日を迎える事が出来ました。
今、大好きな言承旭ちゃんの音楽を聴きながら書いてるけど、
音楽を聴きながら書かないと、涙でキーボードが見えなくなる
今から泣いてたら、卒園式どうなるねんって感じだけど(笑)
「感無量」って言葉は、こんな時に使うのだろうなぁ。


良く頑張ったなぁ。こんな身体で良く頑張って生きたねぇ。
そう自分で自分を褒めて上げたいなぁ。。。←パクリかぁ(爆)
み〜ちゃんも、病気ばっかりしてたけど良く此処まで頑張ったなぁ。


さて。。。お風呂入ってセットしてメイクして、
今日は綺麗なお母さんになって表彰されて来ます。
黒い涙にならないように、アイメイクは薄めにしよう(笑)

補正下着で身体のラインを整えて????
ちょっとでも綺麗に写真に今の私を残そう。
写真館に記念撮影に行こうかなぁ〜なんて考えています。

晴れ女の私が行くのだから、今日は雨降ったら嫌よっ★
お金かかるなぁ(汗
2005年03月02日(水)
娘の卒園式と入学式の準備に追われて居ます。
昨日は、京都駅の所にある伊勢丹に行って来ました。
私の大嫌いなメイク用品の買い物です。

あの世界から足を洗った時、私は心に決めた事が2つあります。
もう絶対にこの世界には戻らない。外見を飾る事はしない。

毎日・毎日、美容室に行って、顔と髪を作って貰ってた。
美容室でメイクをして、髪の毛をセットして貰って、
店に行ってスーツに着替えて「戦闘服」と言う「鎧」を来ていたあの頃。
あれから10年以上経ちました。
外見を飾って、見た目派手な世界でも、心の中は空っぽだった。
人を信用出来なかった、氷のような女。
化粧の匂いは、あの頃の私を思い出させる。
足を洗ったあの日から「必要最小限度の日」しかメイクをして居ない。

娘の卒園式が近づいて来て、「なんぼなんでも卒園式くらい綺麗な母で居たい」
そう思って、ちまちまと揃えて来ました。
スーツも買ったし化粧品も買った。ストッキングまで買った〜
ふつー当たり前に持っている物が無い私って。。。
お金かかった〜卒園式の為に使った私の準備費は10万超(涙)


伊勢丹の中で、化粧品コーナーをぐるっと歩いた。
匂いで吐きそうになりながら。。。低酸素でハァハァしながら(汗
クリニークが一番匂いが無かったから、クリニークに入って、
「なーんにも無いので全部下さい。ついでに色合わせもして下さい」
と言う事で化粧をして貰いました。
何年ぶりだろう。美容部員さんに化粧して貰うなんて(笑)
基礎化粧品から色まで一式買いました〜5万円(涙)


先週の金曜日の朝から日曜日の夜まで四国に帰っていました。
四国には、此処半年ほどちょこちょこと帰っています。母親にも会ってます。
私の過去のトラウマの1つだけど、今はまだ心の整理が出来て居ないので、
文字にする事は出来ないのだけど。。。その内に書ける時がきっと来るはず。


伊勢丹を出て、四国のおみやげをパチ彼に渡しにパチ彼の店に。
化粧をしてコンタクトをしている私を見て、パチ彼は少しびっくり。
「雰囲気違うなぁ」
「眼鏡してないからでしょ?」
「あ〜そうか。見えてるん?」
「見えるよ〜コンタクト入れてるもん」
「何時からコンタクトなん?」
「あんたが知らないだけやんっ(笑)」
「綾ちゃんが化粧してる〜これで2度目や」
「私もたまには化粧するよっ」


何時もは、よれよれの服で幼稚園に送り迎えの私。
昨日はコンタクトで化粧をしている私を見て、先生方が話しかけてきた。
「お母さん、どちらかにおでかけでしたの?」
「伊勢丹に化粧品を買いに〜卒園式の準備ですっ」
普段はよれよれでも、バリッと決める時は決めるんやっ(笑)


苛立ち・怒り・絶望。。。いろんな物が重なってた医療ミス直後。
今考えると、自分で自分がおかしい(笑)
確かにあの経験は辛かったし後遺症でも苦しんでる。
だけど死ななかったし得た物も大きい。
年月が心の傷を癒してくれる。。。そんな事あるんかっ
絶対に医療ミスの辛さだけは忘れないって思ってたけど、
何時の間にか、苛立ち・怒り・絶望。。。いろんな物が薄れて来てる。
年月はお金じゃ買えない財産なんだなぁ。
したくなかった経験をいっぱいしたけど、それで得た物があれば良いか。
何も無い人生より、もしかしたら幸せなのかも知れない。


口数が少なく何考えてるか解らないけど優しい旦那。
成長してきてむかつく所もあるけどかわいい娘。
過去も性格も理解して付き合ってくれるパチ彼。


人の痛みだけは解る人になれた。。。そんな私が今は好きだなぁ♪♪