事務局 日誌
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2003年12月30日(火) 年末の約束

午前、支部賀状宛書き投函。平岩さん訪問。落ち着いておられました。
午後西新潟病院訪問。持続吸引機とパソコン台届けるつもりなのに袋が違っていました、やれやれ。来春持ってくること。他に、佐藤さんパソコンメモリUP、斉藤さんレッツチャットを希望。PT小林先生に井上さん紹介を約束等々・・忘れないように・・。
タカヨシへ感謝状を出さなかったこと等気にしつつ「どうしても」ということは一応クリア。念願の賀状が出せたことだけでも感激。織田大明神は今頃伊豆かな。
明日からしばらくパソコンもお休み。
皆様よいお年を!


2003年12月29日(月) パソコンクラブ日誌

パソコン教室は2000年の春から始まりました。2002年5月からこの超日誌が始まっています。沢山の写真もあることだし、記録のあるものだけでも纏めましょう、と井浦さんが記録係を買って出て下さいました。
2003年分の写真の貼り付けに思いがけなく時間を食い午後の年末私用の銀行、実家訪問に支障。来年はもう少し計画的に行動しなくては。
4時から事務所で相談。どんな記録ノートになるか楽しみです。今までを知って、これからの構想を組み立てて行きたいものです。
佐藤美恵子さんも事務所に現れ白馬童子和服の里の夢など語っていきました。


2003年12月28日(日) 西新潟病院難病相談室・猪俣さん

西新潟病院の田中先生から難病相談室開催のご案内が来ていました。
県でも難病センターを作る構想が浮上していますが、まず国療で試みるのでしょうか。相談に行きたい位です。少し成り行きを見守りたい思いもあります。詳細は支部事務局へどうぞ。
夕刻猪俣さんを訪問。長い支部長役に改めて感謝。瞳も澄み渡り文字版も快調。「ありがとう。よいお年を」


2003年12月27日(土) 賀状・新屋さんが釣った魚

珍しく今年は賀状をお届けできそうです。
午前中あれやこれやと案を練り、午後織田さんと事務所で印刷。名簿の整理。織田さんが新年に宛書きを書いて下さるとか。一部私の受け持ち分あり。毎年買っても印刷しないか、印刷しても出せなかったものが、お届けできるなんて夢のようです。織田さんに感謝感謝。
宅配が北海道からお魚とジャガイモを届けてきました。指が痛いといっていた富良野の新屋さんが百匹以上のつた?(見かけはハタハタ風)を捌いて送って下さいました。佐藤美恵子シェフと手塚さんが上手に冷凍してくださったので新年にパソコン教室でお味見となるかと思います。溢れる気持ちの新屋さんです。
夕方雪となり予定していた西新潟病院訪問は延期。


2003年12月26日(金) ジュディ

久し振りにJudy Oliver Coxに手紙を書きました。「照る日かげる日」の原著者で16年前来港、パイロットのご主人をALSで亡くし、今は元大統領も訪れる障害者も使えるスキーロッジの経営者夫人です。全国大会の報告と近況、ここまで来れたのは最初に色々教えてもらったお陰だとの感謝、そして英語なんてご縁が無い生活なのでもうお手紙も書けないだろうと今までの及びこれからの無沙汰を告げました。本国では原著が再販されたと聞いています。「照る日かげる日」の版元サイマル出版は無くなりました。松岡さんが心血を注いだ日本の闘病記「いのち燃やさん」も知る人が少なくなりました。今はホームページ全盛の時代、来年は本部のHPも全面改装するそうです。その前に色々な歴史があったこと、時に振り返りつつ前進することが行く先の安全と豊かさをもたらすように思います。
そんな感慨に浸れるのも織田さんはじめ事務所の大掃除をして下さった方々や多くの皆さんのおかげで少し気持ちにゆとりが出来たお陰でしょうか。本当に今年は皆様ご苦労様でした。ありがとうございました。


2003年12月25日(木) 功栄印刷・田辺さん

功栄印刷は本部が機関紙JALSAを頼んでいる印刷会社。ここへ大会グラフィックスを入れてもらうためのやり取りをしました。一メール10MBまで送れるのですねぇ。CD無用です。
タカヨシ田辺さんとお喋り。どこも年末は厳しいようです。


2003年12月24日(水) 休み

実家当番でお休みです。


2003年12月23日(火) 県との話し合い


10時、県の環境保健部健康対策課滝川課長補佐と玉井難病対策係長が支
部事務局へ来局されました。堀川先生・大西先生・織田副事務局長・若林が一緒にお話ししました。
直接的な内容は来年度予算要求についてです。
19日(金)に一度来局され、支部要求通り看護力強化事業を対象拡大及び時間延長をする、が呼吸器購入補助4台分を打ち切る、と提案されました。一挙打ち切りは困るので何とかならないかということで現場の先生方にも入って頂き再度検討して頂いたのでした。何とか一台分残し、但し強化事業は小規模でという方向で検討してみようという結論でした。

この時、難病連絡協議会について県から次のように伺いました。
確かに10名程度のメンバーで存在はしているが一度もミーティングはしていない。この度、日程調整はしているがなかなか難しいので、ご意見を一人づつ伺うという努力をしつつある。来年度は現場の方々中心に新規協議会を立ち上げ、支援センターや相談員の事も含め実際的なことを相談できる場にしたい。

呼吸器のことにしてもセンター的なものを考え、購入援助した30台近くを使い回す機構を考えた上で制度廃止すれば納得できるのではないか、と私たちも思いました。
その他、呼吸器は一度でもその患者さんのために使えば返さなくても良い、とか、意思伝達装置給付は障害福祉課でダメでも保健所を通して難病対策係へあげてもらえば給付できる場合がある、とか、具体的な情報交換もでき
休日返上でお集まり下さった先生方も「やっぱり顔を合わせて話すことが必要だね」と集まりの必要性を再確認しておられました。

以上は中島先生主催の難病関係者MLに投稿したものをほぼコピーしました。


2003年12月22日(月) 事務の日納会

午前タカヨシ田辺さん損保ジャパンの方と来局。
午後佐藤恵美子さん今年の領収書整理。織田さん本部から送られてきた名簿と旧名簿照合。来年引き続いての仕事。若林堀内さんへ送付用のCD作成。
会費未納者対策。本部へ問い合わせる。14年度15年度未納者対象だったとのこと。成る程そうだが納付者としては細かいところまで読まない。2年以上未納で請求にあれこれいわれたら新規入会扱いにしていいとのこと。
来月の打ち合わせ。19日に遁所さんを迎えて検討会予定。
夜、美恵子さんも一緒に「晴れたらいいね」で納会。安くて美味しく感じのいいお店です。


2003年12月21日(日) 須永武治さんからのメール


千葉支部の須永さんは60代半ば、昔長岡に住んでいたことがあり、川上さんの紹介で時々メルトモしています。ほのぼのと気候の良い地方の今が伝わって来ます。OK頂いたのでご紹介させて頂きます。求む新メルトモです。

昨日は散歩日よりでした!
19日金曜日、ほかの地方各地は初雪かふると天気予報が出ていましたが関東地方は晴れるとのことでした。
朝5時に体位交換をしてもらい返信メールを1通書いて、8時15分NHKてるてる家族をみて、ニュースなどみて九時ヘルパーさんが見えて髭剃り、頭にブラシをかけてもらい蒸しタオルで顔を拭いてもらう。
9時半には保健師さんが見えて検診をしてもらって、車椅子に呼吸器を乗せてから私を乗せてもらう
10時には保健師さんとヘルパーさん家内(プードル2才)優馬に連れられて玄関を出ました。風が無いと寒さを感じさせませんね。
いつもの散歩コースに保育園が二つあります。どちらも園児達は,庭に出てかけっこして元気で遊んでいます。
保育園を通りぬけますと公団の中庭に道はつながります、桜やイチョウ、ケヤキの葉は落ちて丸坊主に変身しましたね。
只今、目に付く花はサザンカ、ツバキです寒くなって咲く花のいじらしさがあります、小型犬である優馬も力もちで私を乗せた車椅子をひいてくれます。
16日火曜日の散歩は木枯しが吹いていて落ち葉が舞いあがっていました。体感気温はしくくかんじてか、体も冷えました、ベットに入り手足をあたためましたが2時間は要しました。
インフルエンザのよぼうせっしゅを受けていても風邪を引かぬかと心配事も脳裏を掠めますね。
今年も3回ほど散歩に出ますと一年が終ります、

 来年は元日が巡回入浴日にあたり初風呂です,5日から平常スケジュールにもどりまして、6日火曜日が散歩の始まりになるでしょう、希望は一年散歩が続く事を願ってます。


2003年12月19日(金) pcc納会・県予算滝川補佐・岡田義男夫人・小川さん

 9時半前から県のお二人来局。織田さんも。来年度4台の呼吸器補助を止め管理料のつかない周辺機器は据え置くものの看護力を48時間、対象を拡大する事業に一本化するとのこと。一興削減は困るのでせめて一台はと粘る。では今年据え置きで対象拡大も無しにしますか、とも言われる。ウーン。夕刻再度電話あり、金曜までに意見を纏めておいて欲しいとのこと。
 上越の岡田義男さんが10月10に66歳で逝去されていた。奥様はまだとても立ち直れないとお電話下さった。平成元年発病3年から呼吸器。6年の在宅を完成させたかったが・・と心残りのご様子。お悔やみ申し上げる。
 市の旧姓沢口さんから難病研修会のご相談あり、犀潟高津さんに電話したところ書類送ったとの事。あったのでコピーして差し上げる。大橋保健師からも同意書約束書についてのひな形欲しいと依頼あり。
 小川斉さん来局。ふれあい電話を紹介。トラックボール代6400円頂く。織田さんが改造してくださる。
 美恵子シェフ・藤子さん千恵さん佐々木夫人手作りのお昼の納会寿司は盛大。手塚さんイノさんガラス磨きから大掃除。感謝感謝。悪天候の中出てきてくださった小杉さん「帰りの電車に乗ろうと思ったが来て良かった」と。
井浦さんはコピーしたり教室日記の引き継ぎをしたり。
誰かがノリ先生とパソコンをしていたようだった。織田さん?まさかねぇ。
 PCC来年もよろしく!
 平岩宅へ寄った後清水さんにウィルスバスター送付。
 十日町保健所からコミュニケーター戻ってきたが何とも痛ましい報告と一緒だった。


2003年12月18日(木) 水原町長面談・キイさん訪問・コールセンター



9:30より五十嵐水原町長に横山さん・田村fhgさん水原郷病院訪問看護STの充実を求めて面談。宮脇・××議員仲介役。水原郷病院事務長さんも同席。織田さん横山さんの要望書読み上げ。
「4郷共同なので一人では決められない。他首長に訴えて」とのこと。来春の阿賀野市誕生で細かい在宅配慮が望めなくなりそうなので必死の攻防戦。
本日とどう文書を他3首長にも送付の予定。ともかく声を挙げないとのサバイバル時代。
帰途田村キイさん宅訪問。家と病院半々の生活だが、家は昼が安心、病院は夜が安心とのこと。子育てをしながら夜中の二時交替が続くと凄い音にも起きられないとお嬢さん。支援費30時間をもう少しUPするよう頑張ろうと激励。良いヘルパーさん達に恵まれておられる様子。
猪俣さん宅へ少しばかりの北海道ジャガイモ配達。市民病院鈴木幸子さん)へ恒例のカレンダー配達。
訪問看護協会の「コールセンター」へ寸前に相談したが、結局旧町役場はどうするつもりだったか、地域保健所はどのような体制を考えいるかを問いただしてくださいとのこと。時間ばかり食って回答にならない感あり。


2003年12月17日(水) ひまわりの種の会井浦さんを囲んで

午前ひまわりの種の会、研修会?井浦さんを囲んでの談話会。
井浦さんの友人見舞いボランティア体験に共感多し。
広川氏設計の御厨座で昼食。帰途久し振りに伊勢丹で買い物、友人に会う。普通の主婦らしい半日。

夜、明日訪問について横山夫人と打ち合わせ。書いたものを読みあげるよう要請。


2003年12月16日(火) 「役人は情よりもデータです」と県連小島次長

 長津政調会長と福祉保健部長の面談に立ち会わせて頂きたいと小島次長に申し入れたら,No。ひとまず現状をお聞きするので。とのこと。
 昼前に電話あり。行政は「もう呼吸器補助はいらない時代」と理解していたとのこと。まだ決定しているわけではないので金曜係長面談で直接訴えて下さいとのこと。何がどれ程欲しいか「相手は役人です情よりもデータです」バックデータを取りなさいと小島さんのアドバイスでした。
 山口進一さんのビデオ83分版が出てきたので再送付。昨晩会った「自立生活研究会」メンバー(エフテック・はまぐみ)にもスイッチ集CDを送付。少しづつ理解者が増えるといい。
 横山さんが木曜に水原郷病院の看護ステーション充実のための水原市長面談をするとのこと。織田さんと応援に行きます。
 一つ一つ充実した事例を増やすことが大事。


2003年12月15日(月) 県予算の削減に対して抵抗策を考える

県庁福祉保健部健康対策課難病等対策係玉井係長からお話しに伺いたいとのFAXあり。
予算削減についてのことは明白。自民党県連の小島さんに相談。もうチョット先に延ばしてもらえないか、関係者の話し合いをして欲しいと伝える。長津政務調整会長がいるので相談してみるとのこと。
玉井さんから笋△蝓金曜午前9時半に滝川課長補佐と来局とのこと。
小島さんから篝調会長が明日午前中に福祉保健部局長と話し合い、どうなっているか聞いてみるとのこと。
昨日堀川先生が何とかしなくっちゃね、とイッてらしたことが進行中。
予算削減も分かるがみんなで頭を集めてどうしようか、と対策を立てる態勢が出来ることの方が先と思う。
佐藤さん織田さん会計帳簿の照合。毎週緻密にやっていても何か出てくるのだから会計も大変。
看護協会から来年11月の講義予約が入ってビックリ。


2003年12月14日(日) 厚労省QOL研究班発表会

例年年末に開かれる発表会に行って来ました。(2002年12月22日参照)
今年は35演題中、17がALS関係7が新潟県関係でした。全共連ビル大会議場がびっしりの盛況。橋本会長や近畿ブロックからは4名の患者さんが来ておられました。近畿の患者さんが企画実行する「お話し会」「バーベキュー」など<ピアサポートの試み>の発表は最も興味深いものでした。残念ながら下のレストランが混みすぎてて遅くなり聞き逃しました。何とか情報入手します。

事前指示書、緩和ケアと核心的な問題提起が出てき始めたことが特徴的でした。同時に新潟県は個々の研究者は熱心だけど、難病相談員も置かず政策としてチョットお粗末な感じを受けて帰宅しました。
織田さんも別途ご参加でした。




2003年12月13日(土) 幹事会・タン+オウケン先生


12時に横山さん小島ヘルパーさんと到着。織田さんが一番。ついで小杉さん、清水さん、佐々木夫妻そして宮越さんと一時にはほぼ全員揃う。高井さんから送られた看護学生への文字版講習会ビデオなど見て雑談。
1時半から始まり途中河北省からの中国医学留学生(病理と心臓外科)、標記お二人が来訪、小林(ひまわり)、井川夫妻の参加があったが4時には終了。撮影会。5時頃解散。
議事内容はいずれ織田総務からMLに詳細報告があると思いますが概要を。
・新支部長就任挨拶
・事務局内の仕事分担を明確にしました。(総務→織田・会計→佐藤・実務→若林)
・支部活動の目標設定と部局化及び幹事の役割分担案の提示
・16年度支部総会6月6日(日)予定
・CIL事業所「ヘルプ協会」への資金貸出案
・県・新潟市への要望書提出報告
・ALS講習会の予定報告。保健所と組んで今期中に。
清水さん宿泊。


2003年12月12日(金) BSN愛の募金に感謝

カレーを持って参上。織田、川崎、坂爪、佐々木、猪爪さんがテーブルを囲んで新規年賀状に挑戦。金曜クラブからも賀状を出そうとノリ先生張り切る。手塚さんに続いて井浦さん静かに登場。
自宅で町内の用事があり一時帰宅。着替えて午後の部へ。
→BSN愛の募金から50万の授与式。織田さんと一緒。今年は大会余沢があるものの毎年これがないと年が越せないので誠に嬉しい。茶話会で横山支部長への連続取材にお礼申し上げる。その余波かも知れないが夜宮越記者から電話。今年の福祉医療のまとめとして横山さんシリーズを締めくくり事務局の様子とコメントを頂きたいとのこと。急遽明日幹事会を取材とのこと。


2003年12月11日(木) 山口進一さん

午前実家来客。
午後山ちゃんとベランダお掃除。ビデオ騒ぎ:貸出を頼まれた山口進一さんのビデオ、念のため見てみると90分の所60分しか入っていない。他を探したり元テープを探したり時間を食うが出てこない。ダビングも今のやり方どうも分からない、織田さんに電話するが通ぜず、ゴチャゴチャやってるうちに何とかなりました。
甚栄アイマスク秋田へ郵送。
美恵子さんが久留米絣の素敵なのれんを見せてくれました。


2003年12月10日(水) 家で

終日家でパソコン。実はずっとある原稿がすすまなくって・・。
ホームページ修正。
あれこれと交信。受信10件発信15件。
来客。孫の日。


2003年12月09日(火) 事務局分担表

山ちゃんもお休みなので終日家。滅多にないこと。冬の良さかも知れません。
事務局の仕事分担表作成。長年やりたいと思っていた仕分けがようやく出来ました。誰かに引き継がないと訳が分からない事務局仕事。織田さんが総務を引き受けて下さるとのことなので気持ちが軽くなりました。キチンとした人にはキチンとした仕事、八方破れには八方破れなりの仕事、それぞれお似合いがあります。徐々に引き継いで行きたいと思います。
ALS関係受信11件送信14件。何してるんだか・・。織田さんとのやり取りが多かったかも。他は本部とか他支部の患者さん・・。
夕方町内の班長当番仕事でチョットでかけただけの静かな一日でした。


2003年12月08日(月) 事務の日

織田さんが幹事会議題と資料作成。
月末支払い。中条さんが来てレッツチャットの支払い。ピエゾセンサーを返却。・・週末に思いだそうとしてもこれくらいしか思い出せない・・急に寒くなった日でした。


2003年12月05日(金) パソコンで年賀状

話し合い通りお茶も飲まずに始まった新生pcc。相馬さん佐々木さんが素晴らしい年賀状を仕上げました。ぼっこれプリンタも再生、印刷も終了。達成感でニコニコの雰囲気一杯でした。ノリ先生織田師範も全力投球。
イノさんは取り込んだ写真が暗く、次回のお楽しみ。井浦さんは先週の記録をエクセルブックに記入。
手塚さんは沢山のキャベツを持ってきて、新屋さんから昨日届いた鮭と横山さんの新米で昼食。美恵子さんも豪華お手製卵焼きを差し入れ。丁度平岩さんも沢山のゆずを持って来局。本日レッツチャット入荷とのこと。(みみちゃん枕貸し出しました)。ワタコーさんが2時頃立ち寄り、年賀状の支払いを終了。
ハマナス訪問看護ステーションから訪問したいと電話あり。kさん担当とのこと。いづれ来局。手帳の申請を早くと助言。
新潟家政婦看護婦紹介所へ「ヘルプ協会」二股許可のお願いをしにアポを取ってあったので、織田さんに応援を頼み3時過ぎに訪問。「当人達と話してみます。支援費事業所開設の資料が欲しい」とのこと。事業所にヘルパー吸引の必要性を丁寧に丁寧に説明して廻る作業が必要と感じました。
5時過ぎエフテックを訪問。ピエゾセンサーの改良を求めました。


2003年12月04日(木) JALSA号名義変更のこと・山本靖恵さん

前回幹事会でJALSA号の名義を清水さんに書き換え手はどうか、という提案をし費用・手続きをしらべていただきました。報告が遅くなりましたが
11月17日に清水さんから次のメールを頂いていました。

「今現在、車検が有効なんで、名義変更した場合でも、
自動車税は、来年の3月分までの端数を支払う事になります。
諸経費です。
* 名義変更登録代(代行料を含めます)。16000円。
* 車庫証明申請登録代、          14800円。
来年4月から新規に名義変更の場合、自動車税は
1500CCまで、34500円です。
1500CC以上、2000CCまでは、39500円?です
今現在、JALSA号の名義が猪爪さんだと思うのですが、
変更の場合、印鑑証明、その他の書類、また、金額が加算されます。」

3月以降に名義変更するとしても最低30800円かかります。清水さんは普段の移動のためにタクシー券が必要なので自動車税の免除対象にはなりません。となると清水さんに名義変更するメリットは高速料金が半額になることだけです。見附新潟間片道1200円が600円になりますがこれを30800円分使うには51回、月一回往復使うとして2年1ヶ月、片道で4年3ヶ月以上経たないと意義が生まれません。更に印鑑証明、他の書類経費が加算されるとなると経費回収までにそれ以上の年月がかかります。JALSA号を頂いたのは平成11年4月ですから、今度の4月で丸5年になります。
前後を考えるといかがなものでしょうね?
清水さんがJALSA号を利用してあちこち移動するとなれば別ですが・・。
織田さん次回幹事会議題に挙げてください。または清水さんから辞退するお申し出があれば審議以前で今回見送りとなります。

事務所では山ちゃんにいつもの事をやってもらいました。ゴミ出し・掃除・洗濯・水やり、必要備品(クリップ・ノリ・トイレットペーパー・ゴミ袋)の買い出し、郵便物を出すことです。他に「事務局超日誌」のプリントアウトと纏めをしてもらいました。息子さん二人が受験という家庭事情を抱え、今月18日が最後です。整理上手で人柄のいい彼女に週二回お掃除をしてもらうだけでも精神的に助かりました。ありがとう! (後釜を探さなくては・・)

佐藤さんの息子さんが近々「餃子と酒の店:まめ福」を開店されるとか。準備に忙しそうでした。

新屋さんから沢山のジャガイモと鮭が届きました!
高井さんからみみちゃん枕とおまけの懐炉袋、看護学校で文字版講習をしているビデオが届きました。


2003年12月03日(水) 事務の日・総務+会計+実務態勢ミーティング

事務局で今後の事務局体制についてミーティングをしました。
JALSA本部定款に書かれている事務局体制をそのまま応用し、次のように役割分担することにしました。現行の一極集中態勢からから徐々に移行していきたいと思います。全体としては事務局が受けることなので、事務局の中で連携を保っていかなければなりませんが、そのあたりの具体的な詰めがまだ不十分です。今度の幹事会までにはもう少し詳しくお話しできるようにしたいと思っています。

事務局事務の分掌:会務処理のため事務局を置く
総務担当:(1)会員の入退会に関すること
 織田  (2)名簿に関すること
     (3)内外の公文書に関すること
     (4)議案書、会議資料、議事録に関すること
     (5)会議案内、会議場設営、接待に関すること
     (6)儀礼関係、内外の来信に関すること
     (7)その他、他の担当に属しないこと
会計担当:(1)予算編成に関すること
 佐藤  (2)会費その他収入活動に関すること
     (3)支出、決算に関すること
     (4)その他財務に関すること
業務担当:(1)事業の企画・実施に関すること
 若林  (2)調査及び資料の作成と収集に関すること
     (3)出版に関すること
     (4)支部の宣伝活動その他広報に関すること
     (5)会員への広報活動に関すること


2003年12月02日(火) 写真整理(adobe photoalbum)

JALSAへの報告記事(全国大会纏め)、写真整理で頭はごっちゃごちゃ。
実家から風で飛んだ落ち葉で自動ドアが3回も壊れた。弁償して欲しいほどだ、と隣家からクレイムが来たとのtelあり出動。世間は難しい。


2003年12月01日(月) e-AT(電子情報支援技術)公開シンポジウム

標記シンポがホテル新潟飛翔の間で午後1時半から開かれました。主催はNIT新潟工科専門学校で<文部科学省委託事業 「平成15年度専修学校社会人キャリアアップ教育推進事業」>とかで70人くらいの参加にしては会場が豪華でした。
シンポジストの一人として、「ALSの意思伝達ー日本ALS協会新潟県支部の試み」を初めてパワーポイントを使ってデモ。林先生(新潟大学福祉人間工学科教授)が「こんなに沢山のスイッチを見たのは初めてだ。ファイル頂戴」とのこと。
基調講演者UDITの関根千佳さんはユニバーサルデザインについての基本概念をお話しされ「最重度の方デモ使えるものを」と提言。また、「新潟はリハもないし、スイッチを看たことがない人も多くて遅れてる」とのこと。が、「行政は遅れてるけど、一般市民はいい」と後で訂正分がありました。
遁所さんの音声入力装置、松永さんのインターネット情報が指文字で表記されることビックリの連続でした。


事務局超日記