事務局 日誌
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2005年08月31日(水) 伊藤宅弔問・大橋さんへ

川崎ノリさんと一緒に伊藤さん宅を訪問し、お参りをさせてもらいました。8月12日呼吸がおかしくなり、救急車で市民病院へ行き入院。その後、良くなったり悪くなったりし繰り返していたが、27日午後3時半頃息を引き取られたとのこと。あまりの急なことで驚かされた次第。ご冥福を祈るばかりです。
その後、大橋さん宅へノリさんと一緒に訪問。体調は良かったようでした。
ゆうさん・志保ちゃんに新潟に転居を話したら喜んでいました。(織田記)


2005年08月29日(月) 伊藤隆さんご逝去

午後事務所に出勤。留守電に東新潟訪問看護ST中村さんより、27日19時過ぎにTELあり、伊藤隆さんが亡くなられた旨の伝言が入っていました。(織田記)


2005年08月26日(金) 中之口支所へレッツチャット貸出

中之口支所武田保健師とハルパー一人(氏名聞かず)が10時前に事務所に
来ました。筋ジスの患者さん(50代女性)のためにレッツチャットの使い方を練習して、1台貸出をしました。(織田記) 


2005年08月25日(木) 猪俣さん喜寿

猪俣さんの満77歳誕生日。午後堀川さんとお祝いに行きました。お花とおめでとうございます、というだけ。「祖谷のかづら橋」「会津磐梯山」を祝い歌に。みつこさんは北海道を行きを取りやめ参加。卵巣膿種とかで来月入院手術とか。お大事に。私は夕方の列車で成田へ行き明日26日から9月4日までケニアへ自然の動物君達のウォッチングツァーです。あしからず。


2005年08月23日(火) 旧友

急に涼しくなりました。Oさん宅へ朝訪問。十数年前の友人というか知人が実はOさんの友人で見舞いに来るとのこと。話せば色々繋がりが出てきて不思議な縁。文字盤も直ぐ習得して「会えてよかった」と読む。今のOさんの苦しい状態を「それでもきっと意味があるのよ」と意義づけてくださり心の深さを感ずる。


2005年08月22日(月) 事務の日:佐藤恵美子さん送別会

2000年夏から佐野さんの補佐として会計を手伝い初め翌年から会計を担って下さっていた佐藤恵美子さんが、今月でさようなら。トリオで顔を合わせるのは今日が最後。有馬さんにも入って頂いて送別会代わりに事務所で一緒に昼食を。鍵を返却されたときにはさすがに織田さんと「淋しくなるね」と本音を漏らす。
明るく楽しく頭の回転も素晴らしく得難い人材、5年以上もいて頂いたことに感謝感謝。会計のOA化、織田さんの定着も恵美子さん無しでは難しかったこと。静かになってしまう事務の日にどうぞ皆様遊びにいらして下さい。
 諸寄付の礼状づくり、業務引継。映画「みんなの季節」の切符売り込みなど。


2005年08月19日(金) PCC・野崎さんのTEL・高井さんNさん訪問

高井さん・名越さんが事務所に泊まりノリ先生・佐々木さんが10時からいつも通り到着で交流。相馬さん・手塚さん・平岩さんと集まって手塚亭冷麺で会食。高井さん「色々な人が来て、色々な電話がかかってくるのねぇ」と驚く。
野崎さんから光センサーの郵送返却あり。ピエゾを使っているとのこと。ズット壁側で空も見えなく患者さんは鬱状態とか・・看護師でなく主治医に相談してみたらと助言。が、先生の指示であるのかも・・。
新しい文字盤を求めていたNさんを高井・名越さんと訪問。対面式に直ぐ慣れて下さった。購入、となったが高井さんがおみやげを説明していると付き添い者が販売と曲解。穏やかな本人と対照的。
時間の都合で長岡訪問は中止、海辺でしばしの癒しの一時。帰宅後は仕事で韓国とか。たった一人の家族でもこうして数日間留守が出来るようになる体制を新潟でも作ろう、協力するよと心強いメッセージ!


2005年08月18日(木) 高井直子さん

午前看護学生斉藤カナさん来局。家族介護の卒業研究をしたいとのこと。
午後2時半高井・名越を駅へ迎え、カーブドッチで昼食。ついで横山宅。更に大橋宅。介護支援居宅では出来ないことばかり。広域事業所の話など。
夜事務所へ客人宿泊。


2005年08月12日(金) Aさん・Nさん・Iさん

9時半から機能に引き続きAさん宅へ。保健師(田中)ケアマネ・訪問NS(竹内)各氏と顔合わせ。進展あり。
Nさん宅へ貸し出していたレッツチャットを取りに伺う。
Ishikawaさんが借りに来るので事務所へ。残念ながら欲しかったのはトーキングエイドでした。これがなんと故障中で動きません。子ミューにケーたーを持っていって頂いて、ご家族は時間がないというので変わって信楽園リハビリ室へ借りに行って試してみました。丁度下の娘さん夫妻もおいでになって何とか使えそう。言葉が出ないのは辛いものです。
早朝から三幸福祉カレッジの10月6日講義の素案づくり、等で目一杯。これからお盆の支度です。お盆休みを取りましょう。


2005年08月11日(木) サンシャインの田中管理人・Aさん・メロン

サンシャインの管理人田中さんと珍しく長話。どうやら若林夫婦は別居していると思っている人もいるらしい。何処でも瑞穂さんへの同情票が多いのは嬉しいやら悲しいやら・・。
紫竹のAさんを訪問。お髭が伸びて殆ど寝たきり腰も痛くて大変そう。介護休暇とは言うものの奥様もふらふらで娘さんが心配しながら出勤。保健所へ連絡して早速明日訪問して頂くことになった。支援体制の構築には適当な時期に適当なアドバイスが必要、と思ったことです。
新屋さんから届いたメロンをあちこち配る。手塚さん・平岩さん両家留守宅には金曜と勘違いした伝言を。近藤夫人は安らかに眠っておられる昭二さんの側に。パソコンに「栄子さんありがとう」と書いてからもう書かないンですよ、と。


2005年08月10日(水) 猪爪弘さん黒崎病院

午前有馬さんと黒崎病院へ猪爪さんを見舞いに。亀貝インターから北場方面へ田圃の中に立つ老人病院だった。8月末転院、リハビリで自力で100m歩けるとか。「皆さんに出来る・大丈夫といわれて、段々その気になってきた」と顔色も良く食欲もあるとか。時々痛むが「またアレか」と我慢していると収まると自然治癒力を信頼しているご様子。2日前に初江さんを訪問してきた有馬さんにひまわりの人たちと奥さんに会いに行きましょう、と誘われて秋になったらと目標設定。長年一緒にやってきたお仲間、共に良い時を過ごせますように。
JALSA号をかり出しているFさんから後ろ扉が開かないと遠方よりTEL。前に貸し出すときにもそんなことがあったのでだましだましやってみて下さいと切る。夜、無事到着したと連絡あり。修理しなくては。


2005年08月09日(火) 新潟祭り

新潟祭り。母と「お渡り」を見に行った。95だが何にでもつき合ってくれて嬉しい人。これが一番お祭りらしい行事で本来の華だと思う。
検疫所へ所用で出かけ帰途O宅へ。祭りで手が無く娘さんグッタリ。
夜事務所で初めて打ち上げ場所移動後の花火を見た。ナイアガラまではっきりと。守岡さんは体調悪いとかで結局一人。もったいない。


2005年08月08日(月) 事務の日・鈴木・笛木さん来局・宮川さん訪問・保健師相談

お陰様で連日脳スイッチ募金へのご協力が届く。織田さんの達筆で礼状を。
椿夫人からもご寄付を頂く。
「明日はもっといい日」という認知症老人の手作り映画を作った若者を伴って笛木さんがJALSA号を借りに。まごころヘルプの「この手は命綱」を次に映画化したいのでALS協会にも協力を、という話。志やよし。
大口ご寄付の宮川さん宅を織田さんと訪問。お礼代わりにご主人(h11没)の御霊前にと供花。「世界一周しようかな、と思ったけど、人様から喜んで頂く方が主人が喜ぶと思ってこうしてご寄付させて頂いています」とのこと。
西川地区の保健師からレッツチャット貸出の相談。新潟市が広がって知らない地名が増えた。
小須戸のKさんのヘルパーさん(Honma)から代理TEL。2週間入院して脳血流が良くなる50万かかる療法、在宅で月10万かかるラジカットの事、知ってるかとの相談。ギモンーッ!


2005年08月07日(日) 猪俣さん・Oさんは大橋さん・メロン

ねぶた・竿燈・白神の旅を報告に猪俣さんを訪問。奥様が青森の秋田県近くの出身。大好きな高校野球を観戦中。しっかり文字盤で「ありがとう」と。
Oさんには雑誌社編集部から「実名でどうか」という打診があったのでそれを尋ねに伺う。「フルネームでなければ」とのこと。が、筆者としては考え物。
夜北海道の新屋さんから金曜日の皆さんによろしくとメロンが2箱届く。


2005年08月05日(金) PCC・ノリさんレポート

(織田・若林欠席の所、川崎先生がレポして下さいました。)

坂爪さん、駅へ行ったら事故で電車が不通になっていて残念ながら欠席。
佐々木夫人・相馬さん・手塚さん・平岩さん・川のメンバーでした。
今朝、いつもの通り鍵を開けて「お帰りなさい」コールを聞いて、さぁわこさんの荷物を車に入れてと、ドアを開けたところでブザーが!!佐々木さんと二人で???状態。セコムへ電話をしました。
在宅ボタンが何故か勝手に作動をしていたようでした。
若林・織田両氏が今日は不在ということ、金曜日には鍵を預かっていてあけることなどを話しました。
三桁の暗証番号をと聞かれたのですが、聞いていないのでわかりませんと答えました。
今度、教えておいてください。
セコムから問い合わせがいくかも知れません。よろしくお願いいたします。
佐々木さんと二人だったので何となくヤレヤレでしたが、一人の時はパニックにおちいりそうな気分でした(>_<)
横山夫人から電話あり。介護者のことで9月のケァプランが立てられないとのこと・・・これは、夕方若林サンに連絡付いてホッとしました。
お礼状の件、脳スイッチのことのお願い文を読んでいないので、上手く書けずにそのままにしてきました。(ゴメンね)
金曜日のあり方についていろいろ話し合いをしました。
患者さんのための会であると同時に、患者家族・遺族の方たちのための会でもあるのではないか。
パソコンの必要性も十分にわかるけれど、パソコンばかりが患者支援ではないのではないかという意見もありました。

19日は高井さんがお出でになっているということなので、なるべくみんなで参加しましょうということになっています。
26日は川はお休みします。あとの方は19日に確認したいと思っています。
猪サン、黒崎病院へ転院していました。(月曜日に)
近藤氏、呼吸が苦しそうでした。夜眠られないらしいです。
栄子夫人が一生懸命見ています。「全身全力を主人に向けています」と・・・お二人の時間を大切にして欲しいです。

今、コーラスから帰ったところです。
今日は少々疲れたのでこれで・・・おやすみなさい。ノリ


2005年08月04日(木) 原宏道さん13回忌・AさんJALSA号

朝、阿部さん友人がJALSA号を取りに来る。千葉で糖鎖の何とかを試しにとか。猛暑の中ごくろうさま。
原君の13回忌を楽運寺で。ご両親90歳の祖母様、あやちゃんと私のみ。遺影と共に会食。蓑輪さんにもTEL。永遠の青年。
今村さんからOさんの写真を、との要請電話があり夜訪問して了解を得る。


2005年08月03日(水) 原稿送付

ようやく原稿送付。ひとまずホッ。西澤先生から引用のお許しを頂く。


2005年08月02日(火) バイパップ・原稿とフジレスピロニクス

「バイパップについて」の原稿ないようについてOさんと遠藤医師に承認を得るため訪問。先生は「経過が手に取るように分かってジンときた」と、いつも純情。ゆうさんは「よく書けています。私の思っていることを書いてくれました」と。はっきりしない合図が切ない。鼻管が取れていた。

フジレスピロニクスの中村さんにTELでバイパップと人工呼吸器の違いを教えて貰う。人工呼吸器は従量式(喚起量を設定するので肺が萎縮するままにならず一定量を維持できる)。バイパップはBilevel(呼気吸気圧) Positive(陽圧)Airway(気道)Pressure(喚気圧)の略で商品名。定圧式なので肺萎縮で換気量500なら500、300なら300しかできないので十分に換気できなくてCO2が高くなってくる。最近換気量で圧が可変のものも出てきており換気量を増やすことも出来るようになってきた。共に陰圧にはならない。呼気の時呼吸器はゼロ、バイパップは1,5。要するに人工呼吸器は果てがないがバイパップは限りあるのだな、と思った。中村さんは冷たくないのだがいつも冷静沈着。


2005年08月01日(月) 事務の日・礼状・小千谷Yさん

織田さんが珍しく遅くなるとのことで3時過ぎだった。佐藤会計は50万に驚く、更に小千谷の吉沢さんからも多額に頂いたのでお礼の電話をする。親のもどかしい(何とかしてやりたいけど何も出来ない)辛さが一杯。
佐藤さん8日22日と後2回。親しい人が昨日?亡くなり、送別会はお断りとのこと。2000年夏会計が佐々木さんから佐野さんに移ったとき、補助が必要、ということでシルバーにお願いしたところ派遣されて来たのだった。丸5年ご苦労様でした。2002年後半からは織田さんとの名コンビで会計のIT化、全国大会と見事に乗り切って頂いた。


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